誰にも止められない

眠りん

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二章

永瀬君⑤

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 葵唯が謝ってきたから許してあげた。
 怒ってないって言ったのはちょっぴり嘘だ。
 悲しかったし、和秋がいなかったら掴みかかってたかも。
 いや、掴みかかっても良かったのかも。友達だと思うなら。

 葵唯は今や僕の事は見なくなった。夏希の事ばかりで、他の人はどうでも良くなっちゃったのかな~……ってどうでもいいだろ、葵唯なんか。
 どうもモヤモヤと考え事をしてしまう。和秋に心配かけちゃうし、そろそろ意識を外側に向けないと。


 行ってきます、と手を振りながら家を出る二人に、僕は笑顔で送り出した。

「行ってらっしゃい」

 扉が閉まると、僕と和秋二人が家に残った。

「ね、和秋。葵唯と夏希上手くいくといいなぁ」

「絶対上手くいくと思う。なんだかんだで好き同士なのは見て分かるし」

「だよねぇ」

「寂しいの?」

 ドキッとした。図星を突かれて怒るなんて事したくないから、笑顔を崩さないようにして和秋に反論する。

「まさか。もうあの二人は僕の愛人でもなんでもないし、好きにすればいいと思うよ」

「あの二人の話なんて言ってないんだけど、やっぱりそうなんだ」

「勝手に僕の気持ち分かったように言わないでくれる? 和秋なんかまだ出会って半年も経たないでしょ」

「なんとなく分かるよ。そういうのは付き合いが浅い深いは関係ないと思うなぁ」

「関係なくはないだろ」

「じゃあ莉紅は俺が何考えてるか分からない?」

 分かるわけない……普通なら。僕は顔を見れば、大抵の人の感情を読めてしまう。和秋の僕への重い愛を感じ取ってしまう。

 こんな重いものありがた迷惑。でもそれが嬉しいから、僕は和秋を選んだ。

「どうせ僕の事ばかり考えてるんでしょ、莉紅が好きだなぁ~とかさ」

「あはは」

 否定しろよって。

「それより、もうすぐ模試でしょ。良い大学目指すなら今の内から始めないと。僕も一緒に勉強するから、今からでもする?」

「ありがとう」

 自習している内に時間が経っていて、葵唯と夏希は案の定恋人同士になって帰ってきた。
 二人はずっと手を繋いだままでだ。葵唯が夏希の手を離そうとしないから、夏希も引いてた。


 皆に紅茶を振舞って、ティータイムを過ごした。
 談笑の折に、「本当は緑にしたかった事を夏希にしたいと思ってる?」って僕の意地悪な口が動きそうになったけど、言わずに済んだ。
 違うって分かったから。葵唯は夏希しか見ていない。

 知らなかったよ。葵唯って、幸せだとそうやって笑うんだね。

「ねぇ葵唯。僕は葵唯の友達になれているのかな?」

 僕はずっと君と友達になりたかった。
 小学一年の頃から、君に憎悪の目を向けられて、睨まれていても。

 違うと言われたらどうしよう、と恐る恐る葵唯を見る。葵唯はキョトンとした顔で呑気に答えた。

「え? 親友だと思ってたけど。違う?」

「違くないっ」

「でしょ」

 欲しかったものは既に手にしていたらしい。
 そんな優しい笑顔を葵唯が向けてくれるなんて……。
 嬉し過ぎて、感動し過ぎて、袖で目を拭った。

「莉紅、泣いてるの?」

 すぐに心配して僕の背中を支えてくれたのは和秋だ。

「だって葵唯が、葵唯が」

「妬けちゃうな。親友って言われただけで、泣く程喜ぶなんて」

「だって、十年も待ってたんだよ。葵唯と友達になるの」

「えっそうなの? ずっと嫌な態度取ってごめんな」

「違う。葵唯は悪くない。僕が悪かったんだ」

 思い出すと恥ずかしくなった。昔は葵唯を見下してたのはもう過ぎた事なのに。
 もう大事な人に対して嫌な奴にはならない。絶対。

「今度ダブルデートとかしようよ。皆仲良いんだし、絶対楽しいと思う」

 そんな夏希の提案に全員が肯定した。もう四人でセックスとかはしなくなったけど、こんなゆっくりした時間を過ごすのもあり寄りのありだな、なんて思ったり。


 それなのに、まさかこの数日後に葵唯と夏希に裏切られるなんて思いもよらなかった。
 僕と君らはもう愛人関係じゃない。どちらかが怒って友達解消したら、もう関わりあいにならなくなるかもしれないのに。

 どうせ、僕が許してくれるだろうって信頼しての事なんだろう。
 それは分かるんだけど──。


 三日後の事だ。
 六時限目の授業は体育で、体育館でバレーボールだ。
 四人組で円を作り、トスやレシーブをしながらボールを次の人に回していくというゲームを、僕と葵唯と篠田と百合川のグループでやっていた。

 僕が篠田にボールを飛ばすと、篠田は「ひぃっ」と情けない声を出してボールを床に落としてしまう。
 その度に、百合川がイライラしていた。

「お前、ちゃんとやれよ!」

「ひっ……ごめん」

 百合川は良くも悪くも言葉がストレートだ。篠田は百合川にも恐怖心を抱いたようだ。

「百合川君、そんな怒っちゃ可哀想だよ~。ねぇ篠田君?」

 篠田は顔を青くして俯いてしまった。さすがの百合川もおかしいと感じたらしい。

「永瀬、コイツに何かした?」

「ちょーっとばかりお仕置き? 実際にやったのは夏希だけどね。その後の脅しが効いたかな?」

「莉紅、意地悪するのはよせよ。篠田さぁ、堂々としていいんだよ。莉紅に何もしなければ、何も流出させないから、ね?」

 葵唯がそう言うと、篠田は余計に身体を震わせてしまった。

「小倉も同じだよ、脅すなっつぅの」

「えっ、脅してないのに!」

 百合川が篠田に手を差し伸べた。兄貴って感じでカッコイイよね。だから百合川達に輪姦を頼んだ。
 頼りになるし、意外と正義感が強い。彼なら絶対に僕をいじめないと思った。

「篠田もくよくよすんな。悪さしなければコイツらは何もしないんだから。反省すればそれでいいんだよ」

「うぅ。ごめん、ごめん……」

「君の謝罪はもう聞いたし、僕は許したでしょ? 謝らなくていいんだよ。ほら、また一から始めようよ」

 心の中じゃあんまり許してねぇけど、あんまりしつこいのもウザいし表面上仲直りしておく。篠田も安心したのか、その後は三十回はラリーを続けられた。

 楽しく思えた授業が終わった後。今日の日直がバレーボールの試合で使ったポールやネットを片す事となった。
 僕と、戸村君という大人しめの男の子なんだけど。戸村君はオロオロしながら少しずつ片した。もうちょっとペース上げて欲しいな。帰るの遅くなるし。

 最後のネットを片そうと、僕が体育倉庫に足を踏み入れた瞬間。

 ガラガラガラガラッ!

 左右に開く扉が、勢いよく締まったのだ。
 中は天井に近い小さな窓から差し込む光が唯一の明かりで、全体的に薄暗い。
 すぐにドアを開こうとしたが、鍵が掛かって開かなくなっていた。
 こんな事が出来るのは、近くにいた戸村君だけだ。

「おい、ふざけんな! 開けろよ!!」

 ドアをドンドンと叩くが、何度も叩いても反応はなかった。
 戸村は大人しい男だ。こんな事してなんの意味があるんだ? メリットがない筈。イジメをするような人でもないし。

「チッ……クソが」

 倉庫の中、一人。苛立ちを隠せず吐いた一言だった。

「へぇ、永瀬君もそういう事言ったりするんだね?」

 振り向くと、薄暗い倉庫の中に一人立っている人がいた。

「お前……大谷」

 大谷は僕に悲しげな視線を向けていた。
 許せるわけがない、コイツだけは、もう関係を修復するのは無理だ。

 一度何かを決めた僕を、止めることなんて誰にも出来はしないんだから。
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