乱交パーティー出禁の男

眠りん

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一章

十六話 伊吹について

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 ラブピーチを出た翠は瑞希と共に夜の街を歩き出した。
 翠から見て瑞希は可愛らしい男の子といった感じである。翠より二十センチ程低い身長に、小柄な体付き、触ったら折れてしまいそうに感じられた。
 それなのに、何故か逆らってはいけないような、何か失礼をしたら怒られそうな、そんなキツそうな雰囲気がある。

 翠はもっと前から瑞希の存在を知っていた。伊吹の友人であり、乱交パーティー参加者という事も。

「あ、あの……瑞希さんは、伊吹さんの幼馴染みなんですよね?」

「んーまぁね。小学三年の時に知り合ったかな。ん? もしかしてヤキモチ?」

「いっいえっ! 昔の伊吹さんってどんな感じだったのかなって……」

 翠は顔を赤くさせた。自分が知らない好きな人の一面を知りたいのは当然の事だ。本人に聞いても答えてはくれないだろう。嫌われている事は重々理解している。
 瑞希に聞くのが一番早かった。

「今と変わらないよ。自己中なクズ男」

「それは言い過ぎですよ~」

 ハハハと空笑いをした。翠も伊吹が出来た人だとは思っていない。伊吹に近付くまでに情報を仕入れた際に、彼の逸話は色々と聞いているからだ。
 実際本人に事実確認はした事はないが。

「まぁ出会った当時は大人しくて、ちょっと引っ込み思案なとこあって可愛かったけど。
 大きくなるにつれて、卑怯なところが目立つようになったかな。
 快楽主義っていうのかな、その為なら他人がどうなろうと知ったことじゃないんだろうね」

「瑞希さんは本当に伊吹さんの友人なんですよね?」

 確かにそう聞いていた。とある情報源に対価を払って得た情報だ。
 だが、その情報の真偽までは裏を取れない。二人だけの間で起こった事を知る術はないのだ。

「友人……ねぇ。まぁ、傍から見れば友人なんじゃない?」

「……つまり、瑞希さんは友人と思ってないって事ですか?」

 翠は真剣に聞いているのだが、瑞希はふざけるように翠の腕に引っ付いてきた。
 まるで女性が遊びで胸を押し付けるように。
 振りほどきたくなったが、我慢をした。

「知りたいの? 僕と伊吹の関係」

「気にならなくはないですが……」

「じゃあ、これから一緒にホテルでも行かない?
 もちろん、ラブピーチ以外でさ。君の知りたい事全部教えてあげようか?」

「えっ! いや、俺は伊吹さん一筋ですし」

「そうなんだ。つまらないの。じゃあ僕はこのまま仕事行くねぇ」

 翠は訝しんだ。時計を見ると、もう二十三時を過ぎている。伊吹と同級生という情報から勝手に学生だと思っていたが。
 深夜勤だろうか。学生ならバイトと言うだろう。仕事という言い方が引っかかった。

「仕事? 瑞希さん、社会人なんですか?」

「そう。僕高卒で、デリヘルで働いてるんだよ。SMプレイ専門の店がメインで、普通のデリヘルでもたまに働いてるよ。
 一応ナンバーワンなんだからね。良かったら指名してくれる?」

 と、瑞希が名刺を渡してきた。

「いえ、大丈夫です」

「ちぇ~」

「今、俺を誘ったのも仕事、ですか?」

「ううん。僕ね、知り合った人はとりあえず一発ヤッておきたいなって思ってるの」

「そんな事してたら身体に良くないと思いますけど」

「だってぇ。おチンポ好きなんだもん。
 でもさ、僕をこうしたのって伊吹のせいなんだよ? 最低なやり口で僕を騙して、ほんと最悪な男だよ」

 瑞希の目は笑っていないのに、口元だけは笑っているのが不気味に思えた。
 優しい人程起こると怖いというが、瑞希の場合は元々が優しそうに見えない。本人は優しいフリをしているのだろうが。
 怖い人は怒ると余計に怖くなるのだろう。

「伊吹さんは、瑞希さんに何かしてしまったんですか?」

 つい言葉に出してしまい、翠は右手で口を押さえた。またベッドに誘われるのではないかと警戒したが、瑞希は寂しそうな表情で問いに答えた。

「昔ね、酷い裏切り行為をされたんだぁ」

「裏切り?」

「そう。本当に最悪な事」

 ゾワリと鳥肌が立った。瑞希は笑っているのに、言いようのない恐怖を感じる。

「瑞希さん?」

「ねぇ、翠君はさ、伊吹のどこに惚れたの?」

「いきなり何を聞くんですか。どこだっていいじゃないですか」

「あぁ、答えたくない? なら無理に聞かないよ。ただ、これだけは覚えておいて。
 僕にとって、伊吹は人生で一番大事だって思った人なの」

「あれだけ悪口言っておいて?」

「うん。僕、伊吹の事大好きなんだよね。世界で一番愛してる」

 スラスラと出てくる言葉に照れや、甘さは微塵も感じられない。ただ、事実を述べているだけだ──と思った時、急に瑞希の顔が憎悪に満ちた。

「それでいて、世界で一番憎んでる。殺したいくらいに」

「さすがに殺すのは……」

「しないよ。僕は殺さない。でも、僕の為に苦しんで、苦しみ抜いて勝手に死んでくれたらなぁとは思う」

「そっ、それがさっき信頼関係がどうの言ってた人の発言ですか?」

「SMにおいて信頼関係は大事だよ。そこは僕もプロだし、個人的な感情は持ち出さない。
 でも、今は違うでしょ。プライベートな場だもん。
 ただ、一緒にSMやるんなら知っておいて欲しかっただけ。僕と伊吹の関係をね。気分悪くしたならごめんね。忘れていいよ」

「忘れられませんよ。伊吹さんは恨まれてるの知ってるんですか?」

「もちろん。これが僕達の関係なんだよ。僕が伊吹を憎んで、伊吹は僕の言う事に逆らえない。ずっと罪を償い続けてくれてるの。
 困ったよねぇ、そんな相手好きになっちゃって。翠君に嫉妬してるんだから」

「嫉妬?」

 瑞希に嫉妬という単語が結び付かない。

(嫉妬してたのか? 俺に? 俺も憎まれたりとかしないよな?)

 翠の思いとは裏腹に、瑞希はうーんと伸びをした。呑気なものだ。

「まぁそんな話はどうでもいいや。
 あ、そうだ! ねぇ翠君。頑張って伊吹をオトしてよ」

 瑞希はパッと閃いたように明るい笑顔を向けた。今までの恐ろしさはどこかへいったので、少し安堵する。

「オトす?」

「そ。今は君を好きじゃないみたいだけど、最初の乱パで気に入ってたみたいだし。
 案外君にハマっちゃうかもね。僕が応援してあげる」

「それで瑞希さんに何かメリットでもあるんですか? 恋敵みたいなものですよね、俺」

「疲れちゃったんだよね、伊吹を憎み続けんの。
 伊吹に不幸になって欲しい気持ちもあるんだけど、幸せになって欲しい気持ちも本当なんだ。
 僕は翠君の健気なところ伊吹に合ってると思う。だから応援してあげるの。
 伊吹の事、よろしく頼んだよ」

 ウインクする瑞希はどんな女性より可愛らしい。今までの不信感が嘘のように晴れた。
 だが、まだ懸念事項がある。

「伊吹さんの事好きなんですよね? 俺を邪魔だと思いますか?」

「うん。邪魔だと思うよ。でも仕方ないじゃない。翠君は伊吹が好きで、近付く為に相当頑張ったでしょ? 努力は認めるし、尊敬もしてるんだ。
 あぁ、でも。伊吹に害だと思ったら排除するから」

「怖いですよ……」

「あはは。なんてね! じゃ、また明後日ね。次は僕がいじめるから覚悟してね」

「は、はいっ」

 瑞希は笑顔で仲の良い友達にするように手を振って去っていった。
 冗談ぽく笑っていたが、本気としか思えない。まだ若干の肌寒さが残る春。翠は身震いしたのだった。


 翠は今まで親に虐待を受けて育ってきた。
 サラリーマンの家庭だったが、父親はエリート。母親も学生時代は優秀だったらしく、秀才である兄と比べられながら育ってきた。
 翠自身、学内では上位だったが、成績が一位でないといけなかった。
 二位以下だと暴力を振るわれ、一位になるまで食事が出されないのは当たり前という環境だ。
 親の言う事が全てで、逆らう事は許されなかった。

 高校一年生の時、親に勝手に志望大学を決められ、受験勉強に予備校へ通わされ、そんな毎日の途中で親への反抗心が育ち始めた。
 一度育った芽は、水を得たようにグングンと育っていき、ある日家出という形で反抗心が表面化した。
 家出をした先で出会ったのが伊吹だった。

 彼は覚えていないだろう。たまたま通りかかり、その時明らかに悪者だった翠を助けた事など。
 伊吹のような破天荒な人間に出会うのは初めてだった。

『高校卒業してまだ俺に興味あったら来いよ。
 俺はリバ……受けも攻めもどっちでも出来るからさ。お前がしたいようにすりゃいいし?』

 そう言われた時の事を思い出すと、笑みが零れた。
 あの日からずっとずっと、伊吹のストーカーをしてきたのだ。

 翠は伊吹の事をよく知らない。
 ルール遵守な一面や、容赦ない罰……なのに、一瞬一瞬で少しの優しさを見せるところ。
 知れば知る程好きになる。

 そんな伊吹が恋人になった。どんな酷い目に遭っても、それだけで幸せだ。
 瑞希の話を聞いても、嫌な感情は微塵もなかった。伊吹がどんな悪行をしようが、例え悪意が翠に向けられたとしても、全て許してしまえそうな気がする。

 逆に瑞希が邪魔に思えてならない。

(瑞希さんをどう排除するか、そこが問題点か)

 排除される前に排除する。でなければ、本気で伊吹を手に入れるのは難しくなるだろう。
 伊吹の全てが欲しいのだ。心も身体も全て。
 翠は覚悟を改め、帰途についた。
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