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一章
三話 責任者の一面
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伊吹は翠を住宅街の路地の奥まで連れていった。閑静な住宅地だ、大声を出さない限りは家の中にまで会話が聞こえる事はないと判断した。
「スイさん、まさか同じサークルとはな。プライベートで気を使わせて悪かった」
「いえ~」
翠はへらっとしていて、特に気まずそうな雰囲気にはならなかった。
他のメンバーであれば外で鉢合ったら目を逸らすなど居心地が悪そうにしているものだが。
特に翠は年齢を偽っていた。普通ならもっと居心地悪そうにするものだ。演技でもいいからそんな態度でいて欲しかった。
「とにかくルール四つ目、主催者である俺にプライベートで話しかけない事だけど、止むを得ない事情の場合は除くから、今回は違反にならないって事で」
伊吹は淡々と言い放つ。業務連絡のように。怒りを表に出さないように。
「分かりました!」
「あと、何か言う事ないか?」
「年齢の事ですか? すみませんでした。ソラさんも騙したんです。
彼を責めないでください」
「ソラさんにも事情は聞くつもりだ。あと、提出書類の名前もさっき聞いた名前と違う気がしたけど?」
乱交パーティーの参加は完全紹介制だ。信頼出来る者のみの参加で、信頼出来る参加者の紹介であるなら、身分証等の提出で参加が可能としている。
乱交パーティーは外部に漏れれば逮捕され、ホテル自体の営業も危ぶまれる。参加者は慎重に選んでいる。
「だって、二十歳未満は参加出来ないって……だから顔が似てる兄の身分証勝手に借りました」
「あのなぁ! 他のイベントは十八歳以上から参加可能だが、乱パだけは二十代以上だ。
乱パ中は俺も夢中になってたりするし、たまに目隠ししてたりするから、何が起こるか分からない。
何か起こってからじゃ取り返しが付かないんだよ。二十代以上なら自己責任だが、自分の責任取れない十代が参加出来ると思うな」
「他のイベントは良いのにですか?」
「地下イベントは何かあっても俺がすぐ対処出来るからいいんだよ。
次参加する時は二十歳になってからな。全く。本当なら出禁にしたいくらいだ」
「はーい……」
翠は渋々という顔で一応は納得したらしく、とぼとぼと帰っていった。
人間は嘘をつく生き物である。それを前提に人付き合いをしているので、伊吹は嘘をつかれたとしても自分も嘘をつくから、と怒る事はない。
だが、身分詐称はさすがにバカにされている気がしてならない。伊吹は、ハァ~と深い溜息をつき、ホテルへ帰っていったのだった。
伊吹は「ラブピーチ」の最上階の七階に住んでいる。居住しているわけではないので、住んでいるというと語弊があるが。
乱交パーティーの際に使っている部屋であるが、一般の利用も可能で完全予約制としている。その場合、ビジネスホテルに泊まるといった対応を取っている。
ゲイ以外利用不可のホテルの、キングサイズのベッドが三つもあるワンフロアの部屋を誰が借りるというのだろうか。
完全に伊吹が乱交パーティーの為に作った部屋で、普段はそのまま寝泊まりしているという感じだ。定住先ではない。
「ただーいま」
と、受付にいる男性に言いながら奥へ入ってこうとすると、呼び止められた。
「伊吹さんおかえりなさい。店長から報告があるそうで、店長室までお願い出来ますか?」
「ん、分かりました」
従業員は「伊吹さん」と呼ぶのが決まりだ。「社長」でも「オーナー」でも「マネージャー」でもない。
そう呼ばれてしまうと、本当に社会人になったような気がして気分が重くなったので下の名前で呼ばせている。
まだ学生だという意地のようなものだ。卒業したらどうするかは未定である。
責任者という立場だが、店長と副店長を雇っているので采配やトラブル解決は彼らに任せている。
伊吹を含めた三人で経営をしていると言っても過言ではない。だが、最終的に責任を取るのは伊吹だ。
今のところ有能な店長と副店長のお陰で何事もないが。
ノックをして店長室に入ると店長一人がパソコンの前に向かって作業をしていた。一見普通の事務所である。
「伊吹さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です。何かありましたか?」
「報告があります。
今日の昼間なんですが、痴情のもつれといいますか……ある男性とその愛人が三〇一号室を利用していたのですが、男性の恋人が現れて軽いトラブルになりました」
「警察沙汰?」
「いえ、外で話し合うように言って、出て行っていただけたので、ホテルには損害はないかと」
「他には?」
「特に問題はありませんでした」
「分かりました。俺は七階にいます、何かあったら店長の一存で対処を、難しいようであれば俺まで内線で連絡下さい」
それだけ言って、伊吹は店長室を後にした。
七階の部屋に行き、ノートパソコンを取り出すとテーブル近くの壁にあるコンセントに繋いで、インターネットを開いた。
明日の乱交パーティー参加者の確認だ。土曜という事もあり、参加人数は定員割れをしている。
基本的に十人までとしているが、優良参加者は拒否したくないし、たまにしか参加しない者も土曜しか難しい者もいるので、なるべく受け入れるようにしている。
「十二人……か」
その中に翠がいない事を確認する。ソラもいない。ソラは月に一度ペースの参加なので、聞くとしたら来月だ。
怒るのは心苦しいが、注意はきちんとしなければ、と先の事を考えながら寝る準備ん始めた。
翠に関しては、サークルで顔を合わせる事があるかもしれないが、もう関わるつもりはない。二十歳になって参加したいと連絡が来たら、再度本人確認書類を提出させて、参加を許可すればいいだけの事だ。そう簡単に考えていたのだが──。
翌日。
土曜だが、伊吹は受けたい講義が午前中のみある為登校した。
隣には伊吹に近付きたいが為に受講を合わせてきた女性がおり、講義が始まる前にいつものように談笑していた。
その時だった。
「こんにちは、伊吹さん」
──と、背後から呼ばれた。
また伊吹を持てはやし、価値を高めてくれる同級生が近付いてきたのだろうと、伊吹がそちらに目を向けた。
だが予想は外れる。そこには、こんなところで会う筈のなかった翠が立っていた。
「スイさん、まさか同じサークルとはな。プライベートで気を使わせて悪かった」
「いえ~」
翠はへらっとしていて、特に気まずそうな雰囲気にはならなかった。
他のメンバーであれば外で鉢合ったら目を逸らすなど居心地が悪そうにしているものだが。
特に翠は年齢を偽っていた。普通ならもっと居心地悪そうにするものだ。演技でもいいからそんな態度でいて欲しかった。
「とにかくルール四つ目、主催者である俺にプライベートで話しかけない事だけど、止むを得ない事情の場合は除くから、今回は違反にならないって事で」
伊吹は淡々と言い放つ。業務連絡のように。怒りを表に出さないように。
「分かりました!」
「あと、何か言う事ないか?」
「年齢の事ですか? すみませんでした。ソラさんも騙したんです。
彼を責めないでください」
「ソラさんにも事情は聞くつもりだ。あと、提出書類の名前もさっき聞いた名前と違う気がしたけど?」
乱交パーティーの参加は完全紹介制だ。信頼出来る者のみの参加で、信頼出来る参加者の紹介であるなら、身分証等の提出で参加が可能としている。
乱交パーティーは外部に漏れれば逮捕され、ホテル自体の営業も危ぶまれる。参加者は慎重に選んでいる。
「だって、二十歳未満は参加出来ないって……だから顔が似てる兄の身分証勝手に借りました」
「あのなぁ! 他のイベントは十八歳以上から参加可能だが、乱パだけは二十代以上だ。
乱パ中は俺も夢中になってたりするし、たまに目隠ししてたりするから、何が起こるか分からない。
何か起こってからじゃ取り返しが付かないんだよ。二十代以上なら自己責任だが、自分の責任取れない十代が参加出来ると思うな」
「他のイベントは良いのにですか?」
「地下イベントは何かあっても俺がすぐ対処出来るからいいんだよ。
次参加する時は二十歳になってからな。全く。本当なら出禁にしたいくらいだ」
「はーい……」
翠は渋々という顔で一応は納得したらしく、とぼとぼと帰っていった。
人間は嘘をつく生き物である。それを前提に人付き合いをしているので、伊吹は嘘をつかれたとしても自分も嘘をつくから、と怒る事はない。
だが、身分詐称はさすがにバカにされている気がしてならない。伊吹は、ハァ~と深い溜息をつき、ホテルへ帰っていったのだった。
伊吹は「ラブピーチ」の最上階の七階に住んでいる。居住しているわけではないので、住んでいるというと語弊があるが。
乱交パーティーの際に使っている部屋であるが、一般の利用も可能で完全予約制としている。その場合、ビジネスホテルに泊まるといった対応を取っている。
ゲイ以外利用不可のホテルの、キングサイズのベッドが三つもあるワンフロアの部屋を誰が借りるというのだろうか。
完全に伊吹が乱交パーティーの為に作った部屋で、普段はそのまま寝泊まりしているという感じだ。定住先ではない。
「ただーいま」
と、受付にいる男性に言いながら奥へ入ってこうとすると、呼び止められた。
「伊吹さんおかえりなさい。店長から報告があるそうで、店長室までお願い出来ますか?」
「ん、分かりました」
従業員は「伊吹さん」と呼ぶのが決まりだ。「社長」でも「オーナー」でも「マネージャー」でもない。
そう呼ばれてしまうと、本当に社会人になったような気がして気分が重くなったので下の名前で呼ばせている。
まだ学生だという意地のようなものだ。卒業したらどうするかは未定である。
責任者という立場だが、店長と副店長を雇っているので采配やトラブル解決は彼らに任せている。
伊吹を含めた三人で経営をしていると言っても過言ではない。だが、最終的に責任を取るのは伊吹だ。
今のところ有能な店長と副店長のお陰で何事もないが。
ノックをして店長室に入ると店長一人がパソコンの前に向かって作業をしていた。一見普通の事務所である。
「伊吹さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です。何かありましたか?」
「報告があります。
今日の昼間なんですが、痴情のもつれといいますか……ある男性とその愛人が三〇一号室を利用していたのですが、男性の恋人が現れて軽いトラブルになりました」
「警察沙汰?」
「いえ、外で話し合うように言って、出て行っていただけたので、ホテルには損害はないかと」
「他には?」
「特に問題はありませんでした」
「分かりました。俺は七階にいます、何かあったら店長の一存で対処を、難しいようであれば俺まで内線で連絡下さい」
それだけ言って、伊吹は店長室を後にした。
七階の部屋に行き、ノートパソコンを取り出すとテーブル近くの壁にあるコンセントに繋いで、インターネットを開いた。
明日の乱交パーティー参加者の確認だ。土曜という事もあり、参加人数は定員割れをしている。
基本的に十人までとしているが、優良参加者は拒否したくないし、たまにしか参加しない者も土曜しか難しい者もいるので、なるべく受け入れるようにしている。
「十二人……か」
その中に翠がいない事を確認する。ソラもいない。ソラは月に一度ペースの参加なので、聞くとしたら来月だ。
怒るのは心苦しいが、注意はきちんとしなければ、と先の事を考えながら寝る準備ん始めた。
翠に関しては、サークルで顔を合わせる事があるかもしれないが、もう関わるつもりはない。二十歳になって参加したいと連絡が来たら、再度本人確認書類を提出させて、参加を許可すればいいだけの事だ。そう簡単に考えていたのだが──。
翌日。
土曜だが、伊吹は受けたい講義が午前中のみある為登校した。
隣には伊吹に近付きたいが為に受講を合わせてきた女性がおり、講義が始まる前にいつものように談笑していた。
その時だった。
「こんにちは、伊吹さん」
──と、背後から呼ばれた。
また伊吹を持てはやし、価値を高めてくれる同級生が近付いてきたのだろうと、伊吹がそちらに目を向けた。
だが予想は外れる。そこには、こんなところで会う筈のなかった翠が立っていた。
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