魔法使いの恋人は政治すら愛を伝える道具にする美人宰相さま

天田れおぽん

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魔法使いの朝

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「んん~ん」
 朝の気配を感じたカイゼルは、ベッドの上でうめきながら体をのばした。

 人が動き始める前の濃い緑の匂いがする。

(あー。窓閉め忘れてたな。)

 人がひしめきあって暮らす王都であっても一日の始まりは新鮮だ。夜の間に行われた濃厚な植物たちの活動が香りとなって街を満たす。その花や木々の匂いも、人々が動き始めれば蹴散らされながら隠れて消えて。日々はその繰り返しだ。

 ゆるゆると昇る太陽が部屋を照らし出す。白やベージュといった明るい色目で整えられた部屋は住人と同じく品が良い。高級感あふれる場所でカイゼルが一番気に入っているのは、いま乗っかっているベッドである。

(いいベッドだと、よく寝れちゃうねぇ。はぁ~、スッキリしたぁ)

 天蓋付きの広いベッドの上。隣には、裸の恋人。

「そのまま寝ちまったからなぁ」

 ふふふと笑いながら床に降りる自分も素っ裸。その生々しさに、また笑う。

「さて、と」

 乱れたベッドと恋人に浄化の魔法をかける。明るく柔らかな光と共にふわっと寝具が一瞬だけ持ち上がった。裸のレイモンドもふわっと上に上がったが、そのままゴロンと寝転がって目覚める様子はない。初夏とはいえ朝は冷える。カイゼルは窓を閉め、眩しい裸体に薄い布団をふわりと掛けた。

「ふふふ。お疲れだねぇ」

 高位貴族で美しい恋人は、実務においても優れている。優れている者がよりよい成果を求めるのは当然だ。

(同性での結婚や女性の爵位継承なんて難題は、レイくらいでなきゃこなせないかもな)

 頑張っている恋人が愛しい。だけれどレイモンド自身も大事にして欲しい。矛盾しているのか整合性がとれているのか分からない想いを胸に抱きつつ愛する人の顔を覗き込む。

 付き合い始めて二十年。四十二歳になった恋人は、相も変わらず美しい。長い付き合いのなかで油断した素の顔を見せてくれるようになった彼に、愛しさが増すことはあっても飽きることはない。見慣れたはずの無防備な寝顔にすら見入る。

(あぁ、でも……また眉間のシワが、深い……)

 レイモンドは眉根を寄せる癖がある。癖だから、で片付けてしまうには苦しそうだ。

 カイゼルは節くれだった長い指を恋人の眉間に伸ばす。指先をシワの上において、そっと撫でれば緩んでいく表情筋。

(側にずっと付いていたら癒してあげられるかもしれないけど。それはオレたちの生き方とは違うから……)

 せめてもの慰めに。穏やかな表情を浮かべた恋人の額にキスをひとつ落とした。

(さて。オレはとっとと行かないとだな)

 カイゼルは自分にも浄化の魔法をかけ、身支度を始めた。緩みのある生成りのチュニックに薄汚れた深緑のスポン。同じく深緑のフード付きローブを羽織れば完成だ。森によく出かけるカイゼルは、黒に近い深い緑のローブが気に入っていた。これに長い杖を持てば、魔法使いらしい装いの出来上がりだ。

 振り返れば、まだ眠りの深いレイモンドの姿。もう少し一緒にいたい気もするが、今日は薬草を摘みに行く予定だ。転移魔法を使うにしても、早めに動いたほうがよい。

「おっと。忘れるトコだった」
 カイゼルはケープのポケットをガサゴソと漁った。
「あった、あった」
 嬉しそうに取り出したのは、ウサギ柄の魔法を仕込んだ色違いの細いリボンが数本。それを分かりやすいようにベッドサイドのテーブルの上に広げて置いた。青やラベンダーといったアイスシルバーの髪に合いそうなリボンの上に踊るウサギの模様は魔法の術式になっている。このリボンにかけられた魔法はふたつ。脱兎の如く素早く逃げられるものと、切れたり落としたりしたときに探知できるものだ。

 襲われ癖があるレイモンドには、いくつかの魔法をかけてある。それと連動しているから、彼になにかあればカイゼルにすぐ分かるようになっている。離れていても、カイゼルはいつもレイモンドを気にかけていた。

 いまだ深い眠りの中にいる恋人を振り返り、チュッと投げキッスをしてみる。自分の行動にひとりで照れて。へらりと笑ったカイゼルは、青白い魔法陣を展開して、光の中へと消えていった。
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