やはり君には春は似合わない。

かふぇらって

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深夜テンション

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 今日の登山が思ったよりもしんどかったから、明日の晩こそ恋バナしようねって、昨晩張り切ってた麻弥ちゃんは今はぐっすり寝ている。学校じゃ静かに寝てるはずなの美里ちゃんは、いびきを部屋中に響かせて爆睡してる。ほとんど小屋と言って差し支えない部屋で、私は天井の木目を目でなぞりながら、背中が痛まないように寝相を調整していた。そのうち眩しい光が私の目の前をすっと掠める。気のせいかあるいは車の灯りだろうと思ってまた寝ようとしたら、再びあの閃光が私の前をかすめる。私は、むっくりと起き上がると、私たちの部屋の外に檜垣がいた。男子で一番図体がでかいだけあって、やっぱ体力あるなぁとか感心してると、檜垣が手を振って、こっちにきてとジェスチャーで示す。私は今立ち上がれるほどの体力が残っていないのだよ、すまぬな檜垣。そう心の中で謝りながら、私は背中を痛めない位置を探りに戻る。すると、外から檜垣のスマホのライトが、私たちの小屋の天井を縦横無尽に駆け巡る。つい気になって、光の行方を目で追っていると、明かりがチカチカと五回瞬いた。五回点滅で愛してるのサインとかベタかよ、とか低く笑ってると、ふと冷静になった。
 
 え、まじか。まじか。あー、うーん、待って、落ち着こう。うん。まじか。。あいつが私のことそんなふうに思ってるなんて一回も考えたことがなかった。私は無駄に高鳴る鼓動を抑えながら檜垣の方を見た。檜垣は屈託のない笑顔でこちらに手を振ってくる。あいつどうゆうつもりなんだよほんとに。だけど、時間が経つにつれ頭が冷えてきて、もしかしたら私の勘違いなのかもしれないという疑念が輪郭をあらわにする。その疑念は、檜垣の笑顔を見ているうちに確信に変わっていった。まさか、そんなわけないだろう。檜垣が私のことを好きなわけがないだろう。たまたまだろう。たまたま檜垣が五回で点滅をやめて、たまたま私が勘違いしただけで、そんなこと実は意外とよくあることだろう。私はそう思うとだんだん癪に障っていったので、あいつに文句を言ってやろうと思い、麻弥ちゃんたちを起こさないようにそーっと部屋を出て、檜垣の元へ小走りで向かった。星の光が私の足元を照らしていた。

「あんた何しにきたの?」
「なんか男子のみんな寝てるから、暇だなぁって。で、起こしにきた」
 嘘だな。明らかに男子部屋の方から、数人のそわそわした気配がする。いったい、檜垣はどういうつもりなんだよ。
「馬鹿じゃないの?私だって眠いんよ?」
「いや、千紗なら大丈夫でしょ。なんか疲れなさそうじゃん」
「なにそれ、ゴツそうって意味?」
「違うって」
「じゃあ、どう言う意味よ」
「わかんない」
 ここで私たちは急に、沈黙の間に乱暴に放り出されてしまった。普段だったらこんなことはないはずなのに。教室だったらさっきの数学の教師の愚痴とか、誰と誰が気まずいとか腹黒い話とか、下校中だったらスタバの新作の話とかするし、私はよくわからないけど海外のサッカーチームの話だって聞くのに。満点の星空の下、まるで霧がかかったかように、私たちは言葉に迷っていた。
 すっかり冷え切った沈黙は檜垣の
「やっぱ眠いから寝るわ、おやすみ」
 の一言で簡単に砕けた。けど、私が思い描いていた言葉じゃないことに、なにかが胸にずしんと落ちてきた。
「そっか」
 そう私が言うと檜垣はそそくさと男子部屋の方に向かっていった。もう声が届きそうにもないところに檜垣が行ってしまってから、おやすみと言ってないことに気づいて、そんなことを思った自分を悔いた。星まみれの夜空の中から月を探したが、今日は新月だからか月は見当たらなかった。きっと檜垣は深夜テンションで私になんの目的もなく声かけただけなんだろう。檜垣でも今日は疲れてるんだ。だからなんか変な感じになっただけなんだ。もしくは、私は妙な意識をしてしまったせいで、話が続かなかっただけなんだ。そう誰にもなく呟きながら、見にくい足元に気をつけて女子部屋に向かった。
 背中の方でほんの少し空気がどよめいたことを感じて、すこし足を止めたが、なんだか情けなくなってまた足を進めた。
「ちさ!」
 遠くで誰かが呼んでいる気がした。誰が呼んでるかはわかるが、本能の私がこの推測を拒否して足を進める。
「千紗っ!」
 今度ははっきりと檜垣の声で私を呼んでいることがわかる。立ち止まって、檜垣の方を振り返ると、あいつは強張った顔をして息を切らしていた。檜垣の後ろの方では、男子たちがざわざわと見守っていた。もうあいつらは隠れる気はないんだろうか。檜垣は大きく息を吸って、みんなが起きてしまうほど大きな声で叫んだ。
「ずっと、好きだったんだ。付き合ってくれ!」
 なんだよ、結局めちゃくちゃにベタじゃないかよ。そう思うと、ふっと笑ってしまい、だけど、なんだかくたびれてしまいそうな、この生ぬるい空気がどうしようもなく愛おしく感じてしまった。
「いいよ。付き合ってあげる」
 たいがい私も深夜テンションだった。
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