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三章
十八話
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歓迎会から数日後。特に招集される事もなく、フリードは離宮で使用人達の仕事を手伝いながら、ヘイリア帝国法の勉強をし、身体が鈍らないよう鍛錬をしていた。
ウェルディスはまだ離宮にやってくる様子はない。いつ頃また離宮に顔を出してくれるかは、未定だった。
アグリルの護衛の件などを相談したいが、自分から皇城へウェルディスに会いに行かなければ話すら出来ない。
だが、皇城には皇后がいる。
今までは運良く遭遇しなかったが、次もそうとは限らないのだ。慎重にならざるを得ない。
(愛人風情が行って、皇后陛下に無礼があってもいけないよな……)
フリードの考えがまとまらずにいたある日、ウェルディスから贈り物が届いた。
中身は、金の刺繍が施されたスーツだ。シャツは黒で、リボンタイも黒だが、ベストやジャケット、ズボンは白だった。
(なんだ?いきなり……?)
中には手紙も一緒に入っていた。どうやら、フリードが愛人になって一年が経ったので、そのお祝いパーティーを開くとの事だ。
フリードになって一年だ。
会場は、パール宮という、何代か前の皇帝が愛人の為に作ったパーティー会場だ。
そこに貴族などを呼び、盛大に祝うのだそうだ。
(いやいや、俺は男だぞ? 男の愛人の為にパール宮を開けるなんて、皇后陛下側の臣下が黙っていないんじゃ……?)
そう思いながら読み進めると──。
『フリードが懸念するであろう会場についてだが、フリードには悪いと思うが、皇后陛下の誕生パーティーの時にパール宮より大きな会場で盛大にやった。
フリードのパーティーは少し規模が小さくなるが、僕の愛の大きさは君の方が大きいから拗ねないように。
君は以前、誕生日が分からないと言っていたね? それなら、僕が君にフリードと名付けた日でいいじゃないか。
だから、今回はフリードの誕生パーティーという事にしているよ。
十九歳になるんだったね? おめでとう。
当日は絶対来て欲しい』
ウェルディスから直々に招待を受けて断れる筈がない。
(おそらく、ウェルはこのパーティーで、俺と皇后を会わせるつもりなんだろう。
そこで、仲良くしているところを聴衆に見せれば、変な噂はなくなる。
俺はウェルの為に何も出来ていないのに、ウェルばかりが俺の為に色々お膳立てをしているように感じる。
俺も頑張らないとな)
そして、パーティーの日がやってきた。フリードは贈られた衣装を着て、パール宮へと赴いた。
パーティー会場は貴族達が多く集まっており、それぞれ綺麗なドレスやスーツを身にまとっている。
宝石を身に付けている者も多く、色々な場所でキラキラと瞬いていて、眩しい程だ。
フリードが会場を歩くと、その場にいる者は皆道を開けていった。
(お、俺はどうしたらいいんだ?)
クレイル公国にいた時に、貴族としての振る舞いも身に付けているし、何度かパーティーに参加した事もある。
だが、皇帝の愛人としての振る舞いなど、分かる筈がない。
壁の方に寄り、目立たないようにしたいが、この衣装がそれを許さない。
一組の夫妻がフリードに近寄ってきた。ニコリと微笑むので、フリードも会釈をした。
恐らく、挨拶がしたいがフリードが皇族扱いなので、話しかけられずにいるのだろう。
フリードはその夫人に笑顔で挨拶をした。
「こんにちは。フリードと申します」
「初めてお目にかかります。わたくし、サリー侯爵の妻でございます。こちらはわたくしの夫ですわ」
紹介された夫が、フリードに笑顔を向けた。
「初めまして、フリード様にお会いできて光栄です」
「私も、噂のフリード様にお会い出来て嬉しい限りですわ」
サリー夫妻はニコニコと気持ちの良い笑顔を向けてきた。フリードは笑顔を返した。
「こちらこそ。私もお優しい侯爵夫妻にお会い出来て光栄です」
「ありがたく存じます。本日はフリード様がお生まれになった日との事。心からお祝い申し上げます」
彼らの挨拶を皮切りに、近くにいた者が次々とフリードに近寄り、挨拶をしていった。
皆、誰が先に行くかで空気を読んでいたようだ。
大体の挨拶が済むと、フリードは少し疲れを感じ、帰りたい気分になった。
(ウェルの為ウェルの為ウェルの為ウェルの為ウェルの為ウェルの為……)
「フリード様」
珍しく相手から声を掛けられ、振り向くと、アナスタとサーシュ侯爵が共にやってきた。
「ルブロスティン卿にサーシュ卿。久しぶりですね」
知り合いの顔を見ると少し安堵する。アナスタはフリードに
「ええ。このような場は慣れないでしょう?」
と、気遣う様子で聞いてきた。
「ええ。今までこういう事にはあまり縁がなかったもので……」
「陛下の愛人になられる前は平民だと聞いております。困った時は私に助けを求めて下さい」
次はサーシュ侯爵がフリードに気遣ってきた。フリードは慌てて話を変える。
あまり心配されるのは好きではない。
「ありがとうございます。それより、お聞きしましたよ。
ルブロスティン公爵は、今、帝国軍第一隊隊長として、皆に慕われているとか」
「え? いやまぁ。ダーズリン閣下を慕う者が多く、こんな若造がいきなり隊長になったものですから、最初は大変でしたよ」
「力を発揮されて、認められたんですか?」
「まぁ、一人ずつ全員と試合をしまして、全員……いやアグリル卿以外を負かしました。
さすがに隊員十人相手に連戦はキツかったです」
「さすがはルブロスティン殿下。期待されているだけあります」
「あまり褒められると照れますよ」
アナスタも、サーシュ侯爵も仲は良好のようだ。 今までは貴族派、皇帝派と敵視していた関係だったが、前ルブロスティン公爵の事件以降、手を組んで帝国の為に尽力している。
話していると、二階の奥の扉からウェルディスと皇后が二人揃って出てきた。
二人とも落ち着いた色のドレスとスーツだ。だが、皇帝と皇后というだけあり、一番人目をひいている。
全員が会話を止め、二人を注目している。
階段を降りて、台座に二人分の椅子が並んであり、ウェルディスが椅子の前に立った。
皇后は台座に上がらずに端に立ち、ウェルディスを見上げていた。
そして、ウェルディスが、
「フリードよ、こちらへ来なさい」
と、フリードに笑みを向けて呼んだ。フリードは背筋を伸ばして、ウェルの元まで歩く。
台座の前で立ち止まった。
「こちらへ。今日僕の隣に座るのはフリードだ」
フリードは恐る恐る三段の階段を昇り、ウェルディスの隣に立った。
今日、招待されている客達がこちらに注目をしている。会場の隅にはレヴィンズ男爵の姿になっているボスの姿も確認した。
「皆に紹介する。こちらが僕が愛するフリードだ。
奥ゆかしく、自分をまだ皇族だと思っていないようで、なかなか公の場に顔を出さないが、フリードも皇族の一員だ。
納得しない者もいると思うが、フリードは前ルブロスティン公爵の件を、弁護士として解決に導いてくれた。
フリードがいなければ、ヘイリア帝国はザハード王国からの進軍を受けていたであろう。
皆に、フリードを温かく迎えてもらいたい。そして、今日というフリードが誕生した日を祝ってもらいたい」
ウェルディスが話し終える。シーンとした空気の中、アナスタとサーシュ侯爵が拍手を始めた。
そして、その場にいる全員が拍手をし、フリードを受け入れると表明した。
次はウェルディスに促され、フリードは毅然とした態度で挨拶をした。
「この度は、来てくださってありがとうございます。私は平民です。
皆様もご存知の通り、ヘイリア帝国とは同盟国であるクレイル公国から参りました。
縁があってここに立たせていただいておりますが、私は陛下に忠誠を誓った臣下に過ぎません。
今日この場をお借りして皆様に伝えたい事がございます。
陛下はこの国の為に努力し続けています。
愛人を迎えたからといって、国を思う心は変わりありません。
ですから、陛下のお心が変わってしまった等と噂するのは、控えて欲しいのです」
ずっと思っていた事を話した。こう言ったからといって、変な噂が止まるわけではないのは分かっている。
それでも、時折聞こえてくる陛下への不信の声をどうにかしたかったのだ。
最後に、
「私の拙い言葉を聞いてくださってありがとうございました」
フリードが話し終えると、全員が拍手をした。それが表面上のものであっても、話した事が正しく皆に伝わって欲しい……そう思ったのだった。
ウェルディスはまだ離宮にやってくる様子はない。いつ頃また離宮に顔を出してくれるかは、未定だった。
アグリルの護衛の件などを相談したいが、自分から皇城へウェルディスに会いに行かなければ話すら出来ない。
だが、皇城には皇后がいる。
今までは運良く遭遇しなかったが、次もそうとは限らないのだ。慎重にならざるを得ない。
(愛人風情が行って、皇后陛下に無礼があってもいけないよな……)
フリードの考えがまとまらずにいたある日、ウェルディスから贈り物が届いた。
中身は、金の刺繍が施されたスーツだ。シャツは黒で、リボンタイも黒だが、ベストやジャケット、ズボンは白だった。
(なんだ?いきなり……?)
中には手紙も一緒に入っていた。どうやら、フリードが愛人になって一年が経ったので、そのお祝いパーティーを開くとの事だ。
フリードになって一年だ。
会場は、パール宮という、何代か前の皇帝が愛人の為に作ったパーティー会場だ。
そこに貴族などを呼び、盛大に祝うのだそうだ。
(いやいや、俺は男だぞ? 男の愛人の為にパール宮を開けるなんて、皇后陛下側の臣下が黙っていないんじゃ……?)
そう思いながら読み進めると──。
『フリードが懸念するであろう会場についてだが、フリードには悪いと思うが、皇后陛下の誕生パーティーの時にパール宮より大きな会場で盛大にやった。
フリードのパーティーは少し規模が小さくなるが、僕の愛の大きさは君の方が大きいから拗ねないように。
君は以前、誕生日が分からないと言っていたね? それなら、僕が君にフリードと名付けた日でいいじゃないか。
だから、今回はフリードの誕生パーティーという事にしているよ。
十九歳になるんだったね? おめでとう。
当日は絶対来て欲しい』
ウェルディスから直々に招待を受けて断れる筈がない。
(おそらく、ウェルはこのパーティーで、俺と皇后を会わせるつもりなんだろう。
そこで、仲良くしているところを聴衆に見せれば、変な噂はなくなる。
俺はウェルの為に何も出来ていないのに、ウェルばかりが俺の為に色々お膳立てをしているように感じる。
俺も頑張らないとな)
そして、パーティーの日がやってきた。フリードは贈られた衣装を着て、パール宮へと赴いた。
パーティー会場は貴族達が多く集まっており、それぞれ綺麗なドレスやスーツを身にまとっている。
宝石を身に付けている者も多く、色々な場所でキラキラと瞬いていて、眩しい程だ。
フリードが会場を歩くと、その場にいる者は皆道を開けていった。
(お、俺はどうしたらいいんだ?)
クレイル公国にいた時に、貴族としての振る舞いも身に付けているし、何度かパーティーに参加した事もある。
だが、皇帝の愛人としての振る舞いなど、分かる筈がない。
壁の方に寄り、目立たないようにしたいが、この衣装がそれを許さない。
一組の夫妻がフリードに近寄ってきた。ニコリと微笑むので、フリードも会釈をした。
恐らく、挨拶がしたいがフリードが皇族扱いなので、話しかけられずにいるのだろう。
フリードはその夫人に笑顔で挨拶をした。
「こんにちは。フリードと申します」
「初めてお目にかかります。わたくし、サリー侯爵の妻でございます。こちらはわたくしの夫ですわ」
紹介された夫が、フリードに笑顔を向けた。
「初めまして、フリード様にお会いできて光栄です」
「私も、噂のフリード様にお会い出来て嬉しい限りですわ」
サリー夫妻はニコニコと気持ちの良い笑顔を向けてきた。フリードは笑顔を返した。
「こちらこそ。私もお優しい侯爵夫妻にお会い出来て光栄です」
「ありがたく存じます。本日はフリード様がお生まれになった日との事。心からお祝い申し上げます」
彼らの挨拶を皮切りに、近くにいた者が次々とフリードに近寄り、挨拶をしていった。
皆、誰が先に行くかで空気を読んでいたようだ。
大体の挨拶が済むと、フリードは少し疲れを感じ、帰りたい気分になった。
(ウェルの為ウェルの為ウェルの為ウェルの為ウェルの為ウェルの為……)
「フリード様」
珍しく相手から声を掛けられ、振り向くと、アナスタとサーシュ侯爵が共にやってきた。
「ルブロスティン卿にサーシュ卿。久しぶりですね」
知り合いの顔を見ると少し安堵する。アナスタはフリードに
「ええ。このような場は慣れないでしょう?」
と、気遣う様子で聞いてきた。
「ええ。今までこういう事にはあまり縁がなかったもので……」
「陛下の愛人になられる前は平民だと聞いております。困った時は私に助けを求めて下さい」
次はサーシュ侯爵がフリードに気遣ってきた。フリードは慌てて話を変える。
あまり心配されるのは好きではない。
「ありがとうございます。それより、お聞きしましたよ。
ルブロスティン公爵は、今、帝国軍第一隊隊長として、皆に慕われているとか」
「え? いやまぁ。ダーズリン閣下を慕う者が多く、こんな若造がいきなり隊長になったものですから、最初は大変でしたよ」
「力を発揮されて、認められたんですか?」
「まぁ、一人ずつ全員と試合をしまして、全員……いやアグリル卿以外を負かしました。
さすがに隊員十人相手に連戦はキツかったです」
「さすがはルブロスティン殿下。期待されているだけあります」
「あまり褒められると照れますよ」
アナスタも、サーシュ侯爵も仲は良好のようだ。 今までは貴族派、皇帝派と敵視していた関係だったが、前ルブロスティン公爵の事件以降、手を組んで帝国の為に尽力している。
話していると、二階の奥の扉からウェルディスと皇后が二人揃って出てきた。
二人とも落ち着いた色のドレスとスーツだ。だが、皇帝と皇后というだけあり、一番人目をひいている。
全員が会話を止め、二人を注目している。
階段を降りて、台座に二人分の椅子が並んであり、ウェルディスが椅子の前に立った。
皇后は台座に上がらずに端に立ち、ウェルディスを見上げていた。
そして、ウェルディスが、
「フリードよ、こちらへ来なさい」
と、フリードに笑みを向けて呼んだ。フリードは背筋を伸ばして、ウェルの元まで歩く。
台座の前で立ち止まった。
「こちらへ。今日僕の隣に座るのはフリードだ」
フリードは恐る恐る三段の階段を昇り、ウェルディスの隣に立った。
今日、招待されている客達がこちらに注目をしている。会場の隅にはレヴィンズ男爵の姿になっているボスの姿も確認した。
「皆に紹介する。こちらが僕が愛するフリードだ。
奥ゆかしく、自分をまだ皇族だと思っていないようで、なかなか公の場に顔を出さないが、フリードも皇族の一員だ。
納得しない者もいると思うが、フリードは前ルブロスティン公爵の件を、弁護士として解決に導いてくれた。
フリードがいなければ、ヘイリア帝国はザハード王国からの進軍を受けていたであろう。
皆に、フリードを温かく迎えてもらいたい。そして、今日というフリードが誕生した日を祝ってもらいたい」
ウェルディスが話し終える。シーンとした空気の中、アナスタとサーシュ侯爵が拍手を始めた。
そして、その場にいる全員が拍手をし、フリードを受け入れると表明した。
次はウェルディスに促され、フリードは毅然とした態度で挨拶をした。
「この度は、来てくださってありがとうございます。私は平民です。
皆様もご存知の通り、ヘイリア帝国とは同盟国であるクレイル公国から参りました。
縁があってここに立たせていただいておりますが、私は陛下に忠誠を誓った臣下に過ぎません。
今日この場をお借りして皆様に伝えたい事がございます。
陛下はこの国の為に努力し続けています。
愛人を迎えたからといって、国を思う心は変わりありません。
ですから、陛下のお心が変わってしまった等と噂するのは、控えて欲しいのです」
ずっと思っていた事を話した。こう言ったからといって、変な噂が止まるわけではないのは分かっている。
それでも、時折聞こえてくる陛下への不信の声をどうにかしたかったのだ。
最後に、
「私の拙い言葉を聞いてくださってありがとうございました」
フリードが話し終えると、全員が拍手をした。それが表面上のものであっても、話した事が正しく皆に伝わって欲しい……そう思ったのだった。
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