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一章
山野辺君④
しおりを挟む 和秋が俺の後始末を全部をした。
口のガムテープを剥がして、詰め込まれたタオルも取り出して、首輪も外して、縛られている胴と手首の縄も解いて、下着とズボンを履かせられた。
和秋は心配そうな目で俺を見ている。それだけピアスが痛そうに見えるようだ。
すぐに水を持ってきてくれたのは葵唯だ。コップに入れて渡してくれた。元々地下室に用意していたらしい、少し温かった。
「大丈夫?」
見慣れた葵唯の心配そうな顔。コイツは善人だ。莉紅と付き合っていなければ関わる事のなかった暴力に、いつも悲しそうな表情を浮かべている。
悪人になりきれないのに、何も知らない人の前で悪人を演じようとしている偽善者。
それならまだ夏希の方が思い切りがある。目的の為に他人の痛みを考えない──いや、分かっていてやっているところが恐ろしいけど。
さっきまで俺に興味失くしたように道具の片付けをしていた夏希だったが、作業を終えると俺の前にやってきた。
「ピアス、外れないようにしてあるから。一生それを見る度に今日の事を思い出して、もうこういう事しないでね」
良い笑顔だ。顔とセリフが合っていない。
「……次はないって?」
「そうね」
夏希は俺の顎を掴んで上を向かせる。琥珀色の綺麗な瞳だ。吸い込まれるように見つめた。
「次やったら、別のところに穴を開けてあげるわ」
艶かしい笑み。なんだ、これ……何故か胸がドキドキする。出来る事ならその柔らかそうな唇に口付けをしたいと思った。
「じゃあ帰すけど、もう来ないようにね」
葵唯がそう言いながら出口へと歩いた──が、和秋がドアを開いた瞬間、立ち止まった。
葵唯も固まったまま顔を青くしている。
「皆……僕に内緒で何してるの?」
扉の向こうにいたのは、無表情でこの場にいる全員を威圧している莉紅だった。
「久しぶりだね、山野辺君」
「……っ」
上手く声が出ない。なんだ? 自分の身体が震えているのが分かる。恐怖だ。
あの時、俺に愛人関係を解消した時に見せた顔とは全く違う。空気が凍る程の怒りを莉紅から感じる。
「どういう経緯でこうなったのかは、なんとなく分かるよ。
勝手な予想だけど山野辺君がまた僕のストーカーして、葵唯が僕に内緒で制裁したってとこ?
あーでも葵唯はお仕置き出来なくて、和秋と夏希が痛め付けたんでしょ?」
ほとんど合っている。
だからといって何かが変わるわけじゃない、俺はどうなる?
莉紅が好きだった。愛人にしてもらえて、でもそれじゃ足りなくて、少しでも近い存在になりたかった。
莉紅を俺のものにしたかった。けど、それはもう叶わない。
「も、もうしない。これが最後だ」
「ふぅん。……夏希、和秋」
「「はいっ!」」
二人が即座に返事をした。しっかり調教されているらしい。こいつらは愛人という名を借りた莉紅の下僕なのか。
「夏希は僕じゃなくて葵唯の味方?」
「うん。悪いけど、莉紅様とは主従関係、葵唯君は愛してるから」
「そう。和秋は? 僕の味方してくれないの?」
「え、いや…………あ、俺も葵唯の味方だよ」
な、なんなんだ。コイツら? 仮にも莉紅の愛人だろ、俺なら絶対莉紅の味方しかしないっていうのに。
けど莉紅は怒るどころか笑いだした。
「ふはははっ。うんうん、そうだよねぇ。
皆僕の言う事聞かないもんね。夏希はそのまま葵唯を支えてあげてね。今日はご褒美をあげる」
「ホント!? 嬉しいわ」
「和秋。君はお仕置が必要だね? 今日は今までで一番キツいお仕置きをするから覚悟しててね」
「はい、嬉しいです」
二人とも同じく嬉しいと言っているが、和秋は何故嬉しいのか分からない。こいつは本当に莉紅が好きなんだろう、頬を赤く染めていた。
さっき莉紅を裏切ってボロボロにされたいとか言っていたから、きっと和秋にとって「お仕置き」はご褒美と同義なんだ。
「さて、山野辺君だけど……」
「り、莉紅! 俺、もうお前に何もしない。本当だ! 信じてくれ……!」
「そう言われても、二度目だし。ていうか下の名前で気安く呼ばないで」
俺はズボンと下着を脱いでピアスを見せた。ガーゼを当てられているままで、まだ血が止まっていない。
何もしなくてもズキズキ痛むのに、空気に触れると余計に痛みが強くなる。
「これっ夏希にやられたんだ。こんな、ピアスなんかっ! もうしない、りっ、永瀬とはもう関わらない!」
「へぇ。痛そうだね」
「痛いに決まってるだろ」
「そこまでされたなら、もう反省してるよね? 許してあげようか」
やっと許される。やっと……!
「永瀬の愛人に戻してくれるのか?」
「何言ってるの。許す代わりに僕が罰を与えないって意味だよ。次はない」
ハッキリと言われた後、莉紅は俺に興味を失くしたらしい。夏希と和秋に服を脱ぐよう指示をしていた。
寂しさが込み上げてきて、泣きそうになった。
そして俺は家の外へと案内された。
葵唯に何度も「もうダメだよ」とか「次やったらもっと痛いからね」とか言われたけど、正直葵唯なんか全く怖くない。
優しすぎるんだ。血が苦手で暴力嫌いな平和主義者。
そして、気付かれていないとでも思っているのか、実はかなりのチンコ狂い。さっきから俺のチンコから目を離さないの分かってるぞ。
中学時代も何度もフェラされたし。チンコが好きなんだと思う。
ピアス付けたばかりだから、舐めたいのを涎垂らして我慢しているようだ。
「永瀬にはもう何もしない」
「良かった。真広も頑張れよ、もし大事にしたい人が出来たら困らせちゃ駄目だからな!」
また明日にでも会えそうな友達との別れみたいだった。
帰りながら考えていた。莉紅の事、ピアスの事、夏希の事……。
強烈に残っているのは、琥珀色の綺麗な目と色っぽい笑み、そして、
「次やったら、別のところに穴を開けてあげるわ」
と言われた時の高揚感。
ごめん、葵唯……やっぱ俺、反省出来そうにないや。
それから数日後……。
俺はまた莉紅の家の前で待っていた。
スマホを持って盗撮の準備はオッケー。
目的の人が来るまでじっと構える。夕方五時頃、ようやく目当ての人が現れた。
莉紅と和秋が並んで、その後ろに葵唯と夏希が並んで歩いてきた。
俺は何度も連写した。
正面の顔、制服、明日、鞄を持つ手、家に入る前の斜めから見た姿、なびく髪、後ろ姿……。
あぁ、なんて可愛いんだろう。
じっと見ていると、夏希が家から出てきてズンズンと怒りの形相で俺の元まで歩いてきた。
「お前っ! この前の事忘れたのか!?」
エッ……! 声が……声がなんか、低い? アルトとかハスキーボイスとかいう次元じゃなくて、テノールがバリトンとか、そういう低さ。
そういう君も嫌いじゃないけど。
「怒ると、声結構低くなるのな?」
「え、あ……あはは。今のは聞かなかった事にして。それより、何してるの?
撮った写真見せなさいよ」
俺は抵抗せずに見せると、夏希は目を丸くして驚いた。
「ちょっと、あなたこれっ」
君を何回も撮った写真。
学校へ行く時から、帰ってくるまでずっと君を見ていた。
「なぁ、またピアス入れてくれよ」
「なにそれ。この前のピアス癖になっちゃった?
んーでも、一応莉紅様に許可が必要かな」
「じゃあ永瀬に許可取って、俺夏希が好きなんだ」
「本当? でも私、莉紅様と葵唯君のモノだよ? あと、私梅山だから。気安く夏希って呼ばないで」
「ごめん、梅山さん。分かってるよ、あの二人の事は裏切れないもんな」
夏希が頷くと、後ろから莉紅が現れた。
「何してるの? 山野辺君。夏希に近寄るって事は間接的に僕に関わるって事なんだけど、そこはどう考えてる?」
冷たい目だ。お前に何されても梅山さんに近付きたかったんだ。
それを言おうとしたが、先に梅山さんが話した内容を簡潔に説明した。
「へぇ~。まぁいいんじゃないの?」
「いいのか?」
永瀬は面倒そうに、早く話を終わらせようとしている。俺が梅山さんに近付くのはいいのか。
「いちいち交友関係にまで口出ししないよ。
僕は夏希を信用してるし、キス含めた性行為しなければ、身体に穴開けるくらいどうでもいい。
友達であればいいよ。夏希は山野辺君と恋愛する気ある?」
「ないよ。それでもいい? 山野辺君」
俺は黙って頷いた。名前を呼ばれた事が嬉しかった。君が永瀬の愛人でいる限り、俺は君のものになれない。
それはとても悲しい事だけど、次は永瀬の時のような終わりにはさせないと心の中で誓った。
口のガムテープを剥がして、詰め込まれたタオルも取り出して、首輪も外して、縛られている胴と手首の縄も解いて、下着とズボンを履かせられた。
和秋は心配そうな目で俺を見ている。それだけピアスが痛そうに見えるようだ。
すぐに水を持ってきてくれたのは葵唯だ。コップに入れて渡してくれた。元々地下室に用意していたらしい、少し温かった。
「大丈夫?」
見慣れた葵唯の心配そうな顔。コイツは善人だ。莉紅と付き合っていなければ関わる事のなかった暴力に、いつも悲しそうな表情を浮かべている。
悪人になりきれないのに、何も知らない人の前で悪人を演じようとしている偽善者。
それならまだ夏希の方が思い切りがある。目的の為に他人の痛みを考えない──いや、分かっていてやっているところが恐ろしいけど。
さっきまで俺に興味失くしたように道具の片付けをしていた夏希だったが、作業を終えると俺の前にやってきた。
「ピアス、外れないようにしてあるから。一生それを見る度に今日の事を思い出して、もうこういう事しないでね」
良い笑顔だ。顔とセリフが合っていない。
「……次はないって?」
「そうね」
夏希は俺の顎を掴んで上を向かせる。琥珀色の綺麗な瞳だ。吸い込まれるように見つめた。
「次やったら、別のところに穴を開けてあげるわ」
艶かしい笑み。なんだ、これ……何故か胸がドキドキする。出来る事ならその柔らかそうな唇に口付けをしたいと思った。
「じゃあ帰すけど、もう来ないようにね」
葵唯がそう言いながら出口へと歩いた──が、和秋がドアを開いた瞬間、立ち止まった。
葵唯も固まったまま顔を青くしている。
「皆……僕に内緒で何してるの?」
扉の向こうにいたのは、無表情でこの場にいる全員を威圧している莉紅だった。
「久しぶりだね、山野辺君」
「……っ」
上手く声が出ない。なんだ? 自分の身体が震えているのが分かる。恐怖だ。
あの時、俺に愛人関係を解消した時に見せた顔とは全く違う。空気が凍る程の怒りを莉紅から感じる。
「どういう経緯でこうなったのかは、なんとなく分かるよ。
勝手な予想だけど山野辺君がまた僕のストーカーして、葵唯が僕に内緒で制裁したってとこ?
あーでも葵唯はお仕置き出来なくて、和秋と夏希が痛め付けたんでしょ?」
ほとんど合っている。
だからといって何かが変わるわけじゃない、俺はどうなる?
莉紅が好きだった。愛人にしてもらえて、でもそれじゃ足りなくて、少しでも近い存在になりたかった。
莉紅を俺のものにしたかった。けど、それはもう叶わない。
「も、もうしない。これが最後だ」
「ふぅん。……夏希、和秋」
「「はいっ!」」
二人が即座に返事をした。しっかり調教されているらしい。こいつらは愛人という名を借りた莉紅の下僕なのか。
「夏希は僕じゃなくて葵唯の味方?」
「うん。悪いけど、莉紅様とは主従関係、葵唯君は愛してるから」
「そう。和秋は? 僕の味方してくれないの?」
「え、いや…………あ、俺も葵唯の味方だよ」
な、なんなんだ。コイツら? 仮にも莉紅の愛人だろ、俺なら絶対莉紅の味方しかしないっていうのに。
けど莉紅は怒るどころか笑いだした。
「ふはははっ。うんうん、そうだよねぇ。
皆僕の言う事聞かないもんね。夏希はそのまま葵唯を支えてあげてね。今日はご褒美をあげる」
「ホント!? 嬉しいわ」
「和秋。君はお仕置が必要だね? 今日は今までで一番キツいお仕置きをするから覚悟しててね」
「はい、嬉しいです」
二人とも同じく嬉しいと言っているが、和秋は何故嬉しいのか分からない。こいつは本当に莉紅が好きなんだろう、頬を赤く染めていた。
さっき莉紅を裏切ってボロボロにされたいとか言っていたから、きっと和秋にとって「お仕置き」はご褒美と同義なんだ。
「さて、山野辺君だけど……」
「り、莉紅! 俺、もうお前に何もしない。本当だ! 信じてくれ……!」
「そう言われても、二度目だし。ていうか下の名前で気安く呼ばないで」
俺はズボンと下着を脱いでピアスを見せた。ガーゼを当てられているままで、まだ血が止まっていない。
何もしなくてもズキズキ痛むのに、空気に触れると余計に痛みが強くなる。
「これっ夏希にやられたんだ。こんな、ピアスなんかっ! もうしない、りっ、永瀬とはもう関わらない!」
「へぇ。痛そうだね」
「痛いに決まってるだろ」
「そこまでされたなら、もう反省してるよね? 許してあげようか」
やっと許される。やっと……!
「永瀬の愛人に戻してくれるのか?」
「何言ってるの。許す代わりに僕が罰を与えないって意味だよ。次はない」
ハッキリと言われた後、莉紅は俺に興味を失くしたらしい。夏希と和秋に服を脱ぐよう指示をしていた。
寂しさが込み上げてきて、泣きそうになった。
そして俺は家の外へと案内された。
葵唯に何度も「もうダメだよ」とか「次やったらもっと痛いからね」とか言われたけど、正直葵唯なんか全く怖くない。
優しすぎるんだ。血が苦手で暴力嫌いな平和主義者。
そして、気付かれていないとでも思っているのか、実はかなりのチンコ狂い。さっきから俺のチンコから目を離さないの分かってるぞ。
中学時代も何度もフェラされたし。チンコが好きなんだと思う。
ピアス付けたばかりだから、舐めたいのを涎垂らして我慢しているようだ。
「永瀬にはもう何もしない」
「良かった。真広も頑張れよ、もし大事にしたい人が出来たら困らせちゃ駄目だからな!」
また明日にでも会えそうな友達との別れみたいだった。
帰りながら考えていた。莉紅の事、ピアスの事、夏希の事……。
強烈に残っているのは、琥珀色の綺麗な目と色っぽい笑み、そして、
「次やったら、別のところに穴を開けてあげるわ」
と言われた時の高揚感。
ごめん、葵唯……やっぱ俺、反省出来そうにないや。
それから数日後……。
俺はまた莉紅の家の前で待っていた。
スマホを持って盗撮の準備はオッケー。
目的の人が来るまでじっと構える。夕方五時頃、ようやく目当ての人が現れた。
莉紅と和秋が並んで、その後ろに葵唯と夏希が並んで歩いてきた。
俺は何度も連写した。
正面の顔、制服、明日、鞄を持つ手、家に入る前の斜めから見た姿、なびく髪、後ろ姿……。
あぁ、なんて可愛いんだろう。
じっと見ていると、夏希が家から出てきてズンズンと怒りの形相で俺の元まで歩いてきた。
「お前っ! この前の事忘れたのか!?」
エッ……! 声が……声がなんか、低い? アルトとかハスキーボイスとかいう次元じゃなくて、テノールがバリトンとか、そういう低さ。
そういう君も嫌いじゃないけど。
「怒ると、声結構低くなるのな?」
「え、あ……あはは。今のは聞かなかった事にして。それより、何してるの?
撮った写真見せなさいよ」
俺は抵抗せずに見せると、夏希は目を丸くして驚いた。
「ちょっと、あなたこれっ」
君を何回も撮った写真。
学校へ行く時から、帰ってくるまでずっと君を見ていた。
「なぁ、またピアス入れてくれよ」
「なにそれ。この前のピアス癖になっちゃった?
んーでも、一応莉紅様に許可が必要かな」
「じゃあ永瀬に許可取って、俺夏希が好きなんだ」
「本当? でも私、莉紅様と葵唯君のモノだよ? あと、私梅山だから。気安く夏希って呼ばないで」
「ごめん、梅山さん。分かってるよ、あの二人の事は裏切れないもんな」
夏希が頷くと、後ろから莉紅が現れた。
「何してるの? 山野辺君。夏希に近寄るって事は間接的に僕に関わるって事なんだけど、そこはどう考えてる?」
冷たい目だ。お前に何されても梅山さんに近付きたかったんだ。
それを言おうとしたが、先に梅山さんが話した内容を簡潔に説明した。
「へぇ~。まぁいいんじゃないの?」
「いいのか?」
永瀬は面倒そうに、早く話を終わらせようとしている。俺が梅山さんに近付くのはいいのか。
「いちいち交友関係にまで口出ししないよ。
僕は夏希を信用してるし、キス含めた性行為しなければ、身体に穴開けるくらいどうでもいい。
友達であればいいよ。夏希は山野辺君と恋愛する気ある?」
「ないよ。それでもいい? 山野辺君」
俺は黙って頷いた。名前を呼ばれた事が嬉しかった。君が永瀬の愛人でいる限り、俺は君のものになれない。
それはとても悲しい事だけど、次は永瀬の時のような終わりにはさせないと心の中で誓った。
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