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エピソード①
初対面 風灯と柚流(高校3年の夏休み)
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「それにしても、大学進学は考えてなかったな……」
風灯は、海岸沿いに落ちている貝殻を避けつつ延々と歩く。
たまに、パキッと音がするのは避けきれなかった貝殻を踏んづけてしまったのだろう。
海灯いわく、どうやら仕事をするには人脈が必要らしい。
学歴よりも実力が重要とするならば、すぐ働きに出た方が良いかも知れない。
だが、芸能とは難しいもので、結局のところ大きなお金を出してくれる相手との仕事だ。
高校生にもなれば、必然と理解は出来ている。
才能の他にもっと大切な事がたくさんあるなんて、言われなくても分かってる。
だから、海灯は経験も人脈も才能だって何も無い俺に、大学進学を進めたのだろう。
相変わらず過保護で過干渉な海灯は、大学のオープンキャンパスの情報をパソコンから印刷して、俺が座っているテーブルの上に置いた。
「ま、舞台芸術専攻だろうな」
「勝手に俺の進路を決めるな」
「じゃ、どこだ?」
「………そこです」
「だろ?」
反対はしないが誘導することに長けていて、たまにムッとするが反抗はしたくはない。
何の意味もない事を、今までの人生で知っている。
海岸が終わって陸地をしばらく歩いてたら、目的地の山のふもとについた。
そこには、オープンキャンパスの会場はこの先です、という大きな看板もあるから間違いない。
やっと着いたと安心して、目線をあげ上を見ると、先の見えない登り坂が続いている。
「ちょっと、待て!!この坂を上がるのか?」
地元民だとしても、この小高い山の上には潮風総合芸術大学しかないため、行った事が無かった。
確かに、今朝、母親が「歩くわよー、バス使いなさい?」と言った言葉が、聞こえなかった訳ではないが、ここまでとは……。
登り坂を、駅と大学とを結ぶ送迎バスがスイスイと進んで行く。
この夏の暑さで歩くのかと絶望を感じたが、ここまできて一つの区間だけバス代を払うのも、損をした気がする。
距離的には近いはずだ。これから、20分もかからないだろう。
そう考えて、見えない頂上へ、気合を入れて歩くことにした。
だが、数分後に後悔することになる。
何故ならば、学生向けのアパートは並んでいるが、自動販売機も無ければコンビニもない。
ただでさえ、家からの山道に海岸沿いという歩きづらい道を30分も歩き続けてきたのだ。
これは、熱中症かもしれない。
目の前がチカチカして、足元がぐらついてきた。
何で飲み物を持ってこなかったんだろう。
何でバスに乗らなかったんだろう。
後悔はするが、もう、登るか下るしか選択肢はない。
目の前に大学が見えてきていると言うのに。
風灯は、吹雪の中の登頂を決断しているかのように追い詰められた。
とりあえず、座るか。
まずは、現実逃避を選ぶ。
近くにあった花壇の縁に花を潰さないように座って、回復を待つことにした。
オープンキャンパスへ向かう人は、車かバスで移動している。
学生向けのアパートは、夏休みで家に帰省をしてるのだろうか、とても静かだ。
…………この先は、大学しかない。そして、大学に行く人はバスか車で来ている。人が通らない。終わった。
クラクラする頭をなるべく動かさないようにして下を向く。
「……ねぇ、大丈夫ーーー?」
その時、ホワッとした声が聞こえてきた。
前を見ると、窓を開けて車の中から声をかけてくれたらしい。
………声をかけてくれたのか、助かった。
車の運転席からだ。
「ダメですーーー!!」
ここで、意地をはって元気というと、命に関わる可能性もある。
トレーニングで鍛えた声帯で、素直に助けを呼んだ。
すると、車は横の空き地に入り込んで止まった。
「はいはい、そうみたいだねぇ。じゃ、後部座席に乗って」
よたよたしながら、車の側に行く。
すぐにドアを開けてくれて、涼しい風を顔に感じた。
こんなに、エアコンをありがたく感じたのは初めてかもしれない。
「あと経口補水液も後ろにあるから飲んでね。オープンキャンパスに行く子でしょ?うちの弟もだから、一緒に行こ?」
乗せてくれて飲み物までくれるなんて、なんてやさしい人なんだろう。
話しかけてくれた人は、海灯と同い年くらいみたいだが話し方が柔らかい。
こんなふんわりとした大人もいるんだと、感動する。
「大丈夫?これ、飲んで?」
這いずるように後部座席に乗り込むと、細いきれいな指がペットボトルを掴んでいるのが見えた。
ゆっくりと顔を上げて、持ち主の顔を見たら、天使のように可愛い男の子がいて……?
「あれ?ここ、天国?」
「……え?ちょっ!天国見えてるの?急いで、これ飲んで!あと、俺、ずれるから上半身だけでも、少し横になった方が良いかも」
あたふたしてる姿は、天使じゃない。人間のようだ。
……良かった、死んでない。
学校で美形をよく見ている俺でも、あまりに雰囲気が澄んでいて、ハッとさせられるくらいだから、やはり芸能系なのだろうか。
ぼんやりそんな事を考えて、じっと見ていると具合が悪いと思ったのか、持ってたハンカチを水で濡らし額に当ててくれる。気化熱で熱を下げてくれようとしているらしい。
性格まで天使なのか……。
「はいはい!着いたよ」
天使の兄が、雰囲気を壊すように車のドアを開けた。
車だと、あっという間だ。
良かった。
エアコンと人の優しさで、すっかり元気になった。
丁寧に別れの挨拶をして、舞台芸術専攻の受付に向かう。
そっと彼の受付の場所を目で追うが、どんどん離れていく。
……美術専攻?
描かれる方じゃなくて描く方なのか……。
世の中は広いな。
風灯は、少しだけ良いと思っていた自分の外見にも、自信を失い、やはり大学に進学しようと誓ったのであった。
風灯は、海岸沿いに落ちている貝殻を避けつつ延々と歩く。
たまに、パキッと音がするのは避けきれなかった貝殻を踏んづけてしまったのだろう。
海灯いわく、どうやら仕事をするには人脈が必要らしい。
学歴よりも実力が重要とするならば、すぐ働きに出た方が良いかも知れない。
だが、芸能とは難しいもので、結局のところ大きなお金を出してくれる相手との仕事だ。
高校生にもなれば、必然と理解は出来ている。
才能の他にもっと大切な事がたくさんあるなんて、言われなくても分かってる。
だから、海灯は経験も人脈も才能だって何も無い俺に、大学進学を進めたのだろう。
相変わらず過保護で過干渉な海灯は、大学のオープンキャンパスの情報をパソコンから印刷して、俺が座っているテーブルの上に置いた。
「ま、舞台芸術専攻だろうな」
「勝手に俺の進路を決めるな」
「じゃ、どこだ?」
「………そこです」
「だろ?」
反対はしないが誘導することに長けていて、たまにムッとするが反抗はしたくはない。
何の意味もない事を、今までの人生で知っている。
海岸が終わって陸地をしばらく歩いてたら、目的地の山のふもとについた。
そこには、オープンキャンパスの会場はこの先です、という大きな看板もあるから間違いない。
やっと着いたと安心して、目線をあげ上を見ると、先の見えない登り坂が続いている。
「ちょっと、待て!!この坂を上がるのか?」
地元民だとしても、この小高い山の上には潮風総合芸術大学しかないため、行った事が無かった。
確かに、今朝、母親が「歩くわよー、バス使いなさい?」と言った言葉が、聞こえなかった訳ではないが、ここまでとは……。
登り坂を、駅と大学とを結ぶ送迎バスがスイスイと進んで行く。
この夏の暑さで歩くのかと絶望を感じたが、ここまできて一つの区間だけバス代を払うのも、損をした気がする。
距離的には近いはずだ。これから、20分もかからないだろう。
そう考えて、見えない頂上へ、気合を入れて歩くことにした。
だが、数分後に後悔することになる。
何故ならば、学生向けのアパートは並んでいるが、自動販売機も無ければコンビニもない。
ただでさえ、家からの山道に海岸沿いという歩きづらい道を30分も歩き続けてきたのだ。
これは、熱中症かもしれない。
目の前がチカチカして、足元がぐらついてきた。
何で飲み物を持ってこなかったんだろう。
何でバスに乗らなかったんだろう。
後悔はするが、もう、登るか下るしか選択肢はない。
目の前に大学が見えてきていると言うのに。
風灯は、吹雪の中の登頂を決断しているかのように追い詰められた。
とりあえず、座るか。
まずは、現実逃避を選ぶ。
近くにあった花壇の縁に花を潰さないように座って、回復を待つことにした。
オープンキャンパスへ向かう人は、車かバスで移動している。
学生向けのアパートは、夏休みで家に帰省をしてるのだろうか、とても静かだ。
…………この先は、大学しかない。そして、大学に行く人はバスか車で来ている。人が通らない。終わった。
クラクラする頭をなるべく動かさないようにして下を向く。
「……ねぇ、大丈夫ーーー?」
その時、ホワッとした声が聞こえてきた。
前を見ると、窓を開けて車の中から声をかけてくれたらしい。
………声をかけてくれたのか、助かった。
車の運転席からだ。
「ダメですーーー!!」
ここで、意地をはって元気というと、命に関わる可能性もある。
トレーニングで鍛えた声帯で、素直に助けを呼んだ。
すると、車は横の空き地に入り込んで止まった。
「はいはい、そうみたいだねぇ。じゃ、後部座席に乗って」
よたよたしながら、車の側に行く。
すぐにドアを開けてくれて、涼しい風を顔に感じた。
こんなに、エアコンをありがたく感じたのは初めてかもしれない。
「あと経口補水液も後ろにあるから飲んでね。オープンキャンパスに行く子でしょ?うちの弟もだから、一緒に行こ?」
乗せてくれて飲み物までくれるなんて、なんてやさしい人なんだろう。
話しかけてくれた人は、海灯と同い年くらいみたいだが話し方が柔らかい。
こんなふんわりとした大人もいるんだと、感動する。
「大丈夫?これ、飲んで?」
這いずるように後部座席に乗り込むと、細いきれいな指がペットボトルを掴んでいるのが見えた。
ゆっくりと顔を上げて、持ち主の顔を見たら、天使のように可愛い男の子がいて……?
「あれ?ここ、天国?」
「……え?ちょっ!天国見えてるの?急いで、これ飲んで!あと、俺、ずれるから上半身だけでも、少し横になった方が良いかも」
あたふたしてる姿は、天使じゃない。人間のようだ。
……良かった、死んでない。
学校で美形をよく見ている俺でも、あまりに雰囲気が澄んでいて、ハッとさせられるくらいだから、やはり芸能系なのだろうか。
ぼんやりそんな事を考えて、じっと見ていると具合が悪いと思ったのか、持ってたハンカチを水で濡らし額に当ててくれる。気化熱で熱を下げてくれようとしているらしい。
性格まで天使なのか……。
「はいはい!着いたよ」
天使の兄が、雰囲気を壊すように車のドアを開けた。
車だと、あっという間だ。
良かった。
エアコンと人の優しさで、すっかり元気になった。
丁寧に別れの挨拶をして、舞台芸術専攻の受付に向かう。
そっと彼の受付の場所を目で追うが、どんどん離れていく。
……美術専攻?
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