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48 宮廷医師
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長い通路や回廊を歩いていくと、やがて浮き彫りの意匠に黄金の彩色がされている白色の大きな両開きドアの前で黒髪の女官長や医女が立ち止まった。
「医女とその助手を連れて参りました。陛下にお取次ぎを……」
「少々、お待ちください」
黒髪の女官長が大きなドアの両脇で警護している衛兵に告げると、横に立っていた衛兵の一人が白色のドアを軽くノックしてから室内へと入った。しばらくすると中からドアを開けて再び衛兵が現れ、ゆっくりと中に入るよう促した。
「国王陛下は現在、お食事中です。居室で宮廷医師の方々とお待ちください」
「分かりました」
女官長ミレイユさんが了解して医女ルチアさんも頷き、国王の居室に入ると壁際に豪華な大理石製の装飾暖炉が設置されていて、その上には巨大な鏡が壁にはめ込まれている。さらに暖炉の上には、きらびやかな黄金の燭台が置かれていた。
天井中央からは豪奢なクリスタルガラスのシャンデリアが吊るされており、磨き上げられた木目細工の床上には一目で高級品と分かる猫脚のローテーブルと、青緑色の布張りがされたイスやソファが置かれている。
他にも大きな絵画や青磁器の壺、高級そうな調度品が並んでいるが居室内には貴族服を着た小太りの男性が二名いて何やら話し込んでいる。衛兵が言っていた宮廷医師とはこの男性たちかと思った時、小太りの二人組がこちらに視線を向けた。
「医女ルチアまでやって来たのか」
「はい。陛下がお呼びと聞き、参りました」
分厚いメガネをかけた豚のような背の低い男が医女の返答に顔をしかめれば、もう一人のデブ男が明らかにカツラと分かる両脇がカールしている髪型をなでさすりながら舌打ちした。
「まったく……。陛下の診療は我ら、侍医だけで充分だというのに」
「おや、そちらの娘は見ぬ顔だな? 新入りの医女か?」
「セルド先生、ペリュック先生。こちらはマリナ先生です。この城で正式に雇用されている医師ではありませんが、私の助手見習いとして同席をお願いしました」
白髪の医女に紹介された私は、慌てて頭を下げた。
「マリナと申します。よろしくお願いします」
「ずいぶん若い娘だな?」」
「医女はこんな若い娘を助手見習いにしているのか?」
「マリナ先生は私の知らなかった治療方法を用いて、そこにいる侍女ロゼッタを治療して命を助けた実績があります。立場的には私の助手見習いですが今日、同席をお願いしたのは他の医師からも判断をあおぎたいという国王陛下にはマリナ先生の知見が有意義であると考えたからです」
「ほぉ、医女の知らなかった救命方法か……」
「マリナとか申したな? ドレスを着て身なりを整えておるようだが、身分は?」
「私の身分ですか?」
思わぬことを尋ねられて驚いていると二人の侍医は腕を組んで、私を値踏みするようにジロジロと見てきた。
「ああ、そのような身なりで医術に携わっているということは貴族の血縁者か?」
「それとも有力な王侯貴族が後ろ盾についているのか?」
小太りのメガネとカールのカツラをかぶった宮廷医師に尋ねられた私は首を横に振った。
「私は貴族ではありませんし、特に有力な王侯貴族が後ろ盾についている訳でもありません」
「なんだと!?」
「では、平民なのか?」
目を見開いて動揺を隠せない二人の侍医に聞かれ、頷いた。
「そうですね……。まぁ、一般庶民ですから、平民ということになりますね」
「なんということだ! 国王陛下の御前だぞ!?」
「平民ごときが、なんと厚顔な!」
眉をひそめて口々に私を非難する貴族服の医師に対して、彼らの言い分が理解できず困惑する。
「あの、診療に身分は関係ないと思うんですが?」
「呆れて物も言えぬな……」
「国王陛下に対しては我々のような、貴族の血縁者である侍医が診療行為をやってきたのだ!」
「そなたのような平民が、まして何の後ろ盾もない医女見習いが足を踏み入れてよい場所ではないのだぞ!?」
高圧的に持論を述べられ、私は閉口した。診療行為や救命行為に身分や血縁などは全く関係ないはずなのだが、どうやらこの宮廷医師たちは価値観が絶対的に異なるようだ。どうすべきか当惑していると白髪の医女ルチアが私の前に出て、二人の侍医と向かいあった。
「お待ちください。セルド先生、ペリュック先生。今日は侍医以外の医師からも広く意見を聞きたいというのが陛下のご意思です。平民の医師は連れてこないようにとは聞いておりません。マリナ先生は医師なのですから、陛下がお望みになるのなら診察するに値する方のはずです」
「チッ、医女ごときが口さがないことだ……」
「宮廷医師で侍医の我らがいるのだ。国王陛下の御前で平民や医女ごときが、出しゃばらぬようにな……」
高慢な態度のメガネをかけたブタ貴族とカツラをかぶったデブ貴族の医師に開いた口が塞がらない。黒髪の女官長ミレイユさんと白髪の医女ルチアがそっと溜息を吐いたのを見て、私は小声で話しかけた。
「あからさまに上から目線ですね」
「セルド先生とペリュック先生は長年、宮廷の筆頭医師の双璧で国王陛下の侍医であることに強いプライドを持っているのです」
「貴族の血縁者というコネを最大限に利用して、ライバルとなる実力派の男性医師を宮廷から次々に追放した結果、宮廷医師の医療レベルが著しく下がったわ……」
「なるほど」
声を潜めながらそんな話をしていた時、居室の奥にあるドアが開いて召使いが現れた。
「国王陛下の御食事が終わりました。医師の皆様は寝室へお入りください」
「医女とその助手を連れて参りました。陛下にお取次ぎを……」
「少々、お待ちください」
黒髪の女官長が大きなドアの両脇で警護している衛兵に告げると、横に立っていた衛兵の一人が白色のドアを軽くノックしてから室内へと入った。しばらくすると中からドアを開けて再び衛兵が現れ、ゆっくりと中に入るよう促した。
「国王陛下は現在、お食事中です。居室で宮廷医師の方々とお待ちください」
「分かりました」
女官長ミレイユさんが了解して医女ルチアさんも頷き、国王の居室に入ると壁際に豪華な大理石製の装飾暖炉が設置されていて、その上には巨大な鏡が壁にはめ込まれている。さらに暖炉の上には、きらびやかな黄金の燭台が置かれていた。
天井中央からは豪奢なクリスタルガラスのシャンデリアが吊るされており、磨き上げられた木目細工の床上には一目で高級品と分かる猫脚のローテーブルと、青緑色の布張りがされたイスやソファが置かれている。
他にも大きな絵画や青磁器の壺、高級そうな調度品が並んでいるが居室内には貴族服を着た小太りの男性が二名いて何やら話し込んでいる。衛兵が言っていた宮廷医師とはこの男性たちかと思った時、小太りの二人組がこちらに視線を向けた。
「医女ルチアまでやって来たのか」
「はい。陛下がお呼びと聞き、参りました」
分厚いメガネをかけた豚のような背の低い男が医女の返答に顔をしかめれば、もう一人のデブ男が明らかにカツラと分かる両脇がカールしている髪型をなでさすりながら舌打ちした。
「まったく……。陛下の診療は我ら、侍医だけで充分だというのに」
「おや、そちらの娘は見ぬ顔だな? 新入りの医女か?」
「セルド先生、ペリュック先生。こちらはマリナ先生です。この城で正式に雇用されている医師ではありませんが、私の助手見習いとして同席をお願いしました」
白髪の医女に紹介された私は、慌てて頭を下げた。
「マリナと申します。よろしくお願いします」
「ずいぶん若い娘だな?」」
「医女はこんな若い娘を助手見習いにしているのか?」
「マリナ先生は私の知らなかった治療方法を用いて、そこにいる侍女ロゼッタを治療して命を助けた実績があります。立場的には私の助手見習いですが今日、同席をお願いしたのは他の医師からも判断をあおぎたいという国王陛下にはマリナ先生の知見が有意義であると考えたからです」
「ほぉ、医女の知らなかった救命方法か……」
「マリナとか申したな? ドレスを着て身なりを整えておるようだが、身分は?」
「私の身分ですか?」
思わぬことを尋ねられて驚いていると二人の侍医は腕を組んで、私を値踏みするようにジロジロと見てきた。
「ああ、そのような身なりで医術に携わっているということは貴族の血縁者か?」
「それとも有力な王侯貴族が後ろ盾についているのか?」
小太りのメガネとカールのカツラをかぶった宮廷医師に尋ねられた私は首を横に振った。
「私は貴族ではありませんし、特に有力な王侯貴族が後ろ盾についている訳でもありません」
「なんだと!?」
「では、平民なのか?」
目を見開いて動揺を隠せない二人の侍医に聞かれ、頷いた。
「そうですね……。まぁ、一般庶民ですから、平民ということになりますね」
「なんということだ! 国王陛下の御前だぞ!?」
「平民ごときが、なんと厚顔な!」
眉をひそめて口々に私を非難する貴族服の医師に対して、彼らの言い分が理解できず困惑する。
「あの、診療に身分は関係ないと思うんですが?」
「呆れて物も言えぬな……」
「国王陛下に対しては我々のような、貴族の血縁者である侍医が診療行為をやってきたのだ!」
「そなたのような平民が、まして何の後ろ盾もない医女見習いが足を踏み入れてよい場所ではないのだぞ!?」
高圧的に持論を述べられ、私は閉口した。診療行為や救命行為に身分や血縁などは全く関係ないはずなのだが、どうやらこの宮廷医師たちは価値観が絶対的に異なるようだ。どうすべきか当惑していると白髪の医女ルチアが私の前に出て、二人の侍医と向かいあった。
「お待ちください。セルド先生、ペリュック先生。今日は侍医以外の医師からも広く意見を聞きたいというのが陛下のご意思です。平民の医師は連れてこないようにとは聞いておりません。マリナ先生は医師なのですから、陛下がお望みになるのなら診察するに値する方のはずです」
「チッ、医女ごときが口さがないことだ……」
「宮廷医師で侍医の我らがいるのだ。国王陛下の御前で平民や医女ごときが、出しゃばらぬようにな……」
高慢な態度のメガネをかけたブタ貴族とカツラをかぶったデブ貴族の医師に開いた口が塞がらない。黒髪の女官長ミレイユさんと白髪の医女ルチアがそっと溜息を吐いたのを見て、私は小声で話しかけた。
「あからさまに上から目線ですね」
「セルド先生とペリュック先生は長年、宮廷の筆頭医師の双璧で国王陛下の侍医であることに強いプライドを持っているのです」
「貴族の血縁者というコネを最大限に利用して、ライバルとなる実力派の男性医師を宮廷から次々に追放した結果、宮廷医師の医療レベルが著しく下がったわ……」
「なるほど」
声を潜めながらそんな話をしていた時、居室の奥にあるドアが開いて召使いが現れた。
「国王陛下の御食事が終わりました。医師の皆様は寝室へお入りください」
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