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四話
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物心がついた頃からスパイとして育てられてきたフレッサは、善悪も分からないまま、自身を国の手足となって動く駒だと認識していた。
両親の存在は知らない。知ろうとするだけで厳しい罰を受ける。
スパイには親はいないのだと言い聞かされてきた。
敵国に潜入する為に学問を学び、肉体を強化させた。フレッサが得意なのは暗殺術だ。
敵に捕まった時に情報を吐かないよう、拷問に耐える教育もされている。
肉体改造もされている為、痛みが感じにくい身体となった。
国に忠誠を誓い、命令されれば誰でも殺してきた。
フレッサという名前も、コードネームでしかなく、本名は自分にも分からない。
知る必要はないと思っている。
十代半ばの頃、敵国のスパイになるよう命じられた。
「フレッサ。敵国の軍に入れ。お前の身分を証明してくれる者がいる。その者の養子になるんだ」
その国との関係は悪く、時折戦争をしている。次に起こるであろう戦争で敵国の情報を得る為に送られたのがフレッサだった。
とある男爵の養子として、敵国の軍隊に入隊した。
初めての国、慣れない環境、厳しい訓練。だが、母国にいた時の過酷な訓練よりは甘く、フレッサは目立たないように一人で過ごした。
月に一度、もしくは重要機密があれば即日、フレッサは男爵に軍部内の機密情報を漏洩した。
男爵はその情報をフレッサが元々いた国に送った。
戦争に勝利した暁には大臣の地位と昇爵を約束しているのである。
フレッサもこの大仕事が終われば、長期休暇を貰える事になっている。
スパイとして活動してから休みなく働いてきた。この仕事が終わったら旅行へ行き、様々な国を渡ろうと考えていた。
ある日、男爵がヘマをして敵国に内部情報を漏洩している事が明るみになった。
当然フレッサも疑われ、逮捕された。
連日受ける拷問は常人には耐え難く、男爵は全てを話してしまった。裁判の結果、爵位を剥奪されて国外追放となった。
だがスパイとして活動していたフレッサは裁判を受ける事なく、敵国の情報を吐かせる為の拷問にかけられた。
毎日、拷問官に受ける苦痛はフレッサにも耐え難いものだった。
死にそうになっても一歩手前で蘇生され、耐えれば耐える程、拷問の質は上がっていく。
それでもフレッサは口を固く閉ざした。愛国心からでもなく、恩や義理からでもなく。それが仕事であると認識しているからである。
自白剤を使われても、自国の情報は漏らさない。このまま死を待つだけだ。
(旅行には行けそうにないな)
一つだけ後悔は残したが未練はない。情報を漏らさず殺される事が今の仕事だと納得している。
そんな地獄が一年続いたある日。拷問官が拷問具を持たず手ぶらのままフレッサの前に現れた。
フレッサは移動時間を削減する為、拷問部屋の壁に設置された手錠に、両手を大きく広げるように繋がれている。
胡座をかく以外の姿勢が取れない。この一年、拷問を受ける以外の時間はこうしていた。
「これ以上何も吐かないお前にはもう用はない。このまま処刑となるが、本当に何も言わないんだな?」
フレッサは黙って頷いた。
「全て話せば解放すると何度言ってもこれだ。お前が味方だったら良かったのにな」
拷問官は最後に同情の目を向けた。この一年、非情なまでにフレッサに痛みを与え続けた彼だったが、その仕事が終われば普通の人と同じだ。
個人的な感情としては「殺すには惜しい」と思っている。
だが、フレッサが最後まで敵で有り続けるのなら処刑するしかない。
フレッサはそれを受け入れている。
自国の宗教観点から自殺は禁じられている為、殺してもらうのを待つしかなかった。
処刑と言われて安堵していた。これで苦痛に耐える必要がなくなる。自国の情報を間違えて漏らす事もなくなる事が唯一の報いだ。
両手の拘束を解かれると、後ろに回されて背中で両腕を縛られる。
頭に布袋を被せられ、首に緩やかに紐を括られる。視界は暗闇で何も見えない。
何度か骨折をし、筋を切られたせいで、治っても真っ直ぐ歩けない。
二人の男がフレッサの両脇に立ち、腕を掴んだ。フレッサの歩幅に合わせてゆっくりと連れていく。
誰かが扉を開いた。フレッサの身体を冷たい風が撫でる。
一年ぶりに外に出た。視界は閉ざされても、外に出られた事で心が落ち着いた。
(最後に外の空気を吸えるとは……)
拷問部屋の中で殺されると思っていただけに困惑している。
このまま処刑場に連れていかれ、衆人環視の元、処刑されるのだろうと思っていたのだが、馬車に乗せられてどこかの建物の中に連れていかれた。
(形だけでも裁判をするのか?)
男爵は裁判をしたが、フレッサは裁かれていない。捕まってからすぐに拷問部屋に入ったので、裁判で死刑宣告を受けてからなのか? と思った。
だが、布袋を取られた場所は四角く狭い部屋だった。
石造りの壁と床。そして、一番奥に丸く穴が空いた壁があった。
「……?」
「肉便器部屋だ。お前にはここで壁穴としての仕事を果たしてもらう。
餓死するまでな」
拷問官が説明した。
言っている内容は理解出来なかったが、餓死するまで監禁されるのだと理解したフレッサは心の中で安堵した。
これでようやく人生を終えられるのだと。
まず、腕の拘束を解かれた。そして服を脱がされて全裸となった。
壁の穴に上半身を潜らせると、すぐにベッドの半分程の長さの石版があった。
フレッサはうつ伏せで横になる。
腰を直角に曲げて、両足は地面に着いた。
小さな空間だ。壁の上側に換気の為の小さな格子窓が付いているだけで、壁と地面と上半身を預ける石版があるのみだ。
「腰が固定されるから足は力を抜いていて良い」
そう言われたが、フレッサは頑なに反発した。しっかりと地面に足を着いて、自身の存在を主張しているかのようだ。
「最後に……頼みがあります」
フレッサは一年ぶりに声を出した。捕まってから、何があっても声を出さなかったのだ。
久々の発声は、ガラガラ声で聞き苦しいものだった。
「なんだ? 言ってみろ。
これでも俺はお前に好感を持ってるんだ。最後の頼みくらい聞いてやるよ」
「紙とペン、それとインクをください。死ぬまでの間に、遺書を書きたいのです」
「分かった」
穴と腰の隙間から紙とペンとインクを入れられ、フレッサは受け取った。
そして、固めの粘土で穴と腰の隙間を埋められた。
専門の技術者が粘土に壁と同じ石造りの模様を描くと、粘土と壁が一体化したように見える。
利用する者が違和感を覚えないようにする為の配慮だ。
これで本当に逃げる事が叶わなくなったフレッサは、ペンを握り締め、紙に遺書を書き始めた。
両親の存在は知らない。知ろうとするだけで厳しい罰を受ける。
スパイには親はいないのだと言い聞かされてきた。
敵国に潜入する為に学問を学び、肉体を強化させた。フレッサが得意なのは暗殺術だ。
敵に捕まった時に情報を吐かないよう、拷問に耐える教育もされている。
肉体改造もされている為、痛みが感じにくい身体となった。
国に忠誠を誓い、命令されれば誰でも殺してきた。
フレッサという名前も、コードネームでしかなく、本名は自分にも分からない。
知る必要はないと思っている。
十代半ばの頃、敵国のスパイになるよう命じられた。
「フレッサ。敵国の軍に入れ。お前の身分を証明してくれる者がいる。その者の養子になるんだ」
その国との関係は悪く、時折戦争をしている。次に起こるであろう戦争で敵国の情報を得る為に送られたのがフレッサだった。
とある男爵の養子として、敵国の軍隊に入隊した。
初めての国、慣れない環境、厳しい訓練。だが、母国にいた時の過酷な訓練よりは甘く、フレッサは目立たないように一人で過ごした。
月に一度、もしくは重要機密があれば即日、フレッサは男爵に軍部内の機密情報を漏洩した。
男爵はその情報をフレッサが元々いた国に送った。
戦争に勝利した暁には大臣の地位と昇爵を約束しているのである。
フレッサもこの大仕事が終われば、長期休暇を貰える事になっている。
スパイとして活動してから休みなく働いてきた。この仕事が終わったら旅行へ行き、様々な国を渡ろうと考えていた。
ある日、男爵がヘマをして敵国に内部情報を漏洩している事が明るみになった。
当然フレッサも疑われ、逮捕された。
連日受ける拷問は常人には耐え難く、男爵は全てを話してしまった。裁判の結果、爵位を剥奪されて国外追放となった。
だがスパイとして活動していたフレッサは裁判を受ける事なく、敵国の情報を吐かせる為の拷問にかけられた。
毎日、拷問官に受ける苦痛はフレッサにも耐え難いものだった。
死にそうになっても一歩手前で蘇生され、耐えれば耐える程、拷問の質は上がっていく。
それでもフレッサは口を固く閉ざした。愛国心からでもなく、恩や義理からでもなく。それが仕事であると認識しているからである。
自白剤を使われても、自国の情報は漏らさない。このまま死を待つだけだ。
(旅行には行けそうにないな)
一つだけ後悔は残したが未練はない。情報を漏らさず殺される事が今の仕事だと納得している。
そんな地獄が一年続いたある日。拷問官が拷問具を持たず手ぶらのままフレッサの前に現れた。
フレッサは移動時間を削減する為、拷問部屋の壁に設置された手錠に、両手を大きく広げるように繋がれている。
胡座をかく以外の姿勢が取れない。この一年、拷問を受ける以外の時間はこうしていた。
「これ以上何も吐かないお前にはもう用はない。このまま処刑となるが、本当に何も言わないんだな?」
フレッサは黙って頷いた。
「全て話せば解放すると何度言ってもこれだ。お前が味方だったら良かったのにな」
拷問官は最後に同情の目を向けた。この一年、非情なまでにフレッサに痛みを与え続けた彼だったが、その仕事が終われば普通の人と同じだ。
個人的な感情としては「殺すには惜しい」と思っている。
だが、フレッサが最後まで敵で有り続けるのなら処刑するしかない。
フレッサはそれを受け入れている。
自国の宗教観点から自殺は禁じられている為、殺してもらうのを待つしかなかった。
処刑と言われて安堵していた。これで苦痛に耐える必要がなくなる。自国の情報を間違えて漏らす事もなくなる事が唯一の報いだ。
両手の拘束を解かれると、後ろに回されて背中で両腕を縛られる。
頭に布袋を被せられ、首に緩やかに紐を括られる。視界は暗闇で何も見えない。
何度か骨折をし、筋を切られたせいで、治っても真っ直ぐ歩けない。
二人の男がフレッサの両脇に立ち、腕を掴んだ。フレッサの歩幅に合わせてゆっくりと連れていく。
誰かが扉を開いた。フレッサの身体を冷たい風が撫でる。
一年ぶりに外に出た。視界は閉ざされても、外に出られた事で心が落ち着いた。
(最後に外の空気を吸えるとは……)
拷問部屋の中で殺されると思っていただけに困惑している。
このまま処刑場に連れていかれ、衆人環視の元、処刑されるのだろうと思っていたのだが、馬車に乗せられてどこかの建物の中に連れていかれた。
(形だけでも裁判をするのか?)
男爵は裁判をしたが、フレッサは裁かれていない。捕まってからすぐに拷問部屋に入ったので、裁判で死刑宣告を受けてからなのか? と思った。
だが、布袋を取られた場所は四角く狭い部屋だった。
石造りの壁と床。そして、一番奥に丸く穴が空いた壁があった。
「……?」
「肉便器部屋だ。お前にはここで壁穴としての仕事を果たしてもらう。
餓死するまでな」
拷問官が説明した。
言っている内容は理解出来なかったが、餓死するまで監禁されるのだと理解したフレッサは心の中で安堵した。
これでようやく人生を終えられるのだと。
まず、腕の拘束を解かれた。そして服を脱がされて全裸となった。
壁の穴に上半身を潜らせると、すぐにベッドの半分程の長さの石版があった。
フレッサはうつ伏せで横になる。
腰を直角に曲げて、両足は地面に着いた。
小さな空間だ。壁の上側に換気の為の小さな格子窓が付いているだけで、壁と地面と上半身を預ける石版があるのみだ。
「腰が固定されるから足は力を抜いていて良い」
そう言われたが、フレッサは頑なに反発した。しっかりと地面に足を着いて、自身の存在を主張しているかのようだ。
「最後に……頼みがあります」
フレッサは一年ぶりに声を出した。捕まってから、何があっても声を出さなかったのだ。
久々の発声は、ガラガラ声で聞き苦しいものだった。
「なんだ? 言ってみろ。
これでも俺はお前に好感を持ってるんだ。最後の頼みくらい聞いてやるよ」
「紙とペン、それとインクをください。死ぬまでの間に、遺書を書きたいのです」
「分かった」
穴と腰の隙間から紙とペンとインクを入れられ、フレッサは受け取った。
そして、固めの粘土で穴と腰の隙間を埋められた。
専門の技術者が粘土に壁と同じ石造りの模様を描くと、粘土と壁が一体化したように見える。
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