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番外編
⑧許される為なら
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「ひ、久しぶり。瑞希……」
瑞希と会話するのは実に三年ぶりだ。伊吹は恐る恐る声をかけた。近寄ってはいけないという命令を二年守り続けた。
そんな命令など瑞希は忘れてしまったのではないかと考え、命令に反する事にした。
「おー伊吹! 久しぶり!」
瑞希は昔と変わらない明るい笑顔で伊吹に微笑んだ。その顔を見て伊吹は安心した。
「げ、元気だった?」
「ちょ~元気ぃ~。なんてな、僕がいいって言うまで近寄んなっつったろうが。何テメェから話しかけてきてんだよ?」
「瑞希……やっぱりまだ怒ってる?」
「お前なんか一生許すかって。まぁでも、そろそろ僕に近寄るくらいは許してやるか。またこれから仲良くしてね」
「あ、ああ……」
瑞希はニッコリと笑いながら右手を差し出した。どういうつもりなのか分からない。
昔の瑞希であれば、すぐ仕返しをするのが当然だったのに、許していないにも関わらずやり返す事もせずに笑顔を向けてきた。
瑞希をおかしくしたのは伊吹自身だ。拒む事は許されないと思い、瑞希と握手をした。
瑞希と一緒に過ごすようになって分かった事は、瑞希は相変わらず他人からよく恨まれているという事だった。
虐められては酷い仕返しをしてきたらしい。瑞希は逆恨みだと憤慨していたが、仕返しの内容が内容だけに、恨まれてもおかしくないと伊吹は感じた。
それを知らないのか、隣のクラスの木嶋祐介が、瑞希にちょっかいをかけてきた。違うクラスにもかかわらずだ。
二年生の時、文化祭で同じ係になってから、からかわれるようになったと瑞希は話していた。
そのイジメは、伊吹から見ても不快に感じるものであった。
「女が男の制服着てんじゃねぇよ」
というからかいの言葉から始まり、瑞希に水を掛けてから、女子の制服を見せて、
「瑞希ちゃん、着替えあるよ~? ほら、正しい制服に着替えろよ~あははは」
と、笑ったり。その為に瑞希が風邪を引き、苛立つと伊吹に八つ当たりをした。
伊吹はなるべく瑞希を守ろうとしていたのだが、木嶋は伊吹がいない時を狙ってくるのだ。
伊吹は考えた。ここで瑞希を守れたら、瑞希は過去の事を許してくれるのではないかと。
「瑞希、俺の近くから離れないようにしろよ。守るから」
朝の教室で、わざわざ席に着いている瑞希に近寄り、そう言った。頼りにしてもらえれば、悪い印象も多少は変わるのではないかと思ったのだが。
予想に反して、瑞希は蔑みの目を伊吹に向けた後、嘲笑した。
「お前が僕を守るって? 僕を先輩に売ったり、自分の援交がバレそうになると僕の援交のネタ売って逃げたお前が?」
伊吹の顔は一瞬にして驚愕に変わる。
自分の援交がバレそうになった時、瑞希の援交のネタを学校に送ったり、瑞希のクラスにその噂を流した事が、何故瑞希本人にバレているのだろうと。
「僕が知らないとでも? 本当、最低だよ。クズって二次元だけだと思ってたけど、本当にいるんだね。
それで、僕を裏切る事しか出来ない伊吹がどうやって守るの?」
伊吹は反論が出来ない。震える声で謝罪をした。思えば、一度も謝った事がなかった。
「瑞希……ごめん……ごめんなさい」
「謝らないで。一生許すつもりないし。あっ、そうだ。一つだけ僕のお願い聞いてくれたら許してあげてもいいかな」
「なっ何? なんでもするよ。瑞希の為ならなんだって!」
伊吹は身を乗り出して瑞希の両手を握った。瑞希に許されたかった。言う事を聞いて許されたら、今までの最低な自分がリセットされるような気がした。
「じゃあアイツ……木嶋を殺してきてくれる?」
「…………は? え、出来ないよ。そんなの」
「出来ないなら許せないなぁ。僕の為ならなんでもするって言うのも嘘?」
「嘘じゃない!」
「なら、殺してこいよ。それで捕まって、少年院でも入ればいいじゃん。中卒扱いになるのかなぁ。大人になってから大変だろうけど、僕の為にいっぱい苦しんでね?」
「わ……分かったよ」
瑞希に逆らえない。ただ、ペニスがジンジンと熱くなった事だけを感じていた。
伊吹は放課後、校舎裏に木嶋を呼び出した。校舎裏は花壇や池があるが、殆ど人が寄ってこない場だ。朝は用務員が掃除したりして、昼休みは生徒が憩いの場にしているが、放課後は誰もおらずシンとしている。
「なんだよ、えっと……篠だっけ? 佐々木のおホモだちってやつだろ? 気持ち悪ぃな」
伊吹はそれには答えず、木嶋の首を掴んだ。
「なっ、なにすんだっ……うぐっ!」
木嶋はそこまで筋力があるわけではない。伊吹の力に敵わず、伊吹が一歩歩く事に後退させられる。
数歩歩くと後ろには池があった。
「や、やめろ……やめてくれっ!」
伊吹は迷わず木嶋を池に落とした。バッシャーン! と派手な音が響く。足が着くか着かない程の水深だ。服の重さも相まって木嶋は両手をバタつかせた。
その木嶋の頭を伊吹は両手で押えた。ブクブクと水泡が浮かぶ。どれくらいで死ぬのだろう、動かなくなるまで押し続けるつもりで全身に力を入れた。
涙が浮かぶ。これで殺人犯となるのだ。人を殺した感触は一生残るだろう。
(瑞希……これで許してくれるかな……)
「伊吹、ストップ」
その時、瑞希が伊吹の両手を掴んでやめさせた。そして、瑞希は木嶋の手を引いて陸に上がらせたのだ。
木嶋を横たわらせた。力が入らないらしい、ゼーハーと荒い息を上げている。
瑞希はそんな彼を放置し、座り込んでいる伊吹の前に両膝を着いて頭を撫でた。
「僕の言う事が聞けて偉かったね。本気で殺させるつもりはなかったんだ。伊吹がどこまで僕の為にやってくれるのか見たかったの」
「み、瑞希ぃ……」
伊吹は瑞希の腰に抱き着いた。母親に甘えるように、泣きじゃくりながら。瑞希に頭を撫でられると安心した。
「ごめんなさい。瑞希に酷い事いっぱいした。許されないって分かってる。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
「うん。とりあえずは許してあげるね。伊吹への恨みは一生消えないし、いつかまた報復したいと思うだろうけど。
僕の言う事を聞き続けていれば、いつか恨みなんてなくなるんじゃないかな」
「本当? 本当に?」
「うん。だから伊吹は僕の言う事だけをちゃーんと聞いてね。僕の恨みがなくなるまで」
「分かった。分かった。ぐすっ、ぐすっ」
泣き止まない伊吹に瑞希は優しく耳元に囁いた。
「じゃあ次の命令ね。今君が人を殺そうとした事は忘れるんだよ」
「で、でも。俺、本当に人を殺そうと……」
「ぜーんぶ僕がした事だよ。ちゃんと忘れてね、そうじゃないと伊吹が壊れちゃうだろうし。君は意外と繊細だからね。
これくらいで壊れられたら困るんだ。伊吹は僕がメチャクチャにしてやるんだから」
「うん。瑞希の言う通りにする。俺をメチャクチャにして。瑞希の為に苦しみ続けるから!」
「いい子。めいっぱい苦痛を楽しんでね」
瑞希に褒められると嬉しくなった。伊吹にとって瑞希は絶対的な存在だ。普段はただの友人でいながら、瑞希が命令した事には逆らえなくなったのだった。
安心すると意識が遠のいた。次に目を覚ました時には木嶋との事は本気で忘れてしまっていた。
瑞希と会話するのは実に三年ぶりだ。伊吹は恐る恐る声をかけた。近寄ってはいけないという命令を二年守り続けた。
そんな命令など瑞希は忘れてしまったのではないかと考え、命令に反する事にした。
「おー伊吹! 久しぶり!」
瑞希は昔と変わらない明るい笑顔で伊吹に微笑んだ。その顔を見て伊吹は安心した。
「げ、元気だった?」
「ちょ~元気ぃ~。なんてな、僕がいいって言うまで近寄んなっつったろうが。何テメェから話しかけてきてんだよ?」
「瑞希……やっぱりまだ怒ってる?」
「お前なんか一生許すかって。まぁでも、そろそろ僕に近寄るくらいは許してやるか。またこれから仲良くしてね」
「あ、ああ……」
瑞希はニッコリと笑いながら右手を差し出した。どういうつもりなのか分からない。
昔の瑞希であれば、すぐ仕返しをするのが当然だったのに、許していないにも関わらずやり返す事もせずに笑顔を向けてきた。
瑞希をおかしくしたのは伊吹自身だ。拒む事は許されないと思い、瑞希と握手をした。
瑞希と一緒に過ごすようになって分かった事は、瑞希は相変わらず他人からよく恨まれているという事だった。
虐められては酷い仕返しをしてきたらしい。瑞希は逆恨みだと憤慨していたが、仕返しの内容が内容だけに、恨まれてもおかしくないと伊吹は感じた。
それを知らないのか、隣のクラスの木嶋祐介が、瑞希にちょっかいをかけてきた。違うクラスにもかかわらずだ。
二年生の時、文化祭で同じ係になってから、からかわれるようになったと瑞希は話していた。
そのイジメは、伊吹から見ても不快に感じるものであった。
「女が男の制服着てんじゃねぇよ」
というからかいの言葉から始まり、瑞希に水を掛けてから、女子の制服を見せて、
「瑞希ちゃん、着替えあるよ~? ほら、正しい制服に着替えろよ~あははは」
と、笑ったり。その為に瑞希が風邪を引き、苛立つと伊吹に八つ当たりをした。
伊吹はなるべく瑞希を守ろうとしていたのだが、木嶋は伊吹がいない時を狙ってくるのだ。
伊吹は考えた。ここで瑞希を守れたら、瑞希は過去の事を許してくれるのではないかと。
「瑞希、俺の近くから離れないようにしろよ。守るから」
朝の教室で、わざわざ席に着いている瑞希に近寄り、そう言った。頼りにしてもらえれば、悪い印象も多少は変わるのではないかと思ったのだが。
予想に反して、瑞希は蔑みの目を伊吹に向けた後、嘲笑した。
「お前が僕を守るって? 僕を先輩に売ったり、自分の援交がバレそうになると僕の援交のネタ売って逃げたお前が?」
伊吹の顔は一瞬にして驚愕に変わる。
自分の援交がバレそうになった時、瑞希の援交のネタを学校に送ったり、瑞希のクラスにその噂を流した事が、何故瑞希本人にバレているのだろうと。
「僕が知らないとでも? 本当、最低だよ。クズって二次元だけだと思ってたけど、本当にいるんだね。
それで、僕を裏切る事しか出来ない伊吹がどうやって守るの?」
伊吹は反論が出来ない。震える声で謝罪をした。思えば、一度も謝った事がなかった。
「瑞希……ごめん……ごめんなさい」
「謝らないで。一生許すつもりないし。あっ、そうだ。一つだけ僕のお願い聞いてくれたら許してあげてもいいかな」
「なっ何? なんでもするよ。瑞希の為ならなんだって!」
伊吹は身を乗り出して瑞希の両手を握った。瑞希に許されたかった。言う事を聞いて許されたら、今までの最低な自分がリセットされるような気がした。
「じゃあアイツ……木嶋を殺してきてくれる?」
「…………は? え、出来ないよ。そんなの」
「出来ないなら許せないなぁ。僕の為ならなんでもするって言うのも嘘?」
「嘘じゃない!」
「なら、殺してこいよ。それで捕まって、少年院でも入ればいいじゃん。中卒扱いになるのかなぁ。大人になってから大変だろうけど、僕の為にいっぱい苦しんでね?」
「わ……分かったよ」
瑞希に逆らえない。ただ、ペニスがジンジンと熱くなった事だけを感じていた。
伊吹は放課後、校舎裏に木嶋を呼び出した。校舎裏は花壇や池があるが、殆ど人が寄ってこない場だ。朝は用務員が掃除したりして、昼休みは生徒が憩いの場にしているが、放課後は誰もおらずシンとしている。
「なんだよ、えっと……篠だっけ? 佐々木のおホモだちってやつだろ? 気持ち悪ぃな」
伊吹はそれには答えず、木嶋の首を掴んだ。
「なっ、なにすんだっ……うぐっ!」
木嶋はそこまで筋力があるわけではない。伊吹の力に敵わず、伊吹が一歩歩く事に後退させられる。
数歩歩くと後ろには池があった。
「や、やめろ……やめてくれっ!」
伊吹は迷わず木嶋を池に落とした。バッシャーン! と派手な音が響く。足が着くか着かない程の水深だ。服の重さも相まって木嶋は両手をバタつかせた。
その木嶋の頭を伊吹は両手で押えた。ブクブクと水泡が浮かぶ。どれくらいで死ぬのだろう、動かなくなるまで押し続けるつもりで全身に力を入れた。
涙が浮かぶ。これで殺人犯となるのだ。人を殺した感触は一生残るだろう。
(瑞希……これで許してくれるかな……)
「伊吹、ストップ」
その時、瑞希が伊吹の両手を掴んでやめさせた。そして、瑞希は木嶋の手を引いて陸に上がらせたのだ。
木嶋を横たわらせた。力が入らないらしい、ゼーハーと荒い息を上げている。
瑞希はそんな彼を放置し、座り込んでいる伊吹の前に両膝を着いて頭を撫でた。
「僕の言う事が聞けて偉かったね。本気で殺させるつもりはなかったんだ。伊吹がどこまで僕の為にやってくれるのか見たかったの」
「み、瑞希ぃ……」
伊吹は瑞希の腰に抱き着いた。母親に甘えるように、泣きじゃくりながら。瑞希に頭を撫でられると安心した。
「ごめんなさい。瑞希に酷い事いっぱいした。許されないって分かってる。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
「うん。とりあえずは許してあげるね。伊吹への恨みは一生消えないし、いつかまた報復したいと思うだろうけど。
僕の言う事を聞き続けていれば、いつか恨みなんてなくなるんじゃないかな」
「本当? 本当に?」
「うん。だから伊吹は僕の言う事だけをちゃーんと聞いてね。僕の恨みがなくなるまで」
「分かった。分かった。ぐすっ、ぐすっ」
泣き止まない伊吹に瑞希は優しく耳元に囁いた。
「じゃあ次の命令ね。今君が人を殺そうとした事は忘れるんだよ」
「で、でも。俺、本当に人を殺そうと……」
「ぜーんぶ僕がした事だよ。ちゃんと忘れてね、そうじゃないと伊吹が壊れちゃうだろうし。君は意外と繊細だからね。
これくらいで壊れられたら困るんだ。伊吹は僕がメチャクチャにしてやるんだから」
「うん。瑞希の言う通りにする。俺をメチャクチャにして。瑞希の為に苦しみ続けるから!」
「いい子。めいっぱい苦痛を楽しんでね」
瑞希に褒められると嬉しくなった。伊吹にとって瑞希は絶対的な存在だ。普段はただの友人でいながら、瑞希が命令した事には逆らえなくなったのだった。
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