上 下
2 / 28
メイン

牛肉と、睡眠

しおりを挟む
『喫茶灯台』から、自宅までは小走りで帰っても30分はかかる。
海から最短距離で進むとすると、なかなかのアップダウンがあるアグレッシブな山道だ。

けれど、幼い頃から起伏のある丘陵地に慣れている風灯にとっては、さほどつらくはない。
自宅まで長く続く階段を、2段飛ばしで軽やかに登る。
足は地面をリズミカルに跳ね返し、どんどんさらに山道を進む。
しかし、気を抜いて走っていると崖や大きな岩などが突然現れることがあるため、危なそうな所は気を付けなければならない。

軽く息を整えて玄関を開ける。
「ただいまー。………海灯、帰ってる?」
すぐに気配を感じない。
仕事から帰っているか、キッチンにいる母に確認をした。

海灯は仕事か趣味か分からないような事を、ずっとしている。
休日でもダラダラしている所を見たことがないのだが、体調に問題はないらしい。
そんな働いて何が楽しくて生きてるのか聞いたこともあるが、今が最高に楽しい、と返ってきた。
価値観は人それぞれである。

「いないわよ。今日は泊まりみたい。」
夕ご飯のカレーをかき混ぜながら、家族のスケジュールを全て把握している母が答えてくれる。
「えー。日曜日なのに?急用なんだけど。」
「電話してみれば、良いじゃない。」
「なんかさぁ。不都合な事があると、全然、電話に出ないんだよ。」
「あらぁ。また不都合になるような事、されたの?」

自分の子供の事なのに、人ごとのように軽く笑う。
それに対して風灯は反抗するかのように、炊飯器から勝手にご飯をよそい、完成間近のカレーを山盛りかけた。
昼を挟んでバイトをしてたので、遅すぎる昼食だ。
………その分、まかないで食べた朝ご飯も遅かったのだが。

「された、された。」
母の信頼は兄の方に集中しているので、きっと文句を言ったって無駄だろう。
「お兄ちゃんの言う事は、聞きなさい。そうだ。明日は学校でしょ。準備はした?」
「まだ。……あ、今日の肉大きくて美味しいね。牛肉?」
「でしょ?お肉屋さんに100グラムおまけしてもらったのよ。たくさん入れちゃった。」
「やったじゃん。今度、コロッケも買ってきてよ。」
「わかったわ。美味しいわよね。食べすぎて、ちょっと飽きてきちゃったけど。」
「確かに!……食べたら眠くなった。少しだけ横になってくる。」
「食べて、すぐ寝たら、牛になるわよ?」
「牛肉だけにね。」

あまり、落ちなかった冗談を言って部屋に戻る。
風灯は、忘れないうちに、明日の授業の確認をし登山用リュックに教科書を入れていく。

風灯は、駅近くにある私立潮風高校に通っている。
通信制の高校で、登校日の自由度が高く、週に1日から5日のスクーリングから、選択が出来る。
その中で、風灯は自分のペースを考え、週4日コースを取った。
必要な単位さえ取れれば、3年で卒業も出来る。
ほとんどの生徒がバイトをしていて、学校側からも社会経験として推奨されているらしい。

そして、学校以外は何をしているかと言うと、喫茶店のバイトと………練習だ。

まだ、具体的にで定まっているわけではないが、将来は芸能関係に進みたい。
特に、演技など身体表現をする勉強がしたくて潮風学校に入り、憧れの人がいるはずだった芸能部に入った。

残念ながら、その人は、部員数が少なくなり一人になって退部をしてしまったらしいが。

月火水木は、学校。
金曜日は自己流の演技の練習か自宅学習の日にして、土日はランチタイムの喫茶店のバイト。
しかも、学生の本分である勉強もする必要があるから、なかなかに、ハードスケジュールなのだ。

それにしても、さっきの騒動は何だったんだろう。
海灯に聞けと店長は言っていたが、土日のバイトだけではなく、店長代理とは、どういうことだろうか。

でも、きっと海灯が関わっているということは、裏がある。

悩んでいても仕方ない。
悩んでしまったら、眠気も訪れないし、海灯にダメ元で電話をしてみよう。
それで、電話に出ないなら、それで仕方ない。

どこに出張だかわからないが国内ではあるだろう。
数回、発信音が流れ、あきらめかけたその時、海灯が電話に出た。

『風灯か。何だ?』
「何だ、じゃないよ。あの、バイトの事。店長代理って何?俺、さすがに何かあった時に責任持てないけど。」
『大丈夫だ。ちゃんと大人の副店長を雇った。』
「え?じゃ、その人に店長代理をやらせれば良いじゃん。」
俺に対して、何かやらせたいのはわかるが、もっと説明が欲しい。

昔から、風灯に対して過保護で過干渉であった兄だ。
きっと他にも根回しをしているはずだ。
『無理だ。忙しい。』
「俺だって忙しいよ!」
『頑張れ。』
「頑張っても、何とかならない時のほうが多いし。」
「………明日って、夕方、芸能部だよな?」
「ん?そうだけど。」
「了解。じゃな!」

話の途中で切った。

呆然と、通話が切れた画面を見る。
そこには、困ったような自分の顔しかうつっていなかった。












しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

聖女ディアの処刑

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,859pt お気に入り:1,225

異種族キャンプで全力スローライフを執行する……予定!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,328pt お気に入り:4,735

異世界転生したけどチートもないし、マイペースに生きていこうと思います。

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:10,394pt お気に入り:1,177

異世界転生特典があまりにも普通だけど最強でした。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

アウトドアショップin異世界店 冒険者の始まりの街でオープン!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,634pt お気に入り:3,090

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:3

処理中です...