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二章
四話 浮気は寛容
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翠はその後すぐに家に帰った。アパートの一階だ。最近リノベーションされた綺麗な二階建てのアパートである。間取りは1DKで一人で暮らすには余裕のある広さだ。
自宅である扉の前に誰かが立っているのが見えた。
「伊吹さんっ!?」
立っていたのは伊吹だ。黒いTシャツの上に、ベージュのカーディガンを着て、黒いズボンをはいている。いつもの大学生としての伊吹がそこにいた。
バツが悪そうな顔で翠を見つめてきた。
「……翠」
「どうしたんです!? とりあえず上がってください」
翠は伊吹を部屋へ上げた。ここのところ片付けをしていない。少し細かいところのある伊吹に何か言われるのではないかと緊張する。
「きたねー部屋」
ボソッと伊吹が聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「す、すみません! 次は綺麗にしておきますね!」
「別に。お前が過ごしやすい部屋にしたらいいんじゃね」
「そんな! いずれは二人きりで暮らすんですから、伊吹さんの過ごしやすい部屋にしますよ」
翠は伊吹の両手を握った。こんな冗談を言えば、呆れて悪態をつけるくらいの元気が戻るのではないかと考えた。
「……あっそ」
だが適当に流された。悪態すらつけないほど伊吹は弱っているのだろう。そう思うと翠は胸が痛くなる。
伊吹は怪我をしてから元気がなくなった。事件のせいで心も傷付いているのだろう。
慰めるより、普段通りに優しくしなければ、翠はそう自分に言い聞かせた。
「伊吹さん、何か飲みます? お茶か、コーヒーしかないんですけど」
「コーヒー」
「分かりました!」
翠がキッチンに立つと、伊吹は寝室にしている部屋へと入っていった。
寝室もあまり綺麗ではない。最近勉強を始めたSM専門の本、オナニーに使っている伊吹を隠し撮りした写真、処理後のティシュ等が床に散らばっている。
見られて困るものではないので、キッチンに残って、ドリップコーヒーをいれる。
「伊吹さん、砂糖とかミルク入れますか?」
「砂糖3g、ミルク50cc」
「了解です」
言われた通りの分量を正確に測って入れた。伊吹の事となると気は抜けない。寝室に入り、近くの棚にマグカップを置く。
伊吹は翠に背を向けて、処理現場をボーッと見ている。
「伊吹さん、置いておきますね」
「お前……俺の写真いつ撮ったんだよ?」
「隙がある時に撮ってますけど」
「そんなもんオナネタに使ってんの」
「当たり前じゃないですか。俺は伊吹さん以外で射精なんてしませんよ! 浮気なんて絶対しません」
翠は真剣な目でハッキリと言った。
「オナネタは浮気にはならねぇだろ」
「俺にはなります。あっ、でも伊吹さんの浮気は許してますからね」
「浮気?」
「乱交パーティー開いてますし、瑞希さんの責めで射精してるって聞きましたよ。でも許します」
伊吹に「浮気をするな」と縛り付けたら、本当に捨てられそうだと思い、とりあえずは寛容な目で見ている。
まだ恋人としての信頼関係がない今、他人と性行為をしようが、SMプレイをしようが、翠にそれを言及し難いものがある。
「あんなん……浮気の内に入るか、バカ」
伊吹は振り向いた。暗かった表情が少しマシになっているように見えた。
翠が用意したコーヒーを一気飲みすると、伊吹は玄関に向かって歩き出した。
「ご馳走様。……帰る」
「伊吹さんっ!? 何か用があって来たんですよね!? それにそんなに早く帰るなんて、寂しいです!」
「寂しい?」
「そうですよ。伊吹さんは寂しい時ってないですか?」
「昔……母親が家を出ていった後、一人の時は寂しいと思った」
「お母様が? 同じですよ。俺も、伊吹さんが出ていったら寂しいんです!」
「じゃあ、もう少し……」
伊吹は困ったように目を左右に揺らしながら部屋へと戻った。ダイニングテーブルの椅子に座らせ、遅めの昼食を摂りながら今日のSMショーの話をした。
心なしか、伊吹が楽しそうに聞いているように見えた。
「そういえば、瑞希さんか乱パしたいって言ってましたよ」
「そろそろ再開しないといけないな……でも……」
伊吹が翠をチラっと見る。不安そうな目だ。先程の浮気の話の件だろう。翠の反応を見ているようだ。
「俺の事は気にしないで、伊吹さんがしたい事をしてください。伊吹さんの浮気は全部許せますから」
「分かった。でも腹の傷は抜糸もまだだから、再開はするけど俺は参加しないで参加者の監視だけにする」
「お腹、大丈夫なんですか!?」
「心配はいらない」
伊吹が顔を少し赤くしている姿を見て翠は内心ほくそ笑んだ。もうすぐ心も手に入ると。
瑞希をけしかけ、伊吹への気持ちを明るみにさせた。
翠は自分が瑞希に代わって伊吹の絶対的な存在となれば、後は命令した事をなんでもするだろうと考えた。
そうして伊吹は身も心も自分のものになった後は、邪魔な瑞希と二度と関わらせないようにして、乱交パーティーもやめるよう命令すればいい。
翠は優しい笑みを浮かべた。瑞希のように誰にでも愛想を振りまくなんて疲れる事は出来ない。目的の為ならいくらでも作り笑い位は見せるが──。
「伊吹さん、無理はしないで下さい。俺が支えますから」
翠が満面の笑みを見せると、伊吹は顔の筋肉が弛緩したような、少し気が緩んだ表情を浮かべた。
自宅である扉の前に誰かが立っているのが見えた。
「伊吹さんっ!?」
立っていたのは伊吹だ。黒いTシャツの上に、ベージュのカーディガンを着て、黒いズボンをはいている。いつもの大学生としての伊吹がそこにいた。
バツが悪そうな顔で翠を見つめてきた。
「……翠」
「どうしたんです!? とりあえず上がってください」
翠は伊吹を部屋へ上げた。ここのところ片付けをしていない。少し細かいところのある伊吹に何か言われるのではないかと緊張する。
「きたねー部屋」
ボソッと伊吹が聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「す、すみません! 次は綺麗にしておきますね!」
「別に。お前が過ごしやすい部屋にしたらいいんじゃね」
「そんな! いずれは二人きりで暮らすんですから、伊吹さんの過ごしやすい部屋にしますよ」
翠は伊吹の両手を握った。こんな冗談を言えば、呆れて悪態をつけるくらいの元気が戻るのではないかと考えた。
「……あっそ」
だが適当に流された。悪態すらつけないほど伊吹は弱っているのだろう。そう思うと翠は胸が痛くなる。
伊吹は怪我をしてから元気がなくなった。事件のせいで心も傷付いているのだろう。
慰めるより、普段通りに優しくしなければ、翠はそう自分に言い聞かせた。
「伊吹さん、何か飲みます? お茶か、コーヒーしかないんですけど」
「コーヒー」
「分かりました!」
翠がキッチンに立つと、伊吹は寝室にしている部屋へと入っていった。
寝室もあまり綺麗ではない。最近勉強を始めたSM専門の本、オナニーに使っている伊吹を隠し撮りした写真、処理後のティシュ等が床に散らばっている。
見られて困るものではないので、キッチンに残って、ドリップコーヒーをいれる。
「伊吹さん、砂糖とかミルク入れますか?」
「砂糖3g、ミルク50cc」
「了解です」
言われた通りの分量を正確に測って入れた。伊吹の事となると気は抜けない。寝室に入り、近くの棚にマグカップを置く。
伊吹は翠に背を向けて、処理現場をボーッと見ている。
「伊吹さん、置いておきますね」
「お前……俺の写真いつ撮ったんだよ?」
「隙がある時に撮ってますけど」
「そんなもんオナネタに使ってんの」
「当たり前じゃないですか。俺は伊吹さん以外で射精なんてしませんよ! 浮気なんて絶対しません」
翠は真剣な目でハッキリと言った。
「オナネタは浮気にはならねぇだろ」
「俺にはなります。あっ、でも伊吹さんの浮気は許してますからね」
「浮気?」
「乱交パーティー開いてますし、瑞希さんの責めで射精してるって聞きましたよ。でも許します」
伊吹に「浮気をするな」と縛り付けたら、本当に捨てられそうだと思い、とりあえずは寛容な目で見ている。
まだ恋人としての信頼関係がない今、他人と性行為をしようが、SMプレイをしようが、翠にそれを言及し難いものがある。
「あんなん……浮気の内に入るか、バカ」
伊吹は振り向いた。暗かった表情が少しマシになっているように見えた。
翠が用意したコーヒーを一気飲みすると、伊吹は玄関に向かって歩き出した。
「ご馳走様。……帰る」
「伊吹さんっ!? 何か用があって来たんですよね!? それにそんなに早く帰るなんて、寂しいです!」
「寂しい?」
「そうですよ。伊吹さんは寂しい時ってないですか?」
「昔……母親が家を出ていった後、一人の時は寂しいと思った」
「お母様が? 同じですよ。俺も、伊吹さんが出ていったら寂しいんです!」
「じゃあ、もう少し……」
伊吹は困ったように目を左右に揺らしながら部屋へと戻った。ダイニングテーブルの椅子に座らせ、遅めの昼食を摂りながら今日のSMショーの話をした。
心なしか、伊吹が楽しそうに聞いているように見えた。
「そういえば、瑞希さんか乱パしたいって言ってましたよ」
「そろそろ再開しないといけないな……でも……」
伊吹が翠をチラっと見る。不安そうな目だ。先程の浮気の話の件だろう。翠の反応を見ているようだ。
「俺の事は気にしないで、伊吹さんがしたい事をしてください。伊吹さんの浮気は全部許せますから」
「分かった。でも腹の傷は抜糸もまだだから、再開はするけど俺は参加しないで参加者の監視だけにする」
「お腹、大丈夫なんですか!?」
「心配はいらない」
伊吹が顔を少し赤くしている姿を見て翠は内心ほくそ笑んだ。もうすぐ心も手に入ると。
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翠は自分が瑞希に代わって伊吹の絶対的な存在となれば、後は命令した事をなんでもするだろうと考えた。
そうして伊吹は身も心も自分のものになった後は、邪魔な瑞希と二度と関わらせないようにして、乱交パーティーもやめるよう命令すればいい。
翠は優しい笑みを浮かべた。瑞希のように誰にでも愛想を振りまくなんて疲れる事は出来ない。目的の為ならいくらでも作り笑い位は見せるが──。
「伊吹さん、無理はしないで下さい。俺が支えますから」
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