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二章
一話 無様な姿
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翠はショーの前日、瑞希と二人でラブピーチの七階を借りていた。伊吹から好きに使うようにと言われている。
伊吹本人は昨夜からビジネスホテルに泊まっているらしく、姿が見えない。
今日の夕方に伊吹の大学に顔を出したが、伊吹の友人達が「最近休んでいる」と言っていた。
伊吹は刺された事や入院した事を友人に話していないらしい。事件はニュースに取り上げられた訳でもなかったので、伊吹が言わない限り知られる事はない。
「伊吹さん、元気なかったですよね」
翠は上半身裸で下はズボンを履いたままだ。腕を後ろにして縛られながら瑞希に話しかける。長い付き合いの瑞希になら、伊吹が何か話しているのではないかと期待したのだが。
「……翠君は気にしなくていいよ。色々悩んでるみたいだけど、自分の中で結論が出ればまた戻ってくるだろうし」
「そういうものですか?」
「伊吹は結構繊細なんだよ。一人で考える時間が欲しいの。だから翠君もあんまり悩まない事」
瑞希は胸の前で、二回ずつ乳首の上と下に縄を通して、ギューッと縄をキツめて背中で結び目を付けて固定した。
本当のドMならそれで縄酔いをするのだと聞いたが、翠にはよく分からない。
「いっ……」
「痛い? じゃあこうされたらどう?」
瑞希に乳首を抓るように引っ張られる。
「い、痛いですっ、痛い……」
「気持ちイイのと痛いの、どっちがいい?」
「そりゃどっちも嫌ですよ」
「つまんないの」
瑞希は翠の前に立つと、胸をドンッと押した。抵抗出来ない翠はベッドに背中から落ちた。
「うわっ」
「明日の流れは昨日練習したし、今日はエッチな事でもしようか」
「す、ストップ!! 瑞希さん、ストップです!!」
「ええー、少しくらい良いでしょ? 伊吹が入院したから乱パが中止になったでしょ。
欲求不満なの~」
「いや、仕事でしてるんじゃないんですか!?」
「だってぇ、仕事だと相手に合わせないといけないじゃん。相手ほぼオッサンだし、つまらないし。
プライベートは僕がしたいプレイがしたいの」
瑞希は伊吹のズボンを脱がし、下着の上に顔を埋めた。鼻息が性器にあたってむず痒さを感じた。
「瑞希さん、やめてください!」
「はぁ~、いい匂い。ペロペロして勃たせて、僕の中に入れてあげるね」
「ストップですって! 本気で怒りますよ!!」
「もー! 冗談じゃん。翠君ってば真面目~」
瑞希の顔がようやく股間から離れた時。キィ……と扉が開く音がした。
「……二人とも。明日の練習するんじゃないの?」
声で伊吹だと気付いて顔だけ上げると、そこにはいつもの覇気はなく、顔色の悪そうな伊吹が立っていた。
元々肌の色が濃いからか、体調悪そうな顔色には見えないが、明らかにいつもとは違う。
「練習終わってイチャイチャしてたんだよ。ね、翠君」
「違います!! 伊吹さん、誤解しないで下さいね。俺は瑞希さんとは何もないですから!!」
「誤解……? はは、そのまま二人で付き合えば? お似合いだと思うよ」
伊吹は気弱な声でそう言うと、部屋を出ていってしまった。翠は腹筋の力だけで起き上がり、縛られたまま伊吹の後を追った。
「伊吹さんっ、伊吹さん!」
伊吹はエレベーターに乗るところで、翠も一緒にエレベーターに乗る。
「お前……そんな格好で」
「俺の格好なんてどうでもいい。昨日からどこ行ってたんですか? 探しましたよ!」
「近くのビジホ。悪いけど、一人にしてくれ。お前が瑞希とどうなろうが、知った事じゃねぇよ」
明らかに伊吹からは怒気のようなものを感じた。入院してから、伊吹は翠に対して怒っているように見えてならない。
「俺……何かしましたか? 伊吹さんに、何か?」
「何もしてねぇけど」
「じゃあなんで怒ってるんですか? 俺が伊吹さんを怒らせるような事したんですよね?」
伊吹はもう翠に視線を向ける事はなかった。扉の前に立ち、じっとエレベーターが到着するのを待っている。
「伊吹さん……!」
ポーン、とエレベーターが到着した音が響いた。伊吹は何もなかったようにエレベーターから降りて、フロント前へと歩いていく。
エレベーター前には、二人の男性客が立っており、翠を見ると驚愕に目を丸くした。縛られたまま上半身裸の下着姿で出てきたら、誰でも驚くだろう。
「えっ……!?」
翠は構わず伊吹を追う。ちょうど伊吹がフロントのスタッフに声を掛けているところだ。
ラブピーチのフロントはガラス張りになっており、スタッフと対面でやり取りが出来る。
「……じゃあ、俺ビジホにいるので。何かあったら連絡下さい」
「わ、分かりました。あの……伊吹さん、翠さんが来てますけど、大丈夫ですか?」
スタッフが引き攣った顔付きで翠に視線を向けている。
「あれは気にすんな。どうせ外には出られないんだから」
伊吹は出入口から外へ出てしまう。翠も自分の格好は無視して伊吹を追いかけようと外へ出ようとしたのだが、スタッフに止められてしまった。
「翠さん! ダメですよ、そんな格好で出たらうちの営業妨害です。それに捕まっちゃいますよ!?」
「でも伊吹さんが……!」
「追いかけるにしてもちゃんと服を着てからにしてください! 後で泊まってる部屋教えますから!」
翠はスタッフに縄を解いてもらい、七階へと戻った。瑞希は部屋におらず、翠の私物が残っていた。
テーブルに置き手紙があった。瑞希からだ。
『翠君へ
今日はふざけ過ぎました。ごめんなさい。
明日は伊吹がいない分も頑張って良いショーにしようね。
仲直りしてくれると嬉しいな。
瑞希』
手紙を読んで溜息をつく。あんな事は瑞希からしたら冗談でしかなかったのだ。
それを真に受けて、必死に抵抗して、浮気がバレた男みたいに必死に伊吹に取り繕おうとした自分がバカみたいに思えてきた。
翠が服に着替えて荷物を持ち、ラブピーチから出ようとフロントの前に通った時、スタッフに呼び止められた。
「翠さん。伊吹さんの泊まってるところ、メモしたので受け取ってください」
「いや……俺が悪かったんです。
次会った時、頭を冷やして伊吹さんと話します。さすがにホテルまで追いかけたら伊吹さんも嫌だと思うので」
「……そうですね。その方がいいかもしれません。伊吹さんは冷たいイメージあったんです。
業務連絡は淡々としていているし、問題が起こっても特に感情を表に出さずに対処するし、でもあんな伊吹さん初めて見ました。
それだけ翠さんの事好きなんですね」
スタッフは呆れ笑いのような顔をしていたが、翠にはその意味が分からなかった。
「えっと、その話からなんで俺を好きだって話になるんですか?」
伊吹には嫌われている自覚がある。最近SMをするようになって、段々と心を開いてきているように感じているが、元々は伊吹のルールを犯して近付いている。
意外と真面目な一面のある伊吹に、まだ許されていないように思っているのだ。
「え、瑞希さんと浮気したから伊吹さんが怒って出て行ったんですよね?
あ、ここらじゃ浮気くらいよくある事なんで、俺は偏見とかないですよ」
「いやいやいやいや! そうじゃなくて! 俺、浮気なんてしていませんし!」
「浮気バレた男って皆そうやって否定しますよね。認めちゃった方が後で楽ですよ」
「だから違うんですって!!」
スタッフには納得してもらえるまで誤解だと説明した。ようやく翠の話を信じたスタッフが首を傾げる。
「じゃあなんで伊吹さん怒ってたんですか?」
「そんなの、俺が知りたいですよ~」
翠はスタッフに泣きついた。スタッフは迷惑そうに引いていたのだった。
伊吹本人は昨夜からビジネスホテルに泊まっているらしく、姿が見えない。
今日の夕方に伊吹の大学に顔を出したが、伊吹の友人達が「最近休んでいる」と言っていた。
伊吹は刺された事や入院した事を友人に話していないらしい。事件はニュースに取り上げられた訳でもなかったので、伊吹が言わない限り知られる事はない。
「伊吹さん、元気なかったですよね」
翠は上半身裸で下はズボンを履いたままだ。腕を後ろにして縛られながら瑞希に話しかける。長い付き合いの瑞希になら、伊吹が何か話しているのではないかと期待したのだが。
「……翠君は気にしなくていいよ。色々悩んでるみたいだけど、自分の中で結論が出ればまた戻ってくるだろうし」
「そういうものですか?」
「伊吹は結構繊細なんだよ。一人で考える時間が欲しいの。だから翠君もあんまり悩まない事」
瑞希は胸の前で、二回ずつ乳首の上と下に縄を通して、ギューッと縄をキツめて背中で結び目を付けて固定した。
本当のドMならそれで縄酔いをするのだと聞いたが、翠にはよく分からない。
「いっ……」
「痛い? じゃあこうされたらどう?」
瑞希に乳首を抓るように引っ張られる。
「い、痛いですっ、痛い……」
「気持ちイイのと痛いの、どっちがいい?」
「そりゃどっちも嫌ですよ」
「つまんないの」
瑞希は翠の前に立つと、胸をドンッと押した。抵抗出来ない翠はベッドに背中から落ちた。
「うわっ」
「明日の流れは昨日練習したし、今日はエッチな事でもしようか」
「す、ストップ!! 瑞希さん、ストップです!!」
「ええー、少しくらい良いでしょ? 伊吹が入院したから乱パが中止になったでしょ。
欲求不満なの~」
「いや、仕事でしてるんじゃないんですか!?」
「だってぇ、仕事だと相手に合わせないといけないじゃん。相手ほぼオッサンだし、つまらないし。
プライベートは僕がしたいプレイがしたいの」
瑞希は伊吹のズボンを脱がし、下着の上に顔を埋めた。鼻息が性器にあたってむず痒さを感じた。
「瑞希さん、やめてください!」
「はぁ~、いい匂い。ペロペロして勃たせて、僕の中に入れてあげるね」
「ストップですって! 本気で怒りますよ!!」
「もー! 冗談じゃん。翠君ってば真面目~」
瑞希の顔がようやく股間から離れた時。キィ……と扉が開く音がした。
「……二人とも。明日の練習するんじゃないの?」
声で伊吹だと気付いて顔だけ上げると、そこにはいつもの覇気はなく、顔色の悪そうな伊吹が立っていた。
元々肌の色が濃いからか、体調悪そうな顔色には見えないが、明らかにいつもとは違う。
「練習終わってイチャイチャしてたんだよ。ね、翠君」
「違います!! 伊吹さん、誤解しないで下さいね。俺は瑞希さんとは何もないですから!!」
「誤解……? はは、そのまま二人で付き合えば? お似合いだと思うよ」
伊吹は気弱な声でそう言うと、部屋を出ていってしまった。翠は腹筋の力だけで起き上がり、縛られたまま伊吹の後を追った。
「伊吹さんっ、伊吹さん!」
伊吹はエレベーターに乗るところで、翠も一緒にエレベーターに乗る。
「お前……そんな格好で」
「俺の格好なんてどうでもいい。昨日からどこ行ってたんですか? 探しましたよ!」
「近くのビジホ。悪いけど、一人にしてくれ。お前が瑞希とどうなろうが、知った事じゃねぇよ」
明らかに伊吹からは怒気のようなものを感じた。入院してから、伊吹は翠に対して怒っているように見えてならない。
「俺……何かしましたか? 伊吹さんに、何か?」
「何もしてねぇけど」
「じゃあなんで怒ってるんですか? 俺が伊吹さんを怒らせるような事したんですよね?」
伊吹はもう翠に視線を向ける事はなかった。扉の前に立ち、じっとエレベーターが到着するのを待っている。
「伊吹さん……!」
ポーン、とエレベーターが到着した音が響いた。伊吹は何もなかったようにエレベーターから降りて、フロント前へと歩いていく。
エレベーター前には、二人の男性客が立っており、翠を見ると驚愕に目を丸くした。縛られたまま上半身裸の下着姿で出てきたら、誰でも驚くだろう。
「えっ……!?」
翠は構わず伊吹を追う。ちょうど伊吹がフロントのスタッフに声を掛けているところだ。
ラブピーチのフロントはガラス張りになっており、スタッフと対面でやり取りが出来る。
「……じゃあ、俺ビジホにいるので。何かあったら連絡下さい」
「わ、分かりました。あの……伊吹さん、翠さんが来てますけど、大丈夫ですか?」
スタッフが引き攣った顔付きで翠に視線を向けている。
「あれは気にすんな。どうせ外には出られないんだから」
伊吹は出入口から外へ出てしまう。翠も自分の格好は無視して伊吹を追いかけようと外へ出ようとしたのだが、スタッフに止められてしまった。
「翠さん! ダメですよ、そんな格好で出たらうちの営業妨害です。それに捕まっちゃいますよ!?」
「でも伊吹さんが……!」
「追いかけるにしてもちゃんと服を着てからにしてください! 後で泊まってる部屋教えますから!」
翠はスタッフに縄を解いてもらい、七階へと戻った。瑞希は部屋におらず、翠の私物が残っていた。
テーブルに置き手紙があった。瑞希からだ。
『翠君へ
今日はふざけ過ぎました。ごめんなさい。
明日は伊吹がいない分も頑張って良いショーにしようね。
仲直りしてくれると嬉しいな。
瑞希』
手紙を読んで溜息をつく。あんな事は瑞希からしたら冗談でしかなかったのだ。
それを真に受けて、必死に抵抗して、浮気がバレた男みたいに必死に伊吹に取り繕おうとした自分がバカみたいに思えてきた。
翠が服に着替えて荷物を持ち、ラブピーチから出ようとフロントの前に通った時、スタッフに呼び止められた。
「翠さん。伊吹さんの泊まってるところ、メモしたので受け取ってください」
「いや……俺が悪かったんです。
次会った時、頭を冷やして伊吹さんと話します。さすがにホテルまで追いかけたら伊吹さんも嫌だと思うので」
「……そうですね。その方がいいかもしれません。伊吹さんは冷たいイメージあったんです。
業務連絡は淡々としていているし、問題が起こっても特に感情を表に出さずに対処するし、でもあんな伊吹さん初めて見ました。
それだけ翠さんの事好きなんですね」
スタッフは呆れ笑いのような顔をしていたが、翠にはその意味が分からなかった。
「えっと、その話からなんで俺を好きだって話になるんですか?」
伊吹には嫌われている自覚がある。最近SMをするようになって、段々と心を開いてきているように感じているが、元々は伊吹のルールを犯して近付いている。
意外と真面目な一面のある伊吹に、まだ許されていないように思っているのだ。
「え、瑞希さんと浮気したから伊吹さんが怒って出て行ったんですよね?
あ、ここらじゃ浮気くらいよくある事なんで、俺は偏見とかないですよ」
「いやいやいやいや! そうじゃなくて! 俺、浮気なんてしていませんし!」
「浮気バレた男って皆そうやって否定しますよね。認めちゃった方が後で楽ですよ」
「だから違うんですって!!」
スタッフには納得してもらえるまで誤解だと説明した。ようやく翠の話を信じたスタッフが首を傾げる。
「じゃあなんで伊吹さん怒ってたんですか?」
「そんなの、俺が知りたいですよ~」
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