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 夏も近い穏やかな春の夜。
 カルローニ伯爵家本宅の執務室には、怒り狂う男の声が響いていた。

「なんだって⁈ イングリッド・ウェントワース男爵令嬢を愛人にしたい⁈」
「はい、父上。それがアデル嬢と結婚するための条件です」

 エミールは必死になって考えた。
 そして結論を出した。
 結婚だけが絶対じゃない。
 だから、結婚はアデルとして、イングリッドは愛人にして囲えばいいじゃないか。
 エミールはそう結論を出し、自分の考えを父親に伝えた。
 すると父であるカルローニ伯爵は真っ赤になって怒り出したのだ。

「お前は何を考えているんだ⁈」
「はい?」

 エミールは父に何を言われているのか分からなかった。
 彼自身は色々と考えているし、自分の人生を好きに生きたいと思っていた。
 経済的に裕福で伯爵位を継ぐエミールの未来はバラ色だ。
 その色をもっともっと華やかにしたい。
 それが我儘なことだとは、エミールは欠片も考えてはいなかった。

「結婚もする前に愛人を持とうだなんて、間違っているだろう⁈」

 エミールには、何が間違っているのかが分からない。
 それどころか、父の頭のほうを疑った。
 エミールはカルローニ伯爵が五十を超えて、ようやく授かった嫡男である。
 他にライバルはいないし、彼は甘やかされて育った。
 商会も、爵位も、じきに自分が継ぐことになるのだ。
 その自分が、間違えるはずない。
 間違っているとしたら、父の方だと信じて疑わなかった。

「だいたいお前は家を継ぐことを何だと思っているんだ⁈ 屋敷や商会で働く使用人はもちろん、取引先への責任だってあるんだぞ⁈」

 また父の説教が始まったと、エミールはうんざりした。
 金と権力を持っている者には相応の責任がある、という話は何度も聞いた。
 エミールは唇を尖らせながら父に言う。
 
「アデル嬢のように地味な令嬢を妻にしても、商売の邪魔になるとしか思えません」
「何を言っているんだ、お前はっ。アデル嬢はキャラハン伯爵家の令嬢だぞ。家を継ぐのは長男だが、あの家に子どもは二人しかいない。その分、アデル嬢がキャラハン伯爵家の商会から受ける恩恵も厚いんだ。分かってるのか?」

 父はアデルの価値を高く評価しているようだ。
 だがエミールには、その理屈がさっぱり分からない。
 キャラハン伯爵家の商会が大きいといっても、国で三番手くらいだ。
 我が家はこの国一番の商会を抱えているし、領地経営も順調にいっている。
 キャラハン伯爵家とのつながりに、そうたいした価値があるとは思えない。

「それにキャラハン伯爵家の商会は王族や貴族とのつながりが深いんだ。我が家の商会とは客筋が違うからメリットが高いんだぞ⁈」

 父がキャラハン伯爵家とつながる価値をしつこく話しているのを、エミールは冷めた気持ちで聞いていた。
 キャラハン伯爵家がどんなに立派で価値のある家だったとしても、そのすべてを無にするほどアデルが地味なのだからしょうがない、とエミールは思った。

 カルローニ伯爵家本宅の執務室では、話の通じない息子にイラつく父親と、父親の意がくみ取れない息子による実りのない話し合いが夜遅くまで続いていた。
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