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第一話

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 恵みの雨とは言うけれど、適量を越えれば凶器だ。

「酷い雨ね」

 窓の外を眺めて私は独り言ちる。
 手には携帯電話。
 夫の忘れ物だ。

「こんな日でも仕事だなんて……」

 恨み言を言いながら、バケツをひっくり返したような雨を眺める。
 窓の外は暗い。
 夕方とはいえ、今は夏。
 日没は遅いはずなのに雨雲が空に厚く固まっているから既に夜のようだ。

「まぁ、いいわ。そのうち戻って来るでしょう」

 私は外の世界を振り切るように踵を返した。

 結婚を機に仕事は辞めた。
 それは夫の家に入るためだ。
 家に入ると言っても、名家なわけでも引き継ぐような事業があるわけでもない。
 夫の両親は既に亡く、家だけが残った。
 その家に引っ越してきただけだ。

「こんな事なら引っ越しなんてしなければ良かったのにね」

 一軒家ではあるものの、立地が悪い。
 山の中腹にある集落の外れの方。
 裏に山を背負うようにして建つ家だ。
 交通の便は悪いし、買い物をするにも一苦労。
 
「家賃はかからないと言っても、維持費用はそれなりにかかるし。田舎のお付き合いは大変なんだから」

 溜息が出る。
 面倒ごとは全て自分だ。
 イイトコドリの近所付き合いだけなら、何の苦労もない。

 窓の外は、より暗くなっていく。
 まともに前も見えない状況で避難など出来ない。
 
 自分の車は車検中だからと、私の車で夫は出掛けていった。
 私は逃げようがない。

「こんな事なら仕事ではなく結婚をやめたら良かったわ」

 私は一人、食卓に着く。
 テーブルの上には、所狭しと並べられた私の好物。

「落ち込んでても仕方ないし。冷めないうちに食べよう」

 自分で作った物だから、味は分かっている
 でも、好きな物ばかりだから、やはり美味しい

「うん。私って天才」

 自画自賛。
 滑稽かもしれないが、今日くらいは許されるだろう。

 窓から私の車が庭に入って来るのが見えた。
 赤は目立つ。
 実りの時期でない時は特に。

「やっと帰ってきた」

 地鳴りがする。
 家が揺れる。
 濁流が押し寄せて、茶色の中の赤が落ち葉のように揺れる。

 他人のモノのような自分の悲鳴が聞こえる。

 ドンッと何かがぶつかった衝撃と、視界が茶色に包まれるのと、水の冷たさと濡れた不快感、抗いようのない未知の大きな力に持っていかれる感覚。

 夫は車ごと流され、私は家ごと流された。

 全ては過去。
 そして未来。
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