魔法使いの恋人は政治すら愛を伝える道具にする美人宰相さま

天田れおぽん

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宰相の朝

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 天蓋付きのベッドの上で目覚めたレイモンドは、恋人がいたであろう場所に手を伸ばした。そこはすっかり冷えていて、彼のいた痕跡さえ感じられなかった。

「……起こしてくれれば良かったのに……」

 独り言ちて起き上がる。素肌はサラサラでベタつきもなく、熱い夜の名残りは既にない。情交の生々しい跡のなかで不快な思いをしたいわけではないが。匂いすら残さず跡形もなく消え去られてしまえば寂しさを覚えるのは仕方ないことだと、レイモンドは思う。思いのほか現実主義でキッチリしている恋人は、必要だと思ったことは過不足なくする主義だ。

「魔法使いなんだから、もうちょっとだらしなくてもイイと思う」
 などと呟いてしまう程度にはキチンとしていた。

 レイモンドが望めば、朝を一緒に迎えてくれたかもしれない。だからといって毎回、それを望むのは二人らしくないようにも思う。自立した大人の男が付き合っているのだ。しかも付き合いは長い。ドライな所が出てきてしまうのは仕方ないことだろう。

(それが分かっていても。なんだか切ないのだが……)

 付き合いだして二十年。十八歳だった恋人は三十八歳になった。身長も伸びてレイモンドの背を追い抜き、筋肉もしっかり付いているカイゼルは男臭く精悍だ。野山を歩いて鍛えた体は実用的で無駄がない。十八歳の時とは違った魅力を放つ体に飽きることもなく抱き続けている。

 年下の恋人は自分のことを綺麗だのなんだの言って褒めてはくれるが。年寄りのくせにしつこいと言われる日が来るのではないか、と、少し怖れていたりもする。仕事についてなら多少の自信はあるが、こと色恋になると弱気になってしまう。

 レイモンドは溜息をついて立ち上がった。そしてふと落とした視線の先にリボンを見つけて笑みを浮かべた。サイドテーブルの上には、青みがかった銀髪に似合いそうな色合いの細いリボンが数本、置かれていた。手に取ってみれば、黒いシルエットのようなウサギの柄が刻まれている。

「魔法の術式にしては可愛いね」
 手のひらに広げて、うふふと笑う。恋人の心遣いがくすぐったい。

 身支度をして、ゆるく結んだ三つ編みの先に贈られたリボンを一本とり結ぶ。

「これは、脱兎のごとく逃げられるリボン、だったかな」
 可愛らしい贈り物に頬の筋肉が緩む。
 
 レイモンド自身が可愛いものを好むわけではない。むしろ逆だ。レイモンド自身は、女性的な風貌にコンプレックスを持っている。そのため、長髪も好まない。だが彼の恋人が、
「綺麗だし、サラサラしてて気持ちいい髪~好き~」
 と、褒めるから伸ばしている。

 この可愛らしすぎるリボンも、恋人からの贈り物でなければ身に付けることはなかっただろう。彼が自分を気にかけてくれることが嬉しい。人嫌いの自分がこうも変わるものかと、二十年付き合った今も驚く。

 レイモンドは恵まれた地位と見てくれで他人から好意を押し付けられ続けてきた。相手が節度をわきまえていても、数が多ければこちらの許容量を超えてしまう。ましてや、自分の気持ちを無視した行為は恐怖でしかない。結果、カイゼルと出会った頃のレイモンドは、すっかり拗らせてしまっていた。

「こんな風になるとは思ってなかったな」

 意外には思っているが不快ではない。愛する人を得て人生は明るくなった。そして変化はそこで止まらなかった。世の中を良くしていこうという前向きな気持ちになり、実際、様々な問題に取り組んでいる。同性での結婚や女性の爵位継承など、昔のレイモンドであれば気にもしなかった問題だ。今は有力貴族と組んで具体的な改革を手掛けている。

 よい変化だ。

 レイモンドは綺麗に結べたラベンダー色のリボンを形の良い指で撫でながら、満足げな笑みを浮かべた。
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