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番外編
⑨瑞希の恋
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伊吹と出会った時、瑞希は「可哀想」だと思った。父子家庭で父親には放置され、寂しそうな顔を浮かべているのが伊吹だ。だが、伊吹は普段それを表に出さない。
瑞希にだけ見せるのだ。
他のクラスメイトは誰一人知らない、本当の伊吹を知っているのが自分だけだという事が誇らしかった。
伊吹は守るべき存在だ。学校行事では、伊吹も自分の家族同然に受け入れ、辛そうにしていたらその原因を取り除いてやった。
伊吹の父親に制裁を加えてからは特に瑞希を心酔するようになったので、今まで以上に伊吹を大事にした。
幸せな主従関係が終わったのは、伊吹がバカな先輩達に良いように扱われ、瑞希を巻き込んだ事があってからだ。
伊吹ははっきりと、瑞希より先輩達を選んだ。
それが悔しくてたまらなかった。同時に悲しかった。今まで伊吹を守っていたつもりだったのに、それは押し付けや自己陶酔でしかなかったのだ。
伊吹はもっと原始的な暴力による痛みを求めていたのに、瑞希はそれに気付けなかった。
(伊吹を一番愛しているのは僕なのに──!)
恋心を自覚すると共に、伊吹への収まらない怒りが心の中で燃えている。
もうどうにでもなれと思った。身体はおかしくなるし、グルグル変わっていく感情もついていけない。自分が分からなくなった。
(そうだ、伊吹と距離を置こう。伊吹と関わらなければ苦しむ事もなくなる。僕の気持ちが落ち着いたら、復讐してやればいい)
そう考えて伊吹に「いいと言うまで近寄るな」と命令した。伊吹は瑞希の命令には逆らわない。同じ高校に進学したが、クラスは同じにならなかったし、伊吹は言われた通り近寄らなかった。
何人とも援助交際をした。その度にバレては教師に呼び出されて、誤解である(実際は誤解ではないが)と説明した。
何度か繰り返す内に、教師に呼び出されるパターンが見えてきた。
伊吹の援助交際の噂がたち始めると、それは伊吹ではなく瑞希なのだという写真が送られるのだ。こんな事をするのは伊吹しかいない。
怒りより呆れて絶望した。
(僕の初恋相手がこんな奴なんて……)
こんな事をされても、恋心はなくならないものだ。まして、復讐なんて出来る筈がない。
まだ伊吹を愛していた。その恋心を認めてからは、憎悪と愛情を半分ずつ胸に抱いている。
いつか恋心が冷めたら伊吹の前から姿を消すと決めた。それまでの間は苦しめてやるつもりだ──と、どんなに決意しても伊吹の幸せを一番に願ってしまう自分に嫌悪していた。
伊吹と距離を置いて二年。瑞希は理解した。伊吹以外の人間を好きになる事は出来ないと。
※
池の横で眠ってしまった伊吹をそのままにし、瑞希はまだ横たわっている木嶋の横にしゃがむ。見下ろすように笑顔を向けた。
「ゆーう君! 今の話聞いてたかな? 君を殺すよう伊吹に命令したのは僕だよ。伊吹は何も悪くないから勘違いしないでね」
瑞希は嘲笑うように木嶋を見下した。
「な、なんでこんな事……ここまでの事される覚えないぞ」
「ここまでされても文句言えない事をしたんだよ。やれやれ、加害者ってのは自分はそんなに悪い事をしたと思ってないから困るよね」
「クソ……訴えてやる。先生にも親にも」
木嶋は強気な言葉を発しているが、それに反して身体は震えていた。本当に死にそうになったのだ。身体は恐怖で萎縮している。
「やれやれ」
瑞希は近くに放り出していた鞄からボイスレコーダーを取り出し、木嶋が今まで瑞希に吐いた暴言の数々を再生して聞かせた。木嶋の顔は一気に青ざめる。
「そもそも問題児の僕はこれ以上評判が落ちる事もないけど。
優秀なゆう君は、確か指定校推薦だったよね。これをうちの学校と志望校にでも送ろうか。さて、どうなるかな?」
「ふ、ふざけ……」
「今ここで起きた事は二人の秘密な」
「ふ、二人?」
「伊吹には忘れるように命令したから、ゆう君の事なんてすぐ忘れちゃうよ」
「お前……忘れるかどうかなんて、分からないだろ」
「分かるよ、伊吹の事ならなんでも。あっ、伊吹に何かしたらタダじゃおかないからね」
瑞希はにっこりと笑ってみせた。自分が完全に優位に立ち、優越感に浸っている笑みだ。
この事件が三年後、伊吹に返ってくるなど知る由もなかったのだった。
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次回から二章です
瑞希にだけ見せるのだ。
他のクラスメイトは誰一人知らない、本当の伊吹を知っているのが自分だけだという事が誇らしかった。
伊吹は守るべき存在だ。学校行事では、伊吹も自分の家族同然に受け入れ、辛そうにしていたらその原因を取り除いてやった。
伊吹の父親に制裁を加えてからは特に瑞希を心酔するようになったので、今まで以上に伊吹を大事にした。
幸せな主従関係が終わったのは、伊吹がバカな先輩達に良いように扱われ、瑞希を巻き込んだ事があってからだ。
伊吹ははっきりと、瑞希より先輩達を選んだ。
それが悔しくてたまらなかった。同時に悲しかった。今まで伊吹を守っていたつもりだったのに、それは押し付けや自己陶酔でしかなかったのだ。
伊吹はもっと原始的な暴力による痛みを求めていたのに、瑞希はそれに気付けなかった。
(伊吹を一番愛しているのは僕なのに──!)
恋心を自覚すると共に、伊吹への収まらない怒りが心の中で燃えている。
もうどうにでもなれと思った。身体はおかしくなるし、グルグル変わっていく感情もついていけない。自分が分からなくなった。
(そうだ、伊吹と距離を置こう。伊吹と関わらなければ苦しむ事もなくなる。僕の気持ちが落ち着いたら、復讐してやればいい)
そう考えて伊吹に「いいと言うまで近寄るな」と命令した。伊吹は瑞希の命令には逆らわない。同じ高校に進学したが、クラスは同じにならなかったし、伊吹は言われた通り近寄らなかった。
何人とも援助交際をした。その度にバレては教師に呼び出されて、誤解である(実際は誤解ではないが)と説明した。
何度か繰り返す内に、教師に呼び出されるパターンが見えてきた。
伊吹の援助交際の噂がたち始めると、それは伊吹ではなく瑞希なのだという写真が送られるのだ。こんな事をするのは伊吹しかいない。
怒りより呆れて絶望した。
(僕の初恋相手がこんな奴なんて……)
こんな事をされても、恋心はなくならないものだ。まして、復讐なんて出来る筈がない。
まだ伊吹を愛していた。その恋心を認めてからは、憎悪と愛情を半分ずつ胸に抱いている。
いつか恋心が冷めたら伊吹の前から姿を消すと決めた。それまでの間は苦しめてやるつもりだ──と、どんなに決意しても伊吹の幸せを一番に願ってしまう自分に嫌悪していた。
伊吹と距離を置いて二年。瑞希は理解した。伊吹以外の人間を好きになる事は出来ないと。
※
池の横で眠ってしまった伊吹をそのままにし、瑞希はまだ横たわっている木嶋の横にしゃがむ。見下ろすように笑顔を向けた。
「ゆーう君! 今の話聞いてたかな? 君を殺すよう伊吹に命令したのは僕だよ。伊吹は何も悪くないから勘違いしないでね」
瑞希は嘲笑うように木嶋を見下した。
「な、なんでこんな事……ここまでの事される覚えないぞ」
「ここまでされても文句言えない事をしたんだよ。やれやれ、加害者ってのは自分はそんなに悪い事をしたと思ってないから困るよね」
「クソ……訴えてやる。先生にも親にも」
木嶋は強気な言葉を発しているが、それに反して身体は震えていた。本当に死にそうになったのだ。身体は恐怖で萎縮している。
「やれやれ」
瑞希は近くに放り出していた鞄からボイスレコーダーを取り出し、木嶋が今まで瑞希に吐いた暴言の数々を再生して聞かせた。木嶋の顔は一気に青ざめる。
「そもそも問題児の僕はこれ以上評判が落ちる事もないけど。
優秀なゆう君は、確か指定校推薦だったよね。これをうちの学校と志望校にでも送ろうか。さて、どうなるかな?」
「ふ、ふざけ……」
「今ここで起きた事は二人の秘密な」
「ふ、二人?」
「伊吹には忘れるように命令したから、ゆう君の事なんてすぐ忘れちゃうよ」
「お前……忘れるかどうかなんて、分からないだろ」
「分かるよ、伊吹の事ならなんでも。あっ、伊吹に何かしたらタダじゃおかないからね」
瑞希はにっこりと笑ってみせた。自分が完全に優位に立ち、優越感に浸っている笑みだ。
この事件が三年後、伊吹に返ってくるなど知る由もなかったのだった。
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次回から二章です
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