【短編】【完結】王子様の婚約者は狼

天田れおぽん

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狼は王子を守りたい

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 いつまでも隠すわけにはいかぬと意を決してリルは家族と子を対面させた。
 皆当然狼の子か、そうでなくとも他種の完全な獣人が生まれてくると思っていたようで、予想外の出来事に驚きはしたものの、恐れていたよりずっと簡単にリルの子を受け入れてくれた。
 ただ兄なんかは「リルが人間なんぞに汚されてしまった」と嘆いていたが、母に一蹴されるとそれもすぐに止んだ。

 生まれてきた子は通常の狼獣人より大人しいとはいえ、夜泣きには散々苦しめられ、リルは常に疲労感をまとうはめになったが、それでも縁側で乳を含ませている最中なんかに、

「可愛い子だねぇ、きっと父様ととさまに似たんだねぇ」
「こんなに可愛い子が息子なんて父様も嬉しいだろうねぇ」

 と母や家の者に笑いかけられると、キャッキャとはしゃぐ我が子に徐々に愛情が増していくようで。腹にいる時以上に生まれてからも手のかかるのに、そうやってどんどん可愛く思えてくるのが、リルには不思議だった。

 こうなると今度は段々欲が湧いてきて、

「サリウスさんにも会わせたいな」

 夜、子を寝かしつけながら父親である彼のことを子に語って聞かせるようになった。

「お前のお父さまはすごい魔法使いなんだよ。もしかしたらお前も魔法が使えちゃったりして」

 期待と、拒絶されたらという不安と半々。

 優しいサリウスは真正面からリルたちを傷つけるようなことはしないだろうけれど、目を反らされたり避けられたりしたらつらいんだろうなとリルは思う。
 それでも健やかな子の寝顔を眺めていると、サリウスもきっと二人の繋がりを証明する結晶を喜ぶんじゃないかって信じたくなる。

「ねぇ、お前になんて名を授けようね」

 頬っぺたを突くと、子の口元が緩み隙間からよだれが零れる。ふくふくとした様子が本当に幸福そのものという感じで、リルはなんだか堪らない気持ちになった。

 人間のことは知らないが狼獣人は父親が子の命名をする慣習があるため、まだ名づけもしていない子を「お前」としか呼べないことが申し訳なくて。サリウスにそっくりな子を自分だけが知っているのがもったいなくて。

 認知してもらえなくても、私生児という扱いにもしてもらえなかったとしても、サリウスに二人の赤ん坊を見せたいという欲が日に日にリルの中で大きくなっていく。

 もうサリウスが結婚をしてしまっていたら迷惑だろうけど、それでもこの生命体の可愛さを独り占めするのは気が引けた。というより、サリウスとほんの少しでも愛しい我が子のことを分かち合いたかった。

 びっくりするかな。するよね、きっと。
 サリウスが子の存在に驚くのと同じように、リルの両親もサリウスの正体を知ったら驚くんだろうな。

 全部を把握しているのはリルだけ。
 全てが明らかになった時のことを想像してみると、リルはなんだかおかしくなった。

 父母はサリウスのことをリルがいつまでも黙っているのを聞き出そうとはしないけれど、訳アリなことくらいとっくに察しているのだろう。

「父様に似ている」だとか「父様も会いたがるだろう」と口にする割に直接「どこの誰か」なんて詮索する真似はしてこない。
 兄たちは「ろくでもないやつ」と決めつけてかかっているから、もしかしたら両親にもそう思われているのかもしれないが。

 でも、サリウスは良い人で本当に悪いのは自分リルの方。
 その経緯を伝えたら彼らはまた怒り出しそうだからなかなか言い出せずにいるだけだ。
 
 特に雪の中で行き倒れていたアルファを拾ったくだりなんて、危機感がないと言われかねないし、そうなると話が脱線すること必至。

 人間より遥かに丈夫とはいえ、産後の体力を消耗した状態ではそれどころでなかったし、手のかかる子に付きっきりでそんな余裕もなかった。
 結局リルはそういう事情は一旦伏せたままにしておくことにした。
 そして、同じように「子の父親に会いに行きたい」という言葉も。
 
 いかにも実家に逃げ帰ったという風で、そのまま素性の知れない男との子を出産までしてしまった手前、どう打ち明けていいのかわからなくなっていたのだ。

 相手は魔塔に所属する魔導士で、王宮内の寮に住む貴族。当然アルファでリルの番で、でも恋人じゃなくて。当然妊娠の事実も知らない。なんなら貴族の持つ姓も、正確な住居も、爵位も、家族構成も詳しいことは何も知らない。

 そんな彼とのことはどこを切り取って伝えても騒ぎになりそうで、リルは黙りを決め込み続けていた。

 ただ生後しばらく経っても名前がないと役場を困らせてしまうからと母に、

「早めに名前をつけておやりよ」

 急かされたことを機にリルはますますサリウスとの邂逅を夢見るようになった。

 とはいえ、パン屋の主でさえリルの正確な居所を知らないのだから、偶然に彼がこの場所を訪れるなんてことはない。
 こっちから会いに行かなければ何も起こらないのだ。

 そうして、母の言いつけから数日後、村役場の職員がリルを訪ねて来た晩、リルはついに王都へ発つことを心に決めた。
 昼間役人に「早く届けを出してくれ」とせっつかれ、ようやく腹を括ったのだ。

「やっぱり子の名づけは父親であるサリウスさんにしてもらいたい」

 これがリルの出した答えだった。

 洗いざらいとはいかないが、王都にいる男が子の父親だと白状したリルに、家族はリルの予想に反して肯定的な姿勢を見せてくれたことが何よりの救いだった。
 皆リルが何を語っても受け入れようと示し合わせていたのだそう。

 兄たちは弟と甥っ子が一気にいなくなることを寂しがったが、両親は最初にリルが家を出た日と同じように落ち着いていた。

「いつでも帰っておいでよ」

 身支度を整え、荷物を纏めるリルを母はそう言って送り出す。

「いってきます」

 残暑の中、来た時に持って来た荷物に加えて、ずっしり重いお包みを抱えるとリルは村に背を向け歩き始めた。

 ここから先はまた荷馬車でも捕まえよう。
 腕の中の子があまり泣かないといいんだけれど。

 今はまだ機嫌の良さそうな我が子に目を向けると、微笑みが返ってくる。それだけで、どんなことでも頑張れそうな気がする。

 徐々に頭上の木の葉が薄くなり、トンボの飛ぶ空が露わになる。
 砂で固められた道が現れ、遠くの方に行商人の幌馬車が小さく見える。
 まずそれ目掛けてリルは軽い足取りで進み始める。
 子を産んで三ヶ月の、ある晴れた日のことだった。
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