離宮の愛人

眠りん

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二章

十七話

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 フリードは仕事を終えた後、すぐに公爵家の裏口から外へ出た。
 夜の酒場や裏路地等で情報収集をし、フリードの監視をしているリュートに中での報告をしたり、裏警察からの報告を受けた上で指示をするのが目的だ。

「初日お疲れ~ッス! で? 公爵家の中ってどんな感じッスか?」

 酒場でビールを飲みながら、世間話をするようにリュートと話す。
 賑やかな酒場での会話は、周囲の声がかき消してくれる。勿論、お互いの声は聞き取れているので問題はない。

「使用人達から色々を話を聞いてみたが、事件の詳細すら又聞きではっきり分からない者も多かった。
  分かっていそうな者は口が堅いな。公爵の罪を暴くのは骨が折れそうだ。
 裏警察の捜査班が公爵家の中に入れないのは痛い」

「へぇ。潜入しても情報は入らないッスか。フリードの仕事が甘いんじゃないッスか?」

「まだ初日だぞ。ただ、公爵様が聖人とかいう噂は嘘だって事が分かったな。
 侯爵令息をまるで奴隷扱いだ。それが明らかになれば公爵家の名声も地に落ちるだろう」

「それだけで陛下の憂いを一つ減らせるってわけッスね。ボスに伝えておくッス」

「頼んだ。それと、あのメイドはどうなった?」

 現在拷問を受けているであろう、公爵家のメイドであり、クレイル公国のスパイだ。

「あの人、フリード程スパイのレベル高くないッスね。確かに痛みで口を割る事はなかったッスけど、自白剤と毒物で少し情報漏らしたッスよ。
 公爵の命令で侯爵家にスパイとして潜入したそうッスよ。拷問官が書面に残したから裁判で有利に働くッス」

「よし、一歩前進だな」

「フリードは自白剤も毒物も効かなかったッスよね? 特異体質なんッスか?」

「いや、多分彼女は潜入中、毒物摂取を怠っていたんだろう。そうでなければ自白剤や毒で吐くはずがない。
 だが、そういう者はたまにいる」

「へ? 毒物摂取? そんな事までしてるんッスか?」

 リュートは驚いた顔を見せた。何故驚くのだろうか。スパイ活動をする以上、拷問時に毒を使われた時の為に毒耐性は必須な筈だ。
 少なくともフリードはそういう訓練を受けてきた。

「我々は薬物による混乱を避ける為に定期的に少量の毒物を摂取して、毒耐性を得る。肉体改造をしているとはいえ万能じゃないからな。
 でもそれはサマエル所属メンバーもやっているだろう?
 たまにだが、完全に毒耐性ついてないのに、潜入中だからといって毒の摂取を怠る者がいるんだ。
 彼女もその類の者だったんだろうな」

「ひ、ひぇ~。肉体改造? 毒の摂取?
 サマエルにそんな事してるメンバーなんていないッスよ。
 下手して死んだらどうするつもりッスか?」

「死んだら? 死んだらそれまでだろ? だから俺達は常にいつ死んでもいいように準備をしておく必要がある」

 フリードは首を傾げる。死んだらどうするのか、そのような疑問が出てくる事自体がおかしい話だ。
 フリードにとって、任務に就けば死ぬ可能性があるのは当然の事だからだ。

 クレイル公国では、そもそも毒耐性がなければ、簡単な任務ばかりでまともな任務に就かせてもらえない。
 死ぬ可能性があろうと、毒の摂取は必須だ。

「フリードは、ヘイリアに来てから毒の摂取なんてしてないッスよね?」

「え? 当然、陛下の愛人になってから再開しているが、俺はもうどんな毒も効かなくなっているから問題ないぞ」

「毒が効かないって事は薬も効かないって事ッスよ。病気になったらどうするッスか?」

「え? 病気になったスパイは回復しなければ処分されるだろ?
 クレイルじゃ、スパイは使い捨てだからな」

 最後までリュートは顔を青くして脅えた様子を見せた上に、胸の前で両手を握り天を仰いだ。

「クレイル、なんて恐るべき国なんだ。神よ、ヘイリアに生まれた事を感謝致します」

「普段から普通に喋ればいいのに。
 そういえば薬で思い出した。薬屋で塗り薬を買ってきてもらえないか? 切り傷に効くものがいい。
 金はこれだけあれば足りるか?」

 フリードは硬貨を数枚リュートに渡す。

「十分ッス。次会う二日後には渡せると思うッス」

 次に食事代をテーブルに置いて店を出た。その後は特に外に用事はない。
  静まり返った公爵家の敷地へ戻り、使用人棟へと向かう。裏口の警備兵は何も言わずに敷地内に入れてくれた。
 屋敷内を歩いている途中、見回りしている警備兵と出会った。
 二十代前半の若い男だ。

「フリードさんですね、お帰りなさい」

「ただいま戻りました。驚かせてしまいましたか?」

「いえ。ご主人様から話は聞いております。夜中にフリードさんが戻ってくる事があると」

「今後、毎日ではありませんが、夜中の出入りをします。ご迷惑をおかけしてしまうかと思いますが、出会った時はお喋りしましょう」

 警備兵にニコリと笑う。最近練習している自然の笑顔だが、練習のし過ぎか何が自然な笑顔か分からなくなってきている。
 きっと今も自然な笑顔は作れていないだろう。だが警備兵はフリードの顔を見ると、頬を染めて照れたように笑っていた。

(この調子でいいのか?)

 少し自信がついてきた。気分良く自室へ戻って就寝したのだった。


 公爵家に潜入してから三日。ルベルトは仕事の効率を上げ、フリードが言った通り本当に午前中に一階の掃除を終わらせられるようになった。
 ルベルトは真面目だ。フリードが一度教えた事を間違う事なくこなしており、弱音も吐かない。

「後は坊っちゃまの昼食を出して、その後は自由時間にしよう」

 掃除用具を片しながらフリードが言う。時間に余裕が出来ればルベルトの負担も減るだろう。

 実際、仕事の七割方はフリードがしている。クレイル公国にいた頃に身に付けた技術だが、それは下男の仕事よりスパイ活動に力を入れる為だ。
 公爵家でも同じ様に、午後は他の使用人との交流をする為に仕事をさっさと終わらせたかった。

 昼食はイグナート一人だ。公爵は外出しており、夕方まで帰ってこない。
 詮索するには好都合である。
 だが、昼食後にイグナートがルベルトを呼んだ。

「おい下民!」

「はい」

「後で俺の部屋に来い」

「かしこまりました」

 それだけのやり取りだが、ルベルトがそわそわした落ち着かない様子になる。
 イグナートが食事を終えて食堂を出てから、二人きりになった時に様子を窺う。

「どうした?」

「え?」

「よく坊っちゃまに呼ばれるよな? 俺が入って三日、毎日。一昨日なんて掃除の途中で呼んできた。
 いじめられてないか?」

 ルベルトはビクリと身体を揺らした。動揺している。

「いじめられてないです」

 と言うルベルトの顔は赤く、確かにいじめられている者がする表情ではなさそうだと思えたが……。


 そして、ルベルトがイグナートの部屋へ行ってから少しして、来客があった。
 十代の少年が二人だ。
 接客専門のメイド達が出迎え、イグナートの部屋へと案内する。
 フリードはそれを遠くから姿を現さずに監視し、扉の前に立った。

(学院の友人達か? 確かターバイン君も学院生だったんだよな。
 やっぱり俺の勘違いで、坊っちゃまはターバイン君と仲良くやってるんじゃ……?)

 中から漏れる声。その考えは間違いであると瞬時に理解した。

「ぁっ、私は、げ、下民です。皆様の役に立つ道具です」

「ぎゃはは、自分の立場分かってんじゃん。なら早くやれよ!」

 下品な嘲笑。何か鈍い音の後に人が倒れる音と共にルベルトの苦しげな声が漏れた。
 殴られたか蹴られたかしたのだろう。それでもなおルベルトは「私の身体をお使い下さい」と従順に振舞っている。

 それから程なくして肉と肉がぶつかり合う音がした。ウェルディスと身体を繋げた時によく聞く音に似ているが違う。
 まるで物のように扱うかのように、乱暴に犯しているのが扉を隔てた位置でも聞こえてくる。

 今にも扉を開いて止めさせたい。だが、そんな事をすれば、それを理由に解雇されるだろう。
 いくらウェルディスが後ろ盾となっているとしても、問題にされてしまえば公爵だけでなく他の貴族も黙ってはいない筈だ。
 そうなると一番迷惑を被るのはウェルディスだ。それだけは避けなければならない。

 葛藤をしていると後ろから肩を叩かれた。というより、叩かせた。背後に近寄る者があればフリードはすぐに気付く。
 その相手も誰であるか分かるのだ。フリードは静かに振り返った。

「フリード様。その扉を開いてはなりません」
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