櫻家の侵略者

眠りん

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三十五話 涙が止まらない

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 疑問を口にすると諭は桜子を睨みつけてきた。
 少し恐怖を感じ、肩をすくませる。 

「え? 全く思ってないよ。俺の生涯の伴侶だと思ってるし、もし陽翔と別れたら立ち直れないよ」

 また睨まれそうだと思ったが、反論せずにはいられない。それなら何故、桜子の邪魔をするような行為をしてくるのか、不思議でならなかった。

「じゃあ、なんで私の成績が落ちるような事をするんですか?
 確かに私は樹良おにぃちゃんが悪い事をした責任を負わなきゃいけないです。でも、だからって受験で落ちていいなんて思ってません。
 この前まで折角成績伸びてて、学年五位になったんですよ。なのに、授業中こんな事されたら、集中出来ません。
 せめて、授業以外でお願い出来ませんか?」

「は? 何言ってんの?
 S女子に落ちたとしたら、それは桜子ちゃんの実力不足でしょ。本当に受かる子っていうのは、こういう事されても受かるんだよ」

「私、元々頭悪いから、こういう事されると合格出来ないです」

「だから、それは桜子ちゃんの自己責任でしょ?」

「そうですけど。私は別にいいんです、受からなくても。そもそもS女子の制服が可愛いなって思って、S女子行きたいってお父さんに言っただけだったのに、こんな事になって……」

「何が言いたい?」

「だって私がS女子落ちたら、陽おにぃちゃん、諭さんと別れるじゃないですか。
 諭さんはそれでもいいのかな? って」

「なんだと!?」

 桜子に諭の手が伸びた。両腕でガードしようとしたが、遅い。諭の手は桜子のサイドハーフアップにした髪を掴んでおり、引っ張って無理矢理立たせてきたのだ。

「やっ、痛い。諭さん、痛いですっ」

「なんでそんな話になったんだ!? お前のせいか!? お前の成績でS女子になんか入れるわけねぇだろ!」

「ひぃっ。ごめんなさい。ごめんなさいっ。
 私の飽き性を直す為って、お父さんが私がS女子目指してたよね? って言ったら、陽おにぃちゃんが、私がS女子受からなかったら諭さんと別れるって。
 だから、諦めないで頑張れって」

「嘘だろ……。帰る!」

 授業はあと三十分残っている。帰る時間ではない筈だ。

「諭さん、まだ授業時間……」

「お前なんかに構ってられるか。陽翔に聞かないと!」

 諭は荷物を持つとすぐに帰って行った。

「ぅぅぅぅうううううっ!」

 桜子は唇を噛んで泣かないよう我慢した。もし今桜子が泣いていると歌陽に知られれば、諭が泣かせたと勘づかれてしまう。

 もしそれで諭が家庭教師を辞めさせられてしまったら、陽翔はどう思うだろうか。
 自分が我慢するしかないのだと、諭は一切悪くないのだと、桜子は自分に言い聞かせた。

 桜子は他に一つ問題を抱えていた。初めて諭とセックスをしてから、一度も生理が来ていないのだ。
 それを誰にも相談出来ずに抱えていた。

(コンドームつけても妊娠ってするんだよね? どうしよう。来月まで来なかったら確実に妊娠してるかも……)

 怖くて勉強に集中が出来ない。夜も眠れない。
 歌陽にも心配はされているが、言えるわけがなく、笑って誤魔化すしか出来ない。
 樹良に関しては、もう嫌悪感しかなく、視界に入れたくない存在となっている。
 直陽は相談出来る相手ではない。
 両親に相談するのが一番良いが、怒られるのが怖くて言えない。

 その夜、歌陽に「諭さんと何かあった?」と聞かれたが、「何もないよ、大丈夫!」と誤魔化してしまった。
 直陽にも「どうした?」と聞かれた。樹良からも「俺が嫌いでいいから、何かあったのか言って欲しい」と言われた。

「なんもないってば!」

 兄達には冷たく言い返して部屋にこもった。誰にも心配かけずに、一人で問題を解決させなくては、と思ってしまっていた。
 それは兄姉を信頼していないからというわけではなく、諭への恋心を知られたくないというのが一番の理由だ。

 陽翔を裏切っている事を知られたくない。
 だが、もう限界がきていた。


 翌日。学校から帰ってすぐに机に向かった。
 一人で勉強する方が集中出来る。諭への恋心はもう忘れたいと思い始めていた。

(諭さんの家庭教師、やっぱり辞めてもらおうかな。また、すぐに嫌がって辞めちゃうって怒られるかな?
 諭さんからの罰は、休みの日に受ければいいし。辞めてもらいたいな)

 目の前の問題集に向き合っていると、着信音が鳴った。陽翔からだ。
 負い目を感じている為、今一番話したくない相手であるが、桜子は少し躊躇ってから通話を開始させた。

「陽おにぃちゃん!!」

「どうした? 桜子、大丈夫?」

 優しい陽翔の声に桜子は涙が流れた。
 辛い時や困った時、一番に相談していたのは陽翔だったと思い出した。
 泣き出すと止まらなくなる。

「ううううぅぅぅぅっ」

「どうしたんだ? 泣くの我慢してるのか?
 昨日は諭がごめんって言う為に電話したんだけど」

「ぐすっ。諭さんが?」

「うん。授業の途中で飛び出したって、歌から聞いた。諭には説教したんだけど、原因が、ほら、桜子がS女子受からなかったら僕が諭と別れるって話聞いて動揺したらしくて」

 その瞬間、昨日の記憶が脳裏に蘇り、涙が溢れた。
 
「ううううっ!!」

「ごめんな。僕、諭に秘密にしてたんだ。それ聞いたら絶対怒ると思って。
 まさか授業中飛び出すなんて思わなくてさ」

「ううっ!! うううっ!!」

 涙が止まらず、何か喋ろうとすると嗚咽が漏れる。

「諭に何かされた? さっき樹良から、最近桜子がおかしいって聞いたんだけど」

「言っぢゃだめなの。言わない゛ってやぐそぐしでるのっ」

 ようやく声が出せたと思ったら、酷いガラガラ声だ。桜子は余計に涙が流れた。
 鼻水も流れてくる。時折吸ったり、ティッシュにかんだりするが、止まらずに鼻の奥が詰まる。

「言って欲しい。これ以上、桜子が辛い思いしてる方が僕が辛いよ」

「は、はるおにぃぢゃんを、傷付けても?」

「うん。桜子に何を言われても傷付きやしないよ。それに、今まで傷付くような事を桜子に言われて、僕怒ったことある?」

「ない゛。でも、がなじぐなったよね? ぎらいになっだから、わだしに厳しかっだんじゃないの?」

「悲しくなってないし、嫌いになるわけないよ。子供がやる事にいちいち傷付いてたら、親代わりなんか出来ないって。
 全部喋って。じゃないと、その方が傷付くし、悲しいよ。
 何があったの?」

「うぅぅ。わだじっ、妊娠しぢゃっだがもしれないのっ!!」

「なんだって!?」

 初めて聞く陽翔の切羽詰まった声だが、桜子は反応が出来ない程泣きじゃくった。

「ぅわぁぁぁああぁぁぁんっ!!」

 下にいる直陽や歌陽に聞こえるかもしれない、という不安は一気になくなった。
 声を出して泣き始めると、もうしばらくは喋る事は不可能だ。

「すぐ行くから待ってて」

 陽翔は優しく言うと、電話を切った。
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