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陽気な妊婦
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「あぁ、もうお腹がペコペコよ」
「ふふふ。元気な妊婦さんね」
アリシアの妊婦生活は、順調そのものだった。
体を締め付けることのないフワフワしたデザインの白いドレスは、自宅に戻った後しばらくの間、着ていたものに似ている。
それはアリシアにも分かっていることだったが、気分がまるで違う。
「お腹に子どもがいるというのに、羽でも生えて空を飛べそうな気がするわ」
紅茶とスコーンを交互に口へと運びながらフフフと楽しげに笑う娘の姿に、母であるニアの目元も柔らかく緩んだ。
大きな窓のあるダナン侯爵家の居間は、11月の午後だというのに暖かかった。
部屋に置かれた椅子は、大きさも向いている方向もバラバラだ。
家族は居間に集い、それぞれに好みの椅子に座っていた。
真ん中に置かれたテーブルの前に座っているのはアリシアとニア。
父はソファに寝そべるようにして腰を下ろし、夫であるレアンは大きくてゆとりのある一人掛けの椅子に座っていた。
皆が好きな場所に座り、穏やかな秋の午後を楽しんでいる。
それでいて、心地よい。
アリシアは、とてもリラックスしていた。
「妊娠中って心配事が沢山あるのが普通なのに、アリシアはご機嫌さんね」
「ふふふ。だって、旦那さまがよいもの」
アリシアは右隣りに座る母に向かって明るく言うと、夫であるレアンを振り返った。
屋敷の中は妊婦によいとされるオレンジやベルガモット、レモンなどの香りがあちらこちらに使われているし、健康に良いとされる胡蝶蘭やアイリスなどが飾られているが、アリシアが元気なのは、それらだけが理由ではない。
左斜め後ろ、ひとり用の椅子に腰を下ろしたレアンは、愛しい妻を穏やかな笑顔で見つめていた。
レアンの『金の魔法』に守られたアリシアの妊婦生活は、順調そのものだった。
「金の魔法が素晴らしいという噂は聞いていたが、本当に凄いね。アリシアがニアのお腹にいた時とは大違いだ」
父の言葉を受けて、母がフフフと笑った。
「そうね。アリシア、あなたがお腹にいた時には、つわりが酷くて苦労したわ」
「その点、私は苦労知らずね」
胸を張って自慢げに言う娘の姿に、両親は目を見合わせて呆れたような表情を浮かべた。
アリシアは両親の表情を見て噴き出すとひとしきり笑い、それから夫の方を見て言う。
「レアンのおかげだわ」
「アリシア、キミが元気でいてくれて嬉しいよ」
笑顔を向けるレアンの顔を見て、アリシアの顔も笑顔になる。
ダナン侯爵家は喜びに溢れ、華やかな雰囲気に包まれていた。
居間には幸福な日々という花言葉を持つベゴニアが飾られているが、それは演出にすぎない。
ダナン侯爵家の人々が幸せなのは、もっと深い場所に理由がある。
なのでこの幸せの貢献者であるレアンの様子については、皆が注目していたし、気にかけてもいた。
だからレアンが時折、少し憂鬱な暗い表情を浮かべていることを、皆は気付いていた。
しかし誰も指摘はしなかった。
彼が何を不安に思っているのかを、皆が知っているからだ。
だからこそ笑う。
いま自分たちが幸せであることと、不安をひとりで抱え込む必要などなくなったことを、心の底からレアンに分かってもらうために。
声を上げて笑うのだった。
「ふふふ。元気な妊婦さんね」
アリシアの妊婦生活は、順調そのものだった。
体を締め付けることのないフワフワしたデザインの白いドレスは、自宅に戻った後しばらくの間、着ていたものに似ている。
それはアリシアにも分かっていることだったが、気分がまるで違う。
「お腹に子どもがいるというのに、羽でも生えて空を飛べそうな気がするわ」
紅茶とスコーンを交互に口へと運びながらフフフと楽しげに笑う娘の姿に、母であるニアの目元も柔らかく緩んだ。
大きな窓のあるダナン侯爵家の居間は、11月の午後だというのに暖かかった。
部屋に置かれた椅子は、大きさも向いている方向もバラバラだ。
家族は居間に集い、それぞれに好みの椅子に座っていた。
真ん中に置かれたテーブルの前に座っているのはアリシアとニア。
父はソファに寝そべるようにして腰を下ろし、夫であるレアンは大きくてゆとりのある一人掛けの椅子に座っていた。
皆が好きな場所に座り、穏やかな秋の午後を楽しんでいる。
それでいて、心地よい。
アリシアは、とてもリラックスしていた。
「妊娠中って心配事が沢山あるのが普通なのに、アリシアはご機嫌さんね」
「ふふふ。だって、旦那さまがよいもの」
アリシアは右隣りに座る母に向かって明るく言うと、夫であるレアンを振り返った。
屋敷の中は妊婦によいとされるオレンジやベルガモット、レモンなどの香りがあちらこちらに使われているし、健康に良いとされる胡蝶蘭やアイリスなどが飾られているが、アリシアが元気なのは、それらだけが理由ではない。
左斜め後ろ、ひとり用の椅子に腰を下ろしたレアンは、愛しい妻を穏やかな笑顔で見つめていた。
レアンの『金の魔法』に守られたアリシアの妊婦生活は、順調そのものだった。
「金の魔法が素晴らしいという噂は聞いていたが、本当に凄いね。アリシアがニアのお腹にいた時とは大違いだ」
父の言葉を受けて、母がフフフと笑った。
「そうね。アリシア、あなたがお腹にいた時には、つわりが酷くて苦労したわ」
「その点、私は苦労知らずね」
胸を張って自慢げに言う娘の姿に、両親は目を見合わせて呆れたような表情を浮かべた。
アリシアは両親の表情を見て噴き出すとひとしきり笑い、それから夫の方を見て言う。
「レアンのおかげだわ」
「アリシア、キミが元気でいてくれて嬉しいよ」
笑顔を向けるレアンの顔を見て、アリシアの顔も笑顔になる。
ダナン侯爵家は喜びに溢れ、華やかな雰囲気に包まれていた。
居間には幸福な日々という花言葉を持つベゴニアが飾られているが、それは演出にすぎない。
ダナン侯爵家の人々が幸せなのは、もっと深い場所に理由がある。
なのでこの幸せの貢献者であるレアンの様子については、皆が注目していたし、気にかけてもいた。
だからレアンが時折、少し憂鬱な暗い表情を浮かべていることを、皆は気付いていた。
しかし誰も指摘はしなかった。
彼が何を不安に思っているのかを、皆が知っているからだ。
だからこそ笑う。
いま自分たちが幸せであることと、不安をひとりで抱え込む必要などなくなったことを、心の底からレアンに分かってもらうために。
声を上げて笑うのだった。
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