離宮の愛人

眠りん

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四章

七話

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 フリード達がジールの実家に戻り、トートを紹介した。

 背中の真ん中ほどまである金色の髪に、村娘の風貌、そしてきれいな青い瞳の女性を見たジールは、目を丸くして驚いた後、手で顔を覆って溜息をついた。

「誰、その子?」

「協会から逃げてる途中の異端審問官だよ」

 フリードがサラッと正体を暴露すると、トートは慌ててフリードの口を押さえた。

「フッ、フリード!ダメです、それを言っちゃ……」

 フリードはトートの手を掴んで口から話すと、安心させるように笑みを向ける。

「大丈夫、ジールは信頼できる仲間だから。
 それに隠したままだと一緒に連れて行けない」

「えっ……」

 トートは不安げな表情を浮かべて、フリードとジールを見比べる。
 すると、ジールが前に出てトートを見つめた。

「事情は分からないけど、フリードが連れて行くっていう事は、俺達の目的地と進む方向は同じなんだろ?」

「ああ、しかも同じスティラ村だよ。
 トートが生まれた時に、生き別れになった両親がいるかもって話だ。
 冤罪で国外追放された者が、スティラ村に流れ着く事があるんだと」

 フリードが説明をすると、トートがその後に続いてジールに訴えた。

「もしかしたら、いないかもしれませんが、いるかもしれないと思い続けるより、行ってみて、いない事を確認した方が、諦めがつきます。
 それと、僕はもう教会に戻りたくないんです」

 辛そうに顔を顰めるトートを見たジールは、数秒で決断したのか、一度頭を縦に振って頷いた。

「まぁ、俺はフリードに従うだけだし、一人増えるくらい構わないよ。
 さっきポッポンが来たから、明日の朝にはここを出発できるしな」

 ジールの言葉に、フリードもアグリルもようやく先に進める事を喜ぶ。
 そして、ジールの母親が人数分の料理を作り、父親も帰ってきて、フリード達は改めて挨拶をした。

 両親共に朗らかな性格で、顔を合わせて夕食の時間を過ごすと、フリードも笑みが増える。
 人との会話が得意なアグリルが、ジールの両親と仲良く喋る。

 トートは少し居心地悪そうだが、両親には異端審問官である事を伝えていないし、今はどこをどう見ても可愛い少女にしか見えない。
 両親は笑顔でトートにも話しかけていた。

 それから寝室へと行き、ジールが地図を広げたので、皆で地図を囲って床に座る。
 ジールは、行先を指でなぞりながら、

「次にこの街に向かい、一泊してから次の街と進めていけば、一週間後にスティラ村に着く予定だ」

 そう説明すると、トートが口を開いた。

「あの、この道が抜け道になっているので、街を転々とするよりも三日くらい早く辿り着けますよ」

 トートが指さしたのは山を回っていく道だ。
 フリードはウンと頷き、ジールへ視線を向けた。

「確かにこっちの方が早いな。
 ジール、どうする?」

「けど、山道は危険だぞ。
 野生の獣もいるだろうし、山賊に襲われる可能性もある。
 特にルーベリアは、社会からあぶれた奴が、山で集落作ってたりもするしなぁ…」

 ジールは顎をさすりながら、何かを考えているようで、なかなか答えを出さない。
 すると、トートが手を挙げた。

「獣とか山賊って、僕とフリード、アグリルの腕があれば問題ないのでは?
 もしかして、ジールって戦闘できないとか?
 それなら僕が守るし、馬車から出なければ安全じゃないかな?」

「いや、確かに俺はこの中じゃ弱い方だけど、剣の扱いくらいはできるし、守ってもらう立場じゃない。それに…」

 ジールはフリードに一瞬だけ視線を向けて、すぐに戻した。
 問題なのはフリードだ。

 ジールは皇帝の愛人であるフリードを守る立場にある。
 だが、その事実をトートに明かす訳にはいかない。

 フリードはすぐにジールの考えを理解したのだが、それでも彼の反応は少しおかしいものがある。
 獣や山賊の危険性を考えたとしても、早く着く方が良いに決まっている。

 ルーベリアの市街を歩く方が、いつルーベリア人ではない事や、ドルーズ教徒ではない事がバレるか分かったものではない。

 一度捕まったりして、ヘイリア帝国の者だと分かれば、簡単に釈放されないだろう。
 今も、ヘイリア帝国に戻れず、ルーベリア帝国に潜んでいる者もいるだろうし、なるべく人目を避けた方がいい。

(ジールが何を考えているか分からない)

 同じサマエルの仲間として信用しているものの、心まで理解しているわけではないのだ。

 ただ、ジールはサマエルの頭脳として、参謀を任されているので、フリードには想像できない程の何かを考えているようにも見えた。

(ここはジールに従うか)

 そう決めたフリードは、答えを出した。

「ジールに何か考えがあるんだろう。
 俺は信じてついて行くから、アグリルも従ってくれ。
 トートもジールを信じてくれると嬉しい」

 アグリルもトートも共に異論はないと頷き、翌日に、この町を出発する事となった。

 その夜の事、ジールに呼ばれたフリードは、家の外から少し離れた一本の木の前までやってきた。

「この木、昔は一番上まで登ったっけな~」

 ジールが木を撫でながら呟き、フリードは頷きながら尋ねる。

「へぇ。結構元気な子供だった?」

「えっ?俺の話?
 フリードはそういうの興味ないと思ってた。
 それとも、情報収集の為?
 俺の事、本当はあんまり信用してないんだろ?」

 そう聞かれて、フリードは少し言葉に詰まる。
 そうではないと答えたいが、ただ否定したのでは信じてもらえないような気がして、言葉を選ぶ。

「昔の俺なら、そうだったかもしれない。
 けど、ジールの事は信用はしてる。
 こう言うのは恥ずかしいけど、仲間…だから、近しい人の事は、知りたいと思ったんだ」

「へぇ。フリードって本当はどんな人なの?
 ある人は冷徹だと言うし、ある人は優しいって言う」

「話をはぐらかすなよ、お前の事聞いてるのに」

 ジールはニコリと笑みを浮かべると、

「ふふ、教えないよ」

 と言い、少し寂しそうな顔をした。

(何か言いづらい理由でもあるのか?)

 フリードはそこまで考えて、それ以上は詮索しない事にした。

「そうか。
じゃあ、そろそろなんで俺をここに呼んだのか教えてくれよ」

「うん。さっきさトートが、自分とお前、アグリルの腕があれば、山道くらい大丈夫だろうって言ってただろ?
 何してたんだよ?
 アグリルはともかく、フリードが目立つ事したらいけないだろ?」

「俺は何もしてない。
 ただ、トートが連れ去られたから、アグリルと追いかけて救出した。
 その時、アグリルは剣を抜いたけど、俺は何もしてないよ」

「じゃあ、見ただけで相手の力量が分かるっていうのか?
 歴戦の猛者とかならまだ分かるけど、教会育ちの人が?」

「どこかで訓練を受けた……?
 それも、異端審問官として拷問や処刑をさせるために?」

 ここで二人で考え込んでも答えは出ない。
 このままその話は終わらせて、ジールが家に戻る前に、

「お前が好き勝手動くから、アグリルも大変だろうな。
 あんま、変な行動すんなよ」

 と釘を刺していった。
 少ししてからフリードも家に戻り、アグリルやトートに並んで横になったのだった。

 ジールの手には、布が被さっている鳥かごがあり、中にはポッポンが大人しく鎮座している。

 この鳥をスティラ村から、ヘイリア帝国のボスの元に届ける事ができれば、ボスからの文書がスティラ村にまで届くという仕組みだ。

 次の街までは歩きで向かい、しばらく建物や人などが見えない草原をひたすら歩く。
 数時間歩いたら休憩して、また数時間歩く。
 サクサクと先に進んでいくトートの横にフリードが並び、その後ろにジールとアグリルが続いた。

 フリードがチラリとトートに視線を向けると、すぐに気付いたトートが、

「フリード?どうしたの?」

 と聞いた。
 フリードは、ジールとの会話が引っ掛かっていたのだが、聞くべきかどうか悩んでいた。

 もし下手に聞いて、トートが嫌な事を思い出してしまったら……、そう考えると気が引けた。

「いや、トートがなんで俺が腕が立つとか分かるのかって、少し引っ掛かったんだよ」

「あぁ~、山道歩くかどうかって話の時?」

「そう、聞いていいか分からなかった」

「もちろんいいよ、僕達友達じゃない」

「そうだな」

 トートが屈託のない笑みでクスクス笑うと、フリードもなんだか嬉しくなる。

「僕、子供の時に傭兵所で兵士と一緒に戦争に出てたんだよね。
 いつ死んでもおかしくなかった場面を、どうにか生き残ってきたんだよ。
 だから、相手が自分より強いのか弱いのかくらいは分かるよ。
 この中でアグリルがダントツに強い、フリードは僕より強いと思うけど、あんまり実践慣れしてない?
 ジールが一番弱いけど……」

「ちょっと待て。
 生まれてすぐ、教会に引き取られたんじゃなかったのか?」

「そうだよ?
 五歳くらいの時かな、僕を悪魔扱いする人達が、間接的に殺そうと思ったみたいで、力をつける為って名目で、戦わされたの」

「そうだったのか……」

 フリードはそう言ったまま、次の言葉が出なかった。
 ヘイリア帝国に来て、様々な人と出会い、色々な思いがある事を知った。

 他人の痛みに敏感になったせいで、罪悪感を感じるようになったのだ。

「トート、嫌な事思い出させてごめん」

 フリードが謝ると、トートはクスッと笑った。

「ふふ、やっぱりフリードは優しい人だよね」

「別に優しいわけじゃない。
 ただ、どこも怪我していないのに、体の奥が痛む時がある。
 それは、きっと辛い思いをしている時や、そんな記憶を思い出している時なんだ。
 トートにそんな痛みを感じて欲しくないだけだ」

「そっか。なんだか君は子供みたいだ。
 幼い子供は痛みを知らないから、平気で人を傷付ける。
 けど、痛みを知って、人に優しくなれるようになって成長するでしょ?
 それと同じみたい。
 でもさ、特に心の痛みは、外側からじゃ見えないから、大人だって気付きにくいんだ。
 フリードは、心の痛みを気遣える人なんだね」

「そう、なのかな?」

「うん、絶対そう。
 でもそんな心優しくしてると、やるべき事を見失いかねない。
 フリードって、本当は暗殺者とか、そういう仕事をしてるでしょ?」

 フリードは一瞬驚いた様子で目を見開いたものの、すぐに平静さを取り戻してトートの言葉を否定した。

「いや、暗殺者ではないよ。
 どうしてそう思うんだ?」

「そりゃあ~、フリードの立ち振る舞い見てればなんとなくね。
 普通にしているように見せて、常に警戒してるのが分かるよ。
 服の中にいくつ暗器を忍ばせていることやら。
 まるで、いつでも人を殺す準備をしてるみたい…」

「凄い観察力だな」

「もしかして、警戒した?
 ごめんね、脅したりするつもりはないから安心して。
 自分で暴露した事だけど、僕だけ秘密を知られてるのが、なんかモヤモヤしたんだよ。
 自分勝手でごめんね!」

 トートはそう言うと、歩く事に集中を始めた。
 フリードも横に並んだまま、道無き草原を歩いて進んでいった。
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