誰にも止められない

眠りん

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一章

丹野君②

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「な、何の事?」

「これ設置したの、君でしょ? 何年何組の誰? 流石に悪趣味だと思うよ、盗撮なんてさ」


 永瀬の目は僕を責めている。


「ぼ、僕じゃない!」

「『そういえばさ、学校に隠しカメラ設置してるんだ』って、書き込みしてたよね?」

「へっ!?」


 ドクンドクンと心臓の音が痛い。何故それを知っているんだ? 一つの可能性が頭に浮かんだ。

 まさか……まさか……。


「『朝七時に乱交してるクラスのロッカーの隙間。意外とバレないんだ。五月からずっと盗撮してる……なーんてね!』って、冗談ぽく見せて、実話。そうじゃなきゃ、僕達の事あんなに詳しく知らないもんね? でしょう、TAKA君」

「ち、違っ……そんな人知らない」

「絶対知ってる。僕がUMIだよ、名前莉紅だから海にしたんだよね。結構安易でしょ? ほら認めなよ、君が犯人だ」


 予感は的中した。僕はあろう事か、被害者に自分が犯人だと掲示板で告白していたのだ。

 もう言い逃れは出来なかった。違うクラスの生徒が放課後コソコソと隠しカメラを置いていた場所でカメラを探してたんだ。
 犯人以外の何者でもない。

 どうしたらいい? どうしたら逃れられる?


「分かった……もうしません。今まで保存した映像も消します。だから許して下さい」

「いやいや、嘘でしょ。許してって、許せるわけないの分からない? とりあえず学年とクラスと名前。反省するまで僕の家で過ごしてもらう」

「反省してます!!」

「してるように見えない」

「ごめんなさい、許してください、もうしませんから!」


 土下座をした。人生初めてだ。こんなに謝っているんだから許してくれよ。もうしないよ。


「駄目だよ。そういえば君、隣のクラスって掲示板で言っていたよね。BクラスかDクラスのどちらかかな。
 今の君の写真を撮って、どちらかのクラスに見せれば名前分かるかなぁ?」

「Dクラスです! 名前は……た、丹野です!」

「丹野何さん?」

「丹野高志です……」


 永瀬はにっこりと優しい笑顔を浮かべて、俺の前に膝を着いた。そして、俺の頭を撫でた。


「いい子だね、丹野君。じゃあ僕の家に行こうか? おーい葵唯~」


 小倉はバツの悪そうな顔を浮かべて教室に入ってきた。僕とは目を合わせない。


「丹野君を縛って、うちに連行するよ。家の電話番号聞き出して、うちに泊まるって電話して」

「な、なぁ……さすがにこれはヤバくない? 先生に言って注意してもらうくらいで良いと思うんだけど」


 小倉は終始困り顔だ。ある意味、僕の犯罪の上に別の犯罪を被せようとしているものだ。
 永瀬は普通じゃない。

 なかなか動かない小倉に痺れを切らした永瀬は、どこからか取り出した縄で俺の腕を後ろで縛った。
 手際が良すぎる。人を縛る事に慣れているようだ。


「葵唯、僕は今最高に怒っているんだ。僕のする事に反対するなら、君との愛人契約を破棄させてもらう」

「はぁ……分かったよ。知っての通り俺は絶対的に莉紅の味方だ。
 殺人とか、罪のない人に迷惑が掛からない限りは、犯罪でも手を貸すって決めてる」

「とか言って、先生の時は裏切った癖に」

「先生は良い人だし、彼みたいな犯罪者じゃないからな」


 犯罪者……その言葉が胸にチクリと刺さる。犯罪だと理解してやっていたつもりだったけど、実際そう言われると自分の愚かさを痛感した。

 縛られたままだと周りに見られるという事で、小倉が俺の肩からジャケットを着せた。
 衣替えの時期だというのに何故か小倉がジャケットを着ていたのだ。この生温い暑さの時に何故……。

 と、思ったら、小倉が「暑……」と言いながら長袖のシャツを捲った。そこには腕にミミズ腫れのような跡が残っていて、それを隠していた事が分かる。
 僕がその腕をじっと見ていると、小倉は腕をさすった。


「俺が悪い事して鞭で打たれただけだから……」

「ちょっとその言い方だと僕が虐待してるみたいだよ。葵唯だって鞭で打った時興奮して射精してたのに」

「それ、言うなよ」


 永瀬の家までは皆無言だった。僕の鞄は永瀬が持ち、僕自身は逃げられないように小倉が肩を掴んで離さない。
 これからどうなるんだろ、俺……。


 家は凄いデカかった。横に長い家で、壁が白くて二階建てだ。庭もまぁ広い方で、花が咲いている。
 玄関の扉もデカければ、玄関も広い。

 靴を脱いで行かされた場所は地下だった。十畳くらいの広さでコンクリの壁に囲まれている。


「親が趣味の写真撮る為のスタジオだよ。たまにしか親帰ってこないから、お仕置き用の部屋にしてるけどね」

「えっと……丹野君、ごめんね」


 部屋の真ん中に床から天井まで伸びているポールがある。
 腕の拘束を外されて両手が自由になったけれど、小倉が僕に首輪をかけて、その首輪からポールに三メートル程の縄で繋いだ。
 縄の範囲しか動けない。まるで繋がれた犬だ。


「さて、お仕置きの準備をするから、丹野君は待っててね」


 二人は地下室から出ていってしまった。換気扇を回したようで、最初重かった空気は良い感じに流れだした。立ち尽くしたままどうする事も出来ない。


 どうしよう? 僕はどうなるんだろう。
 お仕置きって何をされるんだ?


 小倉の腕が脳裏に浮かぶ。痛そうだった。ミミズ腫れになってて、真っ赤になってた。
 何故か小倉の顔も赤かったけど……。


 しばらくして永瀬が戻ってきた。周りで音符でも踊っていそうな機嫌の良さだ。


「お待たせ~。ちょっとどいてね」


 手には青いビニールシート。僕をどかすと、結構な大きさのシートを僕がいる場所に敷いた。


「これ、君のトイレね」

「は?」

「おしっことウンチ、ここでするんだよ。もしビニールシートからはみ出たら、全部舐めとってもらうからそのつもりで」

「おい、嘘だろ──んっ!」


 口に丸いものを詰め込まれた。穴が空いているみたいで、口からでも呼吸は出来るが、顎が開きっぱなしだ。……まさかこれ、ギャグボール?


「口答えは許さない。ここでは僕がルールだ」


 どこかの悪役みたいなセリフを楽しそうに言えるのは、こいつくらいのものだろう。
 全ての自由を奪われて、人としての尊厳も奪われるのか。どうすればいい?


「んんんっ、んーっ」

「はは。好きなだけ叫んでいいよ、助けなんて来ないからね」



 永瀬はナイフを取り出して、僕の顔に向かって思い切りナイフを突き出した! 当たる直前で止まったけれど、僕は尻もちをついて転んだ。

 ゴンッ! と後ろの柱に頭をぶつけた。痛い。


「んんんっ」

「気を付けなきゃ、脳震盪とかになったら危ないよ?」


 そう言いながら、膝を床に着いてナイフを僕の右目に突き付けてくる永瀬の方が危ないんだが。首を逸らしてナイフから一ミリでも遠ざかろうとしているのに、切っ先は目を追いかけてくる。
 まさか刺すつもりなのだろうか。


「目さえなければ盗撮しないよね?」

「んーーっ!!」


 目を瞑って頭を左右にブンブン振った。涙が流れる。
 もうしない、もうしないから、やめてくれぇっ! 誰か助けてくれないのか?
 小倉も一緒にいたよな? ここで病院送りとかになったら大変な事になるのは永瀬と同じなのに、誰も止めないのか!?


 すると、ギィ……と扉が開いた。助けか──!?


 入ってきたのは梅山と佐々木だ。


「ひっ、本当に監禁してるの!?」

「さすがにまずくないのか?」


 二人とも困惑の色はあれど、助けようという意思はなさそうな顔をしている。


「二人に見てもらおうかと思ってさ。僕を裏切ったらどうなるか。
 あ、でも和秋みたいに、僕への愛が爆発しちゃったとか可愛い理由があるならここまではしないよ?」

「んーーっ! んんんんんんんっっ!!」


 僕は喉を震わせて声にならない叫び声をあげた。そう、永瀬は目に突き付けていたナイフを躊躇なく僕の腕に刺したのだった。
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