アズ同盟

未瑠

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休戦

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 放課後、アズは部活に行った。
 もちろん終わるまで待つつもりだ。
 アズの演奏が時々聞こえるこの空き教室で待つのがいつものスタイルだ。

 あぁ、アズの音は心地いい。

「おい、アレどう思う?」

 朔が話しかけてきた。
 今日は部活のヘルプはないようだ。ウザいがアイツのことは俺も気になる。

「アレね」
「見てただろ、朝のやつ」
「あー、あの目だけで人殺しできそうなやつ?」
「そー」
「やっぱり厄介だな」
「まーねー。聞いてた通り。でもあと数ヶ月でしょ、アイツもう高3だし。これから受験でお勉強忙しくなるんじゃね? 早く卒業してくんねーかな」

 朔はそこまで奨について深く考えていないようだった。実際、高3の2学期から内部進学組も希望学部へ推薦をもらうため、外部受験組は必死に勉強を始める時期だ。

 けどな、アレは……。
 あの眼はヤバい。
 俺と同類、いや、普段あのニコニコ面をしてるなら、さらに闇が深いかもしれない。

「はぁー」
「ん?」

 朔の顔が間抜けに見える。

「お前は気楽だよな」
「は? ケンカ売ってんの?」
「いや、お前のノーテンキさに呆れてんの。」
「はぁあぁ?」
「いや、羨ましいのかも」
「!! お前ちょっと何言ってんだよ。人のことおちょくるのも大概にしろよっ!!」
「別にそういう意味じゃないないって、たださー」
「奨だろ」
「ん?」
「俺だってアイツのヤバさくらいわかるっつーの」
「ハッ」

 鼻で笑ってやったら、ますます噛みつかれた。

「俺だって人様のおキレイな部分だけしか見てきたわけじゃねーし。俺にだってドロドロしたもんあるんだよ。まぁだからこそ、アズに惹かれたのかもしれない」

 いつになく真っ直ぐ朔が俺を見てくる。

 ああ、
 そう。
 そうだ。

 最初は見た目に惹かれた。あんな可愛い生き物見たことがなかった。くっきりした目鼻立ちにブルー・グレーの瞳だったからハーフかクォーターだと思っていたがユズに聞いたら生粋の日本人らしい。

 でも、アズの良さは顔だけじゃないとすぐに気がついた。
 それは心がキレイだったから……いや、顔に心の清純さが表れていたからあんなにもキラキラしていたのだと、いつの間にかひねくれて腹は真っ黒でいつも蠢く醜いものを飼っていた俺がどうしようもなく焦がれてしまうのは当然だったのだと、今ならわかる。

 そして、
 きっとそれは朔も同じなんだと妙に腑に落ちた。

 アズと一緒にいると必然的にコイツとも一緒にいる時間が長くなる。別に聞いてもないし、詮索する気もないが、アズとの話や周りの噂話、そして朔自身の愚痴からお互い似たような家庭環境だということがわかる。

 父親は大企業と呼ばれる会社を経営しており多忙。
 母親は子供をアクセサリーかなにかと思っているということ。

 俺の母親は俺に全く関心がない。
 彼女にとっては夫が全てで子供は夫をつなぎとめるものでしかない。父親は忙しすぎて必死に俺をだしにしている母親にも、俺にも興味がない。金だけ出していれば親の務めは果たせていると思っている。実際金には不自由していなかったが、とにかくそんな家にも居たくなくてバイトを始めたのに、すぐに事故ったのは誤算だった。寝不足で不注意だったのは俺が悪い。
 でも、俺が入院していた間にも親が来たのは入院と退院のて手続きの時の2回だけだ。母親は指を骨折した俺に絶望してノイローゼになっていたらしい。

 なんだそれ。

 自分の作り上げた人形が壊れたとでも思ったのか。壊れた人形の方は痛みもないとでも思ってんのかねー。どっちにしろコンテストは中学卒業までってあれだけ言ってたのに、全然約束守るつもりはなかったってことか。
それでもまだ利用価値があるのか、別の戦略に変更したのか、相変わらず俺をだしに父親に縋っている。

 バカじゃね。

 朔の母親は朔の父親や朔を通して周りに常にマウントを取りたい女王様気取りの女らしい。何をやっても出来て当たり前を求められ、それをさも自分の手柄のように吹聴しまわる虚しさは俺も知っている。

 どっちにしてもロクなもんじゃない。

 俺も朔もなんだかんだでそこいらの奴らより出来がいいため毒親が離そうとしない。人間の一番醜い欲ばかりを見せつけられたら俺らみたいのが出来上がるって訳かな。

 ケガして入院して、退院して、手も思うように動かせなくて、一切何もやる気もなくて、遅れて入学して学校行くのもだるくて。

 けど、そこにアズがいた。
 急激に世界が音を、色を取り戻したような感覚だった。
 アズが俺を枯れた世界から救ってくれたんだ。



 しばらくそのままお互いを見つめて固まっていたらしい。
 先に口を開いたのは朔だった。

「お前と見つめ合う趣味はねぇな」
「ふん……」
「なんだよ」
「いや……。そういやお前も同類だったか」
「っ、お前には言われたくねぇな、……オウジサマ」

 無言で朔の頭を殴る。

 チッ、かわされた。

 運動神経だけはコイツには敵わない。

「イチイチ腹立つな」
「お前がニブイんだろ、ホントにもう怪我完治してんのかよ」
「夏休みで病院通い終了しましたー、オカゲサマデ」
「あっそ、じゃあ体育復帰で俺との運動神経の差をアズに見せつけられるってことね」

 今度は蹴ってみるがやはり躱される。

「チッ」
「無駄だよ。……んで、奨な」
「ああ」

 そうだった、アイツ。

「あれは確かに厄介だな」
「ユズちゃんが強敵っていうくらいだかんな。ま、負けねーけど」
「ったりめーだろ」
「とりあえず、学校では極力奨との接触はなしにしようぜ。学年も違うし、部活も3年ならしねーだろうし。……どうせ朝は今日みたいにくっついて登校するんだろうし」
「オトナリサン、か……。ん、じゃあ学校の間は、な」
「おう」

 こうして朔と俺は一時的な休戦に入った。




****************




 放課後、アズについて特に変な連絡もないことを確認し、撮影もないため、久々に友達とゆっくり教室にいた。

「ねぇ、ユズ。あたなはどうしたいの? アズちゃんばっかり気にしてるけど、あなたの幸せは?」

親友の紗良さらが聞いてくる。

 紗良はいつもアズの話や撮影の愚痴なんかを静かに聞いてくれる。他の子と違っては一緒にはしゃいだりするタイプじゃないけど、一歩引いて客観的に見ててくれる安心感は特別。どんな話をしても決して否定はしないでいてくれる。アズ同盟のことも「そこまでするって突き抜けてるね」とニヤッと笑って改善点なんかを言ってくれた、私の数少ない信用出来る大事な友達だ。

「わたし? 私はアズが幸せならそれでいいの」
「えー、でも今ってアズちゃんの周り男しかいなくない? みんなイケメンで目が潰れそうだけど。男同士でワイワイっていう幸せ?」

 他の友達も聞いてくる。
 そんな訳ないじゃん。こっちは真剣だっての。

「女とか男とか関係ない。アズを愛してくれて、守ってくれたらそれでいいの。もちろんあの子が好きな人でね。いくらスパダリでもアズが好きじゃないなら価値ないもん。だけど、ダメ男や寄生女はだめ。アズが好きでも許さない。ダメ男や寄生女は近づけない。あの子に苦労させるくらいなら、どこにもやらないわ。私がずっと面倒見る。」
「あはは。寄生女ってすごいワードだね。でも、ずっとって……。アズちゃんがもしダメ男とかに魅力感じたら?」
「ダメ男やクズ女ほど魅力的にうつるなんて、ないわー。ない。魅力なんて感じるわけない。だいたいそんな変なやつは同盟諸君が排除してくれるでしょ。ダメな男や女はアズの周りに近づけない。もちろん、ダメ男や依存女でも改心してスパダリやスパハニに変身するなら考えてあげなくもないけど……、変身してから来いってことね」
「なんかどんどんパワーワードが増えてる……じゃあ顔は? どんな顔でもいいの?」
「え? 顔? さっき私の話し聞いてなかったの? スパダリって言ったでしょ。顔なんて当然レベル高くないとダメに決まってるでしょ。顔だけじゃない、スタイルだってセンスだって良くないとスパダリ枠に入れないでしょ。当たり前のこと確認しないでよ」

 ユズはアズのことになると、かなりきつい性格になることを知っている友人たちは、ユズが多少おかしなことを言っていてもスルーするスキルが身に付いている。

「じゃあさ、女の子は? どんな子ならいいの?」
「女でも自分で自立していないやつはダメ。あと、頭悪いのも。アズを金銭的に困らせることは私も親もしないし、アズは自分でもその辺りは問題ないけど、でも、自分でアズを余裕で養えるようじゃないと。背はどうでもいいけど、スタイルは良くないとダメ。胸も小さくても大きくてもどうでもいい。アズはそこに性癖ないから。子供できた時に母乳が出ればいいんじゃない? とにかくスタイルが胸で崩れてなければいいわ。要はバランスね。そう、基準は私以上ね」
「えー、厳しーっ」
「そう? 知ってる。褒め言葉ありがと」
「じゃあさ、今のところ誰が一番なの?」
「そうねー、やっぱりあの3人かしら。女子は不甲斐ないのよ。私のこと見るとみんな戦意喪失するんだもん。もっとガッツと美貌を持つ女子募集中よ。まぁ、でも、あの3人は強敵だからね。ちょっと目障りだと思うと、自分達に惚れさせてアズの前から排除するなんて平気でするしね」
「あー、それ絶対引っかかるヤツー」
「それぞれに全然タイプ違う美形だしね、手強いハニートラップだわー」
「もちろん身体的にも精神的にもノータッチよ、何も浮気的なことはなし。それやった時点でたとえアズのためでも認められないもん、私。アズから目を逸らさせるだけが目的だから、アズを悲しませるなんて本末転倒でしょ。だからさ、ただ惚れさせて振るの。思わせぶりな態度なギリギリのラインでね。まぁ振るのは告白してきたやつにだけだけど。そう言えばこの前は男子もいたかなー、もう何でも有りよね。こっちは助かるけど」
「うわーえげつないねー」
「アズもあの3人といると安心していい笑顔見せるし、楽しそうにしてるから、今のところはあの3人が一番ね」
「ふーん。でもさー、ユズのとこっていくつか会社もやってるんだよね。もしアズくんが男選んじゃったら、跡継ぎとかどうするの?」
「は? 子供のこと? そんなの気にしてないわ。跡取りって意味なら私が産めば別に家的にも構わないはずだし。アズがやりたければ社長すればいいし、その後のことなんて私らで決めればいい話しだし。だいたい世襲制なんて時代錯誤もいいとこじゃん。優秀な社員から選んだって問題ないでしょ。もし、アズとの子が欲しいなら私の卵子をあげるわよ。なんならお腹を貸してもいい。遺伝子的にほぼ一緒なんだもの。もちろんセックスなんてしないわよ、アズの傷つくことは絶対しないし、だいたいあの3人がいくら私だといってもアズ以外に勃つと思う? 今の技術どんだけ進んでると思ってんの? 受精卵にするなんて外でどうとでもできるのよ? それに、もう今の時代生まれるまで自分のお腹でって人も少なくなってきてるじゃない、人工子宮が普及してきたし。遺伝子研究も進んでるから、その内男同士でも女同士でも自分たちの子どもが持てるようになるわよ。昔の不可能はもう近年では不可能じゃない、だから、それはその時に考えたらいいんじゃない? さっきも言ったけど、とにかくアズを幸せにしてくれることが第一条件だから、自分の子がとか、跡取りとかごちゃごちゃ言うやつは除外よ。アズと一緒に考えてそれを望んだらその時はその時ってこと。だいたい子供なんて男女だったとしてもできる保証ないじゃない。絶対じゃないなら、別に男女でも男男でも同じでしょ。だから私的にはどっちも同じなの。どれだけアズが幸せかが大事なの」

ペラペラと常人では到底思いもつかないような思考を平気で言いのけるユズに、一瞬の沈黙が走る。

「……ユズちゃん、本当にアズくんが大切なんたね。それにそんなに色々考えてるとは知らなかった」
「ま、ブラコンをこじらせてるとも言えるけど」
「そう? アズ同盟は私にとってのアズへの愛なの」

 しれっと澄ました顔でユズは答える。
 紗良だけがちょっと困ったような顔で微笑む。

「そうなんだー。じゃあユズは結婚とかしないの?」
「は? するわよ。超絶イケメンのスパダリ捕まえてみせるから、楽しみにしてなさいねっ」
「うん、楽しみにしてるー」
「でもまずはアズが幸せになってから」
「そこは揺らぎ無いねぇ」
「案外、ユズこそダメ男かフニャフニャ女に捕まるような気がする」
「あー、分かるかも」
「はいはい」

 ユズ本人より盛り上がっている友人たちを眺めながら、ユズは気持ちの良い風に誘われ、窓の外へ視線を移す。
 
 アズ同盟……まあ、もともとはあの微笑み腹黒王子の発案だったけどね。
 
 でもそれを最大限利用させて貰った。
 お陰でアズを守ることもできたし、色々とコントロールもしやすくなった。奨も留学中は物理的に離れているため、いくらメールや電話で話してもアズのほやほやとした会話からは詳細が掴みきれず、結局私からの情報がないと全体が掴みにくいのか、前よりは連絡を取り合う頻度が増え、そのせいか腹が読みやすくなった。
いや、私が腹黒くなって奨に近づいただけかな? 

 ふふ。
 自然と笑いがこみ上げてくる。

 奨が急に留学期間切り上げて戻ってきたのだって、朔と漣のことがあったから。今までにないくらいアズが気に入っていることをアズ本人からも私からも聞いたから。

 アズ同盟で牽制しきれないって奨が思うなんてね。やるじゃん二人とも。ま、奨も本当に帰ってくるとは思わなかったけどね。飛び級してるのは知ってたし、もうあっちの大学合格して進学準備してるって聞いてたのに……。 よくおじさん達説得できたなー。
 これからどうなるかな?

 でも、
 そろそろあの事を話さないといけないかもしれない……。

 ユズの顔に暗い影が差す。
 
 いや、話すべきなんだろうな。
 話してもいいのだろうか、
 だけど、避けては通れない。

「まずは私が覚悟決めないってことかぁ……」

 ユズは携帯の待ち受けにしているアズの笑顔を見る。

「大丈夫だよ、お姉ちゃんが絶対守るからね」

 画面を見つめるユズを物陰から見つめる瞳があることに、ユズは気がついていなかった。


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