誰にも止められない

眠りん

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二章

梅山さん⑦

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 ミカリンと和解してカフェを出てから、私は莉紅様の家へ行った。
 大谷に告白出来たのか、どうなったのか気になって。多分アッキーも行ってるよね?

 渡されてる鍵で家に入ってリビングに顔を出した。
 莉紅様一人で椅子に座っていて、無表情でボーッとしている。振られたのかな。

「り、莉紅様。お邪魔します」

「あぁ……夏希」

 私に気付くも、視線を動かさない。虚ろだ。

「大谷に言えたの?」

「言った」

「振られたのね」

「多分。ごめんね、こんなところ見せて」

「莉紅様……」

 私は莉紅様を横から抱き締めた。それで癒されるとは思えないけど、なんか私の胸がいっぱいになった。

「辛いね。私もね、昔失恋した事があってさ。辛いの分かるよ」

「夏希は良い女だよね。大谷君を選ぶという事は君を手放す事だ。その方が愚かだと思える」

「どっかの受け売りだけど、愚かになってしまうのが恋愛なんだってよ」

「はは、そうかも」

 少し元気を取り戻した莉紅様が、私にハーブティーを淹れてくれた。
 香りだけで美味しいって分かる。お茶も料理も美味しいし、特技があるっていいなぁ。
 私は手芸とかケーキ作りとか好きだけど、得意って程じゃないしなぁ。

「今日はセックスは?」

「久々に休むかな。実は高校入学してから毎日最低一回はやってた」

「絶倫すぎ」

「減らしていかないとだ」

「ねーっ」

 少し和やかになってきた時、葵唯君とアッキーが帰ってきた。

「葵唯君っお帰りなさい」

「ただいま」

 私が葵唯君の元まで走っていくと、葵唯君が両手を広げて迎えてくれた。葵唯君大好き。

「俺は眼中になしかよ、莉紅どうだった?」

 不貞腐れたアッキーが自然と莉紅様の隣に座る。私から見て、莉紅様とアッキーは二人だけの特別な空気がある。
 恋人同士とは全く違う、でも信頼し合ってるのは見ていてよく分かる。

「お帰りなさい。ダメだったや」

「慰める?」

「ううん、今日はプレイお休みしようかと」

 その言葉に驚いたのは、アッキーじゃなくて葵唯君だ。

「莉紅が!?」

「うん。葵唯だって本当は休みたいだろ?」

「そりゃあな。毎日はキツいって」

「あはは。だーよね」

 たまに開催される莉紅様と愛人達のティータイム。私はエッチよりこの時間の方が好きだったりする。
 だから莉紅様には悪いけど、大谷が振ってくれて良かったなぁなんて思わなくもない。

 雑談を楽しんだ後、私とアッキーは家に帰った。
 山野辺君の件があってから、アッキーは必ず私を家まで送ってくれるようになった。
 男の子なんだよね、当たり前だけど。
 最初はこんな頼りになる人だとは思わなかったな。

 いつも夜空の下を、アッキーと二人で会話をする。

「アッキーは強いよね」

「どこが」

「だって莉紅様の為なら二番目でもいいって、アッキーなりの愛だと思うし」

「莉紅が幸せなら良いと思っただけ。俺は俺でやりたい事あるし」

「やりたい事?」

 アッキーのそういう話聞いた事なかったな。同じ愛人同士仲良くやってきてたけど、深い付き合いはしてなかったんだなぁって改めて考えさせられる。

「俺、看護師になりたいんだ」

「へぇ。あ、だから勉強頑張ってるんだ?」

「うん。俺のお母さんが看護師でさ。うちお父さんがいないから、女手一つで俺の事育ててくれて、家じゃ反抗しちゃうけど本当は感謝してる」

「へぇ、いいね。看護師になるって決めた理由とかあるの?」

「子供の頃、俺、熱中症で倒れた事があってさ、お母さんが救急車呼んだり応急処置してくれたりして。
 俺は朦朧としてたけど少し意識があって、お母さんがテキパキ動いてるの見て、かっこいいなって。
 俺もお母さんみたいになりたいってぼんやり考えてた」

「医者になりたいわけじゃないんだね?」

「絶対お母さんと同じ看護師。そこは譲れない」

「そっかー。じゃあ莉紅様どころじゃないね」

「そんな事ないよ。俺は夢も恋も諦めたくない。だから、二番目でも莉紅の隣にいたいんだ」

 きっとそれも辛い事なんだと思う。私だって恋を諦めたくないよ。

「ナッキーは、葵唯の事諦めないんだろ?」

「高校卒業するまでね。だらだら片思いし続けたくないし、高校生の間に振り向かせられないなら諦めるよ」

「サッパリしてていいな。ナッキーが羨ましいかも」

「私はアッキーが羨ましいよ」

 顔を合わせると二人で笑った。こういう友達がいるのは良い事だと思う。女友達とは違う関係。

「送ってくれてありがとう。また明日ね」

「うん。また明日」



 事件が起きたのは翌日の事だった。
 いつもの朝の習慣として、莉紅様と私達愛人三人は七時に教室で乱交をしていた。
 けれど昨日、葵唯君の負担もあるし二学期からはやめようかという話になって、私は珍しく八時に学校に着いた。

「これ書いたの篠田君だよね?」

 教室に入った瞬間聞こえてきたのは、怒りに震える莉紅様の声だった。

「だからなんだよ? 消えろホモ!」

 篠田が莉紅様に暴言を吐いていた。状況が飲み込めずにいたけれど、まだ授業前だというのに黒板に文字が書かれているのが視界に入って、状況を把握した。

 ど真ん中にデカデカと「永瀬と大谷はラブラブ」と書かれてあり、その他に「ホモ」「キモい」「消えろ」「死ね」という文字が乱雑に書かれていた。
 怒りで身体が熱くなる。

「な……なに、これ……」

「なんだよ、梅山? そういやお前永瀬とよく一緒にいるよな? 三角関係か?
 あはははははっ」

 篠田の言葉にカチンときた。

「お前……許されると思うなよ?」

 つい出てしまった。男の声。
 私の嫌いな本当の私自身。

「え、なにその声。お前、男かよ!? 実はオカマとか? きっしょ!」

 泣きなくなった。どうしてこんな時、咄嗟の時とか、無意識に男の部分が出てしまうの?
 悲しくなって涙が浮かぶ。

「篠田君。撤回してくれる? 彼女はれっきとした綺麗な女性だよ。侮辱は僕が許さない」

「篠田。その黒板を消して謝罪するなら、今起きた事はなかった事にする」

 私の前に莉紅様と葵唯君が立ちはだかった。二人で私を守ってくれている。

「ナッキー、こっち」

「アッキー……」

 アッキーが私の肩を掴んで椅子に座るよう促してくれた。

「大丈夫よ。ごめんなさい」

 それより問題は篠田だ。ずっと莉紅様が警戒していた奴。まさか本当にこんな事が出来る人だったなんて。

 篠田一人に対し、莉紅様と葵唯君が対峙していると、大谷が驚いた声を出しながら教室に入ってきた。

「な、なんなんだこれは?」

 こいつか。こいつが莉紅様の思いをこの男にバラしたんだ。だからこんな事に……。

「やっと大谷が来たぜー。おい、永瀬と付き合ってんだろ? 皆の前でいちゃついてみろよ!」

 篠田は大谷を茶化し始めて、大谷は怒りながら黒板の文字を消して、篠田を非難していた。
 でも、もう私は大谷を信用出来なくなっていた。

 莉紅様が教室から出ていってしまい、その後をアッキーが追いかけた。
 私も……。

「大谷君なら莉紅様を任せられると思ったのに、失望したわ」

 とだけ言って莉紅様を追いかけた。
 心のどこかで大谷なら任せられると思っていたんだ。そんな事全然なかった。

 私はただ莉紅様が心配だった。
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