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1巻

1-3

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「でもクラウディア。辺境伯領なんて、王都で育った繊細せんさいなお前に合わないよ」
「お兄さま。辺境伯領は貿易の街であり商売人の街でもありますのよ。荒野にいくわけではありませんから、ご心配なく」
「私もお前を辺境伯領にやるのは複雑な気持ちなのだよ、クラウディア」

 お父さまが眉尻を下げて話しかけてきました。これは話を逸らすべきタイミングです。

「お父さま。辺境伯領に向かう間の宿をお願いしても良くて?」
「ああ、それは手配済みだよ」
「さすがお父さまですわ。辺境伯領は向かう途中にも観光地がたくさんあるのですよね?」
「ああ、道中はたくさん楽しむといい。宿は優雅かつ可愛いところを選んでくれるよう、旅先の領主たちに手紙でお願いしておいたよ」
「嬉しいわ。ありがとうございます」

 お父さまは社交上手な事務方気質ですから、旅の手配などお手のものです。楽しい旅になることでしょう。

「王妃教育で忙しくて遊びに連れて行くことすらままならなかったからね。その分まで楽しむといい」
「えぇ、とっても楽しみです!」

 あえて明るく言うわたくしを見たお兄さまは眉を吊り上げ、お父さまのほうへ向き直って不機嫌そうに言います。

「父上。クラウディアは観光旅行に行くわけではありません。嫁に行くのですよ?」
「いいじゃないか。クラウディアは人質に取られるわけじゃない。問題が片付きさえすれば、いつでも戻れる」
「あぁ、そういうことですか」

 ちょっとだけお兄さまの表情が柔らかくなりました。でもお兄さま、その安心されようは妹を甘く見ている証拠です。

「お父さまったら。わたくし、そんな簡単に逃げ帰るような人間ではありませんわ」
「ふふふ。それはわかっているよ、クラウディア。帰ってきてほしいのは、あくまで私の希望だ」
「私は全面的に帰ってくることを期待しているよ、クラウディア」
「まぁ、お兄さまったら」

 わたくしたち家族は、いつの間にかなごやかに笑いあっていました。
 そうです。これは永久の別れではなく新しい始まりなのです。
 歓談しながら、わたくしたちは我が家のパティシエが作ったイチゴタルトのバニラアイス添えを美味おいしくいただきました。
 ……あら。我が家には、いつからパティシエがいたのかしら。


    ◇◆◇


 朝が来ました。ついに出発です。玄関でお父さまとお兄さまと向き合います。

「では、お父さま、お兄さま。わたくしは辺境伯さまのもとへ参ります」

 わたくしは長旅に備えて、リボンがたくさんついた少しゆとりのあるドレスを着ています。
 空色の生地と白いレースをたっぷり使ったドレスは見た目こそ大げさですが、着てみると楽なのです。帽子もリボンとレースがたっぷりなので子ども用のように見えますが、日差しが気にならないので快適です。さすがはリデア、任せて正解でした。
 たくさんの荷物は別の馬車で運ぶので、わたくしたちは身軽にゆったりと馬車に乗っていくことができます。その点も安心です。

「クラウディアァァ~! やっぱり辺境伯領になど行かせたくないぃぃぃ」
「安全のためには仕方な……あぁ、やっぱりダメだぁ~。クラウディアァァァ~!」

 そっくりな顔をしたヒョロリと背の高い男と、それよりもちょっとだけ小ぶりの男が、並んで顔をクシャクシャにして泣いているのを見て、うっかり笑ってしまうところでした。
 二人とも屋敷でも焼け落ちたのかと思うほどの号泣っぷりです。お父さまとお兄さまが泣く姿など見慣れているわたくしでも、ちょっと引くくらいの滝のような涙が空色の目から流れています。

「永久の別れでもありませんのに、大袈裟ですわ」

 わたくしを守るためとはいえ白い結婚を提案したのはお父さまとお兄さまなのですから、そこまで泣くことはないような気がしますけど。ここは慰めておきましょう。

「それに辺境伯領までは馬車でゆっくり向かっても四日ですわ。早駆けなら一日もあれば着く距離ではありませんか」
「アァァァ。でも、私たちには仕事があぁぁぁ~!」
「その一日が作れないんだよぉぉぉ~!」

 二人は全身を使って嘆きながら訴えますが、わたくしはこんな時に使える手段を知っています。褒め殺しです。

「何をおっしゃっているの、お二人とも。大丈夫ですわ。優秀なお父さまとお兄さまが本気になって仕事をなされば、そのくらいの時間は簡単に作れますでしょう?」
「あぁダメだ、クラウディア。毎日だって顔を見たいのにぃぃぃ~!」
「妹が嫁ぐ先は、もっと近くが良かったぁぁぁ~!」
「うふふ。あらあら、そんなことをおっしゃって。わたくしは、お二人が遊びに来てくれるのを辺境伯領で楽しみにしながら待っていますわ」

 上目遣いに二人を見ながらニッコリ笑います。これで、どうだ!

「ぁぁぁ。なんて可愛いことを言ってくれるんだ、我が娘はぁぁぁ!」
「兄は……兄は、お前の期待に応えるぞぉぉぉ! 絶対に、だぁぁぁぁ!」

 どうやらやる気が爆発したようで良かったです。

「では、行ってまいります」

 わたくしは、ここ一番の時の美しいカーテシーをとると、リデアと共に馬車へと乗り込みます。

「「クラウディアァァ」」

 泣きながら馬車に向かって手を伸ばし、膝から崩れ落ちて地面にへたりこむなんて、お父さまもお兄さまも大げさです。
 馬車の窓から外を覗くと、明るい日差しの下で泣きながら手を振る家族と、住み慣れた屋敷が見えました。
 わたくしは泣けばいいのか笑えばいいのか、わかりません。
 白やピンクの柔らかな色合いの大輪の薔薇ばらが咲き誇る庭と、白い壁に美しい彫刻が施された屋敷が春の日差しを浴びてキラキラと輝いています。
 薔薇ばらの咲く手入れの行き届いた庭とも、窓枠の装飾が美しい屋敷とも、しばしのお別れです。
 キラキラと光る窓ガラスを眺めるわたくしたちを乗せた馬車は、敷地の外へゆっくり走りだします。わたくしの心はまだ見ぬ世界への期待に高まっていくのでした。


 心配症でわたくしに激甘のお父さまは、公爵家で所有している馬車の中で一番良いものを用意してくれました。クッションはふわふわで揺れも少ない馬車ですから、長時間乗っていてもお尻が痛くなったりしません。
 護衛も屈強な者を厳選してくれましたので、旅路は安心安全かつ快適です。
 初めてといっても過言ではない長い旅でしたが、このうえなく快適で楽しいものとなりました。
 こまめに馬も取り換えてもらえたので、馬たちも気持ちよさそうに走っています。
 キャッキャウフフとはしゃぎながらリデアと行く旅はそれはもう楽しくて、目的を忘れてしまいそうでした。

「婚約破棄などなかったら、今頃は王妃教育の真っ最中ね」
「あら、お嬢さま。お勉強が恋しいのですか?」
「まさか!」

 わたくしはブンブンと首を横に振ります。少々はしたないですが馬車の中にはリデアしかいないので大丈夫です。

「解放されてウキウキしているの。あのままだったら今日も座学や礼儀作法に振り回されていたわ。それを思うとぞっとします」
「そうですよね、お嬢さま。よろしかったですよね、解放されて!」
「本当にね~。嬉しいわ!」

 婚約が続行されていたら、と考えると背筋が凍ります。
 なぜあんなにも我慢していたのでしょうか。振り返ってみると不思議です。
 今となっては、王太子の婚約者であったことも、王太子殿下のお名前がライネルさまであったことさえも忘れてしまいたい、そんなわたくしなのでした。 


    ◇◆◇


「ついに辺境伯領に入ったわね」

 まだ昼を少し回ったくらいの時間です。馬車の中から外を見ると、賑やかな街の様子がうかがえます。
 街を行く人々は人種も性別も年齢もさまざまです。子どもを連れた女性もいれば、お年寄りが一人で歩いている姿もあります。

「治安も良さそうですね」
「ええそうね。ほら見て、リデア。あの女の子、可愛いわ」
「本当ですね。何かお祝い事でもあるのでしょうか」

 ふと見えたのは、五歳くらいの女の子が晴れ着と思われる赤いドレスを着て、その母親と思われる女性と手を繋いで石畳を歩く姿。

「子どもを着飾らせて女性が連れ歩いても安全なんて、王都では考えられないわ」
「王都ではいくら平民といっても、綺麗にしていると狙われますからね」
「それだけ安全ということかしら。あと、屈強そうな方が多いのではなくて?」
「ええ。老若男女問わず、強そうな方や丈夫そうな方が多い印象ですね」

 若い男性の方はもちろん、高齢とおぼしき男性や小さな男の子も筋肉質な方が目につきます。
 しかも着ている物の面積が王都より若干小さいような気がします。
 女性の方も丈夫そうな体型の方が多いです。女性の着衣は面積が小さいというよりも露出が少しだけ高めで、体のラインに沿った服装という印象です。

「女性も男性も、カッコイイ方が多いですねぇ」
「そうね。領民の皆さまは体を鍛えることに熱心なのではないかしら?」
「良いことでございますね。私も体を鍛えようかしら?」
「ふふふ。筋肉質なリデアも見てみたいわ。素敵でしょうね」

 道行く馬まで王都よりも筋肉質に見えます。たくましいことは良いことです。

「本当に商業が盛んなところのようですわね」

 ここで暮らすのはとても楽しそう。わたくしはどんな体験ができるのかしら。楽しみです。
 そんな話をしている間にも馬車は進み、丘陵地帯の上に城壁が見えてきました。緩やかな曲線を描きながら右から左へと続く坂道を、馬車はゆっくりと確実に上っていきます。

「あそこが辺境伯さまのお屋敷のようです、お嬢さま」

 ふと窓の外を見ると、辺境伯領の街が眼下に広がっていました。
 淡いベージュから濃いオレンジまで、さまざまなテラコッタ色でできている街です。
 石やレンガで作られた家々。ところどころに点在する赤や青などの鮮やかな屋根。その合間から見える木の緑。丸い噴水に石畳の広場などが見えます。
 街並みを十分に堪能した頃、馬車は跳ね橋を越えて城門をくぐった先でようやく止まりました。
 わたくしたちの前に現れたのは屋敷というよりも城です。

「ここ……なのね。要塞のようにいかめしいわね」

 ここは国境を守る役目も担う辺境伯のお屋敷なのですから、難攻不落な城塞でも不思議はありません。わたくし、たいした心構えもなく大切な役割を果たしているお家に嫁いできて良かったのでしょうか。 
 勢いでバカ――もとい王太子殿下の策略に乗ってしまいましたが、こんなことに重責を担う辺境伯家を巻き込むなんて浅慮な決断だったかもしれません。
 わたくしを辺境伯家が受け入れてくださるといいのですが、どうなのでしょうか。




   第二話 恋に落ちた公爵令嬢はイケオジ辺境伯の心を掴みたい


 王令が届いていなくて、辺境伯さまが受け入れてくれなかったらどうしましょうか。
 せめて、お父さまが書いてくださった書簡がキチンと届いているといいのですが。
 不安と緊張で、わたくしはゴクリと息を呑みます。いずれにせよ馬車はコルネリア辺境伯邸に到着してしまいました。
 馬車がゴトリと音を立てて止まり、わたくしはうつむいてキュッと身を強張こわばらせました。
 ここから出た瞬間、わたくしの新しい生活は始まるのです。

「お嬢さま……」

 窓の外を見たリデアが小さく声を上げました。
 そこにはどのような光景が広がっているのでしょうか?
 恐る恐る顔を上げて窓の外に目をやると、思わず息を呑む光景がありました。
 いかめしい石造りの城の前には、颯爽さっそうと一列に並ぶ黒い服の騎士たちがいます。その向こうには、銀の鎧に身を包んだ兵士たちの姿が続いています。
 その奥には使用人たちが何列にも並んでこちらに向かって頭を下げておりました。
 彼らの先頭に立つのは銀の髪に青い瞳をした、白い騎士服の男性です。
 スラリと背の高いその男性は、わたくしたちに気付いてこちらに近づいてきました。
 緩く三つ編みにした髪が風になびいて、ほつれこぼれた髪が銀色にきらめいています。
 鍛えられた体を強調するように施された金のモールが白い騎士服の上で輝き、ただ歩いてくるだけなのに、その姿には神々しさすら感じます。
 この方がアレクサンドロ・コルネリア辺境伯さまなのでしょうか?
 馬車の扉が静かに開き、青い瞳がまっすぐわたくしを捉えました。
 わたくしと目が合うと、彼の鼻筋のスッと通った整った顔がゆっくりと笑みに染まっていきます。
 その表情の変化は鮮やかで、まるで彫刻に命が宿ったよう。わたくしは奇跡を目の当たりにしたような衝撃を受けました。
 その衝撃。心臓直撃。わたくしは一目で恋に落ちました。

「私はアレクサンドロ・コルネリア。この領の主です。遠路はるばるようこそいらっしゃいました」

 わたくしは頭が真っ白になって言葉が上手く出てきません。ピンチです。
 しかし淑女たるもの、動揺のあまり挨拶がおろそかになりました、などという不作法は許されません。
 特に第一印象は大切です。がんばるのよ、クラウディア。

「馬車の中より失礼いたします。わたくしはクラウディア・エクスタイン。エクスタイン公爵の娘でございます。王令により参りました。どうぞよろしくお願いしたく存じます」
「事情は承知しております。まずは中へどうぞ。お手を」

 わたくしはお礼を言い、差し出された大きな手の上にそっと手を重ねます。
 少し日に焼けた肌の上にあるわたくしの手は、とても小さく白く見えます。弱々しく貧弱に見えなければいいのですが。辺境伯さまはどのような女性がお好みなのか、気になります。
 馬車から降りて隣に立つと、辺境伯さまの顔は見上げる形になります。
 大男という印象を受けないのは、辺境伯さまの体躯がスラリとしていてバランスが良いせいでしょうか、それとも美しい笑みのせいでしょうか。
 圧迫感などない柔らかな印象の男性です。彼が側にいると安心できる気がします。

「この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」
「いえいえ。不測の事態に備えるのは我らの務めです。有事の際にはすぐ動けるようにしておかねばなりませんので、良い訓練になりました」

 辺境伯さまは、にっこりと笑みを浮かべました。見目麗しくたくましく、優しくて仕事もできる高位男性貴族。
 わたくしはもしかしたら、とてもラッキーなのかもしれません。

「それに、エクスタイン公爵からいただいた書状で事情は把握しております。貴女あなたに非はありません」

 ええ、そうですとも。すべてはバカの代名詞となりつつある王太子殿下のせいです。

「ですが、ご迷惑でしょう?」
「そんなことはありませんよ。こんなに美しいお嬢さんを我が家にお招きできるのは光栄なことです」

 そう言いながら辺境伯さまは、わたくしにきらめく笑みを向けます。


「……っ」

 息が止まるかと思うほどの衝撃。わたくしの心は決まりました。
 白い結婚?
 いいえ、この方はわたくしのモノです。
 絶対誰にも差し上げません。
 よろしくて? よろしいわよね!


    ◇◆◇


「まぁ素敵」

 わたくしは辺境伯邸に一歩足を踏み入れて、思わず感嘆の声を上げました。
 はしたない、と思われたら辛いけれど、声を上げてしまうほどの意外性があったのですから仕方ありません。
 辺境伯邸は、外から見ると堅牢けんろうでしたが、内装は清雅せいがという造りになっていました。
 城内はいかめしい外見とは違い、とても居心地が良さそうです。

「王都住まいのご令嬢には我が家は質素かもしれません」
「いえ、そのようなことはございませんわ。上品で無駄なく、素敵なお住まいです」
「そう言っていただけてありがたいです」
「だって本当のことですもの」

 辺境伯邸には、華やかな王宮とはまた違ったおもむきがあります。
 歴代当主の肖像画などお馴染なじみの物は並んでいますし、あちらこちらに豪奢ごうしゃな花瓶などが飾られていました。
 しかし、これ見よがしの成金趣味などではなくて、いたって上品。禁欲的とまではいかない余裕と過美ではない装飾が静謐せいひつな環境を作り上げていて、穏やかな心地好さを感じさせます。
 清雅せいがな内装を眺めながらその意味に思いをせれば、血で血を洗う戦いに思い至り心が痛みます。
 我が国は平和を永く維持してはいますが、過去には近隣諸国との戦いもありました。
 いざという時には即時対応しなければいけない辺境伯領において、王都のような浮かれた装飾など無意味なのでしょう。
 わたくしは無駄なく心地好い空間に、コルネリア辺境伯家の清廉な高潔さを感じました。

「紹介します」

 辺境伯さまの穏やかな声にわたくしは現実に引き戻されました。
 危ない、危ない。うっかり者のレッテルを貼られるところでした。

「我が家の執事、セバスチャンです」
「どうぞよろしくお願いいたします。御用があれば私が伺いますので遠慮なくお申し付けください」

 そこには事前情報通りの人物、細マッチョな高齢男性の姿がありました。

「わかったわ。よろしくお願いね、セバスチャン」

 白髪をキッチリまとめた高齢の執事は、綺麗な所作でわたくしに頭を下げました。
 年齢を重ねると殿方であっても、よろついたり姿勢が悪くなったりするものです。
 ですがセバスチャンはシャンとしていて姿勢もよく動きにもキレがあります。高齢でも頼り甲斐がありそうです。
 よく見ると、周りにいる護衛だけでなく使用人含めて、そこはかとなく動きにキレがあってテキパキと働いています。
 王都の使用人たちも働き者ですが、余裕がなく必死に働いている印象は否めません。
 その点、辺境伯邸では使用人の動きにまったく無理がなくスムーズで余裕すら感じられます。
 もしや、これが噂の……筋肉の力マッチョパワーなのでしょうか。
 使用人同士も仲が良さそうで、見ているだけでとても気持ちが良いです。これが筋肉の力マッチョパワーなのだとしたら、あなどれません。


    ◇◆◇


「こちらのお部屋をお使いください。続きになっている小さなお部屋がありますので、侍女さまはそちらをお使いください」
「ありがとう、セバスチャン」

 案内された部屋は白とベージュが基調の上品なお部屋。わたくしはソファに腰をおろしました。

「こちらがお嬢さまのお部屋ということでしょうか?」
「いいえ、侍女さま。奥さま用のお部屋のほうも準備は整っております。白い結婚とお聞きしましたので寝室はこちらにご用意させていただきました」

 どこか鋭さを感じさせるリデアの言葉に何かを察したのか、セバスチャンは表情を引き締めて即座に否定しました。
 これを聞いたリデアはゆっくりと表情を緩めて静かにうなずきます。

「私のことはリデアとお呼びください。さま呼びもお止めください」
「では、リデアさんとお呼びしますね」

 こうして二人は改めて挨拶を交わしました。使用人同士の意思疎通も大切ですから、相性が悪くなさそうで良かったです。

「日中は奥さま用のお部屋でお過ごしいただけるように整えてございますので、使われます際には使用人にお声がけください」
「承知いたしました」

 リデアは満足そうにうなずきます。

「では失礼いたします。ごゆるりとおくつろぎくださいませ」

 美しい礼をとったセバスチャンが颯爽さっそうと去っていくのを見送って、わたくしとリデアは顔を見合わせました。

「良かったですわね、お嬢さま」
「ご迷惑をおかけするのは心苦しいですが、歓迎してもらえたなら嬉しいわ」
「うふふ」
「あら、なに? 意味深に笑ったりして」

 荷物を片付け始めたリデアが上機嫌な様子なので、わたくしは不思議に思い問いかけます。

「お嬢さま。辺境伯さまに一目惚れなさったでしょ?」

 返ってきた指摘が的確すぎて、わたくしは焦ってしまいました。

「あっ、あら。あ……そんな……」
「ふふふ。真っ赤になられて可愛らしいですわ」

 テキパキと動きながら楽しそうに話すリデアに対して、わたくしはソファの上で焦るだけ。少々間抜けです。

「ぅぅっ……もうっ。そんなことを言うのはリデアだけよ?」
「ふふふ。私はお嬢さまのことを理解していますから」

 リデアにしっかりと心の内を読まれてしまったようです。恥ずかしいっ。

「いいではありませんか。白い結婚といっても、好ましくない方よりも好ましい方のほうがいいですし、辺境伯であれば公爵令嬢であるお嬢さまのお相手として相応ふさわしいですもの。白い結婚ではなく、本当に結婚なさっても問題ありませんわ」
「まぁ……まぁ、リデアったら、はしたないですわよっ!」

 わたくしは顔が熱くなってしまって、扇子せんすを取り出しました。白檀のかなめに下がる房飾りも素敵なデザインの扇子せんすです。
 パタパタと扇ぐたびに上品な白檀の香りがほのかにして、心が落ち着いてきます。 

「素敵でしたよね、辺境伯さま。青みを帯びた長い銀髪にんだ青い瞳。彫刻のように整ったお顔。スラッと背が高く、動きも優雅かつキレがあって……あぁ、早くお嬢さまと盛装で並んだお姿を見てみたいですわ」
「もう、リデアったら……」

 でも、辺境伯さまが素敵なのは本当です。


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