離宮の愛人

眠りん

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一章

十一話

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 ルベルトはフリードに連れられて、裏門から屋敷を出た。正門にはもちろんだが、裏門にも警備兵が二人立っている。
 一瞬の隙だ。フリードは警備兵が振り向く間もなく、首の後ろを持っていた何かで突いて気絶させた。
 もう一人が気付いた時には既にその者の後ろにおり、同じように倒していた。
 闇に紛れる姿は、やはりどう見ても死神のようで恐ろしさより畏怖を感じる。

「す、凄いですね……」

「これも君の仕業にさせてもらうけど」

「俺こんな事出来ませんよ」

 フリードは何事も無かったようにさくさくと進んでいき、ルベルトも後に続く。
 街へと向かった。
 空は満天の星だ。こんな夜中に外を出歩く事は生まれてこの方片手で数える程しかない。綺麗な星空に感動する。

 夜中というだけあって人通りが全くない。だが、いくつか路地を抜けると、人々が集まる場があった。
 一般市民達が生活する区画だ。人一人歩いていない夜道。住民達は寝静まっていて生活音の
一つも聞こえない。

 そんな区画を更に過ぎると、人々が楽しそうに行き交う場所に辿り着いた。
 普段は商業区画だが、今は殆どが店仕舞いをしている。開いているのは飲食点くらいだ。
 その中でも一際大きな飲み屋があり、多くの客が足を運んでいる。
 店の外では胸の谷間が露出したドレスを着る女性と、紳士が身を寄せあい、楽しげに酒を飲んでいるのが見えた。

「すまないな、こんな道を通らせて」

 と、フリードはルベルトの手を掴んで足を早める。

「いえ。大丈夫です。守られるばかりの子供ではないですし」

「十六歳だろ」

「あと二年したら成人ですよ」

「じゃあそれまでは子供だな」

 そう言われてしまうと反論が出来ない。この帝国では十八歳になり、成人の儀を行わなければ成人と認められないのだから。
 事件さえなければ十八歳で学院を卒業し、成人になれば父の仕事を教わっていた事だろう。

「フリードさんは? 何歳なんですか?」

「多分十八歳」

「えぇっ!? 冗談ですよね?」

「俺も詳しくは知らない。ただ十五の時に祖国で成人の儀を受けさせられた。その時十五歳だと聞かされて、あれから三年経つから多分十八歳だと思う」

 国によって成人の基準は違う。十八歳の国が多いが、中には二十歳で成人という国もあったりとバラバラだ。

「フリードさんって、本当に何者なんですか?
 見た感じ貴族みたいなのに、使用人の仕事は完璧に出来るし、かと思いきやスパイみたいだし。
 でもって実際は暗殺者? それでいて皇帝陛下の愛人なんですよね?」

「さてな。最近は不名誉なあだ名が増えて、俺自身自分がなんなのか分からない」

「不名誉……?」

 ルブロスティン公爵がフリードに言っていた「肉便器」という単語が頭に浮かんだ。
 聞き慣れない言葉だが、不思議と頭に残って気になった。

(もしかして、あれの事? 卑猥な意味だったりするのかな?)

「どんな名前を付けられようと関係ない。陛下の為に出来る事は全てやると決めた時から、俺は陛下の臣下となった事には変わりないから。
 ……着いた。ここだよ」

 街の隅に静かに佇むようにその建物はあった。二階建ての古びたレンガの小さな塔。
 看板には「薬屋」と書かれている。

「薬屋?」

「表向きはね」

 閉店の看板か掛かっているドアを開く。中は誰もいないが薄暗い程度の明かりが灯っている。

(暗い場所で光る『光石』が、壁に並べられているからうっすら明るいのか)

 光を吸収する石だ。窓が一つでもあれば、光を吸収して部屋が明るくなる。
 ヘイリア帝国の山で採れる石だ。蝋燭がなくても明るくなるが、薄明るくなるだけなのでそこまで利用者は少ない。

 一階はカウンターがあるだけでガランとした空間だ。棚が並んでいるが並べられている様々な草を見ても、どれが何の薬草なのかは不明だ。
 フリードは隅に置いてあるランプに火をつけるとカウンターの奥へと向かった。

「二階にボスがいる、ついてきて」

「ボス? ですか……」

「ああ。皇帝陛下直属の裏組織『サマエル』のボス」

 カウンターの奥、隠されているボタンを押すと、奥の扉が開いた。
 その先は螺旋階段だ。上がった先に広い部屋が広がっていた。壁にいくつも蝋燭が灯っているので一階よりずっと明るい。

 小さな長方形のテーブルに椅子が七つ。向かい合うように並べられた六つの椅子と、テーブルの短辺に一つ置かれた椅子。
 その男はその一つの椅子に座り、フリードを睨みつけていた。

 落ち着いた栗色の髪に、燃えるような赤い瞳。鍛えているのだろう、服を着ていても分かる筋肉質な肉体だ。こちらを睨むような目は獅子のようで、威圧感がある。
 白いシャツに白いジャケット姿は彼の身分の高さを表していて、全身から強者のオーラを放っている。

「チッ、帰ってきやがったか」

 まるでフリードが戻ってきた事が残念な物言いだ。

(仲間……なんだよね? あ、でも厄介払いしたいんだっけ)

 ルベルトはその男に恐ろしさを感じ、フリードの後ろに隠れる。

「はい。ボスのご命令通り、任務完了しましたよ。これで俺をサマエルに入れてくださいますね?」

「ふん。入れてやってもいいが、今後の活動はどうするつもりだ?
 こんなに早く戻ってきたという事は、大方雑な殺しでもしたんだろう?
 皇帝陛下が推薦した新人の使用人が公爵殺害の後に失踪。当然司法局は王城を探すだろうな。離宮もくまなくだ。そしてお前を見つける。
 お前は皇帝陛下を守る為に、独断でやったと証言するしかないのだ。その末路は死刑だ。
 サマエルの任務などこなせる筈がない。
 所詮は皇帝陛下の肉便器でしかないのだよ、お前は。
 死刑になったらまた壁穴にでもなるがいいさ」

 勝ち誇ったように見下すボスだが、フリードも勝気な笑顔を崩さない。
 今まで見てきた作り物の笑顔ではない。心底楽しんでいるようだ。

(うわ、本気でフリードさんを嫌っているみたいだ。皇帝の愛人にこんな言い方するなんて。
 フリードさんはどうしてそんな組織に入りたいんだろう?)

「ふふ。ボス、彼が俺の身代わりになるそうですよ」

 その言葉に一瞬、ボスの顔が強ばる。そしてフリードを睨み付けた。
 自分に向けられたわけでもない憎悪の篭もった形相に、ルベルトは怯む。

「なんだとお前。罪もない帝国民を巻き込むとはな。お前はそれでも人間か!?
 心底呆れ果てた。死をもって償え」

 怒鳴るボス。恐怖は今までの非ではない。
 それでもフリードは余裕の顔を見せているが、ルベルトは焦ってフリードの為に一歩前に出た。

「あ、あの! フリードさんはわざと俺を身代わりにしたんじゃありません。俺がそうして下さいと頼んだのです!」

「お前は……?」

「彼はルベルト・ターバイン。元サーシュ侯爵令息ですよ。
 今日俺が殺さなければ、彼が公爵を殺していました。そうなると俺は任務に失敗になるので先に殺したまでです」

「俺はフリードさんに沢山、沢山助けられました。恩を返す為、俺が公爵殺しの犯人になると提案したのです。
 どうか、フリードさんを責めないで下さい!」

「クッ……ふふ……ふははははは! ルベルトと言ったな? さすがはあのサーシュ侯爵の息子だ。クックック、ふはははは」

 笑いが止まらないのか、ボスは笑いを止めようとして失敗し、肩を震わせている。
 何がおかしいのか、フリードと目が合うとお互い首を傾げる。

 ようやく落ち着いた彼がフリードに見せた顔は、先程までの馬鹿にしたような顔でも、憎悪に満ちた顔でもない。
 厳しい目付きだが、まともに相手を見ている。

「良かろう。フリード、お前をサマエルに迎える」

「は、はぁ」

 いまいち納得のいっていないフリードは気の抜けた返事をした。

「但し、裏切り行為は許さない。その時点で俺が即座に処刑してやる。
 その場合、俺は陛下に処刑を言い渡されるだろうが、俺は自分の命より帝国の危機回避を優先する。お前が持つ情報量は国家的危機を招きかねん。分かったな」

「肝に銘じておきますよ。認めて下さってありがとうございます。ついでにお願いがあるんですけど」

「今は気分が良い。今の内に言え。明日になったらもう聞かない」

「彼の見た目と名前を変えてください。そして、サマエルに入る為の訓練をしてやってもらえませんか。
 裏警察に入ればサーシュ侯爵の再捜査にも関われるでしょう」

「えっ!?」

 驚いたのはルベルトだ。サマエルが何かは知らないが、流れからみて暗殺等の裏仕事を行う集団だろうと想像が出来た。
 だが、サマエルに入る事と裏警察の関連性が分からない。

「心配すんな。顔と名前を変えて、お前の両親の潔白を証明する為にやってる事件の捜査の助手をさせてやるだけだよ。
 裏警察はサマエルの指揮下にあるんだ、だからサマエルに入ったからって俺がしていたスパイや暗殺の仕事をするわけじゃない」

 ルベルトの説明を聞いて安堵する……が、それはルベルトが勝手に言っている事で、決定権はボスにあるのではないだろうか?
 不安げにボスに視線を向けると、先にフリードがボスに同調を求めていた。

「別にいいですよね?」

「整形費用をお前が金を出すなら好きにしろ。今公爵夫人殺害事件の再捜査を仕切ってんのはお前だ、俺は口出ししない」

「ありがとうございます!」

「戸籍の調整はこっちでやっておく。
 ルベルト。今日からお前は……そうだな、ルディネス・キュプレと名乗るがいい。俺はキュプレ家の当主、しばらくは俺の屋敷で預かろう」

「じゃあ今日からなんて呼ぶかな? ファーストネームで呼ぶのはさすがに……」

(フリードさんは最後まで俺を貴族扱いしてくれていたんだ。
 あなたの方が立場は上の筈なのに)

 貴族間では親しい関係ではないのに下の名前で呼ぶのは無礼にあたる。名前に「様」を付けたり、女性なら「嬢」を付けて呼ぶ事が多い。
 だが、使用人の間でルベルト様と呼べるわけもなく、だからといって「さん」付けでは、侯爵令息であるルベルトに失礼だと感じたのだろう。
 それて家名で呼ぶ事にしたのだと、ようやく気付いた。

「もう貴族じゃないので気になさらないでください。親しみを込めてルディって呼んでください」

「ん、分かったよ。ルディ」

「そろそろ俺は帰る。ルディもついてきなさい」

 ボスが立ち上がり、近付いてきたと思ったら、ルディネスの肩をポンと叩いた。
 フリードが蝋燭を消し、三人で外に出る。

「じゃあねルディ」

 歩いていくボスにルディネスはついて行こうとしたが、立ち止まる。フリードがついてこないのだ。

「フリードさん?」

「俺は公爵家に戻るよ。明日は忙しいだろうからね」

「フリードさん! ありがとうございました!」

「こちらこそ」

 ルディネスが頭を下げると、フリードは手を振った。振り返るとボスは先に進んでいってしまい、姿は小さくなっていた。慌てて走って追いかけた。
 一度ボスが振り返った。

「早く来ないと置いていくぞ」

 冷たい物言いだが顔は微笑んでいる。フリードには冷たい態度だったが、そこまで怖い人ではないなかもしれないと思えた。
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