皇帝の肉便器

眠りん

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最終話

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 人の目を避けるように山道を駆け抜け、祖国のクレイル公国に辿り着いたのは翌日の夕方頃だった。

 フレッサはいつものように抜け道を通り、王城の中へと侵入した。
 スパイが城に出入りしている事を誰かに見られない為に、国家元首である大公が作った抜け道だ。
 大公から呼ばれたり、報告する際は密談の場を設けるが、今フレッサは死んだものと思われている。
 急いでいる事もあり、連絡もせずに大公の執務室にある隠し扉の裏に身を隠した。

(俺が生きていた事と、任務失敗の謝罪、敵国に情報は渡していない事を報告して……。もしお許しいただけたら次の任務を承れたら元の生活に戻れる)

 そう考えていると執務室の扉がガチャと開いた。大公と誰かが入ってきたのだと分かった。

「全く、どいつもこいつも使えん!」

「あのスパイが失敗してから、立て続けに失敗が続いておりますからな」

 今部屋にいるのは、大公と彼に同調している男だけだと分かる。
 大公が一人になったところを出ていけば良いだろうと、耳を澄ませる。

(もう一人は声と話し方からして財務大臣か?)

「忌々しいヘイリア帝国め」

「あの戦争に勝っていれば、あんな若造などに大きな顔をさせなかった事でしょう」

「あの若造、偉そうに皇帝の顔をしておったわ。
 暗殺部隊もあの皇帝に近付く事も叶わぬとは。あのクズのせいで警備が強化されたからだろう」

「敵に簡単に捕まり、処刑されたスパイでしたが、何も洩らさなかった事は幸いでしたな」

「ふん。所詮は使い捨ての駒よ、どんな拷問でも口を割らせないよう教育する技術だけは我が国がトップだろうからな」

 大公と大臣がガハハと笑いだした。今の話が自分の事を言われていると、フレッサは気付いた。

(俺は使い捨ての駒……。そんなの最初から分かっていて仕えていた。
 これは悲しむ事ではなく、至極当然の事)

 今までそれが常識だと受け入れていた。だが何故か、フレッサの心には不快感があり、気持ち悪さを感じた。

 それからも二人は使えない部下の愚痴を言い合い、話を終えた大臣が部屋から出ていった。
 フレッサの手は震えて隠し扉を開く事が出来ない。

(大公陛下にどう思われたって関係ない。早くスパイとしての役割を果たさないと……)

 脳裏に浮かぶのはウェルディスの優しい手だ。いつも優しく抱き締めながら頭を撫でる手。
 
 生まれてからウェルディスに出会うまで、誰かに優しくされた事はなかった。
 それが当たり前の事であり、スパイとしての仕事を完璧にこなす事だけが存在意義であると信じてきた。
 その固定観念が今揺らごうとしている。

(陛下の元に戻れば、もうあの手に触れる事は出来ない。
 俺がそれを惜しがっているのか?)

『君はこれからもここでやりたい事をしてくれたらいいから』

 脳裏に響く優しい彼からの甘い誘惑。

(陛下に忠誠を誓った。忠誠……。陛下にだけメリットがあり、俺に一つも利のない一方的な……違う!
 俺は! 俺の意思で陛下に! 早く陛下の駒に戻らなければならないのに……)

 目の前の扉を押せば開く。大公の前に出て頭を下げれば良いだけだ。それなのに押す事が出来ない。
 フレッサはゆっくりと後退りをした。

 その後は何も考えられなかった。理性は大公の元へ戻れと言っているが、心は早く皇帝に会いたいと叫んでいる。
 気持ちに整理が付かず、色々な考えが浮かんでは消えていく。
 気付けばヘイリア帝国の王城近くまでやって来ていた。

 大公が警備が強化されたと言っていたが、フレッサにはそうは思えなかった。
 隙を見つけようと思えば簡単に見付けられる。

 クレイル公国より警備兵が多く、任務に就いている者は帝国内でも上位ランクの者達ばかりだが。
 フレッサは眉ひとつ動かさずに警備を掻い潜り、皇帝の寝室へと侵入した。

(これでまた処刑宣告されるだろうな)

 それでもいいと思えた。ウェルディスに懇願すれば、処刑はまた壁尻となって彼の肉便器にしてもらえたら本望だ。

(彼に犯されて死ねたら、俺の人生も悪くなかったと思えるだろうか)

 窓側の壁の隅に立ち、しばらく待っていると、扉の向こうから人の話し声がした後にガチャリと扉が開いた。
 入ってきたのはウェルディスだ。彼の顔を見てフレッサはすぐに動いた。

 ウェルディスもすぐに気付く。フレッサと目が合うと、ニコリと優しい微笑みを浮かべ、フレッサに駆け寄って抱き締めた。

「あぁ、フレッサ。どこに行っていたんだい? 探したよ」

「……陛下」

「陛下、だなんて君らしくない。いつも通りでいい」

「い、いえ。陛下」

 フレッサは抵抗した。優しく包む腕に抱かれていたい欲求を振り払い、跪いた。頭を垂れて口を開く。

「俺は陛下を裏切り、身勝手にも祖国へと帰還しておりました。
 どのような処罰も受ける所存です」

「そんなに畏まらなくていい。ほら、立って」

 ウェルディスがフレッサの肩に触れる。それだけで心が甘く痺れるように疼いた。

「本当に僕を裏切ったのか?」

「はい」

「じゃあ何故ここに戻ってきた?」

「それは……」

 答えに窮する。何故かはフレッサも知りたい事だ。

「……俺にも分かりません。ですが、ある仮説を立てると一番合理的な答えに行きつきました」

「ある仮説?」

「俺が『フレッサ』を辞めたいと思っているかもしれない、という事です」

「そっか。じゃあこれからはずっと僕の傍にいてくれるか?」

「それは無理だと思います。フレッサのまま処刑して下さい。そうすれば、『フレッサ』も消え、陛下の醜聞も消えます。
 全部が丸く収まります」

 これ以上ウェルディスに迷惑をかけたくないのだ。フレッサを愛人にしたままでいれば、評判が落ちるのはウェルディスだ。

(クレイル公国にはもう戻れない。だからといって、皇帝陛下の寵愛を受けるわけにはいかない。
 俺さえいなければ……)

「それはならない」

「ならば流刑にして下さい。帝国の情報が漏れる心配があるなら幽閉しても構いません」

「それは僕が絶対に許さない!」

 またウェルディスに抱き締められた。先程より強く、フレッサを逃がすまいと腕に力を込めている。
 フレッサはその締め付けが嬉しいと感じた。

「確かに今日、臣下達からフレッサが極秘機密などを流出する可能性があるから、見つけ次第処刑にしろと言われた。
 だから僕は明日までに見つかったら、その発言はなかった事にせよと命じた」

「陛下。俺のせいで、迷惑をかけて申し訳ございません」

「ウェルでいい。親しみを込めてウェルと呼んでくれ。
 僕は君の特別になりたい。僕は君を愛しているから」

「あ……あい?」

「そうだ。愛だよ。フレッサは僕の事をどう思ってる?」

 愛という文字や意味は知っている。それがどういう感情なのかを知らないだけだ。

 だが、愛していると言われて気付いた。今までウェルディスと視線を交わすだけで感じていた不思議な現象。
 それは味覚で確認したわけでもないのに、どうしてか甘いと感じた。胸の奥がソワソワとしてむず痒くなった。

「俺は……」

「今まで通り、君の言葉で聞きたいんだ!」

「今、分かった。俺もアンタの事、愛してるんだ」

「フレッサ!」

 抱き締められていた腕が緩むと、次は両手で顔を挟まれてキスをされた。
 舌が擦れる度にジンと痺れ、心臓の鼓動が速くなる。

 口を開放されると、ベッドへと押し倒された。慣れた手つきで服を脱がされる。

「フレッサを辞めたいと言ったな?」

「厳密には、祖国のスパイである事を、です。
 魂に刻まれている雇い主への忠誠を消し去りたい」

「分かった。フレッサと呼ぶのは今日で最後だよ。明日、僕が君に名を与えよう。
 そうしたら、君はずっと僕のものだ」

 胸が締め付けられるように苦しくなった。嬉しいという気持ちが強過ぎて、身体が耐えきれずにいる。
 胸の痛みに反してフレッサの顔はみるみる明るくなる。
 ウェルディスも初めて見るフレッサの笑顔だ。

「本当にいいのか?」

 「勿論。ずっとそのつもりで考えてた名前がいくつかあるんだ。
 君に喜んでもらいたい」

「アンタ……じゃない。ウェルが付けてくれた名前なら、どんなものでも嬉しい」

 ウェルディスも服を脱ぎ、素肌のままで抱き合った。お互いの男性器が上を向いているのが分かる。
 二人で腰を動かして、亀頭を擦り合わせた。

「さっきは急に丁寧な言葉で話しだしたから驚いたよ」

「だって。俺は育ちも卑しい生まれだし……」

「これからはヘイリア帝国の誇りある民だ。あ、でも今まで通りでいいよ。
 君の気さくな喋り方、好きなんだ」

「気さく? 無礼の間違いだろ」

「いいのさ。そんな君が好きなんだから。せめて二人きりの時は」

 ウェルディスはフレッサを押し倒し、上から二つの肉棒を両手で包んで擦る。

「あっ、っ、……気持ちぃ。ウェルの手好き」

「好きなのは手だけ?」

「あ、あと、乳首。しゃぶりたい」

「おっぱいが好きだなぁ」

 フレッサの口元に、ウェルディスは乳首を差し出した。ゴクリと息を飲み、ウェルディスの乳首にしゃぶりつく。
 舌で舐めまわしながら、吸い込むように唇を尖らせた。
 ウェルディスも感じており、落ち着きのない様子である。

「赤ちゃんみたいで可愛い。こっちもしゃぶるか?」

 フレッサは反対の乳首にもしゃぶりついた。幼い頃から甘える事を知らずにそだったが、その反動か幼児退行しているようだ。
 満足すると、次は尻をウェルディスに見せ、尻タブを開いて誘惑した。

「ウェル、次はこっち。俺の中も可愛がって?」

「勿論」

 ウェルディスの肉棒がフレッサを突き刺した。

「はあぁん。そこ、そこが気持ちいい。
 ウェルに犯されるの好き」

「うん。フレッサが僕の好きなところは、手と乳首とチンポって事でいいのかな?」

 そう言われると一部の身体の部位だけを愛しているのか? と問われているようで気分が悪くなる。
 ウェルディスも少し機嫌を損ねたのか、腰の動かし方が少し乱暴だ。

「違う! あ、んっ、ぜん、ぶ。ウェル……の、事っ、全部、好き。優しいところも。俺を見る目が、あったかいとこも好き。
 あぁっ、もっと優しく……して」

 フレッサが切実に訴えると、身体を揺さぶる動きが緩やかになった。

「本気で好き?」

「うんっ。ウェルが好き」

「良かった。これから、ずっと僕の君でいて欲しい」

「勿論だ。僕が身に付けた技能、全部ウェルにあげる。
 あなたに忠誠を誓いたい。言われた事は全部、なんでもする」

 横向きになって抱き合うと、ウェルディスはフレッサの額にキスをした。
 そのお返しだと、フレッサもキスをし返す。

 キスの応酬をしたり、乳首をしゃぶりあったり、お互い焦らすようにゆっくりと腰の動したり、楽しむようなセックスだった。
 そのせいで明け方までしたにも関わらず、お互い二回だけ絶頂するに留まった。

 すっかり疲れきった二人は全裸のまま、抱き合って眠りについた。
 二人とも心地よい疲労感の後で、幸せそうな寝顔だった。


 そしてその日の内にフレッサには皇帝から新しい名が与えられた。
 陰で「皇帝の肉便器」と呼ばれていた彼は「離宮の愛人」と呼ばれるようになった。
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