離宮の愛人

眠りん

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三章

五話

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 しばらくして、貴族のように美しいドレスを着飾ったマルガルタが現れた。
 礼儀作法を習ったのだろう、ドレスの裾を両手で持ち、膝を曲げて挨拶をした。

「お初にお目にかかります。私はカーラッカ家の長女、マルガルタでございます」

 歳は二十代半ば頃だろうか、すっきりとした顔と身体だ。黄色いドレスが良く似合う。
 この世の不幸を知らないような穏やかな微笑みを浮かべており、彼女が不倫などの不良行為をするようには一切見えない。
 フリードが見た目で惑わされる事はないが。

「こちらこそ、私はフリードと申します。今は私の身分は気にせず、気楽にして下さい」

 手を差し出すと、彼女は自身の手を乗せた。フリードはその手の甲にキスをして手を離した。
 お互いソファーに向かい合って座る。

「離宮の愛人様の話は、噂でお聞きした事がございます。とてもお美しい方だと。
 想像以上にお美しくて、女性として羨ましいですわ」

「お褒めに預かり光栄です。マルガルタ嬢も可愛らしいお嬢様ですね。
 成人しているとは思えない程です」

「ふふっ。お言葉が上手ですのね」

 挨拶はそこそこに本題に入る。フリードは紅茶を飲み、ソーサーに置くと、マルガルタを直視した。

「率直にお聞きします。マルガルタ嬢、あなたは前ルブロスティン公爵と不倫関係にありましたね?」

「な、なんて酷い事をおっしゃいますの?」

「毎週水曜、昼頃にコーヒーハウスで密会されていたそうですね? その後、前公爵の別宅で三時間ほど滞在するのがいつもの流れでしたね?」

 コーヒーハウスは、昔は男性のみが利用出来る女人禁制の社交場だったが、数十年前からは女性も利用出来るようになった。
 貴族、平民問わず、政治や経済や文化などについて語り合える情報交換の場でもある。

「何を根拠に? 私以外の女性でしょう。見間違えたのでしょうね」

「いえ、それはないでしょう。前公爵がわざわざ変装をして外出した際に尾行した者が、彼は毎週水曜に必ずコーヒーハウスに出向き、同じ女性と語り合っていた。
 その後は、別宅に三時間ほど滞在。その女性を追尾した結果、カーラッカ家の長女であるマルガルタ嬢、あなたである事が判明した、と報告しています」

 マルガルタは冷や汗を流しながらも認めない。引きつった笑顔で反論する。
 先程までのかわいらしかった雰囲気は微塵もなくなってしまった。

「あら。その方、相当尾行が下手でしたのね」

「その者は裏警察でも熟練の者です。素人相手にミスした上に、事実でない報告をするとは思えません」

「う……裏警察……」

 裏警察の言葉で、ようやく事態の重さを理解したらしい。マルガルタは、ソファーから滑り落ちるように地面に座り込み、身体を震わせながらフリードに懇願した。
 目には涙を溜め、今にも流れ落ちそうな勢いだ。

「も、申し訳ありませんでしたわ! こっ、こ、この事はどうか誰にも言わないで下さい!
 なんでもします、なんでも! もう公爵様は亡くなられておりますし、なかった事に出来ませんか?
 お願い、お願いだから、逮捕だけはどうか。
 今回だけ見逃してください。二度とこのような真似は致しませんから」

 マルガルタの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「落ち着いて下さい。大声で話されると部屋の外に聞こえますよ」

「どうしたら……どうしたらいいの? 不倫なんて……裁判にかけられたら……」

 自分の未来を予想して絶望したのだろう、顔が真っ青だ。貴族でも姦通罪は通常流刑となるほどの大罪だ。
 サーシュ公爵が爵位剥奪だけで済んだのは、フリードの力によるところが大きい。

 ヘイリアが法治国家と言えど、同じ罪でも貴族と平民では罰の重さが違う。
  姦通罪は平民であれば、下手したら処刑されるおそれもあるのである。

「いや。死にたくない。アイツのせいで私の人生めちゃくちゃだわ」

「不倫と知っていてお付き合いされていたんですよね。前公爵様だけの責任ではないでしょう」

「だってあの人が! 近々奥様が亡くなられるから、その後に結婚しようと迫ってきたのです。
 その後は不自由ない、今と同じ生活を送らせてくれるとおっしゃったのです。
 安心して時が来るのを待てばいいと!
 私は父に無理矢理お見合いさせられておりました。皆貴族の男性でしたが、どの方も見た目や性格、家に難のある方ばかりなのです。
 父は事業が上手くいけば私がどうなってもいいのでしょうね。
 私は、不幸になりたくないだけよ! 私が悪いの? ねぇ?」

 甘えた発言に呆れる。が、マルガルタがどんな考えを持っていようとフリードには関係のない事だ。
 前ルブロスティン公爵の罪が明らかになり、サーシュ侯爵が元の地位に戻り、ウェルディスの力が戻ればいいだけである。

 彼女の態度でフリードも態度を改める。相手は敬意を表するべきレディーではない。
 カーラッカ家としてのプライドなど何もない、甘やかされて育っただけの、ただの平民だ。

「さぁ? 俺には分からないな。結婚が嫌なら裁判でもすれば良かったじゃないか?
 貴族は当てはまらないが、平民であれば親が子供に無理に見合いをさせ、結婚を決める事は人権侵害だからな。
 司法局からカーラッカ家に無理に見合いをさせないように指導されるだけじゃない、精神的苦痛の慰謝料ももらえたと思うぞ」

 貴族は家を守る義務があるとして政略結婚はつきものだ。それにいちいち人権侵害と言っていては家の存続にかかわる為、子は親を訴える事は出来ない。
 だが、平民は違う。自由恋愛、自由結婚が許されている為、親が無理に結婚させようとしても、子には拒否権がある。

「出来るわけないじゃない! 私、お金ないもの。お父様が裁判費用を払うわけがないわ」

「ならご自身で働けば良かったのでは?」

「この私が労働など出来るわけがないでしょう。確かに私は貴族じゃないけど、貴族に準ずる身分。
 平民と同じ事が出来るわけないじゃない!」

 溜息が出る。彼女は社会を何も分かってはいない。成人してから何年も経っている筈なのだが、いつまで子供気分でいるのだろうか。

「貴族女性だって働いている。何もしていないのはマルガルタ嬢、あなただけだ」

「なっ……!」

 マルガルタは何かを言いたそうにしているが、相手が皇帝の愛人だからか我慢している。
 
「そんなあなたに俺から仕事を与えよう」

「仕事? 嫌。嫌よ。
 前に平民の仕事を見た事がありますの。鍬で手がボロボロになるまで畑を耕したり、店で商売しても生活に困窮していたり。家を作る人は命を脅かされる環境だそうです。
 お父様だって行商するのに山道を通る時、山賊に襲われた事があるそうです。私にできっこありませんわ」

「君は仕事をなんだと思っているんだ。だが、今はそういう仕事を任せたいんじゃない。
 付き合っていた頃公爵とどんな話をしたのか、証言が欲しいだけだ。
 話してくれれば、罪を軽くするよう手配する」

「本当にそれだけでいいの?」

「ああ。司法取引をしよう。きちんと証言してくれたら裁判は裏で行う。
 公表はされないから世間体が悪くなる事はない」

「本当!? 応じるわ! 出来る事はなんでもします!」

 フリードの言葉に安堵したマルガルタは、満面の笑みで頷いた。
 そして床からソファーへと戻る。

「じゃあ、今日はこのまま司法局へと行こう。逃げたら通常の裁判で死刑になる可能性がある事を忘れるな」

「脅さないで下さい。逃げたりしませんから」

「すぐに家に帰せないから、カーラッカさんにも事情を説明するが、良いか?」

「……死刑になるよりはマシです。仕方ありませんわ」

「よし。すぐ行こう」

 フリードはマルガルタについてくるよう促し、部屋を出た。
 マルガルタは落ち着いた服装に着替えると言い部屋に戻り、フリードは玄関でやる事もなく無言で待った。
 カーラッカ当主とレヴィンズは商談が難航しているのだろうか、マルガルタが黒を基調としたワンピーススカート姿で玄関に戻ってきた後に、別室から出てきた。

「フリード様、娘と仲良くしていただいてありがとうございます」

 カーラッカはニコニコと笑みを浮かべている。先に前ルブロスティン公爵について話があると言った為、警戒しながらもそれを見せないようにしているようだ。
 そこですかさずフリードが否定する。

「いえ、仲良くなっていませんよ。彼女に用があって参っただけですから」

「用?」

 カーラッカが問うと、マルガルタはきまずそうに俯いた。フリードは一瞬レヴィンズに視線を向けた。正体不明の男がいる以上、ここで話すわけにはいかない。

「はい。今から俺とマルガルタさんは少し外出します。事情は後程カーラッカ殿にもお話ししますので、娘さんとの外出をお許し下さい。
 ご安心を。悪いようにはしませんから」

「え? ……は、はい。こんな娘でよければ」

 カーラッカは断れず渋々という様子で頷いた。フリードへ向ける視線は不信感以外の何物でもない。
 だが、了承は得た。フリードはマルガルタを連れてカーラッカ邸から出ていく。
 何故かそれを追いかけるようにレヴィンズもついてきた。
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