乱交パーティー出禁の男

眠りん

文字の大きさ
上 下
39 / 139
二章

五話 伊吹の弱さ

しおりを挟む

 夕方になり、伊吹は「そろそろ帰る」と言って立ち上がった。

「駅まで送りましょうか?」

「うん」

 伊吹が頷く。翠は財布とスマホをズボンに押し込んで、伊吹の後に続いた。ついでに少しの疑問を問う。

「そういえば……よくうちまで来れましたね。教えてないと思うんですけど」

「お前が、乱パのルール違反した時、SMショーに来なかった時の為に、住んでるところを部下に調べさせた」

「それは……少し怖いですね」

 二人で外に出て、翠は扉を施錠して駅までの道を歩き始めた。

「色々調べたよ。お前の出身、実家、家族構成、出身校」

「マジですか」

 翠は顔が赤くなった。好きな人がそこまで自分の事を調べてくれたと思うと心が踊る。
 それはルール違反者の制裁を無視した時の為だと分かっていても嬉しいものだ。

「エリート一家なのに、俺に関わって大丈夫かよ? 家に傷つくんじゃねぇの?
 不都合があるんだったら言えよ。いつでも別れてやるし」

 伊吹の表情自体は無表情で冷たさを感じたが、心配している事は声で分かる。

「俺の心配をしてくれるようになるなんて……」

「心配なんかしてねぇよ」

「大丈夫ですよ。大学出るまでの金は出すけど、その後は勝手にしろって言われて今の大学に入りましたから」

「それって!」

「両親の指示した大学に進学しなかった事で失望されまして。
 事実上の勘当ってところですかね。でも、卒業まで面倒見てもらえるだけ幸せですよ」

「そっか……お前も……」

 伊吹が翠を見つめる目が、同情とは違う事に気付く。同類だと言いたいのだろう。
 共通点が一つでも出来ると心の隙は生まれやすいものだ。翠にとっては都合が良い。

「伊吹さんも、なんですか?」

「ん。俺が小学一年生の時にお母さんが出ていったんだ。お父さんはDV男で、小学六年生の時におじいちゃんに保護されたんだ」

 伊吹の表情は一瞬悲哀を見せた。人には弱味など見せないだろう伊吹がそんな一面を見せてきたのだ。
 歓喜しないわけがない。

「伊吹さんのおじい様は?」

「三年前病気で死んだよ。俺に甘くて優しい人だったっけ。
 葬式でお父さんと再会したんだ。一言も会話を交わさずに終わったけど」

「それから一人なんですか?」

「そう。おじいちゃんが俺に遺してくれた遺産でラブピーチを作った。あのホテルはね……俺を守る城なんだ」

「伊吹さんを守る……?」

「瑞希から俺を守ってくれる城」

 翠は訝しむ。伊吹にとっての瑞希が分からなければ、どういう方向性で伊吹を調教し、洗脳するかが変わってくる。

「伊吹さん、瑞希さんとはどういう関係ですか?」

 幼馴染みだと聞いていた。そして、伊吹が瑞希を裏切った事により、瑞希は伊吹の事を相当恨んでいるらしい。
 だが、瑞希は伊吹に恋心を抱いている。ただ、それだけだと──。

「俺の──ご主人様」

「……は?」

 翠は間抜けな声をあげた自分に驚愕しつつ、立ち止まった。
 遅れて伊吹が立ち止まり、振り返った。二人は向かい合ったまま、数秒動かない。

 翠は一歩近付いて伊吹の左手を掴んだ。離さないように、強く握る。

「SMのパートナーって事ですか?」

「そんなものじゃないよ。俺の全ては瑞希に握られてる。もし瑞希に死ねって言われたら、死ぬと思う」

「それは信頼関係が成り立っていない関係なんですよね?」

 伊吹がどこまで話してくれるのか分からない。もう話したくないという表情を見せている。こんな内容でなければ「話したくなければ話さなくていい」と言いたいところだ。

「成り立ってるって思ってるよ。だから瑞希はラブピーチ以外では俺と会っても会釈だけで挨拶も会話もしないし。
 乱パのルールの四つ目、プライベートで俺に話しかけない事っていうのは、本当は俺が瑞希に対して定めたルールだから」

「そうだったんですね。それ、瑞希さんが黙って了解したんですか?」

「乱パする場を与える代わりの条件にしたんだ。あのホテルなら、俺を守ってくれる店長と副店長がいるから。外で瑞希と会うのは……少し怖い」

 ある意味呪縛だ。瑞希の存在が余計に邪魔に思えてくる。伊吹を怖がらせる存在自体が要らないものだ。

「それなのにSMショーに誘ったのはどうしてですか?」

「俺一人だと、お前に酷い事をしてしまいそうで……瑞希がいれば抑止力になるって思った。
 アイツはプロだから、SMに関しては信頼出来るし」

「そうだったんですね」

 すっかり元気のなくなってしまった伊吹の手をぎゅっと握って歩く。握られたままでいるのも珍しいと感じたが、驚く事に伊吹は握り返してきた。

 腹を刺されてからずっと元気がないのは分かっていたが、質問した事に弱音を含めた感情込みで答えてくるあたり、伊吹は相当弱っている。

 翠が感動している内に、気付くと駅に着いてしまった。遠回りすれば良かったと後悔する。

「伊吹さん、帰り気をつけて」

「うん……」

「伊吹さん、俺、あなたの事知れば知る程好きになります。次二人きりになれたら、もっとあなたの事が知りたいです」

「あっそ」

 最後は少し悪態をつかれてしまったが、それは言葉だけだ。口以上にものを言う目が、翠に期待していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...