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中学校の話
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遠くで声がする。
保健室の先生と尚澄が、ヒソヒソと僕を起こさないように話をしているらしい。
「……大丈夫です。目が覚めたら、一緒に帰りますので」
尚澄の声は、いつも優しいからすぐわかる。その優しさに「ごめんなさい」が増えていく。
また、迷惑をかけた。
肩までかけられている布団を頭まであげてギュッと目をつぶる。
でも、布団が動く音で、起きたことが尚澄にバレてしまったらしい。
ベッドのまわりを取り囲んでいたカーテンを開けて、そっと中に入ってくる。
だけど、まだ布団からは顔を出したくない。
「……先生、るぅの親に電話してくるって」
「しなくて、良いのに。元気だし」
小さく、返事をする。
「元気じゃないって。倒れたでしょう?」
「埃に擬態してる宇宙人に襲われただけ」
「……な、訳ない。熱を計ったら37、8℃もあったよ。でも、冗談言えるなら大丈夫かな」
笑いながら布団の上から頭を撫でられる。
でも、何か分からなけど、今は甘やかされたくなくて、尚澄の居る反対方向に体を回転させた。
「るう、調子悪い時は早く言って? さっき聞いた時、素直に言ってくれたら、倒れなくてすんだのに」
拗ねるように咎められるけれど、自分だって気づいてなかったから仕方ない。
「大丈夫。尚澄は部活に行っていいよ」
「さっきの俺と先生との話、聞こえてなかった? 一緒に帰るよ」
「一人で帰られる」
中学生になったら体調が多少悪くても、歩ければ一人で帰って良い事になった。
だから、問題ないはずなのに尚澄はゆずらない。
「もう、友達に頼んでテニス部の顧問に伝えたから。変更不可」
「……やだ」
「柚流。帰ろ?」
あだ名で呼ぶのをやめたせいか、尚澄も合わせてくる。
自分から変えておいて、それだけで、なんだか胸が痛い。
「部活、休ませたくない」
「じゃ、柚流の親に言って、仕事を早退させる?」
「……それは、絶対にやめて。歩けるし」
「なら、一緒に帰ろう?」
親の名前を出されてしまったら、従うしか無い。
小学校の時は、親に迎えに来てもらわなくては帰ることが出来なくて、かなり迷惑をかけた。
何かと心配をかけてきた親には弱いから、仕方なく布団の中から黙ってうなずく。
その些細なアクションに尚澄は察してくれて、自分に対して「ありがとう」と言った。
なんで、お礼なんか言うんだろう。こっちが、言うなら分かるのに。
「…………うん」
「保健室の先生は、中学校に入ったばかりで精神的に疲れただけだろう、って言ってた」
五月病という病気とも言い難い、有名な病名が頭をよぎる。
精神的な事で熱を出すなんて、と思ったけれど。
中学校に入り、尚澄がクラスの中にいないのは初めてで、無意識に何度も探してしまっていた。
それで、確かに不安はあったのかもしれない。
でも、そんなこと、尚澄には知られたくない。
「疲れてないけど」
「……本人だって、気づかない事もあるから」
「自分の事は、自分が一番よく分かってる」
「でも、るぅの事。るぅよりも一番に分かってるのは俺だよ」
少しだけトーンを低くした言葉に、柚流は布団から頭を出す。
そこには、信じて欲しい、という真剣な表情の尚澄の顔があった。
確かに、それは、その通りだと思う。
自分では良く分からない自分の気持ちも、尚澄は何でも代弁してくれた。
小さな頃の記憶だって、断片的に抜け落ちているのに、尚澄だけが覚えている事も多い。
「知ってる」
「でしょ?」
「……一緒に帰る。ごめん。ありがとう」
それに、いつまでも、ここに居るわけにはいかない。
部活をしている生徒以外はほとんどが帰ってしまっているようで、校庭は静かだ。
頭は、まだぼんやりするが、歩けないほどではない。
そっとベッドから降りると、几帳面に揃えられていた上履きを履く。
本当に精神的な事だとしたら、どうしたら尚澄がそばに居ないことに慣れるんだろう。
でも、大切そうに見てくる目は変わらなくて、出された手を拒否することは出来ない。
そっと尚澄の手をさわると、驚くほど冷たかった。自分に熱があるからだろう。気持ちが良くて離せない。
「手があたたかいね。いつも、冷たいのに」
「ごめん。迷惑かけて」
今回だって、こんなつもりじゃなかった。
でも、いつも尚澄が来てくれるから。だから。嬉しいけど、困る。
「したくて、してることだから。こっちこそ、手伝わせてくれてありがとう」
「……でも、手はつながないよ。子供じゃないし」
「だよね」
こっちから握ったというのに、心地よくて離したくない手を大きく振り払う。
こんな態度を取る自体が子供っぽいって分かってる。
でも、尚澄に頼り切りな自分を戒めるために、しっかりと言葉に出した。
保健室の先生と尚澄が、ヒソヒソと僕を起こさないように話をしているらしい。
「……大丈夫です。目が覚めたら、一緒に帰りますので」
尚澄の声は、いつも優しいからすぐわかる。その優しさに「ごめんなさい」が増えていく。
また、迷惑をかけた。
肩までかけられている布団を頭まであげてギュッと目をつぶる。
でも、布団が動く音で、起きたことが尚澄にバレてしまったらしい。
ベッドのまわりを取り囲んでいたカーテンを開けて、そっと中に入ってくる。
だけど、まだ布団からは顔を出したくない。
「……先生、るぅの親に電話してくるって」
「しなくて、良いのに。元気だし」
小さく、返事をする。
「元気じゃないって。倒れたでしょう?」
「埃に擬態してる宇宙人に襲われただけ」
「……な、訳ない。熱を計ったら37、8℃もあったよ。でも、冗談言えるなら大丈夫かな」
笑いながら布団の上から頭を撫でられる。
でも、何か分からなけど、今は甘やかされたくなくて、尚澄の居る反対方向に体を回転させた。
「るう、調子悪い時は早く言って? さっき聞いた時、素直に言ってくれたら、倒れなくてすんだのに」
拗ねるように咎められるけれど、自分だって気づいてなかったから仕方ない。
「大丈夫。尚澄は部活に行っていいよ」
「さっきの俺と先生との話、聞こえてなかった? 一緒に帰るよ」
「一人で帰られる」
中学生になったら体調が多少悪くても、歩ければ一人で帰って良い事になった。
だから、問題ないはずなのに尚澄はゆずらない。
「もう、友達に頼んでテニス部の顧問に伝えたから。変更不可」
「……やだ」
「柚流。帰ろ?」
あだ名で呼ぶのをやめたせいか、尚澄も合わせてくる。
自分から変えておいて、それだけで、なんだか胸が痛い。
「部活、休ませたくない」
「じゃ、柚流の親に言って、仕事を早退させる?」
「……それは、絶対にやめて。歩けるし」
「なら、一緒に帰ろう?」
親の名前を出されてしまったら、従うしか無い。
小学校の時は、親に迎えに来てもらわなくては帰ることが出来なくて、かなり迷惑をかけた。
何かと心配をかけてきた親には弱いから、仕方なく布団の中から黙ってうなずく。
その些細なアクションに尚澄は察してくれて、自分に対して「ありがとう」と言った。
なんで、お礼なんか言うんだろう。こっちが、言うなら分かるのに。
「…………うん」
「保健室の先生は、中学校に入ったばかりで精神的に疲れただけだろう、って言ってた」
五月病という病気とも言い難い、有名な病名が頭をよぎる。
精神的な事で熱を出すなんて、と思ったけれど。
中学校に入り、尚澄がクラスの中にいないのは初めてで、無意識に何度も探してしまっていた。
それで、確かに不安はあったのかもしれない。
でも、そんなこと、尚澄には知られたくない。
「疲れてないけど」
「……本人だって、気づかない事もあるから」
「自分の事は、自分が一番よく分かってる」
「でも、るぅの事。るぅよりも一番に分かってるのは俺だよ」
少しだけトーンを低くした言葉に、柚流は布団から頭を出す。
そこには、信じて欲しい、という真剣な表情の尚澄の顔があった。
確かに、それは、その通りだと思う。
自分では良く分からない自分の気持ちも、尚澄は何でも代弁してくれた。
小さな頃の記憶だって、断片的に抜け落ちているのに、尚澄だけが覚えている事も多い。
「知ってる」
「でしょ?」
「……一緒に帰る。ごめん。ありがとう」
それに、いつまでも、ここに居るわけにはいかない。
部活をしている生徒以外はほとんどが帰ってしまっているようで、校庭は静かだ。
頭は、まだぼんやりするが、歩けないほどではない。
そっとベッドから降りると、几帳面に揃えられていた上履きを履く。
本当に精神的な事だとしたら、どうしたら尚澄がそばに居ないことに慣れるんだろう。
でも、大切そうに見てくる目は変わらなくて、出された手を拒否することは出来ない。
そっと尚澄の手をさわると、驚くほど冷たかった。自分に熱があるからだろう。気持ちが良くて離せない。
「手があたたかいね。いつも、冷たいのに」
「ごめん。迷惑かけて」
今回だって、こんなつもりじゃなかった。
でも、いつも尚澄が来てくれるから。だから。嬉しいけど、困る。
「したくて、してることだから。こっちこそ、手伝わせてくれてありがとう」
「……でも、手はつながないよ。子供じゃないし」
「だよね」
こっちから握ったというのに、心地よくて離したくない手を大きく振り払う。
こんな態度を取る自体が子供っぽいって分かってる。
でも、尚澄に頼り切りな自分を戒めるために、しっかりと言葉に出した。
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