とびきりのクズに一目惚れし人生が変わった俺のこと

未瑠

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タクト編-3

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 シュウからのハンカチを素直に受け取る。

「うん、そうだよ、それがお前の気持ち。ミコトくんを思う恋しい気持ちだよ。ちゃんと言葉に出来たじゃん、人間だろ、口があるんだ、伝えるための言葉があるんだ。だからここでいつまでもいぢけてないで、ちゃんと伝えてこいよ」
「言葉……」
「そ、お前って周りが何でもやり過ぎ、与えすぎで自分から動くことが少なすぎ。で、さらに言葉はもっと少ないから全然伝わらない。周りも勝手にいいように解釈して動くから自堕落タクトの出来上がり」

 思い当たる節がありすぎて、でも、当然だろ、という気持ちもまだ燻る。

「だけど、どうしたらいいのか分からない、もうミコトは俺に会ってもくれない」
「どうしても会いたい、触れたいって思うなら、それに気づいたんなら諦めたくないなら、自分から動けよ!」 

 不貞腐れた子どものように言った俺に、シュウにしては少し低く固い声で強い言葉をぶつけてきた。シュウが怒ったように見えて、驚いて涙が止まる。

「お前がどうしたいか、だよ。どんな結果になったって、しっかり向き合って出した応えだ、俺は応援する」

 真剣なシュウの声と眼差しに弱音が出る。

「……怖いんだ」
「うん、そうだよ、真剣な想いほど怖いんだよ。拒否られたり、嫌がられたりって思うだけでも震えるよな。でも本物の想いだからこそ向き合うべきだと俺は思う」

 本物の想い――か。

「まだちゃんと手の届くとこに、少し手を伸ばせば触れられる距離にいるんだからさ……」

 苦しそうに哀しそうに言うシュウの表情に全く気付くこと無く、俺はたった今自覚した『恋』に、それを自ら手放してしまったことに、そして、まだこんなにもミコトのことを想っていることに改めてショックを受け、再度深くソファに顔を埋めた。

何日も何日もぐるぐると考えた。勉強だってこんなに頭を使ったことはなかった。でも考えてもどうしようもなかった。あの大切だった時間をまた取り戻したい、それだけだった。そうして俺は今までの俺の何もかもを振り払って、ようやくミコトに会いに行く決心をした。



**


 ミコトに自分から会いに行き、やっとまともに顔を見て話せたという安堵と、今すぐまた触れたいと思う気持ちと、俺を好きだと言いながらもヨリを戻さないといったミコトの涙に混乱したが、かっこ悪くもすがりついた結果、恋人には戻れずとも友達となることは出来た。

 ミコトと「友達」となってから数週間。アイツはよく笑うようになったし、それを見ていられるのが嬉しくて俺も笑うようになっていたらしい。ヨシヤさんに言われるまで自分では気が付かなかった。
 ミコトが俺を見つめて微笑むことが、屈託のない笑顔を見せてくれることがこんなにも嬉しくて楽しいこととは思わなかった。以前付き合っていた時も確かに惹かれていたはずなのに、こんなにも温かな笑顔は見たことがなかった。ミコトの笑顔を見るたびに、愛おしいという気持ちが積み重なる。

 それでも時折、以前付き合っていた頃のような顔を見ることがあることが気になった。少し憂いを含んだ諦めたような、眉間がキュッとよせられ眉が下がりどこか苦しそうに、それでも口元だけは笑っている顔だ。

「ミコト、なんかあった?」
「え? なんにもないよ、どうして?」
「いや……大丈夫ならいいんだ」

 ミコトに聞いてみても、何も無いと言われてしまう。何も無いと言いながら、そんな時はことさら無理に笑っている。以前はそれに気が付きもしないで、笑って大丈夫と言うのならとそれ以上気にしたことはなかった。でも今は違う。お前の本物の笑顔に触れたから、何か隠しているのが分かる。

 俺から誰かを触れることはもうなくなっていたが、今までの振る舞いのせいかまだまだ馴れ馴れしく俺の腕に絡みついてくる奴もいる。ミコト以外にどうも思わないし、いちいち振りほどくのも面倒なのでそのままにしていることも多かった。

「ねぇ、ねーっってば、聞いてる? タクト」
「聞いてねーし」
「ひっどーい、でもそこも好き」
「……うっざ」
「邪険にされても、すきー」
「……」

 マジでうざ、ってか両腕にしがみついてくんなよ、重いんだよ。両脇にぴたりと張り付く奴らの香水がキツくて、顔を背けると、その先にミコトが見えた。

「ミコ!」

 思わず口角が上がるが、ミコトは俺と目が合うとハッとしたように一瞬驚く表情を見せたあと、薄く微笑むとくるりと踵を返して走っていく。

「は?」

 今確実に俺と目が合ったはずなのに、なんで逃げるんだよ。しかも、またあの笑顔だ。
 すぐに追いかけようとしたが、両腕がなかなか抜けない。

「っおい、お前らいい加減にしろよ」
「えー? タクト怒ってるのぉ?」
「なんで? ウケるー」

 こいつら頭沸いてんのか? っつーか、こんな奴らとつるんでたのかと思うとゾッとする。

「いいから離せよ」

 無理やり腕を引っこ抜いてミコトの後を追う。

「ミコ! 待って」
「タクト、ど、どうしたの?」
「いや、お前こそ」
「え? 何かあった? あ、俺この後の講義のレポート仕上げないとだからもう行くね」
「あ……」

 ほとんど目も合わせずに、あの笑みを浮かべてミコトは足早に立ち去ってしまった。その日結局ミコトとはそれっきり会えずじまいだった。
メッセでは特に変わったところもなくやり取りしていることにホッとしながらも、今日のことは引っかかったままだった。


**


「そういうとこだよ、タクト」
「はん?」
「ミコトくんのそういったことに気がつけるようになったのは、すごいいいと思う。けどさー、どうして分かんないかなぁ」

 ビールを一気に飲んだシュウからため息がもれる。

「あ? だから意味わかんねーってこうやって相談してんじゃねーか」
「あー、そうだった、そうだった。少しは成長したけど、まだ恋愛バブちゃんだったわ」
「てめぇ」

 人が真剣に悩んで、恥を忍んで聞いているっていうのに。こんな事はヨシヤさんには相談出来ない、相談したらあの柔和な笑顔でなにかアドバイスはくれるだろうけど、きっと心の中ではがっつりマイナスポイントが積み上がるはず。これ以上心象悪くなんて出来ない、したくない。少しでも認めてもらいたい。その為にも今の引っ掛かりはクリアにしておきたい。

「タクトさー、ミコトくんが他の子と腕組んでたらどう思うわけ?」

 ミコトが最近特に親しそうにしている男の顔が浮かぶ。肩を組んだり、背に手を添えたり、見かけるととにかくミコトのどこかに触れている気がする。ミコトは恋人ではないと言っていた、信じたい気持ちと信じられない気持ちと、もやもやとした黒いものと焦りと苛立ちがごちゃまぜになる。

「そうそう、そうだよね」
「……何も言ってねーけど」
「はは、顔に書いてあるっつーの」
「同じだよ、ミコトくんも。お前がまたクズなんじゃないかって、誰でもいいタクトなんだって思ってるのかも……」

 は?

 じろりと思わずシュウを睨んでしまう。

「違うってんならさ、なんでいつまでも同じにしてんの?」
「同じ?」
「そうだよ、いつまでも有象無象を侍らせてたら変わらないって思うのは当然じゃね。ちゃんと態度で言葉で今までとは違うこと伝えないと分からないよ」
「別に侍らせてねーし」
「気もないくせに派手な奴ら腕に絡ませて歩いて、タクトにその気がないってどうしたら分かるわけ? なんでそのままにさせてんの?」
 
 違う大学なのに、見てきたようにシュウが言う。ミコトの様子が気になるといった時に、いつ? タクトはどんな状況? ちゃんと詳しく、自分のそのときの状態も覚えてないのかよ、もっと具体的に――と矢継ぎ早に質問され、うる覚えの頭でなんとか答えていた。

「なんでって、別にだりぃし」
「あっそ、タクトの態度が変わらなければずっとそのまんまだよ。もっとちゃんと考えな、その優秀なアタマでさ」

 飲み終わったビールをゴミ箱に捨てるとシュウはそのまま黙ってしまった。沈黙がこんなにも気まずかったことはない。いつでも俺は俺の思うままにしてきたし、シュウに何か言われることがあっても俺に気を使わないコイツと一緒にいるのは楽だった。つい先日だってシュウに諭されて自分の気持ちと向き合えてミコトとまた話すようになれたのに。

「……ちゃんと考えてみる」

 シュウは無言でぽんぽんと俺の頭を叩いた。

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