何でもない日の、謎な日常

伊東 丘多

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忘れられた手紙

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 翌日の昼休み、天気が良いので芝生に行こうと春人を誘った。

「どうしたの?何かあった?」

 なんて言えば良いか分からず芝生の先を指でつついてたら、春人から話をふってくれた。
 凪夜は、ためらいがちに中学受験の頃に俺が倒れた事に対して記憶があるか、春人に聞く。

「うん。覚えてるよ。その頃、凪夜は、かなり落ち込んでたもんね」
「どんな風に?」

 凪夜は、そんな落ち込んでいる自分が想像できない。
 そんな無駄な時間はもったいないと思う性格だ。

「本当は中学受験したくなかったんだよ。僕には心配させたなかったのか、何も言ってくれなかったけど態度で分かる」

 凪夜は、徐々に断片的だが当時のことを思い出してくる。
 そうだ。勉強が好きな訳でもないし進学校に行きたくなかったんだ。
 塾も、桃夢先生が好きで、一緒にいるのが楽しくて通ってただけだった。
 当時の俺は自分の意見が言えなくて、まわりを振り回してた。

「凪夜の親も徒歩で行ける中学で良いって言ってたのに、成績がすごい良かったから、私立受験組の友達とか担任から受験するって思われてて、否定出来ない雰囲気だったよね」
「じゃ、俺、受験にわざと落ちたのか?」

 もしかして押し付けられるのが苦手なのは潜在意識として、その頃の記憶なのかもしれない。
 春人が知るわけもなく顔を横に振る。

「それは、僕にはわからないよ。でも、中学受験したくなかった理由は知ってるよ。ここの高校に通いたかったんでしょ。中高一貫に入っちゃうと無理だもんね」

 春人は振り向いて校舎に向けて腕を広げる。

「学校を見ていたら思い出した」
「桃夢先生から、ひどい手紙もらったって怒ってたよ。その時、僕には見せてくれなかったけど。部屋にあるかもしれないから探してみたら?」

 その時、昼休みの終わるチャイムがなった。
 2人はバタバタと弁当箱を片付ける。そうか、何となく分かってきた。
 まだ、完全には思い出せないけど、帰ったら桃夢先生からもらった手紙を探そう。そこにヒントがあるかもしれない。
 そんなことを考えながら、廊下を走っていった。

 金曜日は部活がないので、授業が終わったらすぐにバスに乗り家に帰る。
 母親にも、当時のことを聞こうと思ったけれど気恥ずかしくてやめた。
 部屋のクローゼットの奥に手紙をまとめている黄色い缶を探す。
 その大きい缶はすぐに見つかり、一番下の方に四角におられた紙切れが入っている。きっとこれだ。
 開くと塾の勧誘チラシだった。その裏側に、急いで書いたような、いつもらしくない桃夢の雑多な文章が書いてあった。

『凪夜へ。
 うまく言えないから、手紙を置いていく。
 明日の試験の結果がダメでも、気にするな。結局、まわりの環境がどうであれ、凪夜の意思があれば、未来は大差ないと思う。だから今回みたいな事は、もうしないように。
 あと、俺は中学受験で落ち、希望の公立高校に落ちて、滑り止めの森守の山高校に入った。でも大学はなんとか希望の所に行けたし、昔も今も楽しい毎日だ。
 他人から見たら失敗の連続人生だが、進んできた道に後悔はしていない。人によって成功は違うのだから、安心しろ。
 もし、公立中学に入って高校受験で上位を目指すなら、全力でバックアップする。スケジュールはこのチラシの裏の入塾説明を見てくれ。
 だが、その後の国公立難関大学受験対策は無理だから、駅前にある大手の塾へ行ってくれ。

 篠田桃夢』

 なんだろう。ただの営業じゃないか。
 もっと感動系かと思って泣く準備までしたのに。ハンカチは濡れないまましまう。

 がっかりして、そのまま折りたたみ缶に戻そうとするが、ふと、違和感に気づく。
 この手紙は、試験の前日に書いたものだ。

 試験の当日、凪夜が倒れて南沢と桃夢に試験会場から家に送ってもらった時の手紙かと、思っていたのだが実際は違った。

 試験前日に何かがあった。
 凪夜は窓の外見ると、もう空は暗くなってきていた。
 昨日お見舞いに行った時に、ほとんど治ったから明日から仕事に行くと言っていた。
 明日、塾に行って先生に直接聞きに行こう。
 そう凪夜は思いながら手紙の缶を力いっぱい音を立てて閉じた。







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