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一章
二十四話 二人の関係は
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その後は翠の縄を解いて、客達を交えてのトークをしたり、客に壇上にあがってもらい、SMならではのミニゲームなどをした。
全てが終わり、三人は挨拶を終えて客の拍手と共に退場した。
翠を控え室で休ませて、少し落ち着いてから伊吹と瑞希は客席へと向かう。二人が出てくるのを待っていた数名の客達が隅の方で談笑していたので、そこへ近寄る。
「今日はありがとうございました」
伊吹がそう言うと、客達がそれぞれ伊吹と瑞希に集まった。
「伊吹君がやるショーにしては軽めだけど、良かったよ! 翠君とも良い感じだったし」
「へへっ、翠良かったでしょ」
「良かったよ~。あれ翠君は?」
「翠はお着替え中です。後で連れてきますね」
「そうしてくれ!」
客は翠を気に入ったようだ。伊吹は初めてだった。自分ではない翠が客に気に入られて嬉しい気持ちになったのは……。
その後、私服に着替えた翠もやって来て客達と談笑していた。
「毎週日曜、この時間に開催するので、暇だったらまた見に来てください。SMに興味あるって人がいたら、紹介してください。
事前予約か、当日フライヤー持って来たら五百円引きなので~、あっ、これ次回のフライヤーです」
翠と瑞希が客と話している間、伊吹は必死に営業していたのだった。
客達が全員帰っていき、伊吹と瑞希も私服に着替えて会場の片付けをしていた。
伊吹は自信ありげに翠に問う。
「翠、どうだったか?」
「ええ、楽しかったです。かなーり痛かったですけどね。伊吹さん、瑞希さん二人と息が合ってる感じがして、結構興奮しました」
「そうだろうそうだろう、だからSMはやめられねぇ」
伊吹はサッパリとした笑顔を翠に向けた。
「い……伊吹さん……。伊吹さんがこんなにも自然に俺に笑いかけてくれるなんて」
翠は嬉しさから涙を浮かべている。
「楽しかったよねぇ。ほら、二人ともちゃんと仕事して~。僕、この後用事あるから早く帰りたい」
瑞希が天井のカラビナを取ろうと脚立に乗ろうとした時、翠が慌てた様子で制止した。
「みっ、瑞希さん! それ俺やります。危ないんで、道具の片付けとかすればいいと思います!」
二人の様子に違和感を感じつつ、伊吹は気のせいだろうと瑞希に声をかけた。
「瑞希、用事あるなら先帰っていいぞ? そろそろ他のスタッフが来るから、手伝ってもらうし。なんなら翠も帰っていいよ」
「そう? じゃあそうしてもらおうかな……」
「俺は残りますよ」
その時だった。
会場の出入口がバンッと開いた。
急な事で驚き、三人ともそちらへ目を向ける。伊吹は店長かスタッフの誰かだと思っていた為、気を抜いていた。
だが、そこに立っていたのは店長でもスタッフでもなかった。
黒服姿の細身の男だ。見た感じでは十代後半に見える。顔色も悪く、目付きも悪い。どこから見ても不審者だ。見覚えすらない。
「……どちら様?」
最初に訝しげに問いかけたのは伊吹だ。ホテルの利用客が間違えて来てしまったのかと思ったのだ。
「篠と佐々木だな?」
「そうだけど……」
困惑して答える伊吹。確かに篠伊吹と佐々木瑞希だ。苗字で呼ぶ相手は学校関係者しかいない。ホテル関係や客達、ゲイ仲間は下の名前でしか呼ばない。
伊吹より先に瑞希が相手の正体に気付いた。
「あっ……もしかしてキミ、ゆう君!?」
「その呼び方で呼ぶなっ!! 」
男が喚く。伊吹は分からないようで首を傾げた。
「ゆう君って誰だっけ?」
「高校の時同じ学年だった木嶋悠太郎君。伊吹はちゃんと忘れてくれたんだね?」
瑞希の言い方に伊吹は違和感を覚える。だが実際覚えていないのは事実だ。うーんと唸っても同じである。
「覚えてないや。同クラ?」
「ううん」
「人の顔と名前覚えんの苦手なんだよなぁ。他クラスなら余計覚えてないよ」
伊吹が思い出そうと唸っているが、木嶋はポケットから折りたたみナイフを取り出し、刃を二人に向けた。
「ふっざけんな!! お前らにされた事、忘れてねぇぞ!! 俺はなぁ、お前らのせいで、水見るだけでトラウマがよみがえるんだ!!
あの時の俺の恐怖を思い知れよ!!」
「何騒いでるか知らないけど、そんな事しても警察に捕まるだけ──」
「うるせぇぇええ!!」
木嶋がナイフを向けたまま走り出した。一番近くにいた伊吹……ではなく瑞希がいる壇上へと一直線に。
「佐々木ぃぃっ!!」
木嶋の声に驚いた瑞希は、後ろへひっくり返って尻もちをついた。五十センチ程の高さの壇上に飛び乗った木嶋だったが、既に翠が瑞希の前に立ちはだかっており、木嶋に中段蹴りを食らわせた。
そのまま壇上から落ちる木嶋。
「瑞希さん、大丈夫でしたか?」
「なんともない。つか、僕の事心配し過ぎ! 大丈夫だから。君は伊吹の心配でもしてなよ」
「でも、瑞希さんは足が……」
伊吹は木嶋の事など忘れ、翠と瑞希のやり取りをみていた。翠が何故瑞希をそんなに気に掛けるのか。
「あいつ……まさか……」
伊吹はポツリと呟いた。嫌な予感がしてならないのだ。一瞬、母親の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
母親が家を出て行く前日の光景だ。ダイニングテーブルに座って一人泣いていた。
『伊吹はお母さんとお父さん、どっちが好き?』
母親にそう問われたあの時と同じ様な、言いようのない不安感に襲われる。
一方、瑞希には近寄れないと感じた木嶋は、一人ボーッと真剣な目で二人を見ている伊吹に向けて走った。
グサッ……と、木嶋の行動など見ていない伊吹の右腹部に、ナイフが突き刺さる。
「……なっ」
刺されてから初めて自分に何が起こったのか気付いて驚愕した。
刃が半分ほど伊吹の腹部に入り、伊吹はその場で倒れる。刺されたところが燃えるように熱い。動こうとするが痛みで動けない。
伊吹は、睾丸を針で刺された時の方が痛かったと自分に言い聞かせて、刺された付近を押さえて身を丸めた。
「ひっ……ひぃぃっ!」
「伊吹!」
「伊吹さんっ!」
木嶋の怯える様な声と、伊吹を呼ぶ声が聞こえた。それより翠が瑞希を守った光景が頭から離れない。
刺されたところの痛みと、何故か胸の痛みを感じていた。
全てが終わり、三人は挨拶を終えて客の拍手と共に退場した。
翠を控え室で休ませて、少し落ち着いてから伊吹と瑞希は客席へと向かう。二人が出てくるのを待っていた数名の客達が隅の方で談笑していたので、そこへ近寄る。
「今日はありがとうございました」
伊吹がそう言うと、客達がそれぞれ伊吹と瑞希に集まった。
「伊吹君がやるショーにしては軽めだけど、良かったよ! 翠君とも良い感じだったし」
「へへっ、翠良かったでしょ」
「良かったよ~。あれ翠君は?」
「翠はお着替え中です。後で連れてきますね」
「そうしてくれ!」
客は翠を気に入ったようだ。伊吹は初めてだった。自分ではない翠が客に気に入られて嬉しい気持ちになったのは……。
その後、私服に着替えた翠もやって来て客達と談笑していた。
「毎週日曜、この時間に開催するので、暇だったらまた見に来てください。SMに興味あるって人がいたら、紹介してください。
事前予約か、当日フライヤー持って来たら五百円引きなので~、あっ、これ次回のフライヤーです」
翠と瑞希が客と話している間、伊吹は必死に営業していたのだった。
客達が全員帰っていき、伊吹と瑞希も私服に着替えて会場の片付けをしていた。
伊吹は自信ありげに翠に問う。
「翠、どうだったか?」
「ええ、楽しかったです。かなーり痛かったですけどね。伊吹さん、瑞希さん二人と息が合ってる感じがして、結構興奮しました」
「そうだろうそうだろう、だからSMはやめられねぇ」
伊吹はサッパリとした笑顔を翠に向けた。
「い……伊吹さん……。伊吹さんがこんなにも自然に俺に笑いかけてくれるなんて」
翠は嬉しさから涙を浮かべている。
「楽しかったよねぇ。ほら、二人ともちゃんと仕事して~。僕、この後用事あるから早く帰りたい」
瑞希が天井のカラビナを取ろうと脚立に乗ろうとした時、翠が慌てた様子で制止した。
「みっ、瑞希さん! それ俺やります。危ないんで、道具の片付けとかすればいいと思います!」
二人の様子に違和感を感じつつ、伊吹は気のせいだろうと瑞希に声をかけた。
「瑞希、用事あるなら先帰っていいぞ? そろそろ他のスタッフが来るから、手伝ってもらうし。なんなら翠も帰っていいよ」
「そう? じゃあそうしてもらおうかな……」
「俺は残りますよ」
その時だった。
会場の出入口がバンッと開いた。
急な事で驚き、三人ともそちらへ目を向ける。伊吹は店長かスタッフの誰かだと思っていた為、気を抜いていた。
だが、そこに立っていたのは店長でもスタッフでもなかった。
黒服姿の細身の男だ。見た感じでは十代後半に見える。顔色も悪く、目付きも悪い。どこから見ても不審者だ。見覚えすらない。
「……どちら様?」
最初に訝しげに問いかけたのは伊吹だ。ホテルの利用客が間違えて来てしまったのかと思ったのだ。
「篠と佐々木だな?」
「そうだけど……」
困惑して答える伊吹。確かに篠伊吹と佐々木瑞希だ。苗字で呼ぶ相手は学校関係者しかいない。ホテル関係や客達、ゲイ仲間は下の名前でしか呼ばない。
伊吹より先に瑞希が相手の正体に気付いた。
「あっ……もしかしてキミ、ゆう君!?」
「その呼び方で呼ぶなっ!! 」
男が喚く。伊吹は分からないようで首を傾げた。
「ゆう君って誰だっけ?」
「高校の時同じ学年だった木嶋悠太郎君。伊吹はちゃんと忘れてくれたんだね?」
瑞希の言い方に伊吹は違和感を覚える。だが実際覚えていないのは事実だ。うーんと唸っても同じである。
「覚えてないや。同クラ?」
「ううん」
「人の顔と名前覚えんの苦手なんだよなぁ。他クラスなら余計覚えてないよ」
伊吹が思い出そうと唸っているが、木嶋はポケットから折りたたみナイフを取り出し、刃を二人に向けた。
「ふっざけんな!! お前らにされた事、忘れてねぇぞ!! 俺はなぁ、お前らのせいで、水見るだけでトラウマがよみがえるんだ!!
あの時の俺の恐怖を思い知れよ!!」
「何騒いでるか知らないけど、そんな事しても警察に捕まるだけ──」
「うるせぇぇええ!!」
木嶋がナイフを向けたまま走り出した。一番近くにいた伊吹……ではなく瑞希がいる壇上へと一直線に。
「佐々木ぃぃっ!!」
木嶋の声に驚いた瑞希は、後ろへひっくり返って尻もちをついた。五十センチ程の高さの壇上に飛び乗った木嶋だったが、既に翠が瑞希の前に立ちはだかっており、木嶋に中段蹴りを食らわせた。
そのまま壇上から落ちる木嶋。
「瑞希さん、大丈夫でしたか?」
「なんともない。つか、僕の事心配し過ぎ! 大丈夫だから。君は伊吹の心配でもしてなよ」
「でも、瑞希さんは足が……」
伊吹は木嶋の事など忘れ、翠と瑞希のやり取りをみていた。翠が何故瑞希をそんなに気に掛けるのか。
「あいつ……まさか……」
伊吹はポツリと呟いた。嫌な予感がしてならないのだ。一瞬、母親の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
母親が家を出て行く前日の光景だ。ダイニングテーブルに座って一人泣いていた。
『伊吹はお母さんとお父さん、どっちが好き?』
母親にそう問われたあの時と同じ様な、言いようのない不安感に襲われる。
一方、瑞希には近寄れないと感じた木嶋は、一人ボーッと真剣な目で二人を見ている伊吹に向けて走った。
グサッ……と、木嶋の行動など見ていない伊吹の右腹部に、ナイフが突き刺さる。
「……なっ」
刺されてから初めて自分に何が起こったのか気付いて驚愕した。
刃が半分ほど伊吹の腹部に入り、伊吹はその場で倒れる。刺されたところが燃えるように熱い。動こうとするが痛みで動けない。
伊吹は、睾丸を針で刺された時の方が痛かったと自分に言い聞かせて、刺された付近を押さえて身を丸めた。
「ひっ……ひぃぃっ!」
「伊吹!」
「伊吹さんっ!」
木嶋の怯える様な声と、伊吹を呼ぶ声が聞こえた。それより翠が瑞希を守った光景が頭から離れない。
刺されたところの痛みと、何故か胸の痛みを感じていた。
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