離宮の愛人

眠りん

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三章

二十一話

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 フリードとウェルディスは、ひとしきり愛を確かめ合った後、ベッドで抱き合った。
 フリードはウェルディスにずっと言おうとしていた事を話した。

「ウェル、相談がある」

「なんだい? フリードの言う事は全部聞いてあげるよ」

 当たり前だという反応をするウェルディス。フリードは安心して話を続けた。

「以前、ザハードに行った時、俺の護衛をしたアグリルの事は知ってるよな?」

「ああ。今期の剣術大会での結果で、近衛騎士隊に任命する予定だが……」

「彼を俺の専属騎士にする事は出来るだろうか?」

「何故だ? まさか、アグリル卿から専属騎士にして欲しいと言われたのか?
 君が専属騎士を欲しがるわけがないからな」

「ああ。俺も正直要らないと思う。
 けど、俺がスパイとして帝国軍にいた頃、仲間の中で唯一彼だけが俺に良くしてくれた。
 アグリル卿は、ヘイリアに来て初めて俺に味方をしてくれた人なんだよ」

 ここまで言ってウェルディスが反対するようなら、フリードはその判断に従おうと決めていた。
 だが、ウェルディスは頷いた。

「分かったよ。そもそもフリードが護衛をつけたいと言ってるのに反対するわけがないだろう?
 そんなに必死に説得するなんて、僕に反対されると思った理由でもあったかい?」

 そう聞かれて、フリードはドキリとした。アグリルがフリードに片思いをしている事は話す訳にはいかない。
 余計な負担を掛けたくなくて、誤魔化すように苦笑いをした。

「いや、特にないよ」

「次からオネダリする時は、君が僕の乳首に夢中になる時くらい、僕の機嫌など気にしなくていい。
 それに僕も、今の君には護衛が必要だと思う」

「……それってどういう?」

「僕がフリードを守ってあげられたら一番良いけど、僕にはそれが出来ないからね。
 歯痒い思いだよ」

 ウェルディスにギュッと抱き締められ、フリードはまたドキドキする。
 ウェルディスは、フリードの目に手を当て、耳元に囁いた。

「おやすみ。僕の愛しい人」


 それからすぐにフリードはアグリルを離宮に呼び、専属護衛騎士としての任命式を行う旨を伝えた。
 アグリルはとても喜んでおり、フリードは早々にウェルディスに頼んで、皇城で任命式を執り行った。

 離宮にはフリードの後ろについて歩くアグリルの姿が見られるようになった。
 離宮で働く者達はアグリルを歓迎しており、以前に増して、離宮は賑やかになった。


 アグリルが離宮での生活に慣れた頃。フリードはイリーナに呼ばれ、皇城の奥へと来ていた。
 応接室で二人きりのお茶会だ。二人で対面して座り、イリーナの後ろには侍女が一人、フリードの後ろにはアグリルが立っている。

 さすがに二人きりではないので、以前のような砕けた話し方は出来ない。

「この度は来ていただいて嬉しく思いますわ」

「ご招待していただき、ありがとうございます」

 以前ウェルディスとティータイムを過ごしイチャイチャした部屋なので、少し落ち着かない。
 フリードは平然としていたのだが、

「この部屋に何かあるのですか?」

 と、聞かれてしまった。

(心の声でも読めていそうなレベルだな)

 イリーナには嘘は通用しない。詳細は話さず、素直に答える事にした。

「いえ、以前陛下とティータイムを過ごした部屋だなぁと思いまして」

「ああ。近衛騎士隊の方達が噂していましたわ。陛下とフリードが、こちらが恥ずかしくなる程仲が良いと」

「えっ! ……すみません」

 恥ずかしさからイリーナの顔が見れない。するとイリーナはクスクスと笑い始めた。

「良いんですのよ。わたくしは、二人が仲良い方が嬉しいのです。
 それに、陛下にご助言して下さったそうですね。最近の陛下は、以前よりもわたくしを大事にして下さいます。
 前も優しくはあったのですが、距離を置いていたので、寂しさを感じておりました。
 愛し合っている夫婦ではなくとも、良い関係を築けていると思います」

「それは良かったです」

 以前までなら、そんな話を聞いたら嫉妬していただろう。イリーナに殺意を湧いて、それに対して自分に絶望していたかもしれない。
 イリーナがこんな人だから、素直にウェルディスと彼女の関係を認められる。

 だが、上手くいっているならフリードをわざわざ呼び出す必要性はない筈だ。
 イリーナはただ話し相手欲しさに皇城に呼び出すタイプではないだろう。
 他に何か用があるのだと確信したフリードは、改めて問いかけた。

「何かありましたか?」

 すると、ニコニコしていた顔は、真面目なものに変わった。
 イリーナは皇后としての威厳を湛えた目でフリードに話し始めた。

「実は……困った事になりましたの。我が祖国、ルーベリアの事についてです」
 
 イリーナは静かに語り始めた。

「わたくしの故郷、ルーベリア帝国は完全な実力主義国家です。
 強い者がトップに立ち、従う者達はリーダーの奴隷と言っても過言ではありません。
 強さというのは何も腕力や戦いの強さではなく、頭脳や優れた能力等も含まれます。

 そんなお国柄ですから、弱い者が淘汰されるのは当然という考えです。
 私の実の母は、皇帝に命令されて、無理に身体を奪われたのです。
 ……ですが、それが当たり前の国なのです。特に力を持たない子供や女性は、強い者達の言いなりですから。

 それでも、強者に奪われてきた者が、自分で力をつけて下克上をする事が多いのも事実。
 上の立場で偉そうにしていた者が転落した後、暴行を受けて死んだ、なんて話もよく聞きます。
 常に競争し続けているからか、国力はヘイリアよりも強いです。
 いざ戦争になれば、一致団結して敵を打ち破る強さを持っていますから。

 実力さえあれば、生まれは関係なく貴族になれますし。貴族の生まれでも力がなければ平民になります。
 私は平民として育ちましたが、母が亡くなった後、とある力がある為に城に引き取られたのです」

 ルーベリアのお国柄は誰もが知っている事なので、フリードは頷きながら聞き、最後に疑問を投げかけた。

「とある力?」

「ええ。私は三年前まで、母とルーベリアの奥地の村で生活しておりました。
 母は神に仕える巫女……と言って分かりますか?」

 巫女という言葉に聞き覚えがない。フリードは首を横に振った。

「この国で言えば、神官に似ているかもしれません。母は大神官の立場で、私は神官でした。
 この国と違うのは、母は本当に神と言葉を交わし、その言葉を村民に伝える事が出来るところでしょうか。
 この国では、毎年神のお言葉を民に伝える事はないので、信じてもらえないとは思いますが……」

「ええ。そんな話、聞いた事ないですね。たまに神の声が聞こえると言う者もいますが、嘘だった事が多く、神の代弁者を騙った者は皆処刑されてます」

「はい、それが一般的な認識でしょう。母の一族は大昔から神の言葉を聞き、民に伝えてきました。
 私は母が亡くなる前にその力を受け継ぎ、巫女となったのですが……ルーベリア皇帝に見付かり、城へと連れて行かれてしまったのです」

「それは、神が教えてくれたりしないんですね?」

「神は個人に関する事は教えてくださいません。一年の天候だとか、作物が豊作か凶作かとか、国の動向だとか、ざっくりとした感じですね。
 それに人間の言語で教えてくれるわけではないのです。説明は出来ませんが、神からの意思を感じ取るだけといいますか。

 まぁ、それで私の力がルーベリア皇帝に知られてしまい、毎日神の声を聞くように見張られていました。
 神は毎日毎日何かを教えてくれるわけではありません。
 ですが、ルーベリア皇帝はそれが分からないものですから、私が神の声が聞けない時は、家臣に命じ、私は暴力を受ける毎日でした」

「以前、他人の機嫌うかがいをしないと暴力を受けると言っていましたね?」

「はい。その件とは別に、皇后や、兄や姉達からも、理不尽に暴力を受けておりました。
 家臣達からの暴力は命令されての事で、避けようもなく、ひたすら我慢していました。
 ですが、避けられる暴力は避けたいので、彼らには媚びを売っていましたよ」

 すると、フリードの背後から何やら圧力を感じた。気迫みたいなものだろうか。
 振り返ってみると、アグリルが怒りを爆発させる寸前のところだ。

「アグリル卿、落ち着いて下さい」

 フリードが焦って制止すると、アグリルは深く息を吐いて落ち着いた様子だ。
 そんな様子を見て、イリーナはニコニコ笑った。

「ふふ、とても優しい護衛をつけられたですのね」

「自分の気持ちに正直な人なので、本当に私の護衛にして良かったのか、今も悩むところでありますがね」

「寧ろバランスが取れていると思いますわ」

 イリーナはアグリルのお陰か、強ばっていた表情が穏やかになった。

「まぁ、そんな扱いを受けたものですから、私も皇帝に協力したくないと思いまして、一年もの間、力が使えないフリをしましたの」

 そして、イリーナは少し自慢げに笑った。

「暴力を受けるのに、ですか? 」

「はい。わたくしが暴力に屈するか、皇帝がわたくしの力を諦めるか、根比べをしたのですよ。
 一年程、酷い目に遭いましたが、その結果はお分かりですね?」

「イリーナが勝ったのですね」

「はい。私の力は諦められまして、ヘイリアに嫁ぐ事になりました。
 私としては元の村に帰りたかったのですが、仕方ありません」

「その事は陛下はご存知なのですか?」

「ええ。嫁いでからは陛下には黙っていたのですが、最近、陛下に心を奪われてから話してしまいました」

 イリーナは照れたように顔を赤くした。フリードは見なかった事にして、話を進めた。

「なるほど? それで困ったお告げでも聞いてしまったという事ですか?」

 その言葉でイリーナは再び、厳しい目になり、まっすぐフリードを見つめて言った。

「はい。恐らく、このままですと戦争が起こります」



───────────────────
※一応キャラの年齢書いておきます。
自分も忘れそうなので。

フリード:20歳
ウェルディス:24歳
イリーナ:23歳
アグリル:25歳
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