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サブ

モーニングと、ワーキング

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都心まで2時間ほど。
灯台のすぐそば、潮風の香る自然豊かな場所に、新しく『即興芸術 喫茶灯台』がオープンする。

その喫茶店は大きな舞台を備え、前で音楽や芝居など様々な芸能を披露することが出来る。
空から光が入るステンドグラスは、用度に合わせ暗幕が貼られ、ライトの設備も小劇場に負けないくらいだ。

昨日、初日でバタバタとはしていたが、大きい問題はなく終了した。
しいていえば、オープニングアクトのギターが下手だった、と言うことぐらいだろうか。
しかし、その後に出演したプロ並みの演奏のに助けられ、無事終えた。
蒼衣と星野の名前は伏せているが顔は隠していないので、知る人ぞ知る2人の存在は、ここにいると世間に知られてしまったかもしれない。

徐々に集まってくるファンの対応も考えなくてならないだろう。
だが、この少し、いやかなり、のどかな町の人は、ほとんど星野どころか、蒼衣の事さえも知らなかった。

一人ひとり、蒼衣の才能の素晴らしさを、痛いファンとして詳しく説明したかったが、反対に考えればここで働いている事が世間に広まるまでの、時間稼ぎになる。

完全に、写真や動画撮影などを禁止にしているため、このキャパであれば数ヶ月は問題ないだろう。


「おはよー!」
風灯は、泥のように眠り完全に体調を回復させた。
手早く朝の支度をして、稽古着に着替え、背中を伸ばしながら家族に挨拶する。

「おはよう。風灯。」
相変わらずシワひとつない長袖のシャツ姿の兄が、無事に初日を終えたからだろうか、晴々した顔で珈琲を飲んでいる。
プレッシャーなど感じないと思っていたのだが思いの外、繊細な所もあったらしい。

「おはよ。海灯。俺、自分の分の紅茶入れてくる。」

この前、ホテルなアフタヌーンティーに行ってからハマってしまったのだ。
珈琲みたいに苦くないし、ミルクティーにしたら特に美味しい。

「俺の入れた珈琲が飲めないっていうのか?」
そう冗談で笑いながら、海灯が自分で入れた珈琲を美味しそうに飲む。

「今日は、紅茶の気分。」
「おはよう、風灯。今日も2人でバイト?」
母親が冷蔵庫から牛乳を、取り出して渡してくれる。

「お母さん、ありがとう。そうなんだ。これから、土日は毎週忙しいと思う。」
「分かった。お肉屋さんが手作りコロッケの販売量が増えて、商売繁盛って嬉しがってたから、海灯のしわざね。」

「しわざ、って……。母さんも、いつでも仕事募集中なんで是非。」
「はいはい。楽しそうだから行くわ。」
「風灯。人材確保が出来たぞ。」
「良かった。でも、人件費払えるように儲けなきゃね。」
その返事には答えず、無言で言葉を珈琲で流し込んでいるようだ。
もしかしたら、採算無視なのだろうか。
赤字にならなきゃ良い、この様子はこのくらいの気持ちかもしれない。

「じゃ、時間だな。これから車で駅まで行って、みんなを乗せて喫茶灯台へ向かおう。風灯、急げ。」
入れたばかりのミルクティーが、まだ残っている。
慌てて、リュックとギターケースを担いだ。
ふと、口に残るミルクの味を感じつつ、あの日を思い出して問いかける。

「……そうだ。海灯さ、アクスタ作らない?」
「は?何だそれ。」
「アクリルスタンドだよ。全身のやつ。」
「誰のを作るんだ?」
「……海灯の。」
「作るわけ無いだろう。蒼衣ならまだしも。そんなふざけた事を言ってないで、早く車に乗れ。」

やはりグッズ制作は、まだ時期尚早のようだ。

「了解!」

走り出した車から見る空は快晴だった。






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