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電話
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家に帰って、紙に丁寧に書かれた電話番号と、にらめっこをする。
そこには番号と共に『大地果樹』と、名前が書かれていた。
私の名前と、勝るとも劣らず、どんぐりの背比べ、五十歩百歩…………なんか、意味が違うなぁ。
そんな感じで、とても土の恵みを感じる名前だ。
ただ、あの子は自分の名前が好きって言ってた。
何でかな? 果物の農園みたいな名前なのに。
とりあえず、そこで私が笑ってしまったので、電話番号の勝ちになってしまった。
そしたら、果樹に電話をかけなきゃ。
廊下に置いてある電話と、メモとの間を、目線を往復させながら、ボタンをポチポチ押す。すると、ワンコールで果樹のママが出た。
「はい。大地です」
「こんにちは。野原といいますが、果樹さん、いますか?」
「あらあら。野原さん? 待っててね。とっても、喜ぶと思うわぁ」
……あれ? 何でかな。何で、果樹のママは、私からの電話が、喜ぶって思ったんだろう。
そもそも、喜ばないと思うけど。そんなに仲良くないもん。
だけど、こっちから電話をかけておいて、そんな事は言えない。
それなら、かけなきゃいいのに、って、自分でも思う。
自分に対して、どんどんマイナスな事を言っていく。嫌だな。なんだか、今すぐに電話を切りたくなってきた。
音の外れているアイネ・クライネ・ナハトムジークは、一人反省会のBGMに、良く合っている。
すると、一分も経たないうちに、バタバタと階段を降りる音と、ドタンッと転ぶ音が受話器の奥で聞こえる。
だ、大丈夫かな? 心配になって受話器をギュッと、強く握る。
「陽菜?」
「そう。もしかして、転んだ?」
「少しだけ、膝っ小僧ぶつけた」
「痛くない?」
「痛くないよ。どうしたの?」
「果樹が電話番号、くれたから」
「うん。かけてくれるように、渡したから」
「そっか」
………………続かない。
どうしようどうしよう。
会おうとしていたんだ。でも、夜になっちゃったら無理だ。
そして……何を聞こうとしていたんだっけ? そうだ!
「トマト!」
「とまと?」
「そう。トマトについて聞きたかったの!野菜、好きだよね?」
「うん。好きだよ。でも、トマトの何について、知りたいの?」
「えっと……、何か、について」
「えー……それじゃ、分からないよ。……そうだ!あのね、トマトって果物だと思う? それとも、野菜?」
「野菜に決まってるよ。だって、そう、家庭科でも習ったし」
突然、何を言い出すんだろう。当たり前の事なのに。
すると、急に果樹がクスクス笑い出した。
「三角です」
「え? 完全に野菜じゃないの?」
「そう。植物学では、果実って言われてるの。でもね、木になるのが果物って分類が決められてるから、トマトは野菜なんだよ」
「……そうなんだ。なんか、不思議だね」
「そうだね。でも、なんでも、そうじゃない? いろんな事をハッキリと分けられる訳ないもん」
……そうだ。
私の名前だって、好きとか嫌いとかハッキリ分けたくない。とても、曖昧なもので。
果樹の事も嫌いじゃない。でも、分からないから好きになれないだけ……。
「あのね。デコピンするの、何で?」
「忘れてるから」
「何を?」
「私を」
「覚えてるよ? だから、電話したんだよ」
「そっか。ま、いいよ。もうしないよ。なんか、それで良い気がするし」
また、果樹はクスクス笑っている。
なんか言ってることがわからないけど、なんだか可笑しくなって、私も一緒になって、しばらく笑う。
受話器ごしに、果樹の弟の声が聞こえてきた。そろそろ、夕ご飯らしい。
「……果樹、楽しかった。じゃ、切るね」
「うん。陽菜。また、明日。学校で」
「明日、学校で」
どうしてかな?
なんだか、バタバタ足を動かしたい。何も手に持ってないのが、もどかしくて何かを掴みたい。
部屋にダッシュで戻り、ベッドに置いてあったトマトのぬいぐるみをギューッと抱きしめた。
もっと、果物とか、野菜の事を知りたい。
どうやって、育ったの? どうしたら、美味しくなるの? どんな人が、育ててるの?
そんな事、全部。
何故って、最初の一歩を大きく出せた気がするから。
ふと、力を抜くと、腕の中のトマトのぬいぐるみは、少しだけペシャンコになってしまっていた。
綿に空気が入るようにポンポンと叩くと、空中に投げた。そして、ふわりと落ちてくる赤色を、そっと、抱きとめる。
「早く、明日に、なりますように」
そこには番号と共に『大地果樹』と、名前が書かれていた。
私の名前と、勝るとも劣らず、どんぐりの背比べ、五十歩百歩…………なんか、意味が違うなぁ。
そんな感じで、とても土の恵みを感じる名前だ。
ただ、あの子は自分の名前が好きって言ってた。
何でかな? 果物の農園みたいな名前なのに。
とりあえず、そこで私が笑ってしまったので、電話番号の勝ちになってしまった。
そしたら、果樹に電話をかけなきゃ。
廊下に置いてある電話と、メモとの間を、目線を往復させながら、ボタンをポチポチ押す。すると、ワンコールで果樹のママが出た。
「はい。大地です」
「こんにちは。野原といいますが、果樹さん、いますか?」
「あらあら。野原さん? 待っててね。とっても、喜ぶと思うわぁ」
……あれ? 何でかな。何で、果樹のママは、私からの電話が、喜ぶって思ったんだろう。
そもそも、喜ばないと思うけど。そんなに仲良くないもん。
だけど、こっちから電話をかけておいて、そんな事は言えない。
それなら、かけなきゃいいのに、って、自分でも思う。
自分に対して、どんどんマイナスな事を言っていく。嫌だな。なんだか、今すぐに電話を切りたくなってきた。
音の外れているアイネ・クライネ・ナハトムジークは、一人反省会のBGMに、良く合っている。
すると、一分も経たないうちに、バタバタと階段を降りる音と、ドタンッと転ぶ音が受話器の奥で聞こえる。
だ、大丈夫かな? 心配になって受話器をギュッと、強く握る。
「陽菜?」
「そう。もしかして、転んだ?」
「少しだけ、膝っ小僧ぶつけた」
「痛くない?」
「痛くないよ。どうしたの?」
「果樹が電話番号、くれたから」
「うん。かけてくれるように、渡したから」
「そっか」
………………続かない。
どうしようどうしよう。
会おうとしていたんだ。でも、夜になっちゃったら無理だ。
そして……何を聞こうとしていたんだっけ? そうだ!
「トマト!」
「とまと?」
「そう。トマトについて聞きたかったの!野菜、好きだよね?」
「うん。好きだよ。でも、トマトの何について、知りたいの?」
「えっと……、何か、について」
「えー……それじゃ、分からないよ。……そうだ!あのね、トマトって果物だと思う? それとも、野菜?」
「野菜に決まってるよ。だって、そう、家庭科でも習ったし」
突然、何を言い出すんだろう。当たり前の事なのに。
すると、急に果樹がクスクス笑い出した。
「三角です」
「え? 完全に野菜じゃないの?」
「そう。植物学では、果実って言われてるの。でもね、木になるのが果物って分類が決められてるから、トマトは野菜なんだよ」
「……そうなんだ。なんか、不思議だね」
「そうだね。でも、なんでも、そうじゃない? いろんな事をハッキリと分けられる訳ないもん」
……そうだ。
私の名前だって、好きとか嫌いとかハッキリ分けたくない。とても、曖昧なもので。
果樹の事も嫌いじゃない。でも、分からないから好きになれないだけ……。
「あのね。デコピンするの、何で?」
「忘れてるから」
「何を?」
「私を」
「覚えてるよ? だから、電話したんだよ」
「そっか。ま、いいよ。もうしないよ。なんか、それで良い気がするし」
また、果樹はクスクス笑っている。
なんか言ってることがわからないけど、なんだか可笑しくなって、私も一緒になって、しばらく笑う。
受話器ごしに、果樹の弟の声が聞こえてきた。そろそろ、夕ご飯らしい。
「……果樹、楽しかった。じゃ、切るね」
「うん。陽菜。また、明日。学校で」
「明日、学校で」
どうしてかな?
なんだか、バタバタ足を動かしたい。何も手に持ってないのが、もどかしくて何かを掴みたい。
部屋にダッシュで戻り、ベッドに置いてあったトマトのぬいぐるみをギューッと抱きしめた。
もっと、果物とか、野菜の事を知りたい。
どうやって、育ったの? どうしたら、美味しくなるの? どんな人が、育ててるの?
そんな事、全部。
何故って、最初の一歩を大きく出せた気がするから。
ふと、力を抜くと、腕の中のトマトのぬいぐるみは、少しだけペシャンコになってしまっていた。
綿に空気が入るようにポンポンと叩くと、空中に投げた。そして、ふわりと落ちてくる赤色を、そっと、抱きとめる。
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