離宮の愛人

眠りん

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二章

五話

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「誰だ?」

 フリードは男に近付いた。その男は、フリードを見るとにこーっと子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
 年齢はフリードとそんなに変わらないように見える。髪を隠すようにフードを被り、全身を黒に包んでいる。

 彼はフードを上げた。綺麗な銀髪だ。首元までの長さのサラサラとした髪が風で揺れている。
 ブラウンの瞳に、にっこりと笑う顔が柔和な人格を想像させた。口から覗く八重歯が幼さを感じさせている。

「こんちは! 俺っちサマエルのメンバーッス! 気軽にリュートって呼んでくださいフリードさん!」

 今まで知り合ってきたスパイにはない性格だ。無口かつ物静かな雰囲気の人間が多かった。
 テンションが上がっている時があるとすれば、プライベート時か任務で必要な時だろう。

「フリードでいい。その女に知られてもいいのか?」

「気絶してるし大丈夫ッスよ」

 メイドは目を回して意識を失っていた。リュートは彼女を肩に担ぐと「ついてきてくださいッス」とフリードに笑いかける。
 裏路地を歩いていく。どこに向かっているかは不明だ。

「リュートは何故ここに?」

「フリードの監視ッス! ボスに言われて嫌々」

「俺に姿見せていいのかよ」

「必要だったら良いって言われてるッスから。俺っちがいて助かったでしょ?
 あのまま行ってたら殺されてたッスよ」

「そんなの承知の上だ。それくらい対応出来なくてどうする」

「さすが! 肉便器刑から逃れただけあるッスね!」

「黙れ」

「あはは」

 どこへ向かうのか。もしかしたらリュートも、フリードを陥れる為の罠にかけようとしているのかもしれない。警戒心は解かずについていく。

 向かった先は法務局だ。だが法務局の大きな建物には入らず、裏手に回った。
 広い敷地内の奥の奥。森の中へ入っていくと、二階建ての建物が見えてきた。石造りで、入口には警備兵が二人立っている。

「ここッス!」

「ここは……?」

「拷問用に作られた建物ッス。フリードは一年ここで過ごしたんじゃないッスかぁ」

 向かっていたのはフリードがスパイ容疑で捕まり、情報を吐かせる為に幽閉された場所らしい。
 拷問部屋で両手を鎖で繋がれていたので、逃げる事は出来なかった。
 その一年でされてきた数々の拷問が想起された。

(懐かしいな……)


 その建物は拷問場と呼ばれている。フリードが一年過ごした場所であるが、中に入ってみても、特にこれといった感情は湧かなかった。

 拷問場は、地下一階にある鍵が厳重にかかっている部屋だ。そこへ向かう階段の前には警備兵が二人立っている。
 地下二階に容疑者を収容する独房があるのだが、フリードは最初の数日入ったのみで後は拷問部屋の一室まるまるフリードの部屋となっていた。

 一階には六つの部屋がある。手前に応接室が一つと、他は拷問官の執務室だ。
 拷問官は一日中拷問をしているわけではない、雑務をする為の部屋も必要だ。

 連れてきたメイドはまだ気絶したままだ。彼女を警備兵に引き渡すと、拷問部屋へと連れて行かれていった。
 フリードとリュートは応接室に案内されてソファーに並んで座って待った。

「やぁ、お待たせしました」

 しばらくして拷問官が部屋に入ってきた。
 金髪を後ろでまとめた、よれよれの服を纏った痩身の男だ。実年齢は三十代前半だが見た目は四十近くに見える。
 目にはクマがあり、フリードを見てニヤニヤと不気味な笑みを浮かべた。
 彼がフリードを一年にわたり拷問し続けた男、オリバーだ。

 フリードは立ち上がった。久しぶりに十年来の友人にでも会うような気分だ。
 拷問を受けていた頃、最初こそは敵でしかなかったが、徐々に信頼関係に似た何かを感じるようになっていたのも事実だ。
 違う出会いをしていれば友人になれただろうと思える程。

「お久しぶりです」

「フレッサ君……いや、今はフリード様でしたね」

 オリバーが軽く敬礼をし、フリードも同じ行動をした。そしてソファーにお互い向かい合って座る。

「フリードでいいですよ。陛下の愛人なんて言われてますが、実際は肉便器だと蔑まれる立場ですからね。
 オリバーさんはお元気でしたか?」

「……えぇ、最近は暇でしてね。君みたいな人間をまた拷問したいものです。容疑者でなくなったのが残念ですが、処刑されなくて安心しました」

「はい。以前は世話になりました」

「拷問した相手に言う言葉ですか。
 あっそうそう、フリード君に聞きたい事があるんですよ。
 実は過去に君同様拷問に耐えきった者が三人いました。全てはクレイル公国出身の者でした。あの国はスパイをどう育成しているんですか?」

 オリバーは興味津々だ。今はヘイリア帝国の味方となったフリードなら、全てを打ち明けてくれるだろうという期待もあるのだろう。

「すみません。それは言えません」

「何故です? あなたは陛下に忠誠を誓った。寧ろクレイル公国の情報は全て渡すべきです。
 でないと……まだクレイル公国のスパイ容疑があるとして、拷問にかけますよ?」

 そう言いながらもオリバーは楽しそうだ。 フリードもいずれは全て話さなければならないと思っているが……。

「俺は疑い深いんです。陛下に話す事はあっても、その他の者に話すつもりはありません。
 陛下から話すよう言われていないので、ここで打ち明ける義理はないですよ。
 俺が拷問で口を割らないのは一番理解してますよね?」

 それを言われるとオリバーも頭が痛いようだ。渋い顔をしながら諦めた。

「残念です。いずれ口を割っていただきますよ。
 ところで、今日はどういったご用件でいらしたんです?
 そちらはサマエルの……?」

「リュートです。先程、ルブロスティン公爵家のメイドを連れてきました。
 聞き出して欲しい事があります」

 フリードの前で話す口調ではなく、丁寧に話し始めたリュートに少し驚く。

(まともな言葉遣い出来たのか。やはりさっきまでのが演技? それともこっちが?)

「なんでしょう?」

「彼女はどうやら髪型やら化粧を変えてサーシュ侯爵家でメイドとして潜入していたようです。今はルブロスティン公爵家に戻っています。
 何の目的で入ったのかを聞き出して下さい」

「それはサマエルの依頼ですか?」

「はい」

「分かりました。では契約書を作ってきます。お待ちを」

 オリバーは一度立つと、フリードとリュートに頭を下げて部屋から出て行った。

「サマエルからの依頼だと、俺の評価が下がるんじゃないのか? サマエルでは助力を得た分のマイナス点はどうなってる?」

 何故リュートはサマエルの依頼だと言ったのか心底分からない。これはフリードに与えられた任務だ。

 クレイル公国では任務中誰かの助けを経て仕事をすると、その分の評価が下がる。下がると給金に影響するので、なるべく一人でこなしていた。
 誰かの助けがなければ完遂出来ない事の方が多かったが。

「マイナス点? そんなもんないッス。サマエルは組織で仕事してるッスから。
 入隊すれば必ず仲間の助けもあるし、サマエルに入っているからこそのコネを使えるッス。
 見習いだろうと入隊試験だろうと使えるもんは使う、それが仕事を楽にこなすコツッス!
 こんな事で評価が下がってたら、誰もやりたがらないッスよ~」

「そうか」

「クレイル公国って厳しい国なんッスねぇ」

「そう……なのか?」

「その点ウチは危険と判断したら即撤退が基本ッス。誰かの助けを得たとしても、任務完了すれば良いんスよ。それも実力の内ッス」

 まるで真逆の考え方だ。驚きつつも、反応しないよう努める。

「そうだと助かる」

「俺っち、フリードさんと友達になりたいッス。絶対任務完了して、サマエルに入隊して下さいッス」

「あ……ああ」

 最初は嫌々監視をしていたと言っていたのに、このように手の平を返されると困惑する。
 スパイらしからぬ純粋なニッコリ笑顔を見せるリュートに、警戒心を強めたフリードだった。
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