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なんだあの令嬢はっ!
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「まったくっ! なんなんだっ、あの令嬢はっ!」
ネロは青い双眸に苛立ちの色を隠さずに、脱いだ上着を力任せに椅子へと叩きつけた。豪奢な私室は王太子が使うにふさわしいものだ。だからといって、ネロが丁寧に扱う様子はない。ここは彼の日常生活の場だからだ。
猫足のソファにドカリと寝転がるようにしてネロは腰を下ろした。額に手をあてて眉間のあたりを撫でるも、シワは薄くなるどころか、かえって深くなっていく。
「ゼロス伯爵家の娘が、あんな令嬢だなんて計算外だ」
ゼロス伯爵家の家業は、業が深い。
フィフス王国の王位継承第一位である自分にふさわしい結婚相手だとは思えなかった。
ネロは二十五歳、金髪に青い瞳。キラキラ光る金の髪にギリシャ彫刻のように整った顔、スラっとした長身でスタイルもよい。女性にモテるタイプだという自負がある。しかも、王太子だ。結婚すれば王妃となれるのだから、自分の価値が高いことはネロ自身が一番よく知っている。
「私は平和な国にしたいだけなのに……」
バッサバサのまつ毛に囲われた大きな目を閉じる。
フィフス王国は平穏の国とは言い難い。隙あらば他国と戦争しようとする。隙あらば王位継承権を巡って暗殺合戦を始める。そんな国だ。
「王となる私が、あんな物騒な家から妻を迎えると?」
答えは否だ。昨日までであったなら、答えはすぐに出た。
「薬師の家系というだけであれば問題ない。その延長線上で毒を作るようになった程度であれば良しとできただろう。しかし、あの家は武器も扱う。兵士の訓練にも携わっている。影まで育成している物騒な家だぞ?」
暗い物陰から囁くような声が響く。
『しかし、殿下。マリアンヌさまは優秀なお方です』
「ああ、それは十分に分かったよ」
ネロは側に控えている影の声に答えた。王家の影も育成にはゼロス伯爵家が関わっている。いま側に控えている影がどんな人物かは知らないが、マリアンヌの事は自分よりも詳しいのだろう、と、ネロは思った。
不思議な娘だ。白に見える銀髪に赤い瞳。
「見た目はまるでウサギだけどな」
ウサギのように跳ねたわけではないけれど、無駄のない動きで刺客どもを仕留めた。その冷静さ、洗練された動き。只者ではない。
「ちょっと不気味なくらい動きが良かったよ、キレキレで」
国に仕える兵士でも、なかなかあそこまでは動けない。しかも、ドレス姿だ。あんなリボンやらフリルやらが沢山ついた重そうなドレスで、なぜあんなにも身軽に動けるのか?
「銀髪というよりも白い毛並みのウサギ。目も赤いし」
もしかして人間ではないのか?
「白い毛の童顔ウサギ」
普通の令嬢と思って出向いてみれば、不機嫌そうにぶすくれて出迎えやがった。アレは貴族によくある表情を消した顔ではない。ぶすくれていたのだ。独身のモテモテ王太子を前にして。貴族令嬢が。
「あの大きくて赤い瞳には、なにが映っているんだろうね?」
『さぁ? なにが映っているのでしょうね』
フフッと影は楽しそうに笑った。
ネロは青い双眸に苛立ちの色を隠さずに、脱いだ上着を力任せに椅子へと叩きつけた。豪奢な私室は王太子が使うにふさわしいものだ。だからといって、ネロが丁寧に扱う様子はない。ここは彼の日常生活の場だからだ。
猫足のソファにドカリと寝転がるようにしてネロは腰を下ろした。額に手をあてて眉間のあたりを撫でるも、シワは薄くなるどころか、かえって深くなっていく。
「ゼロス伯爵家の娘が、あんな令嬢だなんて計算外だ」
ゼロス伯爵家の家業は、業が深い。
フィフス王国の王位継承第一位である自分にふさわしい結婚相手だとは思えなかった。
ネロは二十五歳、金髪に青い瞳。キラキラ光る金の髪にギリシャ彫刻のように整った顔、スラっとした長身でスタイルもよい。女性にモテるタイプだという自負がある。しかも、王太子だ。結婚すれば王妃となれるのだから、自分の価値が高いことはネロ自身が一番よく知っている。
「私は平和な国にしたいだけなのに……」
バッサバサのまつ毛に囲われた大きな目を閉じる。
フィフス王国は平穏の国とは言い難い。隙あらば他国と戦争しようとする。隙あらば王位継承権を巡って暗殺合戦を始める。そんな国だ。
「王となる私が、あんな物騒な家から妻を迎えると?」
答えは否だ。昨日までであったなら、答えはすぐに出た。
「薬師の家系というだけであれば問題ない。その延長線上で毒を作るようになった程度であれば良しとできただろう。しかし、あの家は武器も扱う。兵士の訓練にも携わっている。影まで育成している物騒な家だぞ?」
暗い物陰から囁くような声が響く。
『しかし、殿下。マリアンヌさまは優秀なお方です』
「ああ、それは十分に分かったよ」
ネロは側に控えている影の声に答えた。王家の影も育成にはゼロス伯爵家が関わっている。いま側に控えている影がどんな人物かは知らないが、マリアンヌの事は自分よりも詳しいのだろう、と、ネロは思った。
不思議な娘だ。白に見える銀髪に赤い瞳。
「見た目はまるでウサギだけどな」
ウサギのように跳ねたわけではないけれど、無駄のない動きで刺客どもを仕留めた。その冷静さ、洗練された動き。只者ではない。
「ちょっと不気味なくらい動きが良かったよ、キレキレで」
国に仕える兵士でも、なかなかあそこまでは動けない。しかも、ドレス姿だ。あんなリボンやらフリルやらが沢山ついた重そうなドレスで、なぜあんなにも身軽に動けるのか?
「銀髪というよりも白い毛並みのウサギ。目も赤いし」
もしかして人間ではないのか?
「白い毛の童顔ウサギ」
普通の令嬢と思って出向いてみれば、不機嫌そうにぶすくれて出迎えやがった。アレは貴族によくある表情を消した顔ではない。ぶすくれていたのだ。独身のモテモテ王太子を前にして。貴族令嬢が。
「あの大きくて赤い瞳には、なにが映っているんだろうね?」
『さぁ? なにが映っているのでしょうね』
フフッと影は楽しそうに笑った。
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