何でもない日の、謎な日常

伊東 丘多

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奉遷

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 1ヶ月後、日が登る前に鳥居の前に桃夢は学園長に呼ばれ、御神木を植える儀式に参加することになった。

 11月くらいの落葉後、降雪前に苗を植えるのが良いらしい。丁寧に管理されていた苗は80センチ程で大きさを抑えられ、手に持てる大きさだ。
 学園長が、大事そうに地面に置き手を合わせている。

 普通ならば木を移動すると枯れてしまう可能性もあるのだが、やはり不思議な力が宿っているのか苗は元気な様子である。

「桃夢先生。今回の事はありがとうございます。とても感謝しています。やっと、この時を迎えることが出来ました」

 桃夢は聞きづらい事を、勇気を出して聞いて見ることにする。

「学園長のお父様は、塾長と親友だったんですね。俺、知りませんでした」
「ええ、父が40才くらいでしたので年齢は20才くらい離れていましたけど、この山を護るという意志で繋がった親友だと思います」
「そうなんですか。もっと、小さい頃に、色々聞いておけば良かったです」
「貴方のお祖父様も、同志でしたよ」

 そうだったのか。
 本を読むことの大切さを教えてくれた祖父を思い浮かべる。
 こうやって塾講師をしているのも祖父の影響が強い。

 その時に、ふわりと、風が舞うのを感じた。
 後ろから、鈴の音とともに藤森が神への儀式のための正装をして、ふもとから参道を通り歩いてきた。
 横には塾長と藤森の母親であり塾長の娘が付き添っている。この女性は塾の事務所をしていて、桃夢も毎日のように会っている親しい関係だ。なので、改めてここで会うのは何だか不思議な気持ちになる。

 月灯りから朝日に変わる瞬間に、御神木を植えるらしい。
 桃夢は藤森のと共に、小さな鳥居の奥に御神木の苗を植える。そのさなかも藤森は、何か呪文をとなえているようだ。
 どうやら、霊感がまったくない桃夢も、少しあたたかさを体中に感じるようになった。

 陽が御神木を照らす。
 次第に鳴らしていた鈴の音が消える頃、深々と藤森が頭を下げる。厳かな儀式がそろそろ終わるようだ。
 離れた所から見ている、塾長はいつものにこにことした顔で頷いている。

 やっと、長い間、気になっていたことが解決して安心したのだろう。緊張がとけて、いつもよりも表情が幼い。

 それから、しばし沈黙が続く。
 空気が揺れた後、学園長が晴々とした顔で前へ出る。

「本日は、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」

 藤森の様子を見ると問題なく、土地へ戻せたらしい。
 他にも色々と作業がしていているが、素人の桃夢が手伝えるわけもなく何をして良いのか迷う。
 そう、思っていると、学園長が話しかけに来てくれた。

「学園長。お役に立てたかどうか分かりませんが、ちゃんと植えられて良かったです」

 どう言って良いのか分からず薄っぺらな挨拶になってしまった。
 いえいえ、学園長がゆっくりと首をふる。

「桃夢先生がこの土地に訪れ参道を手入れしてくれて、鳥居に手を合わせて守ってくれていたから、きっとこの御神木さまが許してくれたのだと思います。もう、この学園に災いが起きてもしょうがないと思っていました。頑張ってくれた生徒たちにも感謝をしないと」

 すると、横から塾長が杖をつきながら隣に歩いてきた。
 そして軽く学園長に頭を下げる。

「いや、放置してしまったのは自分にも責任がある。今となってはこんなに時間がかかり反省をしているんだ。桃夢も、色々黙っていてすまない」
「いえ、きっと、色々と考えての事でしょうから」

 桃夢は今まで振り回されたの事を考えると文句が言える立場だろうが、この景色を見ていたら言えるわけがなかった。
 太陽の光と緑の朝露がキラキラと反射して、とても綺麗だ。

 そして、どこか心の片隅でずっと憂いていた多く人たちと、その間の長い年月を思うと、胸が苦しくなる。

 桃夢は、もう一度、御神木と鳥居に対して、きちんと手を合わせた。

 徐々に明るくなった空はまぶしく、鈴の音と風の音が心地よく、あたりに響いていた。







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