16 / 26
二章
二話 幸せにする筈だった
しおりを挟む
一樹との恋人関係が終わる危機が迫ったのは大学卒業間近だった。
一度実家に帰った一樹が部屋に戻ると、申し訳なさそうに別れを切り出された。
「海斗……ごめん。俺、これ以上付き合えなくなった。別れて……ください」
そういう一樹は悲しそうで、本当は別れたくないのだとすぐに分かった。海斗は優しく微笑んで、一樹を不安にさせないように温かいコーヒーを入れて話を聞いた。
「あの、ね。うちの家庭はちょっと複雑でね。
俺、養子なんだ。育ててくれたのは叔母と叔父で、俺が五歳の時に両親が亡くなってからずっと育ててもらった」
「それで、なんで俺と別れるって話に?」
「大学卒業して社会人になったら恩返しをしろって。今まで俺にかけてきた学費と生活費を返せって。返し終わるまでは実家に戻らなきゃ……」
そう話す一樹は震えていた。怖がっているようにも見えた。
本当は実家に帰るのは嫌なのだと、一樹の一挙一動を見ればすぐに分かった。
「嫌なんだろ?」
「う、うん……」
「優しくない人達なんだな?」
「あ、でも。感謝はしてるよ。ちゃんと大学まで出させてくれて、育ててもらった恩はあるよ」
「そうか。なぁ、その人達を俺にも紹介してよ」
「い、嫌……。絶対、嫌」
「なんで。その人達に言いたい事があるんだよ。だから、会わせてくれ!」
海斗は頭を下げた。
この時は一樹に心底惚れていて、彼のいない生活なんて考えられなくなっていたのだ。
自分から一樹を取り上げようとする育ての親に怒りしか感じない。はっきりと一樹は自分の物なのだと宣言する為に、次の休日一樹と育ての親の元へ行った。
会って痛感した。それまで育ての親の酷さを分かっていなかったのだ。
一樹がどれだけ酷い人達なのか言わなかったというのもあるが、ごく平凡な家庭に育った海斗には想像がついていなかった。
「なぁに? こいつの友達が私達に何を話す事があるっていうの?」
養子であっても、息子とその友人が来たというのに家には上げずに玄関前で対峙した。
叔母は性格の悪さが顔に滲み出ていた。面倒そうな顔、睨め付けるような目付き。話す事はない、と言っている。
それは叔父も同様だ。嫌な笑みを浮かべて海斗に見当違いな事を言ってきた。
「お前、こいつに泣きつかれでもしたんだろ? 俺らはちゃんと義務を果たしてるんだ、学校に通わせて、飯も食わせてやってたし、寝床も用意してやったしな」
「アハハ。まぁ飯って言っても残飯床に落としたの這いつくばって食べさせたし、夜はトイレから出さなかったけどね?
どうせそれくらいは聞いてるんでしょ? 厄介者なんだから皆と同じように生活出来ると思う方が我儘なのよね」
「育ちが悪いと性格も悪くなるんだよな。してもらって当然だと思ってんだろ?」
怒りから海斗は全身が震えていた。握り締めた拳は痛みを忘れていたし、歯を食いしばっていた為、反論は上手く声に出なかった。
一樹は俯くだけだ。それが当然の生活を送ってきたのだろう。そんな一樹が助けを求めるように海斗を見た。
その瞬間、海斗は気付いたら怒鳴っていた。
「そんなん聞いてねぇよ!!」
「か、海斗……」
「一樹は今までお前らの事一度も悪く言った事はない。そんな仕打ち受けて、ずっと一人で辛さ抱えて生きてきたんだ。
お前ら、そんな事するなら最初っから一樹を養子にすんじゃねぇよ!!」
「はん。子供だから分からないんでしょうね。
金よ、この子の両親の遺産を貰う為に引き取ったの。考えれば分かるでしょ?」
「えっ。でも僕の両親は借金しか残さなかったって……遺産なんてないって……嘘、だったんですか?」
オロオロする一樹が、ここでようやく育ての親に反論をした。
「当たり前でしょ」
「僕は、お父さんとお母さんが借金を残して迷惑かけたから……それでも育ててくれたんだから……感謝しなくちゃいけないって……」
「はぁ~迷惑ねぇ。とりあえず育ててやったんだから、学費と生活費、しめて二千万払いなさいよ!」
「そうだぞ。感謝の出来ないクズに育てた覚えはないからな。ガキが一人増えるだけでどれだけ大変か、お前らには分からんだろう」
より一層醜い顔になる叔母と、嫌な目付きでニタリと笑う叔父。この二人とはもう話し合っても無駄だと海斗は判断した。
「分かりました。
この会話は録音しています。後程然るべき措置を取らせていただきます」
慌てて海斗を止めようとする叔父と叔母だが、二人を無視して一樹の手を握って来た道を戻る。
海斗は蔑み、言いたい事を一言だけ言い残した。
「一樹は俺が人生かけて幸せにします。今日はそれを言いに来ました。これで失礼します」
「か、海斗っ」
困ったような声の一樹だったが、嬉しそうな顔をしていたのを海斗は見逃さなかった。
一度実家に帰った一樹が部屋に戻ると、申し訳なさそうに別れを切り出された。
「海斗……ごめん。俺、これ以上付き合えなくなった。別れて……ください」
そういう一樹は悲しそうで、本当は別れたくないのだとすぐに分かった。海斗は優しく微笑んで、一樹を不安にさせないように温かいコーヒーを入れて話を聞いた。
「あの、ね。うちの家庭はちょっと複雑でね。
俺、養子なんだ。育ててくれたのは叔母と叔父で、俺が五歳の時に両親が亡くなってからずっと育ててもらった」
「それで、なんで俺と別れるって話に?」
「大学卒業して社会人になったら恩返しをしろって。今まで俺にかけてきた学費と生活費を返せって。返し終わるまでは実家に戻らなきゃ……」
そう話す一樹は震えていた。怖がっているようにも見えた。
本当は実家に帰るのは嫌なのだと、一樹の一挙一動を見ればすぐに分かった。
「嫌なんだろ?」
「う、うん……」
「優しくない人達なんだな?」
「あ、でも。感謝はしてるよ。ちゃんと大学まで出させてくれて、育ててもらった恩はあるよ」
「そうか。なぁ、その人達を俺にも紹介してよ」
「い、嫌……。絶対、嫌」
「なんで。その人達に言いたい事があるんだよ。だから、会わせてくれ!」
海斗は頭を下げた。
この時は一樹に心底惚れていて、彼のいない生活なんて考えられなくなっていたのだ。
自分から一樹を取り上げようとする育ての親に怒りしか感じない。はっきりと一樹は自分の物なのだと宣言する為に、次の休日一樹と育ての親の元へ行った。
会って痛感した。それまで育ての親の酷さを分かっていなかったのだ。
一樹がどれだけ酷い人達なのか言わなかったというのもあるが、ごく平凡な家庭に育った海斗には想像がついていなかった。
「なぁに? こいつの友達が私達に何を話す事があるっていうの?」
養子であっても、息子とその友人が来たというのに家には上げずに玄関前で対峙した。
叔母は性格の悪さが顔に滲み出ていた。面倒そうな顔、睨め付けるような目付き。話す事はない、と言っている。
それは叔父も同様だ。嫌な笑みを浮かべて海斗に見当違いな事を言ってきた。
「お前、こいつに泣きつかれでもしたんだろ? 俺らはちゃんと義務を果たしてるんだ、学校に通わせて、飯も食わせてやってたし、寝床も用意してやったしな」
「アハハ。まぁ飯って言っても残飯床に落としたの這いつくばって食べさせたし、夜はトイレから出さなかったけどね?
どうせそれくらいは聞いてるんでしょ? 厄介者なんだから皆と同じように生活出来ると思う方が我儘なのよね」
「育ちが悪いと性格も悪くなるんだよな。してもらって当然だと思ってんだろ?」
怒りから海斗は全身が震えていた。握り締めた拳は痛みを忘れていたし、歯を食いしばっていた為、反論は上手く声に出なかった。
一樹は俯くだけだ。それが当然の生活を送ってきたのだろう。そんな一樹が助けを求めるように海斗を見た。
その瞬間、海斗は気付いたら怒鳴っていた。
「そんなん聞いてねぇよ!!」
「か、海斗……」
「一樹は今までお前らの事一度も悪く言った事はない。そんな仕打ち受けて、ずっと一人で辛さ抱えて生きてきたんだ。
お前ら、そんな事するなら最初っから一樹を養子にすんじゃねぇよ!!」
「はん。子供だから分からないんでしょうね。
金よ、この子の両親の遺産を貰う為に引き取ったの。考えれば分かるでしょ?」
「えっ。でも僕の両親は借金しか残さなかったって……遺産なんてないって……嘘、だったんですか?」
オロオロする一樹が、ここでようやく育ての親に反論をした。
「当たり前でしょ」
「僕は、お父さんとお母さんが借金を残して迷惑かけたから……それでも育ててくれたんだから……感謝しなくちゃいけないって……」
「はぁ~迷惑ねぇ。とりあえず育ててやったんだから、学費と生活費、しめて二千万払いなさいよ!」
「そうだぞ。感謝の出来ないクズに育てた覚えはないからな。ガキが一人増えるだけでどれだけ大変か、お前らには分からんだろう」
より一層醜い顔になる叔母と、嫌な目付きでニタリと笑う叔父。この二人とはもう話し合っても無駄だと海斗は判断した。
「分かりました。
この会話は録音しています。後程然るべき措置を取らせていただきます」
慌てて海斗を止めようとする叔父と叔母だが、二人を無視して一樹の手を握って来た道を戻る。
海斗は蔑み、言いたい事を一言だけ言い残した。
「一樹は俺が人生かけて幸せにします。今日はそれを言いに来ました。これで失礼します」
「か、海斗っ」
困ったような声の一樹だったが、嬉しそうな顔をしていたのを海斗は見逃さなかった。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
【完結】終わりとはじまりの間
ビーバー父さん
BL
ノンフィクションとは言えない、フィクションです。
プロローグ的なお話として完結しました。
一生のパートナーと思っていた亮介に、子供がいると分かって別れることになった桂。
別れる理由も奇想天外なことながら、その行動も考えもおかしい亮介に心身ともに疲れるころ、
桂のクライアントである若狭に、亮介がおかしいということを同意してもらえたところから、始まりそうな関係に戸惑う桂。
この先があるのか、それとも……。
こんな思考回路と関係の奴らが実在するんですよ。
どうも俺の新生活が始まるらしい
氷魚彰人
BL
恋人と別れ、酔い潰れた俺。
翌朝目を覚ますと知らない部屋に居て……。
え? 誰この美中年!?
金持ち美中年×社会人青年
某サイトのコンテスト用に書いた話です
文字数縛りがあったので、エロはないです
ごめんなさい
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。
水鳴諒
BL
目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる