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バッカス村まつり 1

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「おまつりだー。兄さま~、ツヤツヤピカピカのりんご飴がおいしそう~」
「そうだね、りんご飴はおいしいよね。でも、綿菓子も捨てがたい」
「うん、兄さま。わたがし、も、おいしそう~。トウモロコシもいいにおい~」
「焼き芋も美味しそうね」
「そうだよね? 母さま」
「うんうん、食べたい、食べたい」
「干しブドウの入ったケーキも美味しそうだよ」
「そうだね、父さま」
「それも食べたーい」
「ふふ。あなたたち、欲張りね?」

 リアナは呆れたように言いながら、愛に満ちた眼差しで息子たちを見た。
 タイロンは得意げに言う。

「仕方ないよ、リアナ。実際、どれも美味しいから。しかも殆ど全てがバッカス領産だ」
「バッカス領は豊かですものね」
「ああ、そうだよ。しかも我が領では、お酒に出来る作物の殆どが収穫できるからね」

 父の言葉に、子供たちは声高らかに並べ立てる。

「小麦に大麦、ライ麦に米、トウモロコシ!」
「サトウキビにジャガイモ! サツマイモにブドウ!」
「リンゴもだよ、アフタン」
「そうだね、兄さま。ボク、リンゴだいすき!」
「ボクも好きだよ。お酒に出来る作物は、そのまま食べても美味しいものが沢山あるよね」
「うん、あるねっ!」
「ふふ。私たちの息子は優秀だこと」
「そうだね。優秀だ」

 クスクス笑う両親の前で息子たちは困ったように眉を下げる。

「ああ、アレもコレも食べたい! どうして胃袋は一つしかないんだろ?」
「そうだよね、兄さま。もっといっぱいあったら、たくさん食べられるのに」
「こらこら、お前たち。もう少し、落ち着きなさい」
「無理だよ、父さま」
「うんうん。むりむり。兄さまのいうとおり」

(兄さまたちの言う通りだわ。美味しそうな匂いが村いっぱいに広がっているし。見た目も綺麗で華やかで。気持ちが上がるわぁ~)

 兄たちは目をキラキラ輝かせて飛び跳ねながら、右に左にと顔ごと動かしてキョロキョロと屋台を見ていた。

「ああ、モアノ坊ちゃま。引っ張らないで下さい」
「ジィが遅いんだよ」
「こらこら、モアノ。セイルズを困らせてはいけないよ」

 父にたしなめられて、モアノはヘヘッと笑った。

 今日は家令であるセルイズも一緒に来ている。
 セイルズは、銀髪(白髪?)の長身で細身のイケジジだ。
 色白だが細マッチョなので意外と力があり、エレノアは何度か窮地から救って貰ったことがある。
 それでも、腰の辺りまでしか身長のないモアノ相手では勝手が違うようで力加減に迷っているようだ。
 
「アフタンも、ばぁやを引っ張ってはダメだ」
「はい、父さま」
「返事だけはいいな? でも、行動が伴ってないぞ」
「そうですよ、坊ちゃま。もう少し、ゆっくり歩いてくださいまし」

 アフタンもヘヘッと笑った。

(無理も無いわ。興味を引かれるものばかりなのですもの。私も自分で歩きたいわ)

 エレノアは、安定感ある父の腕の中でキョロキョロと辺りを見回していた。

 村は全体的に淡い茶色。
 石畳の道に、レンガで出来た壁。
 赤い屋根や青い屋根、黄色の鉢や緑の窓枠などがアクセントになった建物が並んでいる。

(村、という割には、みっちりと色々なモノが詰まっている場所よね? おまつりの日だからかしら?)

 道の両脇に延々と屋台が連なっている。
 木枠の簡素な店には、様々な商品が並んでいて。
 道行く人々が興味深げに眺めている。
 それでも大勢の人たちがぶつかり合うことなく行き交っているのだから、道幅は広いのだろう。

(私が小さいから、広く大きく感じるだけかもしれないけど)

「今年のおまつりも賑やかですね、奥さま」
「そうね、ばぁや」

 はしゃいで盛り上がった兄たちは、ついに保護者の手を振り切って走り出す。
 タイロンが目配せをすると、村人の扮装をした護衛たちが子供たちの後を追って行った。

「ばうぅぅ」
(兄さまたちズルい。私も一緒に行きたーい。楽しそう~)

「あらあら。子供たちは大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。キミは心配性だね、リアナ」
「だって、あの子たちはわんぱくだから……ケガも心配ですし。こんな人混みに紛れてしまって、誘拐でもされたら……」
「まだキミは、バッカス村を信用しきれていないよね」
「仕方ありませんわ、旦那さま。奥さまは他領から嫁がれて来られたのですから。この地域が特殊過ぎるのですもの」
「ふふ。ばぁやの言う通りかもな。村、いや領地全体に加護を受けているバッカス領は異常なくらい安心・安全。その上、あちらこちらに変装した衛兵を潜ませている。滅多な事は起きないよ」
「そうですわ、奥さま。このバッカス村で子供が危ない目に遭うことなんて、まずありません」
「んん~。頭では分かっているのだけれど。感覚的に分からないのよね」
「そうかい? バッカス領、特にこのバッカス村はテーマパークのような場所だ。盗人の心配をせずに領内の特産品を安心して買うことが出来る。ニセモノが出回ることもないしね。子供の誘拐などの犯罪も無縁だ。狡猾な詐欺師や国を巻き込むような陰謀までは防げないけれど……それは仕方ない。そこに対応するのは私たちの仕事だからね。それでもバッカス村は国の中で一番安全、王宮よりも安全と言われている場所だよ」
「そうですよ、奥さま。神さまの加護を受けている村なのです。安心してください」

「ん、ばぶっ」
(神さまスゴーイ。領地全体に加護って、スゴーイ。安心・安全なのね。でも、どの程度の安心・安全なんだろう?)

 エレノアが目をパチクリさせて手足をバタつかせると、リアナが頬を優しくぷにぷにと突いた。

「んん~。そう言われても……やっぱり、ね?」
「ふふ。心配症なのですね、奥さまは。私も子供を三人、育てましたけれど。加護のおかげで無事、大きくなりましたよ」
「そうなのね」
「このバッカス領は治安もいいし、気候も安定している。お酒に出来る作物も豊富に実るしね」
「畜産なども盛んに行われていますわ。美味しい牛乳がとれるから美味しいチーズもあります」
「ああ。美味しいお酒に美味しいチーズ。素晴らしい組み合わせだ。工業も盛んで良い職人も多く抱えているから、どのお酒も美味しいうつわで飲めるしね」
「ええ。良い領地よね」
「十月三十一日に行われるバッカス村まつりは、加護を授けて下さった神さまへの感謝をする日だよ。普段ですら安心・安全なんだ。こんな日に悪い事なんて起きないよ。安心して過ごしておくれ」
「はい、アナタ」

「おや、バッカス男爵ではないか」

 声を掛けられて一同は足を止めた。
 振り返ったタイロンはエレノアを抱き直すと、慌てて臣下の礼をとる為に膝を折った。

(あら? この方はどなた?)

 キュイーンと空中に文字が浮かび上がる。
 エレノアの鑑定が起動したのだ。

――――――――――――――――――――――――――――
【国王】

  バッカス領のあるハイティ王国の王さま。

  金髪碧眼。

  美形だが顎がしっかりした男らしいタイプ。
 ――――――――――――――――――――――――――――

(えっ? 王さま?)

「ばぶぅ」

(しかも、コレって必要な情報? 神さまってば情報の選び方、間違ってない?)

 エレノアは父の腕の中から首を傾けて、国王の横に表示されている文字を見上げた。
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