離宮の愛人

眠りん

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三章

二十三話

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 離宮に戻ると、フリードの元にボスから召集命令が届いた。
 翌朝にアジトに集合という内容だった。

 さすがに、アグリルにサマエルの存在を教えないわけにはいかないが、だからといってアジトに連れていくわけにもいかない。

 以前、ダーズリン侯爵が伯爵だった時におこなった話し合いで、サマエルの事を少し話してしまっているので、今更ではあるが。
(※二章二十一話参照)

 騎士の守秘義務を信じる事にして、簡単に説明した。

「アグリル卿、サマエルの事は他言無用だ。分かるな?」

「もちろんですよ。私がフリード様の期待を裏切る筈ありませんから。それですと、アジトの外で待つのも良くないですね。
 フリード様がアジトにいる間、身を潜めています」

「分かってくれて助かる。荷物は必要最低限で済ませてくれ」

「フリード様の荷物はどうしますか? 馬車に積みましょうか?」

「俺は荷物を持って行かないし、馬車も使わない。離宮の使用人には伝えるが、他には気付かれないよう隠れて出る。
 アグリル卿も目立たない格好をしてくれ」

 その翌朝。
 フリードとアグリルは街中で一般人に紛れるような姿になり、離宮の者に挨拶をしてから出ていった。フリードだけが知る抜け道を使って皇城の敷地外へと出た。

 アグリルには街中に潜んでもらい、フリードはアジトへ向かった。

 薬屋の中に入ると他に客はおらず、窓の縁に猫のノラが寝そべっている。カウンターにボスの姉であるミリヤがにっこりとした笑顔でフリードに話しかけた。

「なんだか久しぶりね?」

「最近はずっと閉店後に入っていましたから。ミリヤさんはサマエルのメンバーではないんですよね?」

「ええそうよ。私はただの薬師ですもの。さぁ、ボスがお待ちかねよ」

「ありがとうございます」

 ミリヤがフリードを奥の扉へと促した。螺旋階段を昇ると、ボスとリュートが座っていた。

 ボスはいつもの上座の席で、リュートはボスから三つ離れた席だ。フリードの席はリュートの隣だった。

「遅くなりました」

 と言いながら席に着く。ボスは、「全員集まってないから早い方だ」と言い、リュートは「久しぶりッス!」と元気に挨拶してきた。

「ったく、俺より先に来てろってあれだけ言ってんのに。早いのはリュートだけかよ」

 と、ボスがブツブツ文句を言い始めた。

「だから、ボスが早く来すぎなんスよ。俺ボスがどんだけ早いのかと思って、夜明け前からここに来てたッス。
 そしたら薬屋の扉開いてなくて、寒い中ずっと待ってたんスよ。
 結局ボスとミリヤが来たのはフリードが来る直前ッスよ。

 フリードだって前回遅いだなんだって言われたからこんな早くに来たんスよね?
 ボスがどれだけ理不尽な事言ってるか、フリードなら分かるッスよね?」

 ボスに反論するリュートが、フリードに同意を求めてきたが、フリードは反応出来なかった。
 どちらも味方し難い。

「フリード! 無視は酷すぎるッスよ!」

「あぁ悪い。反応に困って……」

「フリードは俺の味方してんだよな?」

 次はボスがフリードに同意を求めてきたので、次はきちんと否定した。

「どちらの味方もしていませんが」

「お前ぇ、次の任務分かってるな?」

 ボスが脅す様な声でフリードを睨みつける。フリードは真顔で言い返した。

「どうぞお好きに?ボスの器の小ささが知れますね」

「テメェ! もう我慢ならねぇ! お前のアレ、メンバーにバラすぞ!」

「アレ?」

「お前が陛下のちく」

 ボスが言い切る前に、フリードが机をバンッ!! と強く叩いた。

 以前ボスに、フリードがウェルディスの乳首を吸っていたのを見られたことを思い出した。
 羞恥心が込み上げてくる。

「それ以上言ったら、ボスであろうと許しません。へ……陛下に告げ口します」

「ほお? その前にテメェを沈めてやるよ」

 フリードとボスが睨み合い、リュートが怯えた様子で震えていた。
 そんな事をしているうちに、他のメンバーも現れ始めた。

 上座から見てすぐに右の席に傭兵部隊隊長のナターニエルが座り、その向かいに暗殺担当のアンナが座った。

 ナターニエルの隣に総合的な事務仕事をしているモニカ、その向かいに参謀のジール。

 モニカの隣にはリュートが座っており、その向かいには裏警察隊隊長のイナルガ。
 そしてリュートの隣にフリードだ。

 これでサマエルメンバー全員が集合した。厳しい顔をしたボスが会議を開始した。

「さて、今回お前らに集まってもらったのは、任務の為だ。今回はちと面倒だ、覚悟しろ」

 全員が真面目な顔をしてボスを見つめた。

「さて、今回困った事になってな。どこかの誰かさんのせいで、ヘイリアは国が潰される寸前まで追い込まれていると言っても過言ではない状況だ。

 クレイルとルーベリアが共同戦線を張って、我が国、ヘイリアに侵攻する準備を始めたんだとさ。
 陛下の対応次第で三ヶ月後には攻めてくるとの事だ。

 まぁ、その誰かさんは俺達の仲間だし、俺としては仲間を売るなんて死んでもゴメンだ。
 だから、陛下には『抗え!』って喝を入れてある。
 というわけで、サマエルの大仕事だ。説明はジールに任せた」

 ジールが「任された」と言って立ち上がる。
 十代半ばのような顔をしており、どこからどう見ても子供にしか見えないが、れっきとした三十代男性だ。

「さて、皆も知っての通り、クレイルのスパイだったフリードが陛下の愛人になった為に、クレイルとルーベリアが共同戦線を張って攻め込んでくるらしい。
 クレイルとルーベリアがどうやって手を組む事になったかは不明。

 期限は三ヶ月。その間にフリードをクレイルに返すか、公開処刑をすれば戦争回避出来る。
 だが、俺達は仲間を売ったりしないのが信条だ。
 全力でフリードと国を守るのが、今回の任務である。

 目標はフリードを守りつつ、戦争を起こさせない事だな。陛下からの依頼は戦争の回避はもちろんだが、第一優先はフリードとの事」

「ちょ、ちょっと待て!」

 話を聞いていて、我慢ならなくなったフリードは、ジールの説明を遮るように口を挟んだ。

「意見があるなら手を挙げてから発言しろよ。基本だぞ?」

「それはどうでもいい。なんだ、その俺を守るのがメインで、国は後回しって。言い間違えも大概にしろよ」

 フリードは文句を言った。どうして誰も指摘しないのか。
 サマエルはウェルディスに仕える、裏組織である。国よりフリードを優先してたまるかと思ったのだが。

「言い間違えてねぇよ。俺達サマエルは仲間を第一優先にする。
 それはフリードだけじゃない、ここにいるメンバー全員に言える事だ。

 サマエルの中にも家庭を持っている者はいる。その場合、サマエルより家庭を優先させる人だっているさ。
 それは当然の事だから、誰も文句は言わねぇよ。

 ただ、サマエルに入ったら俺達は仲間だ。俺達は任務中、自分や仲間の命は粗末にしない。
 例え国が滅ぶ事になっても、自分や仲間、大事な人の命を優先させる。

 フリードは黙って俺達に守られておけ。分かったらこれ以上、この事について文句言うなよ。どうせ国を守る事には変わりないのだから。
 お前は陛下が第一なんだろうが、俺達は違うというだけだ」

 ジールに言われ、フリードは口を噤んだ。
 だが納得しているわけではない。国に仕える者が、国より家族や仲間が大事だと言う神経が分からない。

 そういう考えは、ヘイリアの国民性だという事は理解出来るが、国や仕えている者の為に命を懸けて当然、という前提があるフリードには理解し難い事だ。
 ジールは更に続けた。

「というわけで、久々にサマエルの大仕事だ。ルーベリアの動きは、帝国軍が国境で見張っているから、俺達は情報収集に徹して、相手国の弱味を探ってくれ。

 ナターニエルはヘイリアとクレイルの国境に、傭兵団を配置。戦争が始まるまで牽制していてくれ。

 アンナはルーベリアに行って、暗殺して欲しい人物がいるので、仕事を頼む。
 ターゲットの情報は後日渡す。

 次にモニカは、今回の任務で引退だから、リュートに仕事の引き継ぎを頼む。
 二人は引き継ぎ完了後、ルーベリアでスパイ活動をしてくれ。

 イナルガは今回、久しぶりにクレイルでのスパイ活動をしてもらう。
 裏警察から助っ人を連れて行ってもいいが、かなり危険なのでベテランを一人連れて行くにとどめろ。

 ボスは俺の鳩、ポッポンを預けるので、メンバーの報告を受け次第、ポッポンを俺の元に飛ばしてくれ。
 餌やりの指示は後で伝えるので、ちゃんと可愛がるように。
 くれぐれもノラと引き合せるなよ?

 そんでフリード。前もって皇后陛下から聞いているだろうが、俺も同行してルーベリアの奥地にあるスティラ村に身を潜めてもらう。

 皇后陛下の生家で生活してくれとの事だ。これを機に少し休め。
 その他、質問があれば個別に聞く。では解散。
 フリードは話があるから残るように」

 話が終わると一人ずつ薬屋から出て行った。ボスはジールの言い方が気に入らなかったのか、ジール頭にゲンコツを食らわせていた。
 ジールはというと、

「前にポッポン貸したら、ノラに食われそうになったって笑ってたのボスなのに……」

 と頭を押さえて文句を言っていた。
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