離宮の愛人

眠りん

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二章

十話

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 皇帝の執務室は散々な惨状だ。書類は床に散りばめられ、机に残っていた書類にはフリードの精液で汚れてしまったものもある。
 特に酷いのはインクだ。床にこぼれ、乾き始めてしまっている。

 それを掃除するのは皇帝に仕えるメイドだ。それを分かっているフリードは、恥ずかしさから自分で掃除すると申し出たがメイド達に丁寧に断られた。

「今、仕事出来そうにないのでフリードと客間にいる。ティータイムの準備を頼む」

 と、ウェルディスに引きずられて執務室から応接室に移動。
 ソファーには二人並んで、寄り添うようにして座る。

 程なくして、焼き菓子が載せられたケーキスタンドと、紅茶が用意された。
 用意しているのは接客専門のメイド二人である。他のメイドとは違い、顔も美人でスタイルも抜群だ。メイド服もフリルやリボンをあしらったものである。

 普段から貴族や皇族相手に粗相のない仕事をしているであろう彼女達だが、ウェルディスとフリードの前では、珍しいものでも見るような好奇の目を向けてから部屋を出ていった。

(こうやってウェルの名誉が落ちていっているのか、俺のせいで)

 申し訳なさを感じつつ紅茶を飲んだ。もう既にフリードは皇帝の愛人として公表されている。
 ここにいて良いのだと自分に言い聞かせた。

「フリード。わざわざ僕に会いに来てくれるなんて、どんな用事だったんだい?」

 フリードと散々身体を重ね、今はぴったり真横にいるので安心したのか、フリードの話を聞く準備が出来たようだ。

「まずは結婚おめでとう。皇后陛下とは順調か?」

「ありがとう。彼女とは上手くやっていけそうだ。彼女も祖国から逃げる為に僕と結婚したのでね。
 男の愛人がいようと気にしないし、僕からの愛は要らないと言ってくれた」

「お相手はルーベリア帝国の第五皇女だよな。元々は皇帝の隠し子で、メイドだった母親が亡くなってから城に引き取られたが、不遇な立場だったと聞いたが」

 ヘイリア帝国の軍部でスパイ活動をしていた時に聞いた噂話だ。どこまで本当か分からない話だったが、ウェルディスは頷いた。
 噂話といえど侮れないものだ。尾ひれが付き、事実が捻じ曲げられる事もあるが、稀に正しく広まる事もある。
 まるで仕組まれたかのように。

「ああ。皇女だというのに酷い扱いを受けていた。特にルーベリア皇帝は僕を見下していてね、彼女は格下認定している僕に売られたようなものだ」

「これからは平穏に暮らしていけるといいな」

「フリードは優しいな。世継ぎも作らねばならぬが、許してくれ」

「勿論。それはウェルの義務だろ。俺が口出し出来る問題でも……」

 そこまで言ってフリードは顔を赤くした。

(まるで俺が口出ししたいみたいじゃないか!)

 急に顔を赤くしたフリードの内心が分かる筈もないウェルディスは、一度微笑むと熱いキスをした。舌を絡ませてくると、じんわりと身体が火照るのを感じる。

「なんだ? 本当は僕に結婚して欲しくなかったとか?
 君が本気でそう願うなら彼女と離縁しても構わないよ」

「違っ、そんなんじゃなくって! ゴホンッ! と、とにかく。皇后陛下と子作りするのは応援するが、いつしたとか、彼女とのやり取りとかは俺に一切言うなよ!」

 慌てて自分を落ち着かせようとしたのだが、失敗して余計に墓穴を掘った。

(皇后陛下に嫉妬してるって言ってるようなもんじゃないかよ!)

「嫉妬するフリードも可愛いものだが。すまないな、僕が皇帝であるばかりに君には辛い思いをさせてしまう」

 ウェルディスはフリードの顔に小さなキスを何度もした。それだけで嬉しくなってしまう。

「いいって、気にしてねぇから。それよりサーシュ侯爵の話なんだけど……」

「ああ。彼の家門は代々サーシュ領を守ってきていてね、長年皇家を支え続けてくれていた。
 僕が皇族であるが故、彼を助ける事すらかなわなかった。本当に残念に思う。
 今はサーシュ侯爵の部下だったセシル侯爵令息にサーシュ領を守ってもらっているんだ。
 君がサーシュ侯爵を救ってくれるんだろう?」

「……えっ?」

 サマエルから言われた任務は、サーシュ侯爵夫人が凶行に及んだ理由を探る事。これは憶測での結論を出して一旦は終了した。
 今はおそらく加害者であるだろう、ルブロスティン公爵の暗殺依頼を受けている。

 謀反を企てようとしている事が予想される公爵を排除してしまうと共に、殺害したフリードを逮捕させ処刑してしまえばウェルディスの醜聞はなくなると考えたサマエルのボスの企みだ。
 サーシュ侯爵を救えという命令は聞いていない。

「サーシュ領は海に囲まれている土地で、他国と隣接しているわけではないが、それゆえにいつどの国から攻撃を受けるか分からない。
 貿易が盛んだから狙ってくる国はそうそうないと思うが、サーシュ侯爵がいなくなった今警戒を強めねばならない」

「ウェルは、サーシュ侯爵が名誉を回復して戻ってくると信じてるんだな?」

「ああ。サマエルにも依頼はしているが、弁護までしたフリードが一番詳しいだろう?
 だから君に頼みたいんだ。事件の再調査を。僕からハーラートに伝えておくから」

 フリードはクスクスと笑った。

「さっきは、もう外に行かないと約束してくれ~なんて言ってたのにな」

「それが本心だ。フリードが外に出ないと言ってくれるなら、サーシュ侯爵の件はサマエルに依頼するが……フリードはそうは言わないだろう?」

「ああ。ウェルの為なら俺はなんでもする。アンタの願いを叶えるのは俺の使命であり、喜びでもある。
 けど、今の俺にはやるべき事があるんだ。再捜査は裏警察に俺が指示する形でもいいか?」

「ああ! よろしく頼む!」

 平民、貴族問わず帝国民相手に活躍する警察は法務局に所属しており、事件が起きたら捜査し、法務局に事件概要を提出したり、治安維持に努めるのが仕事である。

 それとは別に、裏警察は皇帝直属の組織だ。サマエルに所属しており、皇帝に関する事件を取り扱う。
 サマエルとは違い、裏警察は秘匿されていない組織だ。
 今回のサーシュ侯爵とルブロスティン公爵の事件は、このまま通常の処理をされてしまうとウェルディスに害が及ぶおそれがある。
 その場合、ウェルディスの命令があれば裏警察は動く事が出来る。

「それとフリード、もう一ついいか?」

 ウェルディスが皇帝とは思えない気弱な顔でフリードに甘えてきた。ぎゅーっと抱き締めて「助けてくれ」と言っているように見える。

「なんだ? 俺はウェルの為ならなんでもするといつも言っている。
 どんな命令でも喜んで聞くぞ」

「いや、これは命令じゃなくてお願いなんだ。
 僕と一緒にザハード王国に行って欲しい! お願いだ!」
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