離宮の愛人

眠りん

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二章

零話

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※短編の簡単な流れ+αです。
※明日からまた不定期投稿に戻ります。


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 ヘイリア帝国には悪習がある。男性死刑囚を壁穴に設置し、餓死するまで皇太子の肉便器となるというものだ。
 皇太子が結婚後、妻との初夜で困らないようにする為の練習台であり、代々性欲が強い皇家の自慰の為だ。
 男性のアナルなら童貞を保守出来るという考えの元から始まった慣習だった。
 それは皇族と皇族に仕える一部の者しか知らない極秘事項である。

 ウェルディスは長年子供が出来なかった前皇帝夫妻が念願叶ってようやく出来た一人息子だ。生まれた時から皇太子となる事が決まっていた為、皇帝となるべく厳しく育てられた。
 十五歳になる頃には、美しい金髪と宝石のような翡翠の瞳、整った容姿に凛とした顔つき、堂々とした振る舞いに、既に皇帝としての資質が備わっていると言われ、ウェルディスに対する期待が大きかった。

 そんな彼が肉便器刑なるものがあると教わったのは十二歳の頃だった。最初こそ肉便器のシステムに感動を覚えたが、次第に疑問を抱くようになった。

(こんな処刑の仕方は人道に反しているのではないか?)
 
 だが、肉便器がいて助かる事も事実。彼は両親亡き後、自身が皇帝となった後もなかなか結婚をせず、死刑となった者が出た時に肉便器を利用するようになったのだが……。

 肉便器となった青年、フレッサと恋仲になってしまったのだ。
 フレッサを思うと、肉便器にしてしまった事が悔やまれた。そうでなければ会う事すらなかったのだが、その事実には目を伏せている。
 ウェルディスは自分の代では、例え息子が生まれ、皇太子が決まったとしても、死刑囚を肉便器にしないと家臣に宣言したのである。


 コードネーム「フレッサ」は、ヘイリア帝国の属国であるクレイル公国のスパイだ。
 ウェルディスは皇帝になる前、帝位につく事を阻む勢力があった。フレッサはその勢力の一人であったハーランツ男爵の養子となってヘイリア帝国の軍部に潜入した。

 だがハーランツ男爵のミスで謀反の企てが知られてしまい、フレッサがスパイである事も全てが明るみになり、拷問を受ける事となった。
 物心ついた時からスパイとして訓練を受けているフレッサに、耐えられない拷問はなかった。

 一年もの間、身体への外傷は毎日の事、何度か骨を折られ、直腸から内臓を弄られ、水責めで窒息死しさせられそうになりながら、自白剤を投与されても一言も言葉を発しなかった。
 中には快楽責めもあったが、一切反応する事はなかった。そういう身体に改造されている。

 用済みとなったフレッサは裁判をする事なく処刑される事となった。裁判を行わなかったのはウェルディスの肉便器となる為だ。
 正式に死刑判決が出てしまうと、ギロチンで公開処刑をしなければならない。
 肉便器となる死刑囚は、正式な裁判などされないのである。

 ウェルディスは愛してしまったフレッサの為に皇帝権限で処刑を免れさせた。
 「皇帝は司法に関わるべからず」という言葉がある通り、正式な裁判を踏まえて死刑となっていれば、いくらウェルディスが処刑撤回を訴えようと越権行為だと聞き入れられる事はない。
 裁判を受けなかった為にウェルディスの我儘が通ったフレッサは運が良かったのだ。

 それからは王城の敷地内の奥にある、使われていなかった離宮を与えてフレッサを住まわせる事になった。
 そこで傷を癒しながら穏やかに過ごしてもらう筈だったのだが、ある時フレッサが失踪してしまった。
 大臣達は大騒ぎだ。フレッサを自由にする事は、ヘイリア帝国の極秘情報を流してしまう事に繋がる。

 クレイル公国がヘイリア帝国を狙っている事はウェルディスや大臣達は知っている。
 知っていて放置しているのは、クレイル公国にそこまでの力がないと知っているからだ。
 だが、今回フレッサの事でクレイル公国がどれだけスパイに力を入れているかが分かった。
 今までにもスパイを捕まえ、拷問にかけてきたが、クレイル公国からのスパイと思われる者だけは情報を一つも漏らさずに死んでいった。

 そのせいで余計に警戒心が強まっている。みすみす情報を敵に渡してはならない、見つけ次第処刑しろという声が上がった。

 ウェルディスはなんとか説得し、明日までに見つからなければ罪に問わないと大臣達に約束をさせた。
 だが、明日までに見付からなければ……。致し方ないと頷くしかなかった。
 たった二日日だ。ウェルディスは自身が持つ権力を最大限使ってフレッサを探した。裏組織「サマエル」にも依頼し、重大な任務に就いている者以外をフレッサの捜索にあたらせた。
 それでも見つからなかった。諦めきれなかった。

 今日もあと一時間で終わるという時。

(明日もある。今日は早く寝て、明日は僕が探しに出よう)

 許されるわけもない外出を決意をしながら寝室に入る。するとそこにフレッサがいたのだ。
 彼は初めて、ウェルディスを皇帝だと認めるかのような態度をした。
 彼は「フレッサ」を辞めたいと言った。
 祖国への忠誠を捨てたいと言うフレッサは、まだ迷いがあるように見えた。

(僕が愛を伝えよう)

 スパイだとか、クレイル公国とヘイリア帝国の確執だとかは一度忘れて、今は目の前にいる愛しい人と愛を育みたいのだ。

 面倒な事は後回しにして抱き合った。フレッサに自分の愛を受け入れてもらえただけでなく、彼から愛の言葉をもらえた。
 今はそれだけで満足だ。

(明日から大変だなぁ)

 苦難もフレッサの為なら嬉しい悲鳴だ。ウェルディスを求めて目を潤ませる彼だけを見つめた──。


 そして翌日。皇帝の間にて。
 広々とした空間には、緊迫した空気が流れていた。左右に均等に並ぶ大臣達は、数段の階段の上にある皇帝の椅子に近ければ近い程、権力のある人物だ。
 壁にはズラリと鎧をまとった兵士達が等間隔に並んでいる。彼等は帝国内でも強者と認められた近衛騎士団である。

 そんな彼等をまとめているのは、王座に座るウェルディス。まだ二十二歳の若輩者だ。そのせいで何かと周りから下に見られる事が多い。

 そのウェルディスに向き合い、片膝を着いて敬礼しているフレッサ。
 ウェルディスが与えた白い衣装を身にまとい、髪も整え、肌も美しさに磨きがかかっている。
 大臣達の様々な思惑が入り交じる視線を一人で受けているが、フレッサも堂々とした振る舞いだ。

(本当に君は何者なんだろう? クレイル公国のスパイ? それだけにしても謎が多い。
 今は、大臣達に君を認めさせなければ)

 口を開くと、フレッサ以外の全員がウェルディスを見上げた。

「彼──スパイとしてのコードネーム『フレッサ』を廃し、我が国ヘイリア帝国の民として迎え、新しく名を与える」

「有り難き幸せに存じます」

 フレッサの態度は丁寧なものだ。美しい外見に、少年のような無垢な声。彼がプロのスパイだという前提を知らなければ、高貴な身分の者に見えるだろう。

「新しい名は、フリード。生涯、僕に忠誠を誓い、僕の愛人として生きる事を命ずる」

 皇帝でも例外なく不倫が許されないヘイリア帝国では、皇帝は、皇后とは別に愛人を一人作る事が許されている。それには公表する義務がある。

 そして今、皇帝の愛人になる事を公表した。これでフリードは皇帝、皇后の次の立場に立つ事になる。
 とはいえ愛人でしかないので政務などに関わる事はないが、皇族と同じ扱いを受ける事になる。

「はい。生涯、何が起きようとも死ぬまでこの命、陛下に捧げましょう」

 厳しい目をしていた大臣達の雰囲気が少し和らいだ。一年にわたる拷問に一言も発しなかった恐るべきスパイが味方になったのだ。
 不安要素が一つなくなったのは喜ばしい事だ。
 だからといってフリードの全てを受け入れるには時間が必要だ。

 この時から、フリードには裏で陰口のように言われている、彼を形容する異名が幾つか出来た。
 それが「無言のスパイ」、「皇帝の肉便器」、「男の愛人」などだ。
 そして人々はフリードの前では一切の心の闇を隠す。そしてにこやかに「離宮の愛人」と呼ぶのだ。
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