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一章
十八話 恋した過程
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「じゃ、次は明後日ここに集合で。瑞希は明日乱パだよな」
「うん! 明日も楽しみにしてるね」
「はいよ。お疲れ様~」
伊吹は翠と瑞希に手を振った。
「またねぇ。翠君一緒にかーえろ」
瑞希が翠の手を掴もうとしたと同時に、翠は伊吹の腕を掴んだ。
「瑞希さん、ごめんなさい。伊吹さんと話があるので」
いきなりの翠の行動に驚く伊吹と瑞希。先に動いたのは瑞希だ。
「二人のラブラブタイムも必要だよね。じゃあ僕帰るね」
パタンとドアが閉まり、二人きりになる。伊吹は通常通りの対応をしようと、真顔で翠を見つめた。
「話ってなんだ?」
「俺達って本当に付き合ってますよね?」
「そうだけど、それが?」
「それならもう次に進みたいです」
「次?」
翠が伊吹に顔を近付けてきた。恋愛経験のない伊吹でもさすがに分かる。キスを迫られていると。
プレイで他人とキスをする事はあったが、恋人となった人とキスを、なんでもない時にするのは初めてだ。
その状況が伊吹の思考力を低下させ、正常な判断を狂わせる。
いわゆるパニック状態だ。
「ちょ、ちょっと」
「伊吹さん、嫌ならストップ……ですよ」
一時間程前に瑞希が言い出したセーフワードだ。それを言われて止めなければ、信頼関係が崩れる。
ストップとさえ言えば翠はキスをやめるのだと分かった。
「えっ……」
だが、うまく働かない脳は余計に混乱を起こした。伊吹は顔を上げてギュッと目を瞑る。
このままキスをされるのだろうと、覚悟をした。
だがそのまま数秒が経過。なかなかキスしてこない事を不思議に思い、目を開けると翠が困った顔で笑っていた。
「す、翠?」
「伊吹さん、嫌がってるみたいなので今日はやめておきますね」
「セーフワード言ってない」
「言わなくても態度で分かります。これでも結構我慢してるんですよ。やっぱりこういう事は伊吹さんに好かれてるって意識してる時にしたいですね。
そうだ、俺とキスしたくなったら伊吹さんからキスのおねだりして下さい。俺はいつでもウェルカムなんで」
余裕な態度の翠に、伊吹は苛立って顔を赤くした。
「は、はぁっ!? 俺の事バカにしてるだろ?」
「してないですよ」
「俺が恋愛経験ないからって。お前は慣れてるんだろうけど、初心者にはもっと優しくだな……」
「伊吹さんだって。SM初心者の俺に優しくなかったでしょ」
それを言われると、伊吹の中で無意識に罪悪感が芽生えた。
「仕返しのつもりか?」
「そんなつもりはなかったんですけどね。
それに、俺も恋愛は初心者ですよ」
翠が一歩前に出ると、伊吹が一歩後退する。
「そ……そういや、初めて会った時童貞だったもんな」
少しでも翠より上の立場でいたい伊吹は、性の経験の浅さでマウントを取ろうとしたが、翠は一歩、一歩と進んできた。
同時に伊吹は後退していき、後ろのベッドに座り込む。
「茶化さないで下さい。しっかり聞いて下さいね」
伊吹の上にのしかかる様に、翠は右膝をベッドの上に乗せて伊吹を押し倒した。
「あなたは俺の初恋です」
「はぁ? その一年前だか二年前だかに俺が救ったとかでか? 雛鳥が初めて見る相手を親だと思うのに等しいと、俺は思うぜ。
第一、お前と会った記憶ないし」
伊吹の中では、翠との初めて出会ったのは乱交パーティーだ。翠にとっては初の参加だったと記憶している。
「家出した高校生を助けたの、覚えてないですか?」
伊吹は記憶を探るが、そんな経験はなかった。二年前は大学一年生だ。
ホテルも建てたばかりで、店長や副店長と出会ってホテル経営が形になってきたところだ。
イベント開催や乱交パーティー等もまだまだ反省点が多く、運営に苦労していた時期である。
気紛れに誰かを助けたかもしれないが、記憶の彼方だ。覚えているわけがない。
「悪いけど、覚えてない」
「言ってましたもんね。覚えてないだろうから、次会ったら説明しろって」
「記憶に残しとくと疲れるから、忘れるようにしてるんだ」
「疲れちゃうからって、マジで言ってます?
それで忘れちゃおうなんて。本当に困った人ですね」
「誰にも迷惑かけてねぇよ」
「俺ね、高校二年の途中まではずっと真面目な優等生だったんですよ」
「らしいな。エリート一家で、お前だけグレちゃったのかな? 年齢詐称して乱パに参加とか、普通の優等生はしないぜ」
「貴方と出会って今までの価値観が全部変わったんです。
とにかく、家出をした俺はこのホテルの近くまで来ました。ちょっと俺が……うん、これは言えないか。
とにかく、怖いお兄さんに恫喝されてたんです」
「ここらへん治安悪いしな」
「そこを助けてくれたのが伊吹さんでした」
「人違いじゃね? 怖い人と喧嘩した記憶ないし」
むしろ喧嘩は嫌いな方だ。伊吹は喧嘩を見たら見て見ぬふりをする。なるべく関わりたくないと思っていた。
「人違いじゃないです。それに喧嘩はしてないですよ。伊吹さんはお兄さんと俺に言ったんです。
俺、そこのホテル"ラブピーチ"の者なんだけど、そんなところで男二人でイチャつくんなら、ホテル利用しませんか? ゲイカップル専用ホテルです……って」
「あ、それ俺だ」
記憶の奥の奥に放り込まれていたその時の情景が頭に浮かんだ。
その時はホテル利用者が少なく、経営も苦しかった時期だ。ゲイ専用にしたのが悪かったのか、やはり普通のラブホテルに変えるべきかと悩んでいた。
どうしても女性を近付けたくなかったので、ゲイカップルを見掛けたら、声を掛けてホテルを利用するよう営業をしていた。
「それで伊吹さんは俺にホテルの名刺渡して去っていったんです。
高校卒業したらおいでって」
「ふぅん?」
「それからネットでホテルの事調べて、段々ゲイ達のヤリ場所として知名度が上がっていくのを見守ってました。
人気出てからの口コミとか見たり、ネット掲示板で利用者と語り合ったりして。
伊吹さんの事ずっと見てました。遠くからですがずっと、ずーっと」
伊吹はうんと頷いて、眉間に皺を寄せた。
「ストーカーじゃねぇかよ!」
「うん! 明日も楽しみにしてるね」
「はいよ。お疲れ様~」
伊吹は翠と瑞希に手を振った。
「またねぇ。翠君一緒にかーえろ」
瑞希が翠の手を掴もうとしたと同時に、翠は伊吹の腕を掴んだ。
「瑞希さん、ごめんなさい。伊吹さんと話があるので」
いきなりの翠の行動に驚く伊吹と瑞希。先に動いたのは瑞希だ。
「二人のラブラブタイムも必要だよね。じゃあ僕帰るね」
パタンとドアが閉まり、二人きりになる。伊吹は通常通りの対応をしようと、真顔で翠を見つめた。
「話ってなんだ?」
「俺達って本当に付き合ってますよね?」
「そうだけど、それが?」
「それならもう次に進みたいです」
「次?」
翠が伊吹に顔を近付けてきた。恋愛経験のない伊吹でもさすがに分かる。キスを迫られていると。
プレイで他人とキスをする事はあったが、恋人となった人とキスを、なんでもない時にするのは初めてだ。
その状況が伊吹の思考力を低下させ、正常な判断を狂わせる。
いわゆるパニック状態だ。
「ちょ、ちょっと」
「伊吹さん、嫌ならストップ……ですよ」
一時間程前に瑞希が言い出したセーフワードだ。それを言われて止めなければ、信頼関係が崩れる。
ストップとさえ言えば翠はキスをやめるのだと分かった。
「えっ……」
だが、うまく働かない脳は余計に混乱を起こした。伊吹は顔を上げてギュッと目を瞑る。
このままキスをされるのだろうと、覚悟をした。
だがそのまま数秒が経過。なかなかキスしてこない事を不思議に思い、目を開けると翠が困った顔で笑っていた。
「す、翠?」
「伊吹さん、嫌がってるみたいなので今日はやめておきますね」
「セーフワード言ってない」
「言わなくても態度で分かります。これでも結構我慢してるんですよ。やっぱりこういう事は伊吹さんに好かれてるって意識してる時にしたいですね。
そうだ、俺とキスしたくなったら伊吹さんからキスのおねだりして下さい。俺はいつでもウェルカムなんで」
余裕な態度の翠に、伊吹は苛立って顔を赤くした。
「は、はぁっ!? 俺の事バカにしてるだろ?」
「してないですよ」
「俺が恋愛経験ないからって。お前は慣れてるんだろうけど、初心者にはもっと優しくだな……」
「伊吹さんだって。SM初心者の俺に優しくなかったでしょ」
それを言われると、伊吹の中で無意識に罪悪感が芽生えた。
「仕返しのつもりか?」
「そんなつもりはなかったんですけどね。
それに、俺も恋愛は初心者ですよ」
翠が一歩前に出ると、伊吹が一歩後退する。
「そ……そういや、初めて会った時童貞だったもんな」
少しでも翠より上の立場でいたい伊吹は、性の経験の浅さでマウントを取ろうとしたが、翠は一歩、一歩と進んできた。
同時に伊吹は後退していき、後ろのベッドに座り込む。
「茶化さないで下さい。しっかり聞いて下さいね」
伊吹の上にのしかかる様に、翠は右膝をベッドの上に乗せて伊吹を押し倒した。
「あなたは俺の初恋です」
「はぁ? その一年前だか二年前だかに俺が救ったとかでか? 雛鳥が初めて見る相手を親だと思うのに等しいと、俺は思うぜ。
第一、お前と会った記憶ないし」
伊吹の中では、翠との初めて出会ったのは乱交パーティーだ。翠にとっては初の参加だったと記憶している。
「家出した高校生を助けたの、覚えてないですか?」
伊吹は記憶を探るが、そんな経験はなかった。二年前は大学一年生だ。
ホテルも建てたばかりで、店長や副店長と出会ってホテル経営が形になってきたところだ。
イベント開催や乱交パーティー等もまだまだ反省点が多く、運営に苦労していた時期である。
気紛れに誰かを助けたかもしれないが、記憶の彼方だ。覚えているわけがない。
「悪いけど、覚えてない」
「言ってましたもんね。覚えてないだろうから、次会ったら説明しろって」
「記憶に残しとくと疲れるから、忘れるようにしてるんだ」
「疲れちゃうからって、マジで言ってます?
それで忘れちゃおうなんて。本当に困った人ですね」
「誰にも迷惑かけてねぇよ」
「俺ね、高校二年の途中まではずっと真面目な優等生だったんですよ」
「らしいな。エリート一家で、お前だけグレちゃったのかな? 年齢詐称して乱パに参加とか、普通の優等生はしないぜ」
「貴方と出会って今までの価値観が全部変わったんです。
とにかく、家出をした俺はこのホテルの近くまで来ました。ちょっと俺が……うん、これは言えないか。
とにかく、怖いお兄さんに恫喝されてたんです」
「ここらへん治安悪いしな」
「そこを助けてくれたのが伊吹さんでした」
「人違いじゃね? 怖い人と喧嘩した記憶ないし」
むしろ喧嘩は嫌いな方だ。伊吹は喧嘩を見たら見て見ぬふりをする。なるべく関わりたくないと思っていた。
「人違いじゃないです。それに喧嘩はしてないですよ。伊吹さんはお兄さんと俺に言ったんです。
俺、そこのホテル"ラブピーチ"の者なんだけど、そんなところで男二人でイチャつくんなら、ホテル利用しませんか? ゲイカップル専用ホテルです……って」
「あ、それ俺だ」
記憶の奥の奥に放り込まれていたその時の情景が頭に浮かんだ。
その時はホテル利用者が少なく、経営も苦しかった時期だ。ゲイ専用にしたのが悪かったのか、やはり普通のラブホテルに変えるべきかと悩んでいた。
どうしても女性を近付けたくなかったので、ゲイカップルを見掛けたら、声を掛けてホテルを利用するよう営業をしていた。
「それで伊吹さんは俺にホテルの名刺渡して去っていったんです。
高校卒業したらおいでって」
「ふぅん?」
「それからネットでホテルの事調べて、段々ゲイ達のヤリ場所として知名度が上がっていくのを見守ってました。
人気出てからの口コミとか見たり、ネット掲示板で利用者と語り合ったりして。
伊吹さんの事ずっと見てました。遠くからですがずっと、ずーっと」
伊吹はうんと頷いて、眉間に皺を寄せた。
「ストーカーじゃねぇかよ!」
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