全方位、光る海面世界

エピソード①

矢野くんの出会い

「海岸沿いの喫茶店がリニューアルされるらしいわよ」

　そんな母の言葉には、まったく興味がもてなかった。
　どうやら、話好きのお肉屋さんが情報源らしい。

　あの、古くて入りづらい喫茶店だ。
　入ったら最後、常連客に睨まれて、そっと扉を閉めるに違いない。

　どうせ、リニューアルと言う名のリフォームだろう。

　そう思っていた。

「潮風高校の芸能部が、何かするらしいわよ」
「え？何か、って何？」
「だから、何かよ。きっと、小さな頃に幼稚園で会った子も出るみたい」

　その何かが、気になって土曜日に母と一緒に行くことにしたのだ。
　はじめて入った店内は、すごく広くて驚いた。
　異空間に入ったかのようだ。

　ステンドグラスから降り注ぐ光も、幻想的で圧倒された。
　奥から聞こえるかすかな声の音と、ギターの音。

　何か、ショーが始まるらしいが期待しないで見ることにした。
　どうせ、高校生の趣味だろうと。
　だが、それは良い意味で裏切られた。

　自信なさげに出てきた高校生は、その態度と同じ様な弱いギターを奏でた。

　だが、次にした演奏は違った。
　ギターと一緒に朗読をしたのだ。
　ボソボソと自己紹介をしていた声は、よく聞くと、とても良い声だった。
　なんとも言えず、色気のある声と話し方は今まで感じたことのない初恋のようなものだった。

　そこからは、すべてが始まるのではないかという予感。

　何回か母親から何か話しかけられたけれど、朗読に心を奪われていて返せなかった。
　もう一度、聞きたい。
　その一心で、大きな声を出して応援した。

　興奮して赤くなった顔を、母親に見られないようにしながら、帰り道に宣言した。

「俺、潮風高校に入学する」