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狼は王子を守りたい

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(サティは、私が守るっ!)

 レアンは、サイバルを睨みつけた。
 鍛錬に励んではいるものの、レアンの体は思いのほか筋肉が付きにくく、現役騎士団長であるサイバルの腕には到底かなわない。
 それでも、レアンはサイバルに負けてはいられないのだ。

(サティよりもゴツくて可愛くなくなっちゃったけど、その分、私は強くなるっ)

 レアンは王子の婚約者だ。
 だからといって、その地位にいつまでも居られるとは限らない。
 狼獣人であるレアンは、政略結婚のためにサティの婚約者となっているのだ。

(皆に認められて、彼にも愛されて側に居られるのなら幸せだけど……)

 獣人排除を目論む勢力の動きが活発になってきた現在、その地位は不安定で危うい。

 それに、可愛くなくなってしまったレアンは、自分に自信が持てない。
 サティが子犬のようなレアンの容姿を気に入っていたのは知っている。
 カワイイ、カワイイ、と、何度も撫でて貰った。
 しかし、成長と共に可愛さは失われてしまった。
 締まった体は、サティよりも男らしい。
 これでは、もう二度とカワイイとは言って貰えないだろう。

(可愛くない私を、サティが愛すのは難しいだろう)

 だからって、離れられない。

(愛してくれと無理に迫って嫌われるなんて嫌だ)

 レアンにはサティの側に居られない人生など考えられない。
 それだけサティの存在は大きいのだ。  

(婚約を破棄されるのを待つより、辞退して騎士団へ入団しサティを守るんだ。そのためには、強くならなくちゃ)

 婚約者としてダメなら護衛騎士として側に居たい。
 レアンは本気だ。

「ほらほら、狼ちゃん。それで終わりか?」
「……」

 サイバルはニヤニヤしながらレアンを煽った。

(大好きなサティの側を離れられないのだから……私は強くなるっ)

「オリャァァァァッ」

 気合の声と共にレアンはサイバルに挑んだ。




 
 一方、執務室に入ったサティは机の前に座り、ディアナに渡された荷物をチェックした。

「んー、どれどれ」

 ディアナに渡された手提げ袋の中をチラリと見た王子は、ポンッと音がしそうなほど一気に赤くなった。

「こっこれは……噂の薄い本っ」 

 手提げ袋の中には、薄い本がピッチリと入っていた。
 表紙を見ただけで中身が分かるほどエロい。
 中身は当然のようにエロい。

 そこに添えられたカードには、

『馬に蹴られたくないので邪魔なんてしません。応援しています』

 と、いうメッセージにハートマークが添えられていた。

(ナニを応援するつもりなんだっ、ディアナ。……って、ボクたちで何を妄想してんの? もうっもうっ……でも、ありがとう)

 最終的には感謝の言葉が出てくるサティであった。


 が。
 結局、この日。
 サティの公務は捗らなかった。

 理由は薄い本だけではない。獣人排除を目論む差別主義者たちの動きが活発化している証拠が出たという報告があったのだ。

(まぁ、明日の自分に期待、だな)

 などと考えながら自室を目指す。
 日は、まだ高い。
 執務室を出たサティが向かった先は、騎士たちの詰め所がある場所だ。

(この時間なら、レアンが居るはずだ)


 もちろん、レアンにも護衛はついているし、彼自身も強い。
 それでも、サティはレアンが心配だった。

(たいしたことは出来ないが……せめて顔を見て安心したい)

 サティが護衛を引きつれて向かう途中、人が争うような声が聞こえてきた。

(まさか⁈)

「急ぐぞっ!」

 護衛たちに声を掛けてサティは走り出す。案の定、目前に不審者に取り囲まれたレアンの姿が現れた。不審者たちは身元がバレないようにか、顔を布で覆って隠している。それがサティの危機感をより高めた。

「何をしているっ! その者が王太子婚約者レアン・シスレー伯爵令息と知っての狼藉かっ⁈」

 サティは剣を抜くと、不審者とレアンの間に割って入った。
 レアンはギョッとして叫ぶ。

「……っ。殿下っ! 危ないっ! 下がってくださいっ!」

「殿下じゃなくて、サティって呼んでっ! 婚約者でしょっ!」

(今日は声が聞けた、ラッキー)

 サティはそう思いながら不審者に剣を向けた。

「サ……サティさま……」
「さま、も要らないっ!」

 鋭い切っ先が不審者の頬をかすめる。顔を覆っていた布が切れて素顔が現れそうになった。慌てた不審者は布を押さえながら後ろに下がった。代わりに別の不審者が立ち塞がったので追うことはできなかったが、ちらりと見えた素顔にサティは見覚えがあった。

「サティ! 危ないっ!」

 今度はレアンが切りつけてくる刃を剣で抑える。金属がぶつかり合う音が響いた。

「レアンこそ、危ない真似しないでっ」
「私がっ、サティを守るっ」
「いや、大丈夫だから。ボクは自分の身くらい、自分で守れるから」
「いやっ。私がっ! 守るっ! からっ!」
「違うっ、ボクがレアンを守るのっ」
「いや、私がサティを守るんだっ」

 迫ってくる刃を躱しながら、サティとレアンは痴話げんかのような状態になっていた。
 騒ぎの中心で言い争う二人。
 痴話げんか状態になりながらも、危なげなく不審者たちを処理しているサティとアレンの周囲では、護衛たちが確実に不審者たちを片付けていた。

 あらかた不審者たちが片付いた頃。

「おいっ! 貴様らっ! 騎士詰め所の側で、何やってんだっ!」

 サイバルが部下たちを引きつれてやってきた。

「ヤバいっ」
「逃げろっ」

 不審者たちはバタバタと逃げようとしたが、無駄だった。

「逃がすなー! ひっ捕らえよっ!」

 サイバルの号令に合わせて部下の騎士たちは一斉に動いた。結果として不審者は全員が捕まったのだが、その殆どは貴族の子息たちであった。

「獣人排除を目論む差別主義者たちの一派が、思っていたよりも勢力拡大してるね。万が一、レアンが襲われて怪我でもしたらボクは正気を保てるか自信ないのに」
「サティ殿下。しっかり尋問させますので、ご安心を」

 サイバルの言葉に、捕らえられた貴族子息たちは震えあがった。

「頼むよ、サイバル団長。いい加減、獣人排除なんて時代遅れなことは片付けてしまいたい」
「それでしたら、サティ殿下。ご成婚がなれば、風向きは変わるのではありませんか?」
「……っ」
「……⁈」

 サティとレアンは、目を見開いてサイバルを一瞬見た後、耳まで赤くなってむせた。

「はははっ。未来の国王ご夫妻は純情ですな」
「かっ……揶揄わないでくれよ、団長」
「ですが。そろそろでは?」
「ん……んん。確かに……」

 18歳ともなれば、貴族としては適齢期。
 王太子の結婚年齢としても、早すぎではない。

「結婚……」

 サティがチロリと横を見ると、苦しげな表情を浮かべたレアンが目を逸らす。

「レアン? どうかした?」
「ん……結婚……ですが……」
「どうした? もしかして、レアン。結婚……したくないの?」

(ああっ、ボクたちは政略結婚だからっ。レアン、結婚したくないのを言い出せなかったとか?)

 サティは真っ青になった。

「したく……ない……」
「ふへぇっ⁈」
「したくない……のは……サティ……なんじゃ?」
「ふへっ⁈」

(何言ってんだ、この素敵に凛々しいハンサム君は)

「ボクは、したいよ? レアンと結婚したいっ!」

(あ、思わず叫んじゃった)

 ふたりに背中向けてる、サイバル団長の肩が揺れてる。

(団長っ! 絶対、笑ってるでしょ? 他人事だと思って!)

 気を取り直し、サティはレアンと向き合った。

「レアン。ボクはキミと結婚したい、ってキチンと伝えたよ?」

 少し高い所にある、綺麗な黒い瞳を覗きこむ。

「キミの答えは?」
「私も……私も、結婚したい。サティと結婚したい」
「良かった。なら、結婚しよ?」
「……うん」

 サティはレアンの左手を取って、その指先にキスをした。

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