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アルフォードは見た 噂の姫君を
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アルフォードは目を見張った。
(これが噂の辺境伯令嬢かっ!)
噂には聞いていた。イエリオ辺境領には面白い令嬢がいる、と。
イエリオ辺境伯令嬢は小柄で可愛い娘だ。
だが、この令嬢。ちと変わっている。
弓も引けば剣も振る。
魔法まで使え、俊敏な動きで敵を翻弄するツワモノだ。
令嬢にあるまじきお転婆ぶりではあるけれど、だからといって見苦しいかと言えば、そうではない。
驚くことに魅力的なのだ。
戦う姿は勇ましくも踊りを見ているが如き軽やかさ。
小柄で可愛らしい令嬢の手先足先で蹴散らされていく悪漢を見る爽快さ。
武器、馬の扱いの巧みさ。
小気味よく、テンポよく、軽快に。
軽やかな音楽が聞こえるような動きに見入っているうちに魅了される不思議な令嬢だ。
そんな噂をアルフォードは聞いていた。だが、信じてはいなかった。32歳と宰相としては年若い彼をからかってくる老練な者は文官、武官問わず多い。眉唾や誇張の類でからかってくる者は少なからずいるため、その類だと思っていた。
「まさか……本当のこと、だったとは……」
手を伸ばしてくる盗賊たちに次々と矢を放つシェリアを、アルフォードは驚きの目で見ていた。
日に焼けた浅黒い肌に意思の強そうな青い目。小さくて丸みのある顔にスッと通ってはいるが小ぶりの鼻。ぷっくりとしたピンクの唇は、楽しそうに口角がキュッと上がっている。ピタリと馬車に寄って走る栗毛の馬を駆る体は安定していて、危なげがない。華やかな刺繍で彩られた異国風のロングジレを風になびかせながら、当たり前のような顔をして矢を射る。
「これがイエリオ辺境伯令嬢……シェリア・イエリオ……」
呆然とつぶやくアルフォードの目は、令嬢を見つめていた。
目が離せない。
砂漠になりかけているような荒れ果てた大地との対比。その姿、あまりに鮮烈。
ふたつに分けて結い上げたお団子の先で尻尾のようなピンクブロンドの毛先が揺れる。
狙いを定めている風でもないのに、矢は確実に盗賊たちを片付けていく。転がる馬から転げ落ちる盗賊たち。馬は立ち上がって安全な場所を目指して駆けていく。残された盗賊たちは、馬車に追いつく手段を失う。ひとり、ふたりと片付いていき、残りは数人程度となった。
この程度なら何とかなる、と思う一方で、残った護衛が騎士ひとりでは、とも思う。
御者も武人が務めてはいるが、いつまで持つか心配だ。
「宰相さまぁ、我々は助かりますかね?」
馬車の隅で黒い鞄を抱えガタガタ震えている宰相補佐のエイデン・バロッサ伯爵が弱々しく言う。金髪碧眼、白っぽいシャンパンゴールドの肌をした、いかにも貴族といった風貌の男だ。良いとこのお坊ちゃんらしく品があってマジメなのは良いのだが、いかんせん気が弱い。危機的状況を迎えている今、もっとも役に立たない男と言って良い。
「助かるかどうかはともかく。ご令嬢が頑張っている今、我々も頑張るべきではないのかな?」
アルフォードは呆れたように言いながらも、並走しているシェリアから目が離せなかった。
今回の旅は視察が主だが、他にも目的がある。
彼女には声をかけるべきかもしれない。
爆走する馬車の中でアルフォードは揺れるピンクブロンドの毛先を見つめながら、そんなことを考えていた。
(これが噂の辺境伯令嬢かっ!)
噂には聞いていた。イエリオ辺境領には面白い令嬢がいる、と。
イエリオ辺境伯令嬢は小柄で可愛い娘だ。
だが、この令嬢。ちと変わっている。
弓も引けば剣も振る。
魔法まで使え、俊敏な動きで敵を翻弄するツワモノだ。
令嬢にあるまじきお転婆ぶりではあるけれど、だからといって見苦しいかと言えば、そうではない。
驚くことに魅力的なのだ。
戦う姿は勇ましくも踊りを見ているが如き軽やかさ。
小柄で可愛らしい令嬢の手先足先で蹴散らされていく悪漢を見る爽快さ。
武器、馬の扱いの巧みさ。
小気味よく、テンポよく、軽快に。
軽やかな音楽が聞こえるような動きに見入っているうちに魅了される不思議な令嬢だ。
そんな噂をアルフォードは聞いていた。だが、信じてはいなかった。32歳と宰相としては年若い彼をからかってくる老練な者は文官、武官問わず多い。眉唾や誇張の類でからかってくる者は少なからずいるため、その類だと思っていた。
「まさか……本当のこと、だったとは……」
手を伸ばしてくる盗賊たちに次々と矢を放つシェリアを、アルフォードは驚きの目で見ていた。
日に焼けた浅黒い肌に意思の強そうな青い目。小さくて丸みのある顔にスッと通ってはいるが小ぶりの鼻。ぷっくりとしたピンクの唇は、楽しそうに口角がキュッと上がっている。ピタリと馬車に寄って走る栗毛の馬を駆る体は安定していて、危なげがない。華やかな刺繍で彩られた異国風のロングジレを風になびかせながら、当たり前のような顔をして矢を射る。
「これがイエリオ辺境伯令嬢……シェリア・イエリオ……」
呆然とつぶやくアルフォードの目は、令嬢を見つめていた。
目が離せない。
砂漠になりかけているような荒れ果てた大地との対比。その姿、あまりに鮮烈。
ふたつに分けて結い上げたお団子の先で尻尾のようなピンクブロンドの毛先が揺れる。
狙いを定めている風でもないのに、矢は確実に盗賊たちを片付けていく。転がる馬から転げ落ちる盗賊たち。馬は立ち上がって安全な場所を目指して駆けていく。残された盗賊たちは、馬車に追いつく手段を失う。ひとり、ふたりと片付いていき、残りは数人程度となった。
この程度なら何とかなる、と思う一方で、残った護衛が騎士ひとりでは、とも思う。
御者も武人が務めてはいるが、いつまで持つか心配だ。
「宰相さまぁ、我々は助かりますかね?」
馬車の隅で黒い鞄を抱えガタガタ震えている宰相補佐のエイデン・バロッサ伯爵が弱々しく言う。金髪碧眼、白っぽいシャンパンゴールドの肌をした、いかにも貴族といった風貌の男だ。良いとこのお坊ちゃんらしく品があってマジメなのは良いのだが、いかんせん気が弱い。危機的状況を迎えている今、もっとも役に立たない男と言って良い。
「助かるかどうかはともかく。ご令嬢が頑張っている今、我々も頑張るべきではないのかな?」
アルフォードは呆れたように言いながらも、並走しているシェリアから目が離せなかった。
今回の旅は視察が主だが、他にも目的がある。
彼女には声をかけるべきかもしれない。
爆走する馬車の中でアルフォードは揺れるピンクブロンドの毛先を見つめながら、そんなことを考えていた。
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