離宮の愛人

眠りん

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四章

三話

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 ジールやアグリルと共にルーベリアに来てから、フリードは困った事があった。それは、自由に出歩けないという事だ。

 常にジールとアグリルがフリードのそばにいて、勝手な行動は許されない雰囲気だ。一人違う場所に行こうものなら、アグリルに止められる。

 カメリアの町では全く情報収集が出来なかった。翌日こそは二人の目を盗んで、一人行動したいと思っていたが、朝起きたらすぐに出発して帝都に向かうようだ。

 今回フリードがルーベリアに来たのは仕事ではない。その為か、ジールはフリードに余計な情報を入れないようにしているようだ。

 ここでも情報は少しでも入れておきたいと思っているフリードとしては、ジールやアグリルは邪魔でしかない。
 深夜二時頃、物音立てずに起き上がり、こっそりと外へと抜け出したのだった。

 外は少し空気が冷たかった。風は吹いていないので、寒いという程ではない。
 上下を黒い服で統一させ、存在感を消して町中へと歩を進めた。
 情報を得たいが、町は静まり返っている。歓楽街のような場所が裏路地の方にあったが、栄えている様子ではなかった。
 飲み屋も全て閉まっているし、出歩いている者の姿は一人として見当たらない。

 得られたのは宿屋周辺のカメリアの地理くらいだろうか。

(とんだ無駄足。さっさと帰るか)

 踵を返して宿へと向かった瞬間だった。建物の角で人とぶつかった。
 フリードは瞬時に警戒態勢に入り、身構える。だがそこにいたのは、全身を白い服で覆い、白いフードで顔を隠した者だった。
 しかも、フリードにぶつかって尻もちをついている。その者は、慌てて起き上がるとビクビクと身を縮こませてフリードに謝罪した。

「あわわ、すみません。私のような者が触れてしまいました。お許しを……」

 昼の時以上に、その者は怯えた様子だ。フリードが怒っていると思われているようだ。

「怪我はなかったか?」
 
 フリードはその者に近付いて、下から覗き込んだ。

「えっ? あ、もしかして、昼間もぶつかってしまった人ですよね? 何度もすみません。許される事ではないと思いますが…」

「どうしてぶつかったくらいで、そんなに謝るんだ?」

「あの……その……」

 その者は困った様子で、目を泳がせている。フリードは路地裏に人差し指を向けると、その者はその指を先に視線を向けた。

「あっちに小さな公園がありました。上手く話せないなら、向かうまでに話す事を整理して、座ってからゆっくり説明してくれますか?」

「はい」

 その者は、フリードの後を大人しくついてきた。
 裏路地の更に奥まった場所にある小さな公園だ。誰がこの場所を利用するのか、想像しにくい。
 昼間は子供が遊んだりするのだろうか。
 公園にはベンチが三つ、離れた場所に置いてあり、その一つに並んで座った。

「まずは自己紹介しましょう。俺はフリード、最近までヘイリアにいたが、昨日ルーベリアに戻ってきました」

「私は……トートといいます」

 名前を名乗ったものの、その者は名前を口に出した事を後悔している様子だ。辛そうに顔を歪めている。

「トート?それは本名ですか?」

「えぇ、一応そうなりますね」

 トートは俯いた。言いたくなかったのか、更に身を縮こませた。

「ふーん? その名前を気に入っていないみたいですね?」

「いえ、名前なんてただの記号ですし、気にしていません。教会長に名付けていただいたものですしね」

 フリードは首を傾げた。聞き慣れない名前だが、名前を口にすると辛そうな顔をする程の名前ではないと思ったからだ。

「それでトートさんは男性なんですか? それとも女性?」

「えっ!? あの、その……」

 トートは肩を揺らして驚き、しどろもどろになった。

「それも答えたくありせんか?」

「はい。私を育てて下さった方が、全てが中性的な私を気に入って下さっていて、性別を口にするのは禁じられております。
 なのでフリードさんも詮索しないでいただけると助かります」

「分かりました。君自身の事について何も聞かないと約束します。俺、この町に来るの初めてなんですよ」

「そうなんですね、昼に会った時は旅行者に見えましたが……」

「旅行ではないのですが、朝になったら帝都の方へ向かうので、少しでもこの町での思い出を増やしたくて散歩をしていたんです。
 ここは良い町ですね」

「実は私もこの町は好きなんです。人も明るくて、国の境目にあるから賑わっていますしね。
 今はヘイリアと緊張状態なので物々しい雰囲気ですが、事態が収束したらまた来て下さい。
 まぁ私も帝都へ向かうので、その時にはもうここにはいませんが」

 トートはにこっと優しく微笑んだ。
 てっきり、この町に常駐しているものだと思い込んでいたフリードは、トートに聞き返した。

「トートさんも帝都へ?」

「はい。今修行中で、ルーベリアの各地を回って、教会を拠点に活動しているんですよ。
 ここが最後なので、帝都にある教会に戻るんです」

「それって、やっぱり異端審問の?」

「あ、やっぱり分かりますよね。私が異端審問官だって。それなのに優しくして下さるんですね?」

「俺は、仕事とトートさん自身は関係ないと思っていますから。例え、あなたが好き好んで拷問していたとしてもね」

 フリードの頭には、ヘイリアの拷問官の顔が浮かんでいた。
 拷問塔にいるオリバーだ。彼は一年もの間フリードを拷問し続けていたが、その間とても楽しそうだったのを覚えている。

 そんな彼とは、今では仕事で必要があれば会話をするし、トートが異端審問官で誰かを拷問していたとしても、特に驚きはしない。

「お優しいんですね。さすがに好き好んで人をいたぶったりはしませんが、この両手が血に濡れているのは確かです。
 帝国中の人に嫌われても当然だと思うんですよ。だからせめて、仕事以外では人に迷惑をかけないように生活したいと思ってます」

「その制服を脱げばいいんじゃないですか?」

「出来ませんよ。異端審問官は拷問を行う時以外は、この服を着る事が義務付けられています。
 この制服で外を歩く事で、国民に気を引き締めさせる意図があるんですよ」

「そっか。そういうルールなら仕方ないですね。
 それにしても二回もぶつかるなんて驚きました。俺は仕事柄、人の気配とか感じ取るのは容易に出来るのですが、あなたの場合、一度目も二度目も、一切気配を感じませんでした。
 俺も気配を消す事は出来ますが、影を薄くするくらいで、全く気配を感じさせないなんて事は無理なんですよ。
 どういった訓練をされているのですか?」

 一番フリードが気になっていたところだ。スパイとして潜入する時や、暗殺者として相手を狙う時、トートのような技術が身につけば、今以上に仕事の幅は広がるだろう。

「そういう訓練は一切していないんですよね。生まれつき存在感が薄いみたいで。
 生まれた時から孤児で、引き取られた家では物音立てないように神経使っていたので、その癖がついているのかもしれません」

「なるほど……。そういう生活を送り続けていたから、気配が感じられない上に、ぶつかったくらいであんなに怯えていたんですね。
 トートさんが何か困っているのかと思ったのですが、元々そういう性質なら仕方ないと思いますよ」

「いえ、いつもの事です。あの、今日はありがとうございました。
 優しくしていただけて、とても嬉しかったです。また会う事があったら、挨拶くらいは返してもらえると嬉しいです」

「もちろんですよ」

 フリードが右手を差し出すと、トートは恥ずかしそうに右手を出して握手をした。
 その時だった、上から何かが落ちてきた。
 何かというのは人間で、その人物は片膝をついて着地すると、ゆっくりと立ち上がった。
 フリードは誰かが来ると気付いていたので、トートの身を守りながら少し後退する。

「お前なぁ、もっと大人しく出てこれないのかよ」

 フリードが悪態をつくと、彼は真面目な目をフリードに向けた。
 いつものような優しい様子は微塵も感じさせない。

「悪いな。この人があなたに何かをするのではないかと気が気でなかったから」

 フリードの後を追ってきたらしいアグリルが、冷たい視線をトートに向けた。
 トートはビクリと肩を揺らしてフリードの後ろに隠れる。

「アグリル以上に害はないから安心しろ」

「分かったよ。でも、フリードには宿に戻ってもらう、いいね?」

「はいはい、勝手に出てきて悪かったな。じゃあトートさん、また会えたら」

 フリードが笑みを向けると、トートは嬉しそうな笑みを浮かべて、手を振った。

「は、はい。フリードさん。またお会い出来る日まで…」

 アグリルはフリードの腕をしっかり掴み、フリードを引っ張るように公園から出て行った。

「心配し過ぎだよ。俺は町を探索してただけだし、その時にトートさんとぶつかっただけだ」

「ですが、あの者は異端審問官じゃないですか。もしフリードがルーベリア人でないとバレたら?ドルーズ教信者ではないとバレたら?
 ジールは信仰していなくてもすぐに捕まらないと言っていましたが、実際そうでなかったらどうするんですか!?
 俺の傍から離れないで下さい!あなたはただの人ではないんですから」

 二人きりになった為、口調を戻したアグリルの必死な言葉に、フリードは少し笑みが漏れた。
 ここまで心配してくれる人は、ウェルディス以外にアグリルくらいだろう。
 味方がいるのは心強い。次から探索する時はアグリルも連れて行くべきだと考え直した。

「分かったよ、心配かけて悪かった」

「そうですよ!」

「それより、よくあの場所が分かったな?宿屋から相当遠いし、路地裏の奥にあって人が入りにくいと思ったんだが……」

 アグリルを疑っているわけではないが、最初から尾けられていた気配はなかった。
 トートと話している途中で、急にアグリルが近くの建物の上にやってきたのだ。
 どういう事か知りたかったが、アグリルは、

「フリード様、これから何かあったら俺を呼んで下さい。どこにいても駆けつけます」

 そう言いきったのだ。これにはフリードもアグリルに不信感が湧く。

「それ、離れた場所にいても俺の居場所が分かるって言ってるよな? どうやって知ったんだよ?」

 アグリルは少し悩んだ後に答えた。

「……騎士のカンです。フリード様の場所なら、分かるカンがあるんです。
 今はそれを信じて下さると有難いです」
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